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その魂に祝福を

作者:玄月
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魔石の時代
第四章
  覚悟と選択の行方1

 
前書き
逃亡者たち編。あるいは、さぁそろそろ追いつかないと編。

 

 


 今さら、改めて言うような事ではないが。
 自分が初めてこの世界に生まれた時、すでに世界は『呪われた魔法使い(マーリン)』という名の脅威に曝されていた。ロムルス人の帝国などすでに見る影もなく、アヴァロンもグリムもすでに組織として存在してはいなかった。生き残った僅かな人間は誰もが皆一様に怯え、息をひそめて細々と生きているだけだった。
 もちろん、当時はただの人間に過ぎなかった自分とて例外ではない。物心ついた頃にはすでに両親はいなかった。それは珍しくもない事だった。幸運だったのは、自分が所属していたその集落が良心的な場所だったと言う事だろう。決して裕福だったとは言えないが、それでも周りの大人は親切に育ててくれた。
 自分の出自を知るのは、もう少し先の話だが――両親……少なくとも、自分をこの里に連れてきたのは魔法使いだったらしいという事は、物心ついた時から村長達に聞いていた。深手を負って迷い込んできたその魔法使いは、たまたま集落を襲っていた魔物を排除し、救済してから力尽きたという。今際の際に、自分を託して。自分を育てるというのは、その魔法使いに対する恩返しの意味もあったのだろう。とはいえ、それが十全の善意による行動だったかと言われれば、それは違うと言わざるを得ない。
 結局のところ。数少ない――幼い同胞を見殺しにするというのは、人間という種の未来を減らす事でしかない。それを感覚的に悟っていたからだろう。あるいは、単純に働き手が必要だったのか。……それとも、ただ単に子を失った親も多かったからかもしれない。自分の世話を買って出てくれた老夫婦は、時々自分の事を違う名前で呼ぶ事があった。
 何であれ絶望に塗り固められた世界で、幼い命に希望を見出していた、なんて綺麗事を考えていられた物好きが、後の自分以外に全くいなかったとは思いたくない。そんな綺麗事を考えられた人間がいたからこそ、世界が終わった後も人間はただの獣ではなく、どうにか人間らしく生き伸び続けてきたのだ。少なくとも、自分はそう信じていた。
 ともあれ。例え終わってしまった世界であっても、振り返ってみれば必ずしも悪い事ばかりではなかった事は事実だった。
 諸悪の根源であると考えられていた『呪われた魔法使い(マーリン)』に対抗できる存在がいるとすれば、それはただ一つ。魔法使いしかありえなかった。だからこそ、自分が生まれた世界では魔法使いは嫌悪されていなかった。ロムルス人もセルト人ももはや関係なく、誰もがいつかその魔法使いを討伐しうる魔法使いの誕生に微かな希望を託していた世界。それは、ある意味では、セルト人とロムルス人の間に横たわっていた全てのしがらみが解消された世界だとも言えた。言うまでも無く、両民族の対立は根深く、深刻だった。だから、一度世界が終わりでもしなければ、そんな事は出来なかっただろう。
 セルト人もロムルス人も無い世界。それが、自分が受け継いだ世界だった。
 これは自分が人間としてその世界で生きていた頃――とある小さな村で、村つきの魔法使いとして怪我人や病人の治癒や近隣の魔物討伐などを請け負っていた頃の事である。
「この村に■■■■という魔法使いはいるか?」
