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横浜事変-the mixing black&white-

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互いに一枚岩の先に知人が立っている事に少年達は気付かない

午後21時頃 山下埠頭 一区画

 ホテル『ニューグランド』での戦いからもうすぐ一日が経とうとしている横浜の街。その一画である山下埠頭に、裂綿隊のメンバーが腰を下ろしていた。

 ここは横浜港にある埠頭の一つで、新港埠頭よりも面積が広く、使用率も高い。現在では再開発構想が目立っており、山下公園が埠頭に隣接している事や、別の埠頭での物流が中心になりつつある事から、商業地点への移行も取りざたされている。

 その再開発計画は様々な案が存在し、現在はまだ実行には至っていない。彼らはそれを良い事に無断で内部に侵入し、集合場所として利用していた。船に積んだ舶来品を地上に届けるため、湾岸に柵はない。今は輸送された物が場所を取っているわけではなく、何もないコンクリートに殺し屋達が自由気ままに腰を下ろしている状態だ。

 そんな中、田村要は集まった殺し屋を見て、内心溜息を吐いていた。

 ――昨日の今日でまた戦闘かよ。ま、『アイツ』の意向じゃしょうがないか。

 前もって『アイツ』の計画を全て読み通し、その内容を全て覚えている要は顔に『無』を浮かべながら、誰と話すわけでもなくコンビニで買ったポテチを食べていた。無感動のまま菓子を頬張る姿に誰もが『シュールだ』と心中で呟いていたのだが、当本人はその視線に全く気付かない。

 ――計画が速やかに進むとすれば……次はアレか。

 計画文書に書かれていた事を思い出し、要は嫌な顔をする。知っていたからこそ、正直な話ここにいたくなかった。しかし、ここにいる面子は全員『反殺し屋統括情報局軍』であり、ここから逃げ出すのは敵前逃亡に等しい。この先の殺し屋稼業にヒビが入るのだけは御免だった。

 ――昨日の戦闘で戦果を挙げたって言っても無駄だったしな。

 眼前でそれぞれ気随に過ごしている殺し屋達の頭の固さに、あの時は思わず『アンタらバカか?』と言ってしまったほどだ。結局彼らを説得する事は出来ず、今もこうして戦いの中心にいるのだが――

 ――にしても、あのとき見た奴……。

 要は昨日の戦闘で金髪男に付随していた殺し屋の事を思い出す。ほんの数秒の事だったのだが、要はその人物をどこかで見た事がある気がしてならなかった。

 ――ホテルの制服だったから余計分かりにくかったってのもある。別に金髪野郎に不意打ち食らったせいで記憶が曖昧になったわけじゃない。

 殺し屋統括情報局所属の殺し屋との戦闘が脳裏を去来し、その度に苛立ちが増してくる。あの攻撃はこれまでの戦闘の中で一番殺意が芽生えた不意打ちだった。あのときの事を思い浮かべていたら、手に収まっていたポテチを無意識で握り潰している事に気付き、慌ててティッシュで拭き取る。その作業の間も、彼はあの人物について考えた。

 ――いや、実は一人いるにはいる。俺が確実に見間違えなければ、の話だけど。

 ――……自信ないなあ。絶対違うだろうし。

 首を曲げると、そこには横浜のランドマークの一つ、横浜マリンタワーがそびえ立っている。とはいえ、そちらばかりをずっと眺めていると相手にバレてしまうので、すぐに目を逸らした。そして内心では否定しまくりの相手の名を、口の動きに乗せてみた。

 「……。……暁、ケンジ?」

 誰にも聞こえないボリュームでその名を口にし、彼は自嘲気味に笑った。自分のような下手人とは違って、クラスメイトの彼がこの世界にいるわけがない。一度も喋った事はないが、クラスで見ていれば分かる。彼はお人好しで、自分に嘘を吐かない真面目な人間だ。

 ――でも、だからこそ疑問だ。暁の顔が浮かんだっていう俺の思考が……。

 ……実際、要の目に狂いはなく、彼が見た殺し屋の正体はまさに的を射ていたのだが――それに気付くのはもう少し先となる。

*****

同時刻 山下公園

 横浜港のシンボル的場所である山下公園。平日はお年寄りの方々が散歩したり、夕方頃にランナーのコースとして使われるが、休日になると子供を連れた家族や恋人が休憩に使ったりする憩いの場となり、広々とした敷地と公園を彩る緑が開放的な気分にさせる。

 また、公園の至る所に『赤い靴を履いた女の子の像』や『西洋理髪発祥の地碑』などのオブジェが配されているのは、古い時代に海外との交流があった証拠である。港から日本の地に降り立った外国人は、当時の日本では存在すらしなかった知識を届け、それらは今に至る。現在では当然のように知られている事も、昔は画期的だったのだから、時間の変遷を感じる。

 そんな歴史ある公園には、時間帯もあって人はほとんどいない。時折酔っ払ったサラリーマンがベンチに腰掛けるものの、再びゆらめいた足取りで去っていく。

 その中で、山下埠頭内に進入する道路の脇に一台の黒いバンが停車していた。街灯の光で黒光りする車体の中は窺えず、どんな人間が乗っているのかすら分からない。

比較的大通りに面している道路なので、車の通りは時間帯問わず多い。高架上の首都高速がオレンジ色のライトを煌びやかに輝かせて、下を流れる横浜湾の水面に投影している。

 しかし、そのロマンチックな絵の中に映る黒いバンは存在だけで絵を台無しにしてしまっている。まさに邪魔という単語に相応しい。

そのバンの中に乗っている殺し屋メンバーの一人であるケンジは背中に冷たい汗を滲ませながら、外の景色を見ていた。

 ――正面からの突入。死ぬ危険性もあるが、まあ安心しな。

 数十分前、バンで移動している時に赤島が言っていた言葉だ。本来、殺し屋というのは対象に気付かれないまま正確に敵を処理するもので、相手の前に立って合戦よろしく殺し合うというのは異例中の異例。でも正面から立ち向かうという事は、死ぬ危険性も高くなる事であり、軽く見てはならない。

