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その魂に祝福を

作者:玄月
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魔石の時代
第四章
  覚悟と選択の行方3

 
前書き
足元注意編。あるいは頭上注意編。
 

 


「貴様の甘さがうつったせいだ」
 その魔女との旅を終えて一年ほどが過ぎた頃の事である。たまたま立ち寄った村で、自分はその魔女と再会する事になった。およそ三ヶ月ぶりだろうか。包帯まみれの姿で憮然としながら、彼女は自分を睨みつけてくる。
 やれやれ。そんな事を言われても、自分はそう簡単に生贄にはできないのだが――何度目かの説明をした。もっとも、そんな事は彼女とて承知している。何故なら、旅の間にその理由を目撃したからだ。
「フン、好きなだけ若返る事が出来るとは良い身分だな」
 不満そうに、彼女は言った。若返り――それが『マーリン』を生贄にした自分が被った代償だった。歴代のマーリンを苦しめた老化の呪いは、自分には生じなかった。それは恩師の加護――自らの意思で肉体すら作り変えたその力が宿ったからだろう。自分が望む限り自分は人間というこの『器』の形を保ち続けるはずだ。永遠に朽ちることなく。
 それはいい。覚悟の上だ。だが、問題となるのはむしろ歴代の『マーリン』が――つまり、老化の呪いに囚われた彼らがどうやって生き延びてきたかだった。それは、言うまでもなく何かを生贄にしてその魂を喰らう事だ。それによって、老化を打ち消す。つまり、若返りを繰り返してきた。どうやら、その部分だけは今の自分にも残っているらしい。生贄にすればするほど若返ってしまう。しかも、基本的に年はとらない。正確には、『マーリン』を生贄にした時までは……つまり、二十歳そこそこまでは成長するが、それには相応の時間が必要となる。もちろん、『マーリン』ほど顕著に若返ってしまう訳ではない。というより、『器の形を保ち続ける力』は若返りに対してもある程度は抗う事ができるらしい。その効果はかなりばらつくが、今では慣れたもので一人二人生贄にしたくらいなら傍目に見て分かるほど若返る事は極めて稀だった。だが、だからと言って出会った魔物を悉く生贄になどしようものならたちまち胎児にまで若返ってしまうだろう。それでも死なないかも知れないが、試したいとはさすがに思わない。
 ともあれ、一体どんな魔物に襲われたのか。それを彼女から聞き出す事にした。仇打ちと言う訳でもないが、彼女を返り討ちにできるような魔物を放っておく訳にもいかない。
「今から三日前の事だ」
 さらに憮然とした様子で、その魔女は言った。何でも、彼女は別の魔物を排除要請を受けてその場に赴いたという。かなり凶暴な魔物だったらしいがそれでも排除する事に成功した。彼女を返り討ちにした魔物とは、その帰り道に遭遇したらしい。話を聞く限り不意打ちに近かったように思える。だが、
「不意打ちではないな。姿を見せてから襲ってくるまで時間があった。まるで決闘でも挑んでくるような様子だったよ」
 一見して、元の姿が女だと分かる魔物だったという。それとよく似た魔物を、恩師の記憶から探り当てる。その記憶と彼女の話を照らし合わせる限り、かなりよく似ている。だからだろう。少しだけ興味がわいた。他人の欲望は千差万別であり、ドッペルゲンガーやジェミニを除けば同じ魔物が存在する事はない――が、その一方で同じような欲望であれば同じような姿になる事もある。スライムなどはその典型だ。
 そして、結論から言えばその魔物――女剣士の抱えていた欲望は恩師が遭遇した魔物と良く似たものだった。自分が救済した彼女には何となくその魔物の元となった女性の面影があるように思えた。ひょっとしたら彼女の子孫なのかもしれない――別に本気でそう思った訳でもないが。
「そんなに似ているかしら?」
 ひょっとしたら、血は争えないという事なのかもしれない――そう告げると、その女剣士は微妙な顔をした。
 ともあれ、それから自分と女剣士、そして魔女との奇妙で爛れた――そして、不器用で青臭い関係はしばらく続く事になる訳だが……その歪な蜜月も自分の生涯においてはほんの一瞬の事にすぎない。そして、終わりは唐突にやってきた。
 いや――唐突ではない。そして、覚悟はしていたように思える。無関係ではいられないと、それは分かっていたつもりだった。……それでも、彼女達と共にいれば自分もただの魔法使いで――ただの人間でいられるような、そんな気がしていた。
 神聖ロムルス帝国。ロムルス帝国の流れを汲むその帝国が再び魔法使いの住まう大地に――今はサンクダム領と呼ばれるこの場所に侵攻を仕掛けてきた。第二次オリンピア戦争の開戦。それにより、世界は再び混迷を極めようとしている。連中の軍備を支える『鋼』の存在。それは、単なる製鉄技術の向上では説明がつかなかった。人知を超えた何かが作用している。いや……『奴ら』がほくそ笑んでいるのはもはや疑いない事だった。連中が再び『やり直し』をしようとしているのなら、自分も再び戦場に戻らなければならない。そんな事は、嫌でも分かっていた。
「正直に言えば、私は……私達はジェフリー・リブロムを怨んでいるわ」
 その日の夜。不意に彼女達はそんな事を言った。束の間言葉を失ったのを覚えている。