 彼女がその村に訪れた際の第一声はそんなものだったらしい。当時は世界の復興も随分と進み、『国』と呼べる規模の集落もいくつも生まれ始めた。それ自体は喜ばしい事だが、『国』が生まれればそれ同士の争いが生まれるのも必然だった。それまでもあった集落同士の小競り合いとは規模の違う争い、つまり『戦争』の再来。神話の向こう側にあったその言葉が、再び現実となって蘇って久しい。旧世界と異なるのは、その軍のなかに魔法使いがいる事だろう。旧世界では考えられない事だが、騎士の――貴族の称号を持つ魔法使いも、もはや珍しくなくなった。別にそれ自体に問題がある訳ではない。だが、騎士や貴族から没落した、または傭兵として戦場を転々とする魔法使いは他の人間と同じく野盗と化す事も少なくない。それは多くの集落にとって魔物に近い――あるいは、それ以上の脅威となる。当然だ。彼らは知恵を以って襲撃してくるのだから。
 そのため、この村のような小さな集落は良くも悪くも魔法使いの来訪には敏感だった。その結果、その一声は瞬く間に村中に行き渡り、結果として彼女が自分の元に辿り着くのにさほどの苦労はなかったという。まぁ、それは村の連中が薄情だったと言うより、無駄に悪戯心にあふれていたせいだろう。彼女の右腕は白く染まっていたし、身なりも整っていた。それに何より大層な美人だった。
 全くとんだお節介焼きどもだ。だからこそ、彼女の自分に対する第一声は連中の度肝を抜いた事だろう。
「お前に決闘を申し入れる」
 久しぶりに顔を合わせた途端、剣を引き抜きながら彼女は告げた。
 久しぶりというのは伊達ではない。この村に流れ着く少し前、新生アヴァロンからの……厳密に言えば、そこに所属するとある魔法使いから個人的に依頼を受けた自分は、彼女を救済していた。もっとも、その時は道中で偶然合流したサンクチュアリの魔法使いに身柄を預け、すぐに立ち去ったためろくに会話もしなかったが。
 不義理と言えば不義理だったかも知れないが……とはいえ、決闘を申し込まれるほどだとは思えない。そもそも、あの時彼女はろくに意識も無かったのだから。
 あの後、サンクチュアリの魔法使いに何かされたのだろうか?――その可能性もすぐに否定した。同行した魔法使いは顔見知りであり、しかも生粋のサンクチュアリ派ともいえる女司祭だった。救済した人間に無体を働くとはまず考え難い。
 まぁ、右腕に宿る恩師達の記憶を辿れば、色々とろくでもない目に会った記憶はいくでも思い出せる。それこそ、木材を持った連中に追い回されもしたし、石を投げられたもある。とはいえ、仮にも救済した当の本人に決闘を挑まれた事はさすがにリブロム達の記憶にもなかった。……まぁ、救済したはいいが、本人が魔物時代の罪の意識に押し潰された逆恨みやら、救済された後の生活での艱難辛苦やらが原因で生じた殺意が理由で殺されそうになった事は何度かあるようだが。
「お前が優れた魔法使いだからだ」
 理由を訊いても?――そう訊ねた自分に、彼女は一切の迷いなく言いきった。自画自賛とは別の意味で、それを否定する事は出来ない。恩師の魂。人間の英知の結晶である魔法大全。そして、『奴ら』の力と記憶を引き継いでいるのだ。それで人並み以下だったなら、それこそ恩師達に申し訳が立たない。とはいえ、それを知っている人間などごく僅かだ。まして、彼女がそれを知る機会があったとも思えない。それに、申し込まれたからと言っていちいち受けて立つほど自分は戦闘狂ではないつもりだ。
 何と言ってお引き取り願おうか。そう考えていた自分に対して、彼女はどうしても無視できない一言を放った。
「それに、かつて世界を牛耳っていた怪物を殺した魔法使いの血縁者なのだろう?」
 彼女の言う怪物は『マーリン』である事は疑いなかった。世界が復興してから、もう随分と経つが……それでも、あの怪物は今も恐怖の象徴として名を残している。
 しかし、よく調べたものだ――思わず呻いていた。血縁者どころか本人なのだが……それももう、随分と昔の話だ。だから、時折自分の素性――主に人並み外れた魔力や再生力の由来が疑われた時には血縁者である『らしい』と言い訳をした事は何度かある。それは事実だった。
 だが、だからと言って何故自分が決闘を挑まれなければならないのか。
「最高の戦士になる。そう、父に誓ったからだ」
