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魔法科高校の神童生

作者:星屑
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Episode31:暗躍



九校戦二日目。この日の初めに行われた女子クラウド・ボールでは、真由美が全試合無失点・ストレート勝ちで優勝を飾った。
それを観客席から見ていた隼人は、その戦法のえげつなさに苦笑いを漏らしていた。どうやら自分も近いうちに同じようなことを思われるとは微塵も想像していないようだった。

「もっとも、魔法力の消耗が激しい競技だからな。一日で5試合全部となると、今度は選手の方がもたないだろう。二日目の決勝リーグは、試合と試合の間隔も短い。ピラーズ・ブレイクが『最後は気力勝負』と言われているのも一面では真実をついている」

現在隼人たちは、観客席ではなくスタッフ席で達也によるアイス・ピラーズ・ブレイクの講義を受けていた。熱心に聞いている雫を他所に、隼人と深雪はある程度聞き流していた。
三人がここにいる理由は、次に登場する二年生、千代田花音の試合を間近で観戦することで試合の感触をつかもうという趣旨だった。
達也と深雪、隼人と雫以外の他のメンバーは男子クラウド・ボールの試合を見に行っている。エイミィやスバルは観客席でピラーズ・ブレイクを見ているはずだ。

アイス・ピラーズ・ブレイクの会場となるのは、縦12m、横24mの屋外だ。そのフィールドを半分に区切り、それぞれの面に縦1m、高さ2mの氷の柱を12個配置し、相手陣の氷柱を全て倒した方が勝者となる。
選手が立つのは、フィールドの両端に設けられた高さ4mの櫓の上。選手はそこから、魔法のみで自陣の氷柱を守り、敵陣の氷柱を崩し倒す。フィールド内であれば、魔法の安全規制が解除される為、魔法競技中、最も過激と言われる競技だ。
いよいよ、花音がステージに上がった。

「司波君」

花音をステージに送り出した五十里啓が、達也を手招きしている。

「僕たちも上がろう」



☆★☆★



選手が立つ櫓の後方に、スタッフ用のモニタルームがある。ここには、選手の体調をモニターできる機器と、フィールドを直に見渡すことのできる大きな窓が設けられている。

「千代田先輩の調子はどうですか?」

問いかけた達也に対して、五十里は苦笑い気味の笑みを浮かべた。

「随分気合いが入っているよ。入れ込み過ぎて、明日に影響しないか、心配なくらいだね」

だがその笑みに心配の色は見られない。

「一回戦は最短決着だったそうですね」

「花音はああいう性格だから。もう少し慎重に行ってくれると、見ている方も安心なんだけど」

更に苦笑いして返された答えに、達也は興味を覚え、隼人は苦笑いを漏らした。
達也は午前中、ずっと真由美のそばについていた為、花音の午前の一回戦を見ていないが、隼人は観客席で真由美と花音の試合を交互に見ていた。
自陣の被害を顧みず、ガンガンと敵陣の氷柱を倒す花音の姿を見ていたのだ。

「始まる」

雫の呟きに、全員が視線をフィールドへ向けた。



☆★☆★



試合開始の合図と同時に、地鳴りが生じた。
それは花音が発動させた『地雷源』という振動系統・遠隔固体振動魔法によるものだ。

魔法の特性において、その才能は親から子へ遺伝することが分かっている。そのため、一族でほとんどの人間が同じ系統の魔法を得意とし、同じ系統の魔法を不得手としていることが大多数だ。
『四葉家』という、一人一人の特性がまるで異なるという例外も存在するが、それは例外であり、極稀だ。
ただし、『九十九』においては出自・系統全てが特殊であるため、四葉家とはまた違う例外として区分される。尤も、そのことを知っているのは極一部の人間だけで、一般的には七草家と同じ『万能』と認知されているが。
七草や九十九の『万能』のように、有力な家柄にはその魔法系統によって二つ名がつけられることがある。
有名な所では、十文字家の『鉄壁』に、一条家の『爆裂』など。
それと同じようにつけられたのが、千代田家の『地雷源』だ。