 ジェフリー・リブロム。その魔法使いは、自分にとっての恩人である。そんな事は彼女とて知っているはずだった。それに、
「その魔法使いがいなければ、お前と私達が出会う事なんてありえなかったという事は理解しているつもりだ。だが……」
 自分と彼女達は生まれた時代が違う。自分が生まれてからすでに三百年が経っているのだ。もしも、自分に不老不死の力がなければ、出会う事などあり得ない。それでも、
「こんなものを貴方に押し付けた、彼が憎い」
 彼女はそう言って自分の右腕――マーリンを取り込み異形と化したその腕を握り締め
た。彼女の爪が――異形化し白く輝くその指先が喰い込み、血が滲むのを感じる。
「こんなものをお前に押し付けた、その男が憎い」
 それに黒く異形化した腕が重なる。
 彼女の罪の証。彼女の生き様。自分の業の形。それがほんの僅かだけ混じり合う。
 痛みを感じるより先に、傷が癒えていくのが分かった。三百年の時をねじ伏せてなお、自分と彼女を隔てる呪い。今はそう思わずにはいられない。彼女達の美しい身体に無遠慮に残されたいくつもの傷跡。それを忌々しく感じるのは別にそれが理由だとは言わないが――それでも、意識させられる。
 自分の中には、不老不死の力を持った怪物が眠っているのだと。若返る事はあっても、朽ちる事はない。そんな事は分かっていた。
「貴方に孤独を押し付けた彼が憎い」
 彼女達は泣いているようだった。全てに耳をふさぎ、目を背けるようにその身体を掻き抱く。自分達の関係性すら曖昧なまま、それでも馴染んだその身体。それを抱いていれば孤独から逃げられる気がした。例え、錯覚だと分かっていても。気づかないふりが出来た。今までは、ずっと。彼女達がいてくれれば、それで良かった。
「いつか」
 喘ぐように。それでも優しく言い聞かせるように。彼女達が囁く。
「いつか。今よりもっと欲張りになって。そして、必ず見つけなさい」
 祈るように。懇願するように。呪うように。その声が延髄に響く。
「自分を犠牲にすれば全て救えると思ってる。そんな大バカ野郎の横っ面を引っ叩いて
救ってくれるような相手を」
 その言葉を覚えている。肉体を。記憶を。自分の名前すらも失って。
「……貴方に必要なのはもっと神の知恵だとか魔法の叡智だとか。そんな大げさなものじゃないわ。単純なものよ。何があっても。何が立ちはだかっても。どんな障害があったとしても。絶対に貴方の隣に居続けてくれる。それができる誰かよ」
「そうだ。絶対に切り捨てられないものがある限り、貴様は自分を切り捨てたりできないからな。そんな奴を見つけたなら――」
 彼女達の願いが叶う事など未来永劫ありえないと分かっていても、忘れることはできない。本物の不老不死の怪物となっても。永遠の時を彷徨うなかで何度も夢に見た。彼女達とただの人間として生きていく――そんな幻の日々を。
「私達が二人がかりでもできなかった事を、その誰かに託すわ。だから、きっと――」
 幸せになりなさい――その夜に最後に告げられた呪いの言葉。それは、永遠に消える事はない。永遠に消えることなく、戦場を彷徨う怪物を苛み続ける事になる。だが、それも悪くない。何故なら……この痛みこそが、彼女達と共に生きた証なのだから。
 それを抱えて永遠を生きていく。それがいずれ自分が選ぶことになる道だった。




『このドジボケバカアホ間抜けトンマ怒涛の運動オンチカメより遅くナマケモノに勝るドンクサさ――!』
「だってだってぇ!」
 一切の継ぎ目なく続く怒涛の罵声に引きずられるようにして、朝の街――大通りから大きく外れた細道をひたすらに走る。ここがどこなのかさっぱり分からない。多分、海鳴市から出ているはずだ。はずなのだけれど、よく分からない。全く見慣れない場所だった。いや、本当に。ここは一体どこなのか。
『クソったれが。こんなところまで追いかけてきやがるとは権力の犬ってのはつくづく度し難いぜ』
 リブロムが相変わらずの毒舌を発揮するけれど、それはともかくとして。
 こんなところ。リブロムをしてそう言わせるような所に踏み込んだ時点で、多分トラブルの足音が近づいていたのだと思う。私だって生まれてから一〇年近くを海鳴市で過ごしている。いくら隣町とはいえ、全く見た事がないほど箱入り娘ではないつもりだ。いや、それどころかああ見えて意外とアウトドア派な――というか、素直に放浪癖のある光に連れられて色々な場所に行っていると言う自負があるくらいだ。……少なくとも、そのつもりだったのだけれど。
「こんな場所じゃ、なのはじゃなくたって追いつかれちゃいますよ!」
『なら何でオレ達は追いつけねえんだよ!?』
「それは単純にあの人の身体能力がおかしいだけです!」
 ユーノとリブロムが怒鳴り合う。理由は簡単だ。私達は今、最も避けなければならない状況に追いやられている。つまり、管理局の人達に見つかってしまった。このまま捕まってしまえば、光やあの子達を救い出す事が出来なくなる。
 では何故そんな事になってしまったのか。それは、実はリブロムとユーノのせいだった。……少なくとも、きっかけを作ったのはこの二人だと思う。
 私が今走っているのは、お世辞にも道と呼べるような場所ではなかった。草やらガラクタやらが散乱する、人が通れるだけの隙間とでも言った方がいい。ちなみにさっきまでは排水路の脇にあった岸らしきところを走らされていた。お陰で服がドロドロだ。
(洗ったらちゃんと綺麗になるかなぁ?)