 素直に問いかけた自分に、彼女はそう言った。
 なるほど、それが彼女の欲望か。その時はそう思った。最高の戦士になること。それがあの魔物を生み出した原因だと。それは、確かに理由の一つだったが、真因ではない。だが、それを自分が理解するにはしばらく時間が必要だった。
 彼女の背負うしがらみを経験から推測する事が出来なかった――というのは、まぁ言い訳としては上等だ。だが、結局のところ目の前の分かりやすい事実に囚われ、その理由にまで思いをはせる事が出来ないただの若造だったというのが正しいところだろう。
 まったく、我ながら情けない。この時点で、自分は不老不死の怪物だったというのに。
 とはいえ……言い訳ではないが、他者と分かり合うのは難しい。異なる主義主張を抱えているならなおさらだ。それは永遠の時を生きたとしても変わる訳もない。
 お陰で彼女と少しだけ分かりあえるまで、随分と時間がかかってしまった。その時間が無駄だったとは思わないが――今振り返れば、後悔を覚えない訳でもなかった。




「これからどこを探せばいいのかな……」
 いざ飛び出してきたものの――どこに光がいるか、全く見当もつかなかった。とはいえ、管理局の人達はもう頼れない。私が自分で見つけるしかない。
『心配はいらねえ。禁術を使った以上、必ず相棒はオレと合流しようとする。そん時に一緒に連れてってやる』
 焦る私を落ち着かせるように、リブロムが言った。
『ただ、問題は――』
「なのはの現状、ですよね? リブロムさんの守りがなくなっても平気かどうか。それが判断できないと光さんも動けない」
 そうか。と、今さらになって理解する。リブロムがずっと傍にいたのは、私を守っていてくれたからなのだと。光はリブロムを取り戻そうと思えばいつでもできたのに。
『冴えてるな。まさにその通りだ。まぁ、このチビが管理局から手を引いたってのが分かりゃ、相棒だっていい加減オレを呼ぶだろうさ。……もう時間がねえってのは分かってるだろうしよ』
 時間。確かに、光はまだ殺戮衝動から解放されていない。今日一日だって、決して無駄にはできないのだ。
「それをどうやって知らせればいいの?」
『相棒が正気なら、必ずオマエの動向を探っているはずだ。そん時にオマエが管理局の監視下にない事が前提となる。つまり、』
「まずは管理局の監視網を突破する必要があるって事ですね?」
『ユーノ。オマエ、本当に今日は冴えてやがるな。その通りだ。まずは連中を撒いてから作戦会議の続きと行こう』
 と、言う事は。私が今すべきことは――
「レイジングハート、お願い!」
≪Yes,My Master≫
 レイジングハートのお陰で、管理局の監視機械――確かサーチャーと呼ばれていた――の位置が分かる。
『よっしゃ。どうせオマエの足だけじゃ連中を撒く事なんぞできやしねえんだ。オレとユーノとそのビー玉が行き先を指示するから、オマエは何も考えないで、前だけ見て走れ。転ぶなよ?』
「転ばないよ! あと、ビー玉じゃなくてレイジングハート!」
 ともあれ、こんなところで捕まっている場合ではない。今はみんなを信じて、ただ走るだけだ。
『よしよし。よく頑張ったな』
 それからしばらくして。私達はどこかの廃屋に転がり込んでいた。……いや、廃屋ではないのかもしれない。確かにボロボロだけど、それでも生活できそうなくらいには一通りの物が揃っていた。
「ここは?」
 完全に上がってしまった息を整えながら、リブロムに問いかける。
『ここは相棒の隠れ家の一つだ。普通の人間には近づけねえようになってる。もちろん、半端な同業者でも無理だ』
「隠れ家?」
『オマエの同級生にもいるだろ? 隠れ家作って喜んでるガキどもが。相棒は実用性も考慮してるが……まぁ、やってる事は変わらねえよ。ヒャハハハハハッ!』
 確かに、そういう事をして遊んでいる男の子はいるけれど。
(男の子ってそういうのが好きなのかなぁ?)