振動系統・遠隔固体振動魔法。
土、岩、砂、コンクリートと材質は問わず、とにかく『地面』という概念を有する固体に強い振動を与える。


花音の発動させた地雷源によって、直下型地震のような上下の振動が相手氷柱に叩き込まれ、一度に二本ずつ倒壊していく。相手もやられっぱなしというわけでもなく、『強制静止』という移動速度をゼロにする魔法で抵抗を試みるが、ランダムで襲い来る振動に、切り替えが追いついていない。あっという間に5本の氷柱を倒されて防御が無駄だと悟ったのか、相手は防御から攻撃に優先度を傾けた。

「あら?」
「なに?」
「?」

達也たちが三者三様のリアクションを浮かべる中で、五十里と隼人が苦笑いを浮かべていた。
あっさりと倒されていく花音自陣の氷柱を見て、五十里がやれやれと首を振る。

「思い切りがいいというか大雑把というか…倒される前に倒しちゃえ、なんだよね。花音って」

「いえ、まあ……戦法としては間違っていないと思いますが」

自陣残り六本と、半分まで減らされた所で、花音は敵陣の氷柱を全て倒し終えた。



☆★☆★



「ふぅ…」

達也たちと別れた俺は、一人で自室へ戻ってきていた。幾分かこの眼の力を制御できるとはいえ、活性化されたサイオンの奔流を見続けているのは流石に辛いものがあったのだ。

「これも、完全に制御できるようにならなきゃな」

最近になって、特に高校へ進学してからは強敵と遭遇することが多くなってきている。にも関わらず、サイオン酔いをして万全な体調で臨めないなど、目も当てられない状況だ。冷静に考えてみると、結構深刻な問題だった。

「……多分、この眼も魔法の類であるはずだから、イメージをすれば……」

基本、俺の魔法は想像やイメージをすることで発動している。だから、より精密なイメージをすることによって氷の剣を創り出すことだって、雷の矢だって放つことができる。その法則に則っているのだとしたら、このイデアを見る眼だってイメージによるものであるはずだ。
だったら、イメージをしなければいい。いや、イデアが見えないイメージをすればいい。多分、根本的な問題の解決にはなっていないと思うけど、今はこれが限界かな。

「…うん、できた」

完全なシャットアウトはできていないけど、イメージをする前の八割くらいは見えなくなったと思う。
けど、その代償として並列思考(マルチタスク)の一つが使えなくなってしまった。今俺が一度に使えるマルチタスクの数は15~16が限界。それ以上行くと、どうなるか俺でも分からない。けど、かなり危険な状態になる可能性はかなり高い。

「……マルチタスクの訓練もしないとな…課題は山積みだ」

しかし、気持ちが沈むことはない。むしろ喜んでいるくらいだ。だって、俺にはまだ伸び代があるのだから。まだ強くなることができるのだから。

「……明日は委員長の競技か…見に行かなきゃな」

わざわざ委員長自らが釘を刺しに来たのだ。これで見に行かなかったらなにされるか分かったもんじゃない。
それに、無頭竜がちょっかい出してきた時に迅速に動けるようにしておきたいから、様々な競技を見つつ会場を監視していた方がいいだろう。



☆★☆★



横浜・中華街、某ホテル最上階。金と赤を基調とした内装の部屋で、五人の男が円卓を囲んでいた。

「…どうだ?」

道化師(ピエロ)の支援があるからな、概ね順調だ」

「だが油断はできんぞ、会場にはあのトリックスターや青の妖狐がいる」

「青の妖狐か……確か、四月辺りに執行人が殺されていたな…」

男達が揃って思い出したのは、四月末に殺された執行人と呼ばれる暗殺部隊の男のこと。彼はかねてから裏切りの予兆があった男を追っていたが、その際『青の妖狐』と呼ばれる日本の暗殺者によって殺害された。死因は感電死。あの日あの場所に雷が落ちたという報告がなかったため、十中八九、青の妖狐の魔法によるものだろう。
その執行人が追っていた男の行方は不明。恐らく執行人共々殺されたと推測されるが、彼らが所属している組織が青の妖狐に目をつけられた事は確実だった。

