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Shangri-La...

作者:ドラケン
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第一部 学園都市篇
第3章 禁書目録
  26.Jury:『Necromancer』

──初めて、『そんな事が可能だと知ったのは、いつの事だったか。』

 感慨と共に、視線は腐った空気に満ちる室内、その天井を見詰める。黒々と、繰り返し吹き掛かった『■■■■』のこびり付いた、特段高い訳ではない天板を。
 そこに、新しい『源』が吹き付ける。抉りすぎたらしい。響くのは、歓喜の絶叫。そうだ、そうでなくてはおかしい。何故なら今、『私』は『彼を救う』のだから。

──東洋で言えばキョンシー、西洋的にはゾンビか。ああ、始めて聞いたその時の高揚と来たら! ()()()()()()()()()()()()()()()

 歓喜に咽びながら、血泡を吐いていた『それ』。拘束衣により手術台に縛り付けられカパリと、まるで炊飯器か何かのように■■■を開かれ、灰色の■を露出している。
 ぎょろぎょろと血走った視線をさ迷わせ、許しを乞うように言葉にならない声で喚く。辺りには、夢から覚めた時に自らを強かに殴り転がし拘束した、『彼等』しか居ないのに。

 続きを促しているのだろうと笑みを溢す。何故なら、『彼等』の美しさは『私』の自慢だ。『早く同じようになりたい』と叫んでいるのだ、として。麻酔を使っていない事など、この後の奇蹟に較べれば些末な話だ。

──そういえば、関係はないが。昔、『能力者の脳の何処に能力を司る部位があるのか』突き止めようとして色々切開した研究があったらしい。何処にでも先達はいるのだな、と苦虫を噛んだ記憶がある。最も、あんな野蛮なものと『私』の崇高なる『救済』は競べるべくもないのだが。
 いけない、脱線した。早く施術しなければ。ほら、『彼』も待ち望んでいるじゃないか。

 震えるその、まるで豆腐のような『もの』を見詰めながら。差し出す左手に饐えた風が集う。バサバサと、路傍で風に惑う新聞紙じみた音を混ぜて────現れ出た一冊の書。
 ざわめくように、恐れ狂って、辺りの『彼等』が逃げ惑う。何か、深遠な悪意を思い出したように。悍ましい鳴き声で、『悍ましい』と。

「────飢える(イア)

 囁くような声。掠れた、まるで蛎殻を小擦り合わせたような不快な声。その呼んだ『モノ』、その纏う瘴気に、震える『彼』の目に更なる絶望が宿る。

──さぁ、後は突き立てるだけ。それで、君は死に、そしてまた甦る。死を超克するのだ! 奇蹟、まさに奇蹟を体現するのだ!
 勿論、その超克者に普通の体などは見合わない。次は、そうだ。最後の章の神、あれを再現しよう。

「さぁ────“■■■■■■■(■■■■=■■■■■■)”」

 辺りの『彼等』ですらもが恐れる『モノ』。その右手に握られた不快極まる代物、ゲル状の緑色の粘液に塗れた一本の『(メス)』に─────


………………
…………
……


 現在時刻、十九時。幾ら長い夏の昼とはいえ、この時間になれば夜の気配の方が強くなる。昼間と比べれば幾分はマシになった空気の熱、しかしまだ、アスファルトから立ち上る熱気が通行者を苛んでいて。

『やっぱり革靴はあっついニャア、水虫が恐いナ~ゴ』
「ちょっ、汚っ! てか臭っ! 結局、近づくなって訳よ」
「さっさと超消臭(ファ●)ってください」
『ふ、二人とも酷いニャア……ジャーヴィス情けなくて涙出てくるナ~ゴ!』

 人目を引く、黒猫頭の長身の男。名前通りに脚の長い黒ずくめの男(ダディ・ロングレッグ)と、小娘二人。
 靴を片方脱ぎ、ケンケンしながら足に涼を取っていた彼に、鼻を摘まむフレンダと最愛は揃って反抗期の娘かなにかのような事を口にして。

「ところでジャーヴィス、あんた、その格好で本当にやる気?」
『ンニャ? 勿論そのつもりニャア、何処かおかしいナ~ゴ?』
「恋愛物の映画を一人で見に行く超勇者ですか、貴方は」