 そんな場合ではないと分かっていても、ついそんな事を考えてしまう。ああ見えて、お母さんは怒らせると結構怖いのだ。それこそ、光でも頭が上がらないくらいには。
「これからどうするんですか? 未回収のジュエルシードはもうないのに、なのはがこんな場所にいる時点で管理局が諦めるとは思えませんよ?!」
 それは確かに。ここは私の家からは遠すぎる。そんなところに私がいる理由を、リンディ達が考えないとは思えない。
『ンな事は分かってんだよ! クソったれ。今さら撤退したところでこの辺りを徹底的に張られちまう。張られるだけならまだしも、クロノとか言うガキが先に相棒を見つけてみろ。今度こそ相棒はあのガキを殺すぞ!』
 基本的に相棒は魔導師に容赦しない。そのうえ、もう時間がない。衝動に飲まれたまま気づけば殺しているという状況にもなりかねない。リブロムはそう言った。
『管理局と呑気に殺し合ってる暇なんざ相棒には残されてねえんだ!』
 時間がない。それこそが最大の問題だった。それくらいの事は分かっているけれど、
『ああクソ。だってのに、何だってあんなところですっ転ぶんだよ!? 空き缶くらい踏み潰せよな!?』
「そんなこと言ったって、あれスチール缶だったんだよ!?」
 まぁ、アルミ缶だったら転ばずに踏み潰せたかと言われると、それはそれで困ってしまうのだけれど。と、そんな事はともかく。
 ごく普通の道で。ただ管理局のサーチャーの探索範囲ぎりぎりのその場所で。リブロムの指示に従い、そーっと通り抜けようとした時の事だ。そちらにばかり気を取られていて、足元の空き缶――缶コーヒーだったから、多分スチール缶――に足を取られ、私は思いっきり転ぶ羽目になった。さらに転んだ先は、サーチャーの探索圏内で……今に至る。
 ああもう。擦りむいた膝の痛み以外の理由で泣いてしまいそうだ。
「っていうか、何で私はこんなところを走ってるの?!」
 その理由が未だによく分からない。だから、このまま捕まったとしても何も答えようがなかったりする訳で。
『オレにも確証はねえ……が、ひょっとしたら相棒の居場所の手がかりが手に入るかもしれなかったんだよ。オマエが転ばなきゃな!』
「あうううう……」
 怒鳴り返すだけの気力がない。体力がもう限界だった。もう歩いているのと変わらない。膝から力が抜けて、今にも倒れてしまいそうだ。それでも身体を動かし続けている執念もそろそろ底をつく。
『おらしっかりしろ! 追いつかれたらあのクロノとか言うガキに散々ナニされて嫁に行けねえ身体にされるぞ!』
「よめ……?」
 頭がぼんやりしてきた。そのせいか、リブロムが言っている事がよく分からない。
『だから。筆舌に尽くしがたいよーな辱めを受けて子どもを産めない身体に――』
「うわああああッ!? 何かサーチャーの数増えてきてますよ!? リブロムさんが余計な事言ったせいで!?」
『何ぃ? 何てことだ。オレとした事が向こうの図星を突いちまったか!』
「だからどーしてそう火に油を注ぐような事を?! って、なのはそこ曲がって! 回り込まれて――ッ!」
 二人が何を言い合っているのか分からないまま――それでも何とか近くの曲がり角を曲がる。と、
『お?』
「あれ……?」
 きょとんとした様子で、リブロムとユーノが呟いた。だからという訳ではないが、そのままふらふらと歩き、壁にもたれかかってずるずると座り込む。その間、リブロムもユーノも何も言わなかった。その代わり、ただじっと空を見上げている。そして、
『どう思うよ?』
「理由は分かりません。でも、サーチャーの統制が乱れたのは事実だと思います。アースラのシステムトラブルなのか、それとも別の理由なのか……」
『いや、多分あの――いや、いいか。何であれ好機だ。いいか、チビ。しっかり身を隠してから一〇分の休憩を取って、あとは一気に魔法で飛べ。目的地はオレが示してやる』
 どこかに視線を走らせてから、リブロムが告げた。弾む息のせいで返事が返せない。頷くだけの首の動きすら煩わしい。だけど、視線だけでも頷いて見せる。
『どうやら、当たりを引いたらしい。不死の怪物と渡り合う覚悟はできたか?』
「大丈夫。『戦う覚悟』ならあるよ」
 不思議と滑らかに滑り出たその言葉に、リブロムはにやりと笑って見せた。




「艦長! なのはちゃんを見つけました!」
 その日。広域を探索させていたサーチャーが、高町なのはの姿を捕えた。もちろん、彼女の捜索もサーチャーを飛ばしていた理由の一つではある。とはいえ、そこまで優先順位が高いと言う訳でもなかった。今、最優先で確認しなければならないのは御神光の生死――そして、それに伴うジュエルシードの行方だ。そして、その観点から見ても、
「エイミィ、絶対に捕まえてちょうだい」
「了解!」
 彼女がこんな時間に隣町にいるという事実は無視できない。基本的には上空から監視するしかできない自分たちと異なり、人づてから情報を集められる彼女達であれば、御神光、あるいはあの金髪の少女達の所在を把握している、あるいはそのヒントになる情報を入手した可能性がある。それに何より、
「なのはさん達に、『無駄な事をしている』余裕はないはずよ」
 リブロムが定めたタイムリミットまで、あと二日しかない。この状況で、余計な事は出来ないはず。管理局の監視下から外れた事で、リブロムが彼女に何かしらの情報を提供した可能性は極めて高い。ここで彼女達を見失う訳にはいかない。
「そろそろ捕まえられるな」
 モニターを見ながら、クロノが呟いた。目に見えてなのはの動きが鈍ってきている。いい加減体力も限界だろう。あの子は魔力こそ膨大だが、特別身体を鍛えている訳ではない。むしろこれだけの距離をよく頑張ったと言える。
 サーチャーが一際接近する。充分に近づき通信回線を開いた途端、
『おらしっかりしろ! 追いつかれたらあのクロノとか言うガキに散々ナニされて嫁に行けねえ身体にされるぞ!』
 リブロムのそんな叫びが飛び込んできた。
「…………」
 誓って言うが。息子を信じていない訳ではない――が、ついついクロノに視線を向けてしまった。それは私だけではないらしい。他の何人かと視線があった。
「高町なのは――」
 何ごとも無かったかのように、クロノは咳払いをして通信機に向かって口を開く。が、それより早く、
『だから。筆舌に尽くしがたいよーな辱めを受けて子どもを産めない身体に――』
 上手く理解できなかったのか、それとも単純に疲れているからか。理由は何であれ、なのはの反応が鈍かったからだろう。リブロムがもう少し具体的に言い直した。いや、今度は言い切る前にクロノが動いていた。
「ここで確実に彼女達を捕える。僕が直接出よう」
 そう言うより先にキーを叩き、周辺にあるサーチャーをその場所に収束させる。まぁ、確かに時間がない中でようやく見つけた手がかりだ。ここで取り逃がしている余裕などない。クロノが現場に到着する前に万に一つも見失う訳にはいかない。
 それは確かなのだが。
(クロノ。任務に私情を挟むのは禁物よ?)