「青の妖狐は道化師(ピエロ)共に任せておけばいいのではないか?」

「ああ。勿論、そのつもりだが、奴らに頼ってばかりではいられん」

「調子づかれても面倒だしな。あの組織は我らと同等の一大勢力になりつつある」

「これからどうなるかは分からんが、今回はどうにかなるだろう。なにせ我々には、コイツらがいる」

そう言って男は、部屋の四隅に立つ存在を見やった。

「幾ら魔法技能が優れていようが、『ジェネレーター』には打ち勝てまい」

部屋に立つ四人の男は、揃って表情がなかった。無表情ではなく、表情が欠落している。それもそうだ。なにせ、彼らはそう()()()()()()のだから。
脳外科手術と呪術的に精製された薬品の投与により意思と感情を奪い去り、思考活動を特定方向に統制することによって魔法発動を妨げる様々な精神作用ーーつまり雑念が起こらないように調整された個体。大亜連合の『殺人狂計画』をアレンジした、より拘束性が強く非人道的な実験の産物だ。
意思のない存在は感情もない。故に心を惑わされることなく、ただただ命令に忠実に動く。
これまでジェネレーターが積み上げてきた実績は、男達が信頼を預けるには十分だった。

「そうだな…ならば我々は、一高に優勝させないことに専念するか」

全員が安堵の表情を浮かべた時、ほんの僅かに、部屋の外で物音がした。

「誰だ!!」

部外者がここに来るはずも、来れるはずもない。関係者は全て部屋の中にいる。すぐに侵入者だと断定できたのは、やはり男達がそういった世界で生きてきたからだろう。
一番扉に近かった男が、怒声と共に扉を乱暴に開けた。

「しまっ…!」

果たしてそこには、一人の少女がいた。緑がかった銀の髪を持つ少女は、その幼いながらも端正な作りの顔に焦りの色を浮かべている。

「『17号』! 捕らえろ!」

相手が少女とはいえ、何らかの企みがあってここにいるのは明白。男はジェネレーターの一体、17号と呼ばれた男に命令を下した。
刹那に発動する自己加速術式。常人よりも遥かに速く効果を発揮し、男を追い抜いて少女の目前まで迫った。その手が少女の小柄な体を掴む、と思われた刹那。

少女の体が、地面の中へ潜り込んだ。

「なっーー!?」

想像の埒外の出来事に、男は絶句する。だがジェネレーターには驚くような感情がない。ただ命令の通りに少女を捕まえようとするが、一足遅く、少女の姿はすっぽりと地面に収まり、ジェネレーターは地面を殴りつけることになった。

「なんだ、今のは……!」

振動魔法の系統で地面が液状化したわけではない。現に、ジェネレーターの手は堅い床を殴りつけた。それに、魔法が発動した痕跡がない。

「地面を、すり抜けたのか…?」

少女の使った余りにもオカルトじみた行動に、男は思考が停止していた。
停止した思考は当面の疑問から目を背け、益体も無い考えを提示しだす。

「あの少女……確か。そうだ、あれは、五十嵐修哉の妹だ。名は確か…五十嵐 エリナ…だが奴は、十年も前に我々が道化師(ピエロ)に引き渡したはずだぞ…」

一体なにが起こっていると、男は髪を掻きむしった。



☆★☆★



九校戦三日目。男女ピラーズ・ブレイクと男女バトル・ボードの決勝が行われるこの三日目は、九校戦の前半のヤマと言われる。
一高は男子ピラーズ・ブレイクと男女バトル・ボードが各二人、女子ピラーズ・ブレイクから一人が出場する。予定通り、とはいかないが、十分許容範囲内である。
というのを鈴音から聞いた隼人は、一高の奮闘具合に関心していた。

