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Muv-Luv Alternative 士魂の征く道

作者:司遼
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06話 すれ違う想い

「硝子細工のような子だったな。」

一人となった病室で独りつぶやく。
自分が意識を失っている間、手を握ってくれていた少女篁唯依。爪を立てればたやすく傷ついてしまいそうな、そんな繊細な印象を受けた。

「―――見たところ17程か」

あの歳で中尉――恐らく、武家の子女の徴収があった時期の娘だ。
本来は4年あるはずの教練期間を半年程度にまで短縮した即席の兵士だった筈だ。
今の時代、男だの女だのフェミニズムに浸っている余力は日本にはない。

だが――どちらにしても即席の兵士何ぞ使い物になるわけはない。
近代の高度化する兵器を使いこなすにはどれだけカリキュラムの最適化やシミュレーターの発達があろうと現時点では最低2年、万全を期するにはやはり4年は必要だ。

満足な教練を終えていない兵士を乗せた戦術機何ぞ、高価な棺桶以上の価値はない。
だというのに頭数だけをそろえた戦力の逐次投入……無能が無能たる所以をリアルタイムで見せつけられているようなものだ。

たが、そんな風潮は自分たちの頃には既にあった………一年程度の訓練を積んだだけの自分たちは戦術薬物と催眠暗示により体裁だけを整え大陸へと送られた。

だが、適正な容量や強度の臨床データのないそれはただの毒にしかならない。

多くの同期が過剰投与で、通常ではありえないミスをし死んだ。仮に生き残っても心を薬と惨劇で壊し再起不能となった。
学徒でありながら実戦へと投じられた彼女はもっと凄惨な目にあっただろう。


「―――アイツをそんな目に合わせる訳にはいかない。」


――俺は、日本帝国という国そのものに既に失望している。
世界への奉仕という大義に酔い、平和主義・人道主義などという麻薬に酔い、既得権益を貪り国を蝕む獅子身中の虫を放置してきた。

こんな腐りきった国に何を期待しろというのか。だが、そんな国だが――生まれ育った国なのだ、捨てるわけには往かない。
そして、その中でどう生きるかは、とうの昔に決めたことだ。

「…………弟を守るのは兄の役目だからな、」


この重体だ、まともに日常生活を送れるようになるだけで血反吐を吐くリハビリが必要だろう――仮に再起してもそこから斑鳩家に養子入りすれば、そこからは悪鬼渦巻く蠱毒の政争の世界だ。

「―――いや、何も変わらんか。」

武士道を志した時より、己の歩む道は鉄風雷火の道。
どの道、男の一生は死ぬまで戦いだ―――それがどの様な戦いかは人生によって異なるが。
ならば、逃げる戦いよりも挑む戦いをしていたい。

逃げても、驚異の根本解決に繋がらない以上、それはやがて追いついてきて必ず、対峙する時が来る―――何より、背を見せ逃げるだけの惨めな自分には成りたくない。また、一度でも逃げたらまた立ち向かえるのか?という不安もある――負けに慣れることほど恐ろしいモノは無い。


「彼女は俺たちの犠牲者だ……俺たちが無力だった事から―――」

守る責任がある。
それを果たすためには、今の体ではダメだ―――こんな状態では何一つ守れない。
ならば、再起の戦いとそこから続く新たな戦いを始める必要がある。

そう、今の状況を打破する為の力を得る戦いを―――


「―――篁中佐……これは俺の復讐です、(オレ)自身と貴方に対する。」


この時、柾忠亮は―――柾の名を捨て、新たな戦いを始めることを決意した。








「――――」

篁唯依は戦術空母の中に在る大破した桎梏の不知火を見上げていた。
無残、その不知火の様子はその一言に尽きる。

どれ程の激戦だったのだろう。
まともな四肢は殆ど残っておらず、唯一の胴は救助の為にコックピットハッチが切り裂かれている。
そして、その戦術機の胸部はまるで内臓を食い荒らされたかのように、各機関の残骸がそのまま曝け出され、切り裂かれた装甲から見えるコックピットシートは浅黒い流血でべったりと汚れていた。

唯一残った左肩に記された組合角と桔梗を組み合わせた紋章が、その壮絶な最後を切実に訴えかけてくる。


「不知火乙壱型……か。」

不知火壱型丙、当初の想定以上に稼働時間が悪化した為に専用のOSを開発しどうにか体裁を保ったものの操縦性を劣悪な物に貶めてしまったものだ。
しかし、そのOSを通常仕様に戻したタイプNが100機ほど追加生産され、実戦に投入された――燃費の悪さを腕と戦術でカバーできる精鋭の為の機体。

しかし、それは今まで手を加えられていなかった機体の電子機器とOSのアップグレードで専用OSを完成させることで燃費と操縦性の問題を解決させたという乙壱型により、精鋭でなくてもその性能をある程度発揮できるようになる―――その存在が乙壱型だ。


メカニカルな部分にだけ目が行きがちな中でその発想は斬新だ。
AかBかという選択肢の中で、Cという選択肢を見つけ出した――戦術機開発に必要な才能とは本当はそういう発想だ。

常道を守りつつ、既成概念にも囚われない。
父の後を継ぐとして―――自分にそれがあるだろうか?