 几帳面さと大雑把さが混在した――光らしいその部屋を見回し、そんな事を思ったりもしたけれど……まぁ、それはともかくとして。
「それで、作戦って?」
『なぁにそんな大げさなモンじゃねえ。さっきも言った通り、オマエが管理局の監視下にない事が前提となる。その前提を保ったまま、オマエは相棒を探してりゃいいんだ』
「探していればいいって……どこを?」
『この街の中ならどこでもいいさ。ここは相棒の縄張りだからな』
「えっと……?」
 さんざん走って頭がぼーっとしているせいだろうか。リブロムの言わんとしている事がよく分からない。何となくは分かるのだけれど……
「あ、そっか。つまり、なのはが探している事そのものが、光さんへの連絡になるって事ですよね?」
『そう言う事だ。極端に言えば、オマエは管理局の連中に見つからないまま街をぶらついていりゃそれでいい。後は勝手に相棒が見つけてくれるさ』
「なるほど……」
 とはいえ、そんな消極的な方法で大丈夫なのか。そんな不安があった。
『まだ心配なら、もう一つの方法がある』
 私の不安を見透かしたように、リブロムが言った。
『オマエの持ってる石っころを餌にするって方法だ。全部封印されたはずのその石っころの反応がありゃ相棒は泡食ってオマエら――つまり、オマエとあの嬢ちゃんの安全を確認するはずだからな。だが、』
「光さん以外も動き出す可能性がある?」
 言ったのはユーノだった。リブロムはその言葉に頷く。
『ああ。相棒かあの嬢ちゃん達ならいいんだが、管理局に嗅ぎつけられる可能性が高い。だが、本当に警戒しなけりゃならねえのは連中じゃねえ』
「次元魔法――あの雷を撃ってきた魔導師、ですね?」
『ああ、そうだ。どこの誰だか知らねえが、ちょっとばっかり厄介な相手だ』
 どこの誰か。リブロムには聞こえなかったようだが……
(私はちゃんと聞いていた)
 とても信じられないけれど。信じたくないけれど。
「母さんって、あの子は言っていたよ」
『あん?』
「あの時、あの子は……あの雷を見て、怯えたようにそう言ってたの」
 つまり、あの魔法を撃ったのは、あの子のお母さんなのではないだろうか。あの魔法は、非殺設定ではなかった。もしかしたらあの子も死んでしまったのかもしれないのに。
『母親、母親ね……。やれやれ、相棒の読みは当たりだな。それなら何かきっかけさえあれば目覚めても不思議な話でもねえ』
 一方、リブロムは何かしらの確信を得たようだった。というより、今の言葉からすれば光はとっくに知っていたのだろう。その、あの子がお母さんと上手くいっていない事を。
『しかし、そうなるとやっぱりあの嬢ちゃんは……』
 何かを言いかけ、口ごもってから舌打ちした。
「あの……」
 そこで口を開いたのはユーノだった。
「光さんに連絡を取るなら、なのはがいったん家に帰るのが一番早いんじゃないです
か? そうすればさすがに気づくでしょうし……」
『それができりゃそうしてえけどな。残念ながらそうはいかねえ』
「え? 何で……あ、そっか! ジュエルシード!」
『そう言う事だ。管理局の連中は間違いなく張ってるだろうし、件の魔導師……母親に狙われりゃただじゃ済まねえからな。帰らねえ方が得策だ』
 それはそうだ。あんな雷を撃ちこまれたらいくらお父さん達でもただでは済まない。
(あれ? でも……)
 ふとした疑問。家に帰っちゃいけないなら――
「私はこれから、どこにいればいいの?」
 というか、どこで寝ればいいのだろう。もちろん、他にご飯の問題もある。
『ここだな。寝床と水、保存食の類は用意されているし……まぁ、逃亡生活としちゃ贅沢できるだろうさ。ヒャハハハハッ!』
「うう……」
 取りあえず呻いておく。まぁ、着の身着のままその辺で野宿しろと言われないよりは遥かにいいのだろうけれど。
『何、心配するな。精々が今日と明日くらいなもんだ。……どの道、相棒には時間がねえんだからな』
「うん。分かってる」
 だから絶対。絶対に光を見つけ出さなければならないのだ。




(ここ、は……?)