「お兄様、もうすぐスタートですよ!」

深雪が達也を呼ぶ声で、思考の海から浮上する。
現在、隼人含めたいつものメンバーは女子バトル・ボードの決勝の観戦に来ていた。勿論、出場するのは風紀委員長である摩利だ。
達也が席に座った所で、用意を意味する一回目のブザーが鳴った。水を打ったように静まり返る観客席。
二回目のブザー。スタートが、告げられた。


開始直後、先頭に立ったのは摩利。だが予選とは違い、彼女の背後には二番手がピッタリとくっついている。それに少し遅れる形で三番手以降がバラバラにスタートダッシュを切った。

「やはり手強い……!」
「さすがは『海の七高』」
「去年の決勝カードですよね、これ」

波が激しく立つのは、二人が魔法を打ち合っている証だ。スタンド前の長い蛇行ゾーンを過ぎ、摩利と七高の選手はほとんど差がつかぬまま鋭角コーナーに差し掛かる。ここを過ぎればスタンドからは見えず、スクリーンによる観戦となる。なんとなしに、隼人は()()を上げた。

だから、それに気づくことができた。

パチリ、と七高選手の右腕、ちょうどCADの部分でなにかが弾けた。

「アレは…!?」

「あっ!?」
「オーバースピード!?」

誰かが叫んだ時、七高の選手は大きく体勢を崩していた。ボードは水を掴んでいない。飛ぶように水面を滑る七高選手の前には、摩利の姿。
背後からの気配に気づいた摩利が振り返る。

そこからの反応は、見事の一言に尽きた。
『ある一つの異常』がなければ。

摩利が前方への加速をキャンセルし、水平方向の回転加速に切り替え。魔法と体捌きの複合でボードごと飛んでくる七高選手に向ける。暴走している七高選手を受け止めるべく、新たに二つの魔法をマルチキャスト。
突っ込んでくるボードを弾き飛ばす為の移動魔法と、相手を受け止めた衝撃で自分がフェンスに飛ばされないようにする為の加重系・感性中和魔法。
本来なら、これで事故は回避できただろう。本来ならば。

不意に、水面が沈み込んだ。誰も気づかないような、ほんの僅かな変化。だが、座標を精密に指定することが条件の現代魔法の発動にズレを生じさせるには十分な変化。

その変化によって、摩利の足元を刈り取ろうとしていたボードを側方へ弾き飛ばすことには成功したが、もう一つの感性中和魔法は発動が遅れ、そのまま七高選手が摩利に激突した。

「達也!」
「ああ」

隼人が右手を掲げ、達也が席を立つ。驚く友人達を余所に、隼人は遥か遠く離れた()()に向けて、間に合わないはずの感性中和魔法を発動させた。しかし、間に合わないのは常人での話。深雪をも凌駕するスピードで発動された魔法は、確かに摩利と七高選手の吹き飛ぶ勢いを減らしてみせた。
だが咄嗟に発動された魔法は幾ら隼人でも万全な効果を発揮することができず、吹き飛ぶ勢いは軽減されたものの、摩利と七高選手はそのままもつれ合うようにフェンスへ飛ばされた。大きな悲鳴が幾つも上がる。レース中断の旗が振られた。

「……遂に仕掛けてきたか。クソ…っ」

思わず隼人は舌打ちを漏らした。
七高選手のオーバースピードは明らかに魔法の発動ミス。それも外部からの人為的なものなのは明らかだ。恐らくはCADになにか細工をされていたのだろう。でなければ、隼人が視たなにかが弾けるような発光現象に説明がつかない。
無頭竜による工作。警戒していれば防げていたはずだと隼人は自身を責めずにはいられなかった。

「…隼人?」

そんな隼人の様子を怪訝に思ったのか、雫が隼人の顔を覗き込んでくる。

「あ、ああ、ごめん。なんでもないよ」

友人に心配をかける訳にはいけないと、隼人は無理に笑顔を浮かべた。
雫はそれに気づいたが、敢えて追求するようなことはしなかった。



☆★☆★



委員長と七高選手の事故があった日の夜、俺はホテル最上階の展望エリアを訪れていた。昼間はちらほらと寛ぐ学生の姿も見られたが、夜となってはみな部屋に戻って明日に備えているだろう。
かく言う俺も明後日から自身の競技が始まる為、そろそろ準備を始めてもいいのだが、俺には競技の他にもやるべきことがある。