 それにも拘わらず赤島は気楽そうに言っていたが、現実問題として全く楽ではない。ケンジは両腰にマウントしてある二丁の拳銃から重みを感じて、はぁっと息を吐いた。溜息ではない。緊張を少しでも取ろうと無意識に出たのだ。

 「どうした暁、帰りたくなった?」

 隣にいたチームBの殺し屋であるモヒカンがからかい混じりに言ってくる。このチームは彼と赤島以外は無口な性格という奇妙な構成をしており、他の3人とは軽く会釈する程度だ。

 「いえ、そんな事無いです。気を引き締めたっていうか、そんな感じ」

 「任せな、いざとなったら前に立って防弾代わりぐらいにはなってやる」

 「冗談キツいですよ」

 「本気だよ。お前さんは期待の新星なんだからさ」

 サラッと変な事を言う彼に、ケンジは少し顔を引きつらせて呟いた。

 「それ、何です?」

 「え、狩屋の奴が言ってたぞ。『うちのエース様は稀代の殺し屋なんだぜぇ』って」

 「……」

 ここにきても、あの金髪男はケンジの頭を痛ませる因果を生み出していたようだ。ここで軽く狩屋に対する文句でも言おうかと思ったが止めておいた。まるで彼が自分を励ますために残しておいた言葉のように感じてしまったからだ。

 ケンジの中で少しだけ緊張が薄れた。肩や腕の強張りが解けていくような感覚を直に受け取って、彼は微笑を浮かべる。

 それと同時に赤島が仲間達に向かって小声で呼びかけた。

 「あっちの準備は整った。第二波が撃ち込まれ次第、俺達も出撃する」

 「「「了解」」」

 「予定通り、宮条には出撃タイミングを見てもらう。頼むわ」

 「行ってきます」

 丁寧な口調でバンから降りていく宮条。彼女は自身の隠密性を生かして敵の近くまで進み、他の仲間による狙撃を見届ける。そして二発目が撃ち込まれたら携帯で合図を出し、赤島達を進攻させるという重要な役割を持つのだ。

 彼女は走って山下埠頭へと続く道路の先へと向かう。その後ろ姿を見ながら、ケンジは彼女が言っていた言葉を思い出す。

 『過去はね、無慈悲なまでに変えられないの』

 確かにそうだ、と彼は思う。例え方が古いが、ゲームのようにリセットしてもう一度やり直す事は不可能だ。一分一秒が過去というものを積み上げ、それらは接着し合って一生動かない。どれだけ最強の殺し屋がいても自然の摂理を打ち負かせはしない。過去というのは、その人の積み重ねであり、同時に一生背負うものでもあるのだ。

 『だったら……私達は、『過去』だけを飲み込んでやればいい。頭の中には、いつだって彼らとの思い出が詰まってるんだから』

 過去だけを事実として飲み込む。そうしなければ死んだ人間はいつまでたっても表面上から死にきれない。ケンジにはその言葉が彼女の本心を表しているような気がした。

 ――きっとあの人にも何かあったんだ。それを僕が考える必要はないね。

 とはいえ、彼女からはとても大切な事を学んだ。あの言葉はケンジを仲間の死から決別するきっかけとなって、今もこうして前を向いていられる。挫けて逃げ出す気は毛頭なかったが、精神的には参っていたかもしれない。そう思うと彼女には感謝してもし尽くせなかった。

 そこで、赤島が間延びした声をバンの中に泳がせる。

 「あー、そうだ暁。お前、玉木鈴奈って奴知ってるか?」

 今の作戦に全く関係ない話なので、恐らく彼なりに新人を落ち着かせようとしているのかもしれない。彼の殺し屋らしかぬ優しさをありがたく思いながら、ケンジは言葉を返した。

 「あ、いえ、知りません」

 「あれ、知らないのか?お前山垣学園の生徒だよな」

 「はい。あの、その人も山垣の?」

 「おう。3年生だから知らなくてしょうがないかもな。そいつも殺し屋だから、一応覚えとけよ」

 「あ、はい」

 ――同じ学校に殺し屋がいたなんて……。

 自分も殺し屋ではあるが、同業者が校内で生活しているとは想像もしていなかった。今度教室に行って挨拶した方が良いかなと考えていたところで、赤島がミラー越しに後部座席のケンジを見て呟いた。

 「……あのな、覚えておくだけで良いぞ」

 「え?」

 「無理して話をしようとは思うなって話だ」

 「どうしてですか?」

 「んん、あんな奴でもお前にとっては先輩だから悪く言う気はないが……そうだな、とりあえず男が二度振り向くぐらいには美人だ」

 「え、凄いですね。僕全然知りませんでした」

 「でも性格は組織一クソだから」

 「え!?」

 「そういうわけだ。いつか俺から紹介してやるよ」

 続いて赤島の口から溜息が漏れる。……どうやら話をした分、彼が疲れてしまったらしい。話を切り出したのは自分ではないのに、何故か申し訳なくなってしまったケンジだった。

 ちなみに、玉木鈴奈とは違うもう一人の殺し屋が自身の所属するクラスにいるのだが――ケンジがその事実に気付くのは、もっと先の話だ。 
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