 少なからぬ私情が混ざった事もまた否定できまい。別にだからという訳ではないのだろうが――事態は思わぬ変化を見せた。
 ザザ――ッ。最初に聞こえたのはそんなノイズ音。それをきっかけに映像が狂いだす。映し出されたのは、多分この辺りで放映されているメロドラマ。他のモニターにはワイドショーが。取りあえずまともに機能しているモニターも、まるで無意味な場所を映すばかりで、肝心のなのはをすっかり見失っていた。
「何が起こってるの!?」
「誰かがサーチャーにジャミングを! こちらのコントロールを上手く受け付けません!」
 まとまって飛んでいたはずのサーチャーが好き勝手に暴走し始める。モニターの画像は次々と切り替わり見ているだけで目が回りそうだ。
「アースラのシステムに問題はなし。……って事は、向こう側にこちらからのコントロールを妨害している何かがあるだけってこと?」 
 言いながら、無事なサーチャーを遠ざける。それだけで混乱からは免れたらしい。だが、これではあの周辺の情報は一切入手できない。当然、高町なのはの行方もだ。
「ああもう! 悪さしてるのは何なのよ!? 一体どこにあるの!?」
 毒づきながらも、エイミィがジャミングの駆除にかかる。だが、すぐに回復とは行かないようだ。
「やられたわね……」
 この妨害行為が誰の手によるものなのかは分からないが、それでもこのタイミングだ。私達はこの世界の住人……少なくとも御神光を知る――つまり、魔法の存在を知る人間達には嫌われたと考えてよさそうだ。もちろん、自分達こそが完全無欠の正義の味方だ思っている訳ではない。落ち度があったのも事実だ。それでもさすがに堪えるものがある。
 とはいえ、
(私達にもやるべき事がある。例え恨まれているとしても)
 この周辺に、隠さなければならない場所がある。それは間違いない。そのうえで、サーチャーが使えないというのなら。
「クロノ。行くわよ」
「艦長?」
「私も出るわ」
 情報は自分の足で獲得する。それに、もう一度彼女達とはしっかり話し合わなくては。
 この世界を守りたい。その想いだけは、おそらくこの一件に関わっている全員が同じはずなのだから。




『見えるか、チビ。あのデケエ建物だ!』
 サーチャーを避けるために小刻みに展開された結界を飛び石のように伝いながら、私はその建物――高層マンションを見上げる。どうやら、あそこに光はいるらしい。
 根拠は分からないが、リブロムは確かにそう言った。今はそれを信じて飛ぶだけだ。
『しっかし、あの嬢ちゃん。いいトコ住んでやがるなぁ……。相棒もどうせ隠れ家を作るならあれくらい派手なところにすりゃいいのに』
「そんなのんきな事言ってないで手伝ってくださいよ!?」
 本当なら目的地まで一つの結界で覆ってしまうのが普通なのだそうだが――サーチャーが混乱している今、下手に結界を張って行き先を特定されないようにしたい。そのための苦肉の策なのだが……飛び飛びに結界を張るのはやはり難しいらしく、ユーノが悲鳴を上げる。もっとも、そんな事で動じるリブロムではないのだけれど。
『生憎と人払いの魔法ってのは覚えがなくてな。それより、その先にあの機械があるぞ』
「あああああッ!? なのは曲がって曲がって!」
 発動しかけていた魔法を中断し、ユーノが悲鳴を上げた。慌てて急激な方向転換。その結果私達は結界を飛び出してしまう。さすがのユーノも結界が間に合わない。
「あれ? 今何か白いものが通らなかったか?」
「ああん? おいおい、ここを何階だと思ってるんだ? 怪談話にゃまだ早いだろ」
 そんなやり取りが聞こえた気もしたが――取りあえず、気づかれなかった事にして、ビルの窓ふきをしている業者さん達の背後をすり抜ける。その先で再び、私達は結界に包まれた。取りあえずホッと一息。そして、さらに加速する。
 一分でも。一秒でも。一瞬でも早く。本当に、もう時間がないのだから。
 そして、マンションまであと二〇〇メートルといったところで。
「あっ!?」
 小さく悲鳴をあげる。ユーノの結界によって無人となっているはずのその場所に人影があった。濃紺の制服に緑色の髪。一人の女性が、マンションの入り口に立っている。
「リンディさん……」
 リンディ・ハラオウン。アースラの艦長。今この世界にいる管理局の最高責任者。
 もちろん、敵ではない。けれど、私が光と合流するための最大の障害となりえる相手。身構えるなという方が難しい。レイジングハートを握りながら、小声で問いかける。
「どうしよう?」
『厄介だな。無視して突破してえのは山々だが……』
 リブロムが舌打ちする。それに応えたのは、ユーノだった。
「ここで管理局に追われている時間の余裕がない、ですか?」
『そう言う事だ。さらに言うなら、相棒のところに案内しちまうのもマズイ』
「でも、今さら気づかなかった事にはできない、よね?」
 リンディがここにいるのは偶然ではない。明らかに私達を待っていた。
『まぁな。思った以上に優秀だな。ここでテメエから、しかも一人で姿を見せるとは思ってなかった。ぞろぞろと下っ端を引き連れて捕まえに来たってんなら、強行突破でも良かったんだけどよ。このままじゃこっちから攻撃を仕掛ける訳にもいかねえ』
 もちろん、無視もできない。なら、選択肢は一つしかない。どの道、リンディとの接触は避けられない。まずは話を聞いてみるべきだろう。ゆっくりと地面に向かって降りる。
