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同じ相手を

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第五章


第五章

 その気持ちは誰にも言わなかった。言えなかったというべきか。だが夏希と夕食を採っている時に彼女から言われたのだ。
「お母さん最近」
「どうしたの?」
「変わった?」
 こう言ってきたのである。
「何か。変わったかしら」
「変わったって何処が?」
「奇麗になったかしら」
 こう言うのである。
「何かお化粧とか奇麗になったしお肌や表情も」
「変わったっていうのね」
「ええ」
 それを言ってきたのだ。
「何かあったの?」
「それは別に」
 変わっていないと答えはする瞳だった。
「何もないけれど」
「そうなの?ほら、言うじゃない」
「何て?」
「女の子って恋をすれば奇麗になるって」
「馬鹿言わないの」
 娘の今の言葉にくすりと笑って返すのだった。
「お母さんはもう女の子って歳じゃないわよ」
「じゃあ違うの?」
「当たり前でしょ。女の子は夏希」
 彼女だというのである。
「あんたが奇麗になるのならともかくお母さんは奇麗にならないわよ」
「そうかしら」
「そうよ。だからそんなこと言わないの」
「そう思うんだけれどね」
 夏希はまだ言っていたが話は終わった。だが瞳は娘のその恋をすれば、という言葉も覚えてしまった。そしてまた八誠を意識してしまうのだった。
 そのことを誰にも、当然八誠にも言えず気持ちだけ悶々とするようになっていた。胸の中が苦しくてたまらなくなり堪えきれなくなると思ってしまう時すらあった。
 そうした日々を過ごしていたある日。勉強の為に他の喫茶店に行って紅茶やお菓子を飲んで食べた。その日は店は定休日だった。
「ホットケーキは」
 その店のホットケーキの味を思い出しながらあれこれと考えていた。
「あの焼き加減ね。それと生クリームにフルーツの組み合わせはいいわね」
 こんなことを考えながらだった。自分の店でも出してみようかと考えていた。そのうえで街を歩いていた。
 時間は夕刻近くだ。所々に学校帰りの学生達が見える。男の子も女の子もそれぞれ明るい顔で何かを話したり食べたりしている。瞳はそんな彼女達を見てすっと微笑んだ。
「夏希も。この中にいるのかしらね」
 こう思ったらだった。ふと左手の道に彼女を見つけたのである。
「あらっ」
 制服姿でクレープを買っていた。黄色い外装の洒落た店である。
 そこでクレープを楽しそうに買っている。短いスカートの制服が実によく似合っている。
「そうね。クレープもいいわね」
 今度はクレープについて考えた。だがその考えはすぐに中断せざるを得なくなった。
 クレープを買った夏希は店の外に出されている席に向かった。するとそこにいたのは。
「そんな・・・・・・」
 八誠だったのだ。彼が白いその野外のせいに座っていたのだ。
 娘からそのクレープの一つを微笑んで受け取るのも見た。ここまで見て全てわかったのだった。
「そうなのね」
 寂しい微笑みを浮かべて一人呟く瞳だった。
「私だけが。勝手に思っていたことなのね」
 このことを思うことになった。そして目を閉じて首を小さく幾度か横に振って。その場を後にしたのであった。
 それから暫くして。夏希が店に誰もいない時にだ。こう彼女に言ってきたのである。
「あのね、私ね」
「何かあったの?」
「彼氏できたのよ」
 声がにこりとしていた。
「彼氏がね。できたのよ」
「よかったじゃない」
 わかっていてそれを隠して答える瞳だった。二人はカウンターで横に並んでいる。お互いの顔を見ずに硝子のコップをそれぞれ拭きながら話をしている。
「あんたもやっとね」
「うん。年下だけれどね」
 夏希の声にはのろけまで入っていた。
「できたのよ」
「それで相手は?」
「八誠君よ」
 その名前を聞いて心が動かなかったと言えば嘘になる。しかしそれを隠してそのうえで娘に対して一言静かに告げたのであった。
「おめでとう」
「ありがとう」
 娘の声はやはり笑っていた。
「私もやっとできたのね」
「そうね。何もかもこれからよ」
「ええ」
 母の言葉に満面の笑顔で頷く夏希だった。
「わかったわ、それは」
「そういうことでね」
「それでだけれど」
 娘はさらに言ってきた。
「その相手だけれどね」
「誰かしら」
「あっ、来たわ」
 言っている側からだった。彼が店に来た。瞳はその彼を笑顔で迎えた。娘の恋人として。


同じ相手を   完


                  2009・11・3
 
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