 当たり前●のクラッカーである。こんな目立つ格好でスニーキングミッションを行うなど。南米のジャングルで段ボール箱を被って『迷彩』と言い張るようなものだ。
 要するに、否、要しなくてもモロバレだ、スネーク。

『心配しなくても、ほら、こうすれば……ニャアゴ』

 パチン、と影の鋼が形成する猫の爪先が鳴る。まるで、刃と刃をぶつけたような音色と、眩めく火花と共に。
 その火花は、彼が銜えた煙草の先に。万色の紫煙を撒く、その源に。

「「────!?!」」
『どうかニャアゴ?』

 その、顔容……見覚えの有るその顔は────黒猫の頭と手にダブルのスーツ、肩にロングコートを羽織った姿の。

「……え? 絹旗……結局、何か変わった訳?」
「……いえ、フレンダ。超前のままですね」

 二人の声、勿論、そのままの彼の姿に困惑して。しかし、変わったと言えば確かに。確かに、()()|の《》()()()()()()()()()()()()

「これって……」
『ニャハハ、簡単ニャア、フレンダちゃんと最愛ちゃん以外でオイラを見る奴……正確には『オイラを見る自覚をした奴』には、ごく普通に見えるように視角情報を誤認させてるナ~ゴ』

 なるほど、確かに。そうとしか思えない、不思議な現象である。何やらちらりと此方を見た通行人は、二度見をした後で首を傾げて歩き去っていく。
 そう言う『欺瞞』のルーンを刻んだだけであるが。今は夜だ、このくらいの魔術(オカルト)行使ならお茶の子さいさいである。

「相も変わらず、結局、あんたの『正体非在(ザーバウォッカ)』って訳分かんない訳よ」
「超摩訶不可思議です……というより、私達にも同じように超擬装すれば良いのでは?」
『そんなに誉められるとオイラ照れちまうニャア、後、正体を誤解されたら面倒ナ~ゴ。オイラ、本当のオイラでフレンダちゃんと最愛ちゃんに振り向いて欲しいのニャアゴ』
「結局、キモい訳よ」
「超キモいんで寄らないで貰えます?」
『照れちゃって~、可愛いニャアゴ』
「「マジキモい」」

 と、大柄な体をお道化させて。端から見れば、軟派な大男が女子高生と小学生に言い寄っているようにしか見えまいが。
 それにしても、情けない話だろう。そんな状況を前に、誰もが無視を決め込んでいる。世渡り上手と言うか、意気地無しと言うか。

『リアルなトーンは流石に傷付くニャアゴ……しかしてダイヤモンドが砕けないように、彼女いない歴=年齢のこのジャーヴィスは諦めニャア! 即ち、先ずは三人であそこのカラオケにでも行こうナ~ゴ』
「とりあえず、ビチグソと比較されたダイヤモンドに超謝ってください……そして、超自殺志願者ですか、あんた?」
「……アンタねぇ、そんなに原子崩し(メルトダウナー)されたい訳?」

 残念ながら、この学園都市にそんな状況に介入する意気地を持つ者は極僅か。有り体に言えば、学園都市二八〇万人の内の七五〇〇人、五二〇分の三程度には居るやも知れぬ。
 即ち、五十人に満たないこの道のりに居る可能性は度外視できるのである。それでなくとも、手に届く内ならば『賽子(かくりつ)を何度でも()()()()()』の持ち主だ、彼は。

『決まってるニャア、挑む事にこそ意味が』
「──そこらで止めなさいよ、大の男が見苦しい」
「そうやねぇ、最近の若者としてはハングリー精神は見上げたもんやけど」
「引き際を弁えるのもまた、良い男の条件だにゃ~」
『あるん……ナ~ゴ?』

 突如、背中の側から掛けられた声。凛とした、確かな自己を持った声だ。振り返る、人の神経を逆撫でするかのような困惑の猫面(ショゴス)をわざとらしく浮かべた、性悪猫(チェシャ=ザ・キャット)が。

──驚いた。いやマジで。見れば、三人。俺はどうやら五二〇分の三の確率を引いたらしい。どうせなら、宝籤(たからくじ)か何かに当たりゃあ良いものを。いや、俺が宝籤なんて買おうモンなら特等から独占できる。即座に警備員(アンチスキル)がすっ飛んでくるだろうが。
 まあ、個人的には、()()()()()()()の部類だが。