(そうだよね。まずはちゃんとお話ししないと……)
 自分に言い聞かせるように呟く――と、そんな私に気付いたのか、リブロムが言った。
『話を聞くのはいいが、のんきに『お話し』している暇はねえぞ』
「うん。分かってる」
 もう時間がない中での出来事だ。さすがに焦りよりももう少しだけ刺々しい感情を否定する事は出来なかった。それでも、何とか誤魔化した事にして地面に降り立つ。
「なのはさん……」
「何の用ですか?」
 声が刺々しい。自分でもそう感じた。自分で思っているよりも遥かに感情を誤魔化しきれていないようだ。いや、違う。これは――…
「なのはさん、もう一度ちゃんとお話しをしましょう」
 これは、あの時から先送りにし続けてきた感情だ。それをぶつけるべき相手が目の前にいる。だから抑えられない。リンディが悪い訳ではないと分かっていたとしても。
「……今さら何を話すっていうんですか?」
 それが目的だったはずだ。それなのに、零れ出たのは拒絶の言葉。
 身体が震える。声が震える。喉が引き攣って痛い。感情のままに言葉を吐き出す事が、こんなにも辛いなんて初めて知った。
 思い出すのは、もうすぐ六歳になるといったの頃のこと。お父さんが仕事で大けがを負った時のこと。それまで当たり前に続いていた毎日が、たった一本の電話で壊れてしまった。それでも光がいてくれたから、辛くはなかった。でも、もしもあの時、光がいなかったら。もっと辛い毎日だったはずだ。あの頃無理ばかりしていた恭也は身体を壊していたかもしれない。お母さんや美由紀も。それどころかお父さんは二度と家に帰って来なかったかもしれない。だから、高町光だけではなくて。『魔法使い』御神光は私たち家族にとってとても大切な存在なのだ。
「光君とあの子についてよ。特に光君はあんなに酷い火傷を負っているわ。早く見つけて治療をしないと。だから、もう一度だけ私達に協力してほしいの」
 光の治療。それは確かに今すぐにでも必要な事だ。けれど、
「分かっています。だから、邪魔をしないでください」
 リブロムと視線だけでやり取りをする。この魔術書があれば、光を治療する事が出来る。その、最後の確認だった。
「待って。あれだけの火傷よ。それに、魔法が関わっている。この世界の医療技術だけで対応できるかどうかは分からないわ。でも、私達なら――」
「大丈夫です。治し方なら、リブロム君が知っていますから」
 何とか気持ちを抑えて。それでも、はっきりと言い切る。さすがに、リンディは言葉に詰まったらしい。
「お話はそれだけですか?」
 自分でも驚くくらい刺々しい声。こんなのはただの八つ当たりだと分かっているのに、自分でも止められない。これじゃ、ただのわがままな子どもだ。それくらいの事は分かっているのに。
「それなら、もう私は行きます。ごめんなさい。全部終わったら、預かっているジュエルシードもちゃんと全部お返ししますから」
「待って! 話はまだあるわ。あの金髪の少女達について――ッ!」
 魔力を集め、空へと舞い上がろうとする。それより早く、リンディが動き――
「そうだな。もう少し詳しく話を聞かせてもらおうか。さすがに俺なんかよりも状況を把握していそうだからな」
 そのリンディより早く、誰かが彼女の背後に姿を現す。そして、そんな言葉と共に彼女の首筋に背後から刃が付き付けた。
「お兄ちゃん……?」
 その剣の持ち主を見て、思わずポカンとしてしまう。そんな私を見て、兄はやれやれと言わんばかりに肩をすくめてみせる。
「あの子を探すのは任せておけと言っただろう? ……まぁ、この様子じゃ完全に出遅れたようだが」
『いや、そうでもねえ。オレ達は元々オマエをつけてきたんだ。お陰で助かったぜ』
 リブロムがにやりとして言った。
『なぁ、恭也』
 姿を見せたのは、私のもう一人の兄――高町恭也だった。
「―――」
 リンディが何かを言おうとして、それより早く恭也が口を開く。
「動かない方がいい。女性に背後から剣を突き付けるなど、剣士の風上にも置けないのは承知しているが……さすがに俺もいくらか機嫌が悪い。正直、今にも手元が狂ってしまいそうなくらいにな」
 言葉に反して、その刀は微動だにしない。手元が狂うなんて事はないだろう――が、そんなものは危険と紙一重な安全である事くらいは、私よりもリンディの方がよく分かっているだろう。
「リブロム。さっき言っていた火傷とは禁術とか言う魔法の影響か?」
『そうだ。……何だ、相棒から聞いたのか?』
「いや、父さんからだ。初めて会った時に酷い火傷をしていたらしくてな。それがあまりに奇妙な傷だったから後で理由を聞いたらしい」
『そうかい。しっかしまぁ、今にしてみると、あの時の士郎に火傷の心配されるってのも笑える話だよな』
「……さすがに今でも笑い話にはならないと思うが」
 げんなりとしながら、恭也が呻く。
「まぁ、いいか。なのは、俺はこの人と少しばかり話があるから、お前は先に光のところに行ってやってくれ。みんなで家に帰ろう。もちろん、あの子達も連れて」
 いつも通りの声で、恭也が言った。ささくれ立っていた心が、それだけで落ち着く。
「うん、任せて!」
 大きく息を吸って。ゆっくり吐き出してから。私は笑って答えた。そして、改めて空へと舞い上がる。その直前、何かが割れるような音がして。
『オイオイ。ひょっとして、これはちょっとヤバいんじゃねえか?!』