「どうしたの唯依?」
「あ、恭子様……」


不意に声を掛けられる。その声の主は凛とした微笑みを携え蒼を纏う美女。
自身の姉にして主とも言える嵩宰恭子が蒼の強化装備と専用ジャケットを身に纏い其処に居た。


「少し思うところが有りまして……壱型丙が改修されるそうですね。」
「耳が早いのね。たぶん来年の頭辺りには富士教導隊に配備されて、そこから通常部隊に配備されて往くと思うわ。」

「私が壱型丙を強くしてあげられないのは素直に悔しいですが、斯の機体が報われるかと思うと嬉しい面もあります―――仕上げたのは柾大尉だと聞きました、そして斑鳩公は彼と私の婚姻が好ましいとも。」
「……!!」


恭子の顔が一瞬強張る――やはり、何らかの打診があったのだろう。
篁家は今、非常に不安定な状態だ。
元より篁家自体は、技術者を多く輩出した関係からそこそこ裕福だったが、こと今世に至っては対BETAとの戦争による戦争特需によりその資産は膨れ上がった。

父裕唯の開発した74式長刀が斯衛・帝国両軍で採用、さらに82式瑞鶴と00式武御雷の採用により何もしなくても勝手にライセンス料が収入として入ってくる事で資産だけが膨大と成っていった。

恐らく、それを見越しての事だろう―――父と母の婚姻は。
母の生家である鳳は五摂家の一つ嵩宰直系の家柄……つまり唯依と恭子は、曽祖父母を共通とする従姉叔母だ。
其処には、膨大な資産をこれから得るであろう篁家とその主である嵩宰の関係を強化しつつ、異分子が介入するのを防ぎたいという思惑があったのだろう

だが、摂家の直系の血筋と膨大な資産に対し、当主が戦死し残されたのは年端も往かない少女である自分―――野心を秘めた者たちからすれば自分は絶好の鴨だ。
文字通り、摂家の血縁というカモが膨大な資産というねぎを背負っているのだ――そのため、今どれほどの労を目の前の彼女や、母、父の友人であった巌谷などがこんな不甲斐ない自分のために掛けているかと思うと心苦しくすらある。


「唯依、あなたは無理にそれを受ける必要はないのよ。」
「……ええ、斑鳩公もそう言ってくださいました。――ただ、これからを思うと戦術機開発の才を持つモノを入れる事も篁の家にとって重要な事だと思うのです。
 兵器には必ず衰退が有ります、瑞鶴や武御雷それに74式長刀も何れ兵器としては旧式となり廃れていきます。」


発明から実用化までのタイムラグは産業レベルに比例して短縮されてゆく。
高度な産業が存在すれば、発明からそう間をおかずにそれは実用に足るものとなる。
内燃機関が発見から実用化にまで100年以上の時を有したのに対し、今では長くても数年で試作にたどり着く。

そうやって技術の進歩が加速していく中、近代の軍事兵器は設計から各種試験が終わり実戦配備が終わった時にはすでに技術的には旧世代の遺物と化してしまっている。
そのため、戦術機をはじめとした近代兵器は各種装備、跳躍ユニットのエンジンや装甲に電子機器といった構成要素を改良型に交換することで性能向上を行うのが主流だ。

しかし、それだけではダメなのだ。
如何に近代化改修を重ね、兵器としての寿命を延ばしても所詮は延命。兵器の種としての限界に到達する―――これは、機体の個体寿命ではない。基本骨子、設計思想の寿命なのだ。

今、日本ではF-4Jの強化改修の限界により退役が迫っているがその代替え戦力の調達に苦心している。
もう、対BETA戦でもAH戦でもF-4は戦力としてカウントできない旧型機なのだ。
やがて、いつか武御雷もそうなる日が来る。


「次世代を紡がねば篁にも日本にも未来は無いことは明白―――大尉が斑鳩閣下の申し出を受けるかすら分かりませんが、私はこの申し出を受けようと思います。」
「―――どれだけの人が、あなたの為を思って今、戦っているか知っていて言っているの?」

凛と澄ました瞳に、静かな怒りにも似た炎を宿し、恭子が言う。
唯依を大切に思う人々がどれ程に骨を折り、唯依が自分の足で立てるようになるまではと、父亡き後自分を見守ってくれていたか……篁唯依はそれを強く自覚している。

その大恩に報い、自分を大切にしてくれた人たちの喜ぶ顔が見たい……そんな素朴で切なる願いは唯依を動かす大きな歯車の一つだ。
だけどもと、それをまっすぐ見返して唯依が決意を口にする。

「はい、ですが、私の身の上を鑑みるに、この状況はいずれ必ず到来したでしょう。早いか遅いかの違いでしかありません。ならば、消去法ではなく自分の意思で選びたい。」


恭子の問いに答える唯衣。
武家は基本的に命令婚だ。ゆえに自由恋愛の末の結婚など有り得ない。――これの横暴を許せば高貴なる血の流出に伴い政争や、資産争いが絶えない事となり血族内での殺し合いが日常茶飯事となってしまう。

武家として生まれ育ってきた唯依はそれを重々承知している。かつての同期には幼少からの婚約者が居たものだって実際にいる。

「彼と添い遂げるつもり?」
「わかりません……まだ、その、あの方がどういう人かも全然分かりませんし。」

さらなる問いかけに言葉を濁す……徐々に顔の色を赤に近づけつつ。


「それは……そうよね。」

恭子が重々しく溜息をつく。
まだ、唯依と忠亮が出会って数時間……その中でまともに会話したのだって数分程度だ。
それで相手の何がわかるというのか。


「ご心配ありがとうございます恭子様…だけど、きっと大丈夫ですよ――弟思いの良いお兄ちゃんですから。」

そういってほほ笑む唯依、そこには悲壮の色は一片たりとも存在していなかった。
 
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