「お待たせしましたー」

「わっ」

なんて呑気な声で天井を透過してきたエリナを受け止めて地面に降ろす。全く、どこから来るのか分からないから彼女は心臓に悪い。

「無頭竜のアジトの場所が分かりました」

「ん、聞かせて」

人影はないが、なるべく誰にも聞かれないようにエリナを伴ってバルコニーへ移動する。

「ここにありました」

そう言ってエリナが手渡してくれたのは一枚の紙切れ。そこに、今回の標的のアジトの住所が書いてあった。

「……中華街の高級ホテルの最上階か。少しやりにくいな」

「そうですね、警備も厳重でしたし。それに、17号と呼ばれた奇妙な魔法師もいました」

「17号…? なにかの実験体?」

「詳細は分かりませんでしたが、あの加速魔法の発動スピードは私以上のものでした」

エリナの加速魔法は、かつて俺でも追いつくのがやっとのほどだった。それよりも早いとなると、警戒しなければな。

「あ、あと……」

「ん?」

もじもじと、何か言いにくそうにエリナが両手を合わせていた。一体どうしたというのだろうか。

「…尾行してるの、バレちゃいました」

「……ていっ」

てへっ、と可愛らしく舌を出したエリナに軽く手刀を振り降ろす。

「顔バレは一番避けてねって言ったじゃないか」

「いたた…いや、不意をつかれたと言いますか、油断していたといいますか…」

どんどん聞こえなくなっていくエリナの言い訳に、溜息をつく。
自称あまり戦闘が得意じゃないエリナにとって、顔バレはかなり危険な状態に立たされたということだ。奴ら自身の戦闘力はどうとでもなるとしても、外部の魔法師を雇ってくる可能性もあるし、奴らがどこかと組んでいる可能性もある。
けどまあ、ちょうど良いか。

「まあ、バレちゃったんなら仕方ないさ。丁度エリナへの依頼は終わったから、少しお休み。エリナはもう行動を起こさないこと。あとなるべく一人にならないこと」

「あ、はいっ」

ここから先は俺の仕事だからね。なるべく早く、奴らを潰す。とはいえ、やっぱアジトに足を踏み入れて制圧するのは新人戦が終わるまでは厳しそうだな。でも、始末が遅れれば遅れる程被害は大きくなる。
…新人戦終了まで、被害を防げるか?

「あ、そういえば。エリナってここに一人で来てるの?」

「まさか。取材と称したさぼりの編集長と一緒に来てますよ」

「…あ、そうなんだ」

エリナの雑誌社はそんなんで大丈夫なんだろうか?
ともあれ、これで準備はできた。奴らには、たっぷりとお礼をしてやらなきゃね。



☆★☆★



大会四日目
今日から本戦は一時休みとなり、これから五日間、一年生が主役の新人戦が行われる。
ここまでの成績は一位が一高で320ポイント、二位が三高で225ポイント、三位以下は団子状態の混戦模様。やはり例年通り、一高と三高の優勝争いとなりそうだ。
ポイント的には一高が大幅にリードしているが、この新人戦の成績以下ではどうなるか分からない。三高が新人戦で一高に大差をつけて勝利すれば、一高の覇権も危うくなる。対してそれほど大差をつけられなければ、一高は総合優勝に大手をかけることになる。
新人戦の結果が、どの学校も重要だと考えているはずだ。
それは一高も同様でーー

「いいですか、一年生のエースである九十九さんには皆が期待しています。体調不良などといった自己管理不足で万全の力が出ないという事態がないようにしてください」

「うぐっ…りょ、了解です」

「期待してるわよ、隼人クン」

「九十九なら心配はいらんと思うがな」

「う…お、お腹が…!」

鈴音、真由美、克人の3人がかりでプレッシャーを隼人に上乗せしていた。
鈴音と真由美は絶対に確信犯だから反論の余地はあるものの、克人の場合は本心からそう思って純粋にプレッシャーをかけてくるのだからタチが悪い。