 リブロムの叫びに応じる様に、二つの黒い人影が落ちてきた。




「クロノ、くれぐれも気をつけて」
「了解です」
 結界で隔離した超高層マンション。その入り口で艦長と分かれ、僕は建物の内部へと踏み込んだ。結界の内部には微弱な魔力反応がある。いや、微弱というのは適切ではないのかもしれない。僕らの把握している魔力パターンと異なるため、正確な測定ができていないだけだ。だが、そんな事はどうでもいい。
 今この建物には御神光がいる。つまり、生存確認ができたと言える。さらに言えば、これでジュエルシードの行方もほぼ確定した訳だ。これで御神光との対話に成功すれば、ロストロギアに関する問題の文字通り半分には決着がついたと言える。
(罠の類は、なさそうだな)
 一般人が隔離されたマンションは――いかにも高級そうな洒落た造りではあっても――ごく普通の建物に過ぎない。トラップの類がある訳でもなく、住民が皆殺しになっていた痕跡もない。
(御神光を蝕む『魔物』とやらは、まだ覚醒していないという事か……)
 取りあえず、このマンションの住民に被害が出ていない事は安堵すべき事だろう。ついで言えば、今のところこの周辺で大量虐殺が生じたと言うニュースもない。御神光の暴走という最悪の結果は、現時点では生じていないという事だ。
(最上階か。セオリー通りと言えなくもないが……)
 経験上、特的武装組織や大規模な密売組織はそういった派手な場所をねぐらにしている事が多い。もちろん、ロストロギアの違法収集や転売を目的とした組織も。
 とはいえ、この事件の本質はおそらくそう言ったものではない。
(せめてもの愛情だと言えるか?)
 酷使する『娘』に対するせめてもの愛情。ろくでもない想像だが――せめてそれくらいの空想を抱きたいところだった。そう思う程度には、事件の全容が見えつつある。
 なるほど。高町なのはが初めに言った通り、御神光というのは根本的に『お人好し』なのだ。……その目的を達成するために、手段を選ばないだけで。
(お互いに無駄な時間を過ごした。そう思わないか?)
 エレベータを降り、最後の廊下を歩く。あくまでもあの少女を守ろうとする御神光と、この世界を守るべき自分達は結局のところどこまでも平行線にすぎない。だが、平行線だと自覚できる程度にはお互いが近しく、同じ方向を向いているはず。……それをこじれさせた理由は、なるほど確かに僕らにもあるか。
(あの少女を救う事とこの世界を守る事は決して矛盾しない。それにもっと早くに気づいていれば、ここまでこじれなかったかな)
 乱れてしまった平行線を、せめて元の形に戻す。全てが終わってしまう前に。まだ間に合うはずだ。言い聞かせる様にして、扉を開ける。鍵はかかっていなかった。
(誰もいない?)
 豪華であるはずのその部屋は、その価値に反して殺風景だった。それこそが、何よりも仮初の居場所である事を示しているように思える。だが、人がいる痕跡が見いだせない訳ではない。その一つを取り上げる。
(プレシア・テスタロッサ。やはり間違いない……)
 ベッドサイドに置かれていた写真立。そこには、ごく普通の親子の姿があった。大魔導師とまで呼ばれた稀代の魔導師と、その娘。幸福な過去を――もう『存在しない』光景を映し出したそれに痛みすら覚えた。プレシア・テスタロッサを襲った悲劇に全くの共感を覚えない程に自分は非情ではないつもりだし、何でも割り切れる訳でもない。だが、
「それでも、やらなければならない」
 覚悟を決めて、もう一つの痕跡をたどる。それは、血痕だった。ただ、妙なのは少しばかり薄い事だ。いや、妙ではないか。一度水中に沈んだのだから。
(それだけが理由じゃないようだが……)
 窓から部屋を横断して続く血痕は、まずバスルームまで続いていた。慎重に扉を開けると、はっきりと血の匂いがした。血で濁った水がバスタブに溜まっている。塩を洗い流したのだろう。やはり、御神光はこの部屋に戻っている。それなら、おそらく――
(いったんリビングに戻ってから……この部屋に向かったはず)
 血痕の流れからすれば、他に考えられない。そして、ここから出た痕跡はない。相手も魔導師である以上絶対とは言えないが、それでもこの部屋の中にいる可能性は決して低くはあるまい。
「御神光。入るぞ」
 宣言というよりは、自分自身を鼓舞するような心境で扉を開く。そこにあったのは、やはり殺風景な部屋だった。というより、一切の家財道具がない。その代わり、四方に何か妙なガラクタが置かれている。そして、どうやらそれが室内を結界を維持しているようだった。おそらく、御神光は結界の中にいるのだろう。だが、
(何だ……? 何の抵抗もない?)
 まずはデバイスで。次に片手で触れる。だが、そのどちらも何の抵抗もなく『向こう側』に滑り込んでいく。最後に、覚悟を決めて一歩踏み込む。だが、その前にすべき事があった。何のための結界なのか。立ち入る前に、それをよく考えるべきだったのだ。
 中に踏み込んでから。たちまちのうちに後悔する事になる。
「何ッ!?」
 真っ先に見えたのは、奇妙な怪物だった。朽ちかけの甲冑を内側から風船のように膨らませたようなその怪物。それがくぐもった悲鳴と共に襲ってくる――より早く、
「ッ!?」
 漆黒の影が、頭部から股間まで唐竹割にして見せた。言うまでもない。御神光だ。
(いや、違う!)