 最近、見た覚えのあるその制服。白い半袖のカッターに紺色のスカート。そして、同じ配色のカッターにスラックス。彼にとって、学校名とは『部活』の看板。即ち──名も知らぬのであれば、十把一絡げの凡百な『とある学校』の制服となる。

「ああん、助かりますぅ……急に絡まれちゃってぇ」
『フレンダちゃぁぁぁん?! それは洒落になんないニャアゴ!』

 よよよ、と芝居を打つフレンダ、黙して従うだけの最愛。一気に周りは敵だらけに。何なら、今まで見ず知らずを貫いていた通行人までもが、此方に非難の眼差しを向けてきた。甚だ厚顔な話である。
 学校帰りか、はたまた。しかし、真面目そうな黒髪ロングの少女に如何にも不真面目そうな金髪グラサンと青髪ピアス。どんな取り合わせか、と心中で首を傾げて。

『おおっとこれはこれは……ご紹介が遅れましたニャア、素敵なお嬢さん、オイラはMr.ジャーヴィスと申しますナ~ゴ』
「なっ────?!」

 だが、些末な事だ。彼にとって、全ては単純明快──ただ唯一、それが女性かその他か。それ以外には無く、また、女性には礼を尽くす以外にも無い。
 真ん中の少女……随分と立派な『二物(むね)』をお持ちな、気の強そうな黒髪の少女の前に跪いての、英国騎士気取りの恭しい自己紹介。無論、フレンダと最愛に取っては、相変わらずニタニタ笑う性悪猫が少女らを小馬鹿にしている以外には見えないが。彼女らに取っては、大の男が真面目腐ってそんな事をしている訳である。

「ちょっ……いい加減にしなさいよ、貴様! 見た目で舐めてると、痛い目に!」
『そんな真逆(まさか)ニャア、素敵だから素敵だと言ったまでナ~ゴ』

 ぶん、と振られた少女の学生鞄を躱す。結構な勢いだったが、知り合いの致死レベルの竹刀や張り手に較べれば児戯も児戯。合気を使うまでもなく軽く見切り、適切な距離を保つ。

「おやおや、こいつはかみやんに強大なライバル出現だにゃー」
「──煩せェンだよ、クソムシ共。口ィ業務用のホチキスで永遠に閉じてブチ(ころ)がすぞ、ボケが」
「ああ、男に対してはSなんやねぇ……」

 ニタニタと。いつも通りに人を小馬鹿にした、『猫の無い笑い』を浮かべて。道化のように軽やかに、ステップを踏みながら。目をやった先、そこに瞳を凝らして────一つ、盛大に舌打ちして。

──まぁ、こんな奴等が居るんなら。まだまだ、この都市も捨てたモンじゃねぇのかもな……。

 等と。ひたすらに検討違いな安堵をしながら踵を返す。向かう先は、路地裏の影。彼の、本来の居場所。紛れ込むべき汚濁の掃き溜めであり、慣れ親しんだ場所。
 ほんの数年前までの、彼のホームグラウンド。そして、今また帰った暗部。だからこそ、目立って仕方がなかったから。その瞳には、目映く映るからこそ。

「全く……だから、そう言うサイトは覗くなッつったのによォ!」

 ふらふらと、正に不自然の極み。呆然自失の体で、有り得ない時間に有り得ない場所を歩いている……佐天涙子の姿を見たからこそ。

「あ、この……待ちなさ──!」
「ほっとくにゃー、この先は流石に」
「せやねぇ、この辺はもう治安悪い時間やし。女の子には、特にね」

 それを追おうとした少女。しかし、それを金髪グラサンと青髪ピアスが押し止める。黒髪ロングの少女は、とみに気分を害したらしい。不機嫌面で。

「……ほんと良いこと無いわ、最近……上条(アイツ)の不幸癖でも伝染ったのかしら」

 毎日毎日気が滅入るほどに景気の悪い同級生(クラスメイト)の陰気な顔を思い出しながら、『吹寄 制理(ふきよせ せいり)』はため息混じりにそんな事を呟いて。
 側に居た筈の金髪碧眼の少女とフードの少女の二人が消えている事にも、気付かずに。 
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