「ただ、十分に気をつけろよ九十九。今回の大会、もしあの事故が人為的なものだとしたら被害者が渡辺だけで終わる可能性は低い」

「……わかってます。警戒を怠るつもりはありません」

摩利の事故の犯人は無頭竜だと粗方調べがついている隼人だが、それを克人や一高の首脳陣に言う事はなかった。その理由は簡単だ。
『無頭竜』といえば世界的に有名な犯罪シンジケートの一つ。武器密輸など以前からも危険な組織だったが、前にあった世界中の魔法犯罪者の一斉参加でその危険度は膨れ上がった。
今や九十九家ではブランシュを差し置いて第一級警戒組織となっている。
そんな組織が暗躍していることを無作為に伝えたとなると、多くの生徒に混乱と恐怖を与えることになるだろう。それは免れなければならないし、目の前にいる一部の信頼できる人たちだけに話したとしても、どこからか情報が漏れて無頭竜がこの人達になにか仕掛けてくるかもしれない。
そもそもなぜただの高校生であるはずの隼人がそんな重大な事を知っているのかという問題が起こってしまう。勿論、「九十九は暗殺一家なんでそういう情報には敏感なんですよー」なんて言うわけにもいかない。情報の秘匿は優先度が高い。
やはり、なるべく早く無頭竜を始末しなければならないらしい。

「そういえば隼人くん。あの事故があった時に摩利と七高選手がフェンスにぶつかる勢いを軽減したのは隼人くんの魔法だと聞いたのだけれど?」

「ああ、はい。咄嗟に慣性中和魔法を使いました。勢いを殺し切れはしませんでしたが」

「…あのタイミングでよく間に合いましたね」

「いえ、みなさん知ってる通り俺の目はイデアを覗けるんですよ。一般には精霊の眼(エレメンタルサイト)と呼ばれてますが、九十九は世界の心眼(ユニバース・アイズ)と呼称しています。
委員長の事故が起こる前、俺はこの眼で七高選手の魔法発動ミスに気づいて、予め対策を用意していただけの話です」

「それにしても、よくあんな離れた場所から的確に座標指定できるわね」

「それもこの眼のおかげですよ。この眼には会長のマルチスコープにも似た効果があるので」

「ふぅん…なにはともあれ、感謝するわ隼人くん。貴方のお陰で、摩利も七高の選手もそんな酷い怪我にはならなかった」

「いえ、当然の事をしたまでですよ」

もっと発動スピードが早ければ勢いを完全に殺すこともできただろう。だからまだ自分は未熟だと、隼人は今回の事故で思い知らされた。

「それでも、ありがとう隼人くん」

「…ど、どういたしまして」

向けられる純粋な感謝の意に、隼人は照れ隠しに頬をかいたのだった。



☆★☆★



午前中に行われたスピード・シューティングとバトル・ボードの両予選。隼人が見守る中、男子スピード・シューティングでは森崎が無難に予選を突破。対する女子は、雫がパーフェクトの成績で予選突破。隼人が観客席にいないことに気づいて不機嫌になったところをほのかが慰めるという一幕があったが、森崎と会話している隼人は知る由もない。エイミィと滝川という女子も予選突破し、女子スピード・シューティングの一高女子は全員が予選を突破したということになる。
バトル・ボードではほのかが達也による奇策を披露し、見事に予選を突破。しかし男子の結果は芳しくなかった。
そこで問題になったのが、男子の成績不振というよりも、エンジニアの存在である。スピード・シューティングの予選を通過した一高女子の、その何れもが、達也の手によって調整されたCADを使用していたのだ。恐らくこれ以降は、達也の存在もかなりマークされることになるだろう。特に、一高と優勝争いをしている三高では。