 今目の前にいるのは、御神光を蝕む『魔物』――彼の肉体を乗っ取った殺戮衝動そのものだった。呼びかける暇もない。一瞬で間合いが詰められる。後ろに飛び退いて――そして、気づいた。結界の内壁にぶつからない。精々が五歩程度しか踏み入っていないはずなのに。つまり、出られない。ゾッとしながら、それを認めた。
(そうか! この結界は……ッ!)
 何のことはない。この結界は、外からの侵入を防ぐのではなく、中からの脱出を拒むものだったのだ。つまり、自分が暴走しても余計な被害を出さないように。それはいい。
 だが、厄介なのは――
「クソッ! 何だ、この暴走体は?!」
 巨大なネズミ。巨大な猫。さっきの甲冑もどきに、太った女と鶏を悪趣味に混ぜ合わせたような怪物。見渡す限り怪物だらけ。御神光が――その姿をした怪物が一匹殺すたびに次の一匹が現れる。つまりここは、殺戮衝動を満たすための屠殺場だ。そんなところにのこのこと踏みこんでしまった僕もその哀れな犠牲者の一人に過ぎない。まったく、我ながら迂闊にも程がある。
「クソ! 正気に戻れ、御神光! お前はあの子を助けるんだろう!?」
 他の怪物たちを盾にしながら、御神光に呼びかける。あの少女も、その使い魔の行方も分からない。彼女の『母親』はあの子自身を標的にして次元魔法を叩き込んだ。もしもあの二人が『母親』の傍にいるなら――最悪は、もう殺されているかもしれない。
「こんな所で幻の『魔物』なんかと殺し合っている暇は、お前にはないはずだろう!?」
 周りの魔物は、僕にも見境なしに襲ってくる。ネズミもどきと猫もどきはともかく、甲冑と鳥女はかなり凶悪だ。この化け物の相手をしながらでは、猫とネズミも煩わしくて仕方がない。だが、何より脅威なのはやはりこの『魔物』だ。
「チッ!?」
 異形の双剣が自由自在に打ち込まれる。それをどうにかデバイスで受け止め、何とか軌道を逸らす。それが限界だ。これほど素早い剣戟ではブレイクインパルスによる武器破壊すら望めない。やはり、クロスレンジではまず勝ち目がない。派手に飛び散る火花に舌打ちしながら認める。
 そうこうしている間にも、人体の急所という急所を刃が軽く撫でていく。右頸動脈。左大腿動脈。胸部正中線よりやや左方――つまり、心臓の真上。脳天。眉間。手首。腹部。両側の鎖骨から斜めに胸部に向けて。あらゆる急所に向かって的確に放たれる斬撃や刺突。そのどれか一つを受け損ねただけで確実に致命傷に繋がる。
「スティンガー・スナイプ!」
 周りの魔物が光に襲いかかった。その隙に距離を開き、魔法を放つ。だが、肝心の御神光には当たらない。狙いが振り切られる。光もまた魔物を盾にしながら、こちらに斬りかってくる。
(一応は認めてくれたと考えるべきか……)
 どうにも素直には喜べないが……どうやら一番殺しがいがある相手だと認識してくれたらしい。周りの魔物を乱雑に斬り散らしながら、さらに間合いを詰めてくる。
(こうまで反撃の糸口が見つけられないなんて……)
 いっそ笑いだしたくなった。苛立ちや羞恥、嫉妬などはとっくに通り越している。全く、今この世界にいる魔導師は揃いも揃って怪物ばかりだ。
 高町なのは。天才的な――同じ魔導師として言わせてもらえば、むしろ天災じみた才能の持ち主。彼女の砲撃魔法は現時点でさえ、ふざけた威力を持っている。だが、今の彼女になら勝てる。もちろん、真正面から撃ち合って真っ向から火力でねじ伏せろと言われれば難しいが――それだけだ。あの金髪の少女の実力は正確には把握できていないが、おそらく負けはすまい。それは、単純に僕が御神光に勝てないのと同じ理由だ。
(彼は……少なくとも、今彼が使ってくる魔法は僕の魔法と比べてそれほど威力が高い訳じゃない)
 だが、それだけだ。術の制御や運用。状況に応じた使い分け。そして、必要とあればそれら全てのセオリーを切り捨てる見切り。彼の強さは才能なんて安っぽい言葉だけで成り立っている訳ではない。ついうっかりで逆転を許す様な甘さはない。
 御神光の力の本質は膨大な戦闘経験だ。だからこそ、今の僕には彼の予測を振り切れない。どんな手段を用いても、確実に一歩先を行かれる。退こうが詰めようが。攻めようが守ろうが。どこをどう動いてもいいように追いつめられる。これほどの戦闘経験を習得するに至った彼は、今まで一体どれだけの死線を潜りぬけてきたのか。
 そして、今。その身体を蝕む『魔物』は、彼が持つその卓越した殺人術を全く躊躇いなく叩き付けてくる。せめてもの救いは、正気ではない事か。海上で見せた――余裕たっぷりに見せつけられた、精錬された動きではない。もっとも、獣のようなその動きはそれはそれで厄介極りないが――それでも彼の本質を邪魔し、削り落としてくれている。だが、
(ダメだ。このままじゃ……)
 押し切られる。すでにバリアジャケットの何ヶ所かが斬り裂かれ、少なくない血が流れている。出血は体力を消耗させ、集中力を低下させ、身体の動きを鈍くする。今よりももう少しだけ身体が動かなくなれば、瞬く間に殺される。
 しかも、敵はこの怪物だけではなかった。
「クソッ! 酸か?」
 猫もどきが吐き出してきた何かがバリアジャケットにかかり、酷い匂いを放つ。それと同時、その液体によってバリアジャケットが蝕まれていく。魔力を帯びた酸と言ったところか。取りあえず猫の顔面を魔力光弾で吹き飛ばす。
「ええい、鬱陶しい!」
 次に襲ってきたのはネズミの群れだった。異形のネズミはどうやらそれの集合体だったようだ。死角から這い寄ってきて身体を駆け上がり齧りついてくる。瞬間的にバリアジャケットを喰い破れはしないが、いつまでもまとわりつかせておく訳にはいかない。
 広大な結界に物を言わせ、上空を無秩序に飛び回り払い落す。
「ブレイズキャノン!」
 ついでに、再び実体化する前に纏めて吹き飛ばす。だが、ひっきりなしに他のネズミや猫や、甲冑や鳥女の攻撃が飛び交う。もちろん、その中には御神光の魔法もあった。御神光だけに集中できない。いくつもの攻防を同時に捌いていかなければ命がない。もちろん、条件としては御神光も同じはずだが。
(クソッ……。もっと無駄なく動かないと体力が持たない)
 理性などろくに残ってもいないくせに無駄なく捌いていく御神光と異なり、こちらは派手に動き回らざるを得ない。結果、かなりの量の血が辺りに滴り落ちた。魔力はともかく、体力の消耗はすでに無視できない。
≪おい、坊主。聞こえるか?≫
 念話――だったのだろうか。誰かの声がした。いや、錯覚だったのかもしれない。
≪やれやれ。彼が正気でない可能性は考慮できただろうに。何故のこのことこの異境に足を踏み入れたんだ?≫
 再び声がした――ような気がする。しかも、先の声とは別人のように思えた。
≪まぁ、そう言ってやるなよ、相棒。今はこの坊主を生還させるのが先だ。さすがに見捨てんのは寝覚めが悪くて仕方ねえ≫
≪我々は本来、もう目覚めるはずもないんだがな≫
 再び最初の誰かの声。それに続いて、もう一人が呆れたように言った。
≪いいんだよ。細かい事は気にすんな≫
 冗談でも言い交わすようなやり取り。それが念話なのか幻聴なのか、それを判断しているだけの余裕がない。光もろともに鳥女に喰われそうになる。そのおかげで、光の注意がそちらに向いた。今のうちに何とか体勢を――
≪いいか、坊主。どの道お前一人じゃそのバカ弟子には勝てねえ。さっさとこの異境をぶち抜いて逃げちまいな。何、そこまで強度の高いもんじゃねえ。後は気合いだ≫
 異境というのは、この結界の事か。だが、破ってしまって平気か? 御神光はもちろん、この怪物達まで外に出てしまえば、それこそ収拾がつかなくなる。
≪この異境は、偽典リブロムの記述を模したものだ。つまり、あの魔物どもはこの外では存在できない。その心配は無用だ。そもそも、君が言った事だぞ。『幻の魔物』だと≫
 二人目の誰かが言った。確かに僕が言った言葉ではあるが――これは彼が有するはずのジュエルシードが生み出した思念体だと思っていたからである。それを自分もろともに結界に閉じ込めている、そう判断したからだ。だが、この声を信じるならそうではないらしい。もっとも、この声が本当に聞こえているのか。本当に信じていいのか。追いつめられ都合のいい妄想に囚われているのではないと断言できるのか。
≪迷っている暇はない。よく見るといい≫
 落ち着き払ったその声に――それが意味する事に背筋が強張った。御神光の右掌に、巨大な火球が生じつつある。単なる魔力弾ではなさそうだ。
≪来るぞ。あの一撃を上手く利用して逃げな≫
 無茶を言う。だが、この結界を僕一人で破壊するのは困難だ。慌てて全力で魔力を収束させる。この威力で足りるか。いや、そもそも間に合うか。その時点で賭けだが――
「ブレイズキャノン!」
 後方に飛び、着弾までの距離を稼ぐ事で何とか勝ちをもぎ取った。僕の砲撃魔法と、御神光の火球が真正面から激突し、派手に爆裂する。視界が白熱する中、何かが砕けるような音がして――
「ぁ……ッ!?」
 爆風に翻弄されるままに、何かを突き破った。何が起こったか分からないまま――呼吸すらままならないまま、それでも反射的に横に飛び退き――そこで気付く。
(廊下!)
 つまり、結界の破壊には成功した。リビングを突き抜け、ガラス窓を破り、外へと飛び出す。同時、背筋を悪寒が駆け抜ける。それに従い身体を捻る。
「ぐ……ッ」
 背中から肩にかけて、熱にも似た激痛が走る。首だけ捻り振り返ると御神光愛用の回転する刃が虚空に消えるのが見えた。斬られたらしい。致命傷ではないと思いたいが――少なくとも無視できるような浅い傷ではない。飛翔魔法の制御が乱れた。このままでは、墜落死の危険があった。何とか魔力をかき集める。そんな中で、
『オイオイ。ひょっとして、これはちょっとヤバいんじゃねえか?!』
 聞き覚えのある――というか、一度聞けばそう簡単には忘れられそうにない独特な、あの魔導書の声を聞いた。

 
 

 
後書き
今さらですが、冒頭(主人公の過去話)に出てくる二人の女魔法使いは実は作者のサブキャラ達です。
最初はゲーム中のお気に入りのキャラ(+魔物)そのままで行こうと思ったんですが、色々肉付けしているうちに気付けばこんな形になっていました。
見た目はいつでも好きに変えられるゲームですが、特に無印の頃は腕のレベルを下げる事は出来ても上げる事は出来なかったので均等、魔の腕、聖の腕の三キャラ作っているので。
せっかくセーブデータも三つ作れるわけですし(笑)
まぁ、せっかく育てたキャラ達なので出番があって何よりかなと個人的には思っております(単なる自己満足ですが)。

さて、ハラオウン親子もいよいよ主人公に迫ってまいりました。ユーノと言いクロノと言い、主人公と顔を合わせる度にどつきまわされている気がしますが……。
それではまた来週更新できる事を祈って。
2014年11月8日:誤字修正 
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