「みんな活躍してるなぁ……」

自称・本番で力が出ない人である隼人は、友人達の活躍に胃を痛くしていた。隼人の参加する競技は明日から始まるアイス・ピラーズ・ブレイクと、明々後日から始まるモノリス・コードの二種目。
モノリス・コードのようなチーム戦ならばあまり緊張せずに済むが、アイス・ピラーズ・ブレイクは完全な個人競技。注目が集まらないはずがない。更に、女子特有であるはずのピラーズ・ブレイクの『ファッション・ショー』の様相が昨年辺りから男子にも影響を及ぼし、皆が皆、個性的なファッションで参加することになっているのだ。それも隼人にとって気が重くなる要因の一つである。

「エイミィに頼んだ俺がバカだったよ…」

隼人のピラーズ・ブレイクは、羞恥心との戦いになりそうだった。



☆★☆★



「おめでとうエイミィ、雫」

「ありがと隼人!」

「ん、ありがとう」

結局、女子スピード・シューティングは一位が雫、二位がエイミィ、三位が滝川という、一高の独占で幕を閉じた。
隼人の賛辞に、程度は違えど揃って嬉しそうにする二人の女子の姿に、達也は「罪作りな男だ」と自分を棚に上げた感想を抱いていた。

「でも油断はダメだよ? 二人は明日のピラーズ・ブレイクにも出るんだから」

「それは隼人もでしょ。ちゃんと準備できてるの?」

「……まあ、完璧だよ…悪者認定されそうで怖いけど…」

「悪者?」

「いや、なんでもないです」

鈴音の作戦を思い出して表情が引き攣る隼人に、そんなことを知らない二人は疑問符を浮かべていた。

「あ、そういえば隼人の衣装届いた?」

「うっ…!」

「……衣装?」

思わず呻き声を漏らした隼人に、エイミィは首を傾げた。

「うん。ピラーズ・ブレイクの隼人の衣装。実家から届けさせたんだけど」

「うん。トドイタヨ。あの無駄にビシッとしてるヤツ」

「よかったよかった。やっぱ隼人の正装と言ったらアレだもんね!」

隼人とエイミィの二人だけで交わされる会話に、雫は付いて行けずに若干頬を膨らませていた。それでもなんとか会話に割り込む隙を伺っている辺り、雫も負けず嫌いだというか。

「…隼人の正装って?」

「ヒ・ミ・ツ!」

「ごめん雫……なるべく言いたくないんだ…」

その拒絶に、雫は隼人の足を踏むのだった。

「ああ、そうだ。隼人、頼まれていた物だ」

そう言って、生暖かい眼差しのまま達也が隼人に手渡したのは一組の黒色のグローブ。

「お、ありがとう達也」

「可能な限り注文には応えるようにしたぞ。調整してみて不具合があったら今日中に言ってくれ、明日までには間に合わせるから」

隼人のCADであるシルバー・フィストは、製作者である達也にしか整備できない。しかし達也は隼人の担当エンジニアではないため、こうして時間外にやってもらうしかなかったのだ。今度なにか奢るということで依頼を取り付けたため、少々懐が寒くなってしまうだろうが、まだ貯金は大量にあるので問題はないだろう。

「特化型?」

「ん、まあそんな感じかな? これじゃないと普段の力出せないんだよね」

シルバー・フィストは擬似的に魔法式を作り出し投射するCADである。イメージで発動させた魔法は現れるはずの魔法式が現れない。
魔法式が現れない魔法を隼人が扱える、それがバレれば各方面から狙われモルモットにされる未来へマッハな為、『擬似魔法式投射特化型CAD』を天下のシルバー様に作らせたのだ。
という事情を言うこともできないので、雫の質問に曖昧にしか返すことができなかった。
そして隼人の言葉を一つ訂正すると、このシルバー・フィストであっても隼人の魔法の邪魔をしている。隼人が最も力を発揮できるのはCADなどに頼らない全くの素手の状態であり、シルバー・フィストでは、態々投射するための擬似魔法式にマルチ・タスクの一つを使っているのだ。

「…ん、特に問題はないよ達也。流石だね」

グローブを嵌めて感触を確かめても、以前と遜色がなかった。やはり流石というべきだろう。世界最高峰のデバイスエンジニア、トーラス・シルバーの名は伊達じゃないということだ。

「その特化型だけでピラーズ・ブレイクに出るの?」

「いや、あと一つあるよ。タブレットタイプの汎用型。そっちは今、中条先輩に整備してもらってる」

隼人の担当エンジニアは中条梓だ。当初はあまり接点がなく気まずかったものの、隼人のコミュニュケーション能力のお陰で今ではすっかり打ち解けている。着実に人脈を広げていっているようだ。

ちなみに、隼人は滅多に使うことはないが、現代魔法のプロセスで魔法を発動できないわけではない。ただ、慣れていないこともあってか、発動スピードはガクンと落ち込む。また、規模や威力も少し抑え気味になってしまうが、それでも水準以上の数値を出している。
隼人と鈴音の作戦としては、予選の内は全て汎用型で済ませるつもりであった。

「そういえば、九十九さんの得意な系統ってなんなのですか?」

「うーん……あんまり得意不得意はないんだよねぇ。大体同じくらいの精度になるかなぁ」

現代魔法で規定された4系統8種の系統魔法。それらすらも隼人はイメージで発動してしまうために系統ごとの威力の大小はあまりない。全力でやれば全ての系統で最高峰の効果を生み出すことができるだろう。
しかしそれも秘匿すべきこと、嘘は言ってないよね、と内心苦笑いしつつ深雪の問いに答えた。

「では、戦術はーー?」

「それは見てからのお楽しみ」

きっと俺がラスボスのように見えるだろう、と心の中で付け加えて、気を落とす隼人であった。



☆★☆★



一高天幕が盛り上がる中、今年こそは覇権を、と意気込んでいた第三高校の天幕内は心なしか重苦しい雰囲気で満ちていた。
それもそうだろう。新人戦女子スピード・シューティングはライバルである一高に表彰台を独占され、男子でも優勝は一高に持って行かれている。本戦でもそれなりの点差でリードされているのだ。三高が総合優勝するには、一高と大差をつけての新人戦優勝が不可欠となる。
にもかかわらず、この状況。彼らはその原因を一高のエンジニアであると目処を立てていた。
特化型にも劣らぬ速度と制度、系統の異なる起動式を処理するという汎用型の長所を兼ね備えたCAD。まだ公式発表すらされていない新技術。それをプログラミングできるエンジニアが一高にいる。
更に、三高もそうであるが、一高も未だ『エース』と呼ばれる選手が出てきていない。
当初から、三高は今年の一高の一年エースは二枚看板だという情報を入手していた。

「司波深雪に、九十九隼人…二人とも、明日のピラーズ・ブレイクに出てくるね……」

第三高校のブレーンであり、また『カーディナル・ジョージ』の異名をとる少年、吉祥寺真紅郎の呟きに、三高エースである一条将輝は頷きを返した。

「ああ…司波深雪は情報がないが、女子の苦戦は免れないだろう。九十九隼人は、『レンジ・オーバー』の異名通り厄介な相手だ」

今更ながらに、今年の一高一年生メンバーの層の厚さを思い知る。だが、こと『エース』に限って言えば、三高とて負けることはないだろうと誰もが確信していた。

「だが、九十九選手は俺が倒す。まだ、負けが決まったわけじゃないんだ。ここから巻き返して行こう!」

将輝の言葉に、周囲の三高選手は力強く頷く。

その様子を離れた場所で俯瞰する一人、紫道聖一は一条将輝の見せる『将』の器に一定の評価を抱いていた。
曰く、『これではあのお方に勝ることはないだろう』と。

息を吐き出し、紫道は天幕から誰に気づかれることなく退出していった。



そして迎える九校戦五日目。華やかな舞台の裏に、ひっそりと濃い影が迫っていた。



ーーto be continuedーー 
 

 
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