 霞み明滅する視界。掠れて言葉を発する事さえできそうにない身体。それに鞭打って状況を把握しようと足掻く。
(戻って、これ――た……?)
 少しでも何かしようとすれば、そのまま意識を失いそうになる。だが、手掛かりを得た。自分自身の血の匂いに混ざって、新鮮な緑の匂いと煙たい排気ガスの匂い。どちらもあの場所には縁がない匂いだった。そして、最後に――潮風の匂い。
 おそらく、だが。今アタシは海鳴市という街のどこかにいるはずだった。この街のどこかに、必ず光もいる。
(見つけないと……。アイツなら、きっと……)
 管理局すら歯牙にかけなかったあの男なら、きっとあの怪物だって倒せる。……フェイトを救ってくれるはずだ。空っぽの身体から魔力を絞り出し、拙い回復魔法を唱える。
 ダメージはこの上なく深刻だったが――それでも、しばらくは誤魔化せるはず。
「くぉ……のッ!」
 渾身の力を振り絞って、何度も何度も無様に地面を転がって、近くにあった木に縋りつきながら、ようやく立ち上がる。
「カフッ!」
 血の塊を吐き出す。その衝撃だけでまた倒れそうになった。だが、踏みとどまる。こんなところでいつまでも寝ている暇などない。
 ……が、別の意味での限界にまでは耐えられなかった。地面が近づいてくる錯覚の中で、それに気付く。
(ま、こっちの方が――都合がいい……か)
 狼の――本来の姿に戻ったらしい。これで人の形を保つための魔力を回復に回せる。こんな基本的な事すら思い出せないほど消耗していたらしいが――これで少しはマシになるはずだ。ただ、四足になった以上、自分の身体は自分で支えるしかなくなったが。
 這いずるようにして、先に進む。光を探し、伝えなければ。
「ちょ――、す―か! 急に――した―よ!?」
 子どもの声が聞こえたような気がした。アタシが思っている以上に、街の中なのかもしれない。ありがたい、と素直に思う。もう、そう長い事は持たないだろうから。
「多分――あた―に、だ――いる――! その――き――怪―し―る!」
「こんな――ろに、誰――る―よ?」
 声が近づいてくるような気がした。アタシが近づいているのかもしれない。自分でももうよく分からない。意識が霞む。自分がなにをしているのかが分からなくなる。
「きゃああああああっ!?」
「酷い傷……ッ! 早く病院に連れて行かないと!」
 誰かが身体に触れてくる。どうやら、アタシは地面に倒れているらしい。こんなことしている場合ではないのに。
「いいから! 大丈夫だから大人しくしてなさい! いい子だから!」
 誰かが身体を抑えつけようとしてくる。
(邪魔をするな!)
 吼えようとした――が、もう声もでない。せめてそいつを睨みつけようとして、
「フェイト……」
 霞む視界に金髪の少女が映り込んだ。その少女が、必死になって何かを呼び掛けてくる。もう声も聞こえない。
「ごめん……」
 それが声になったかどうか。それすらも分からなかった。




「光に続いてなのはまでどこかに行って、もう二週間近くになるわね」
「そうだね。こんな事初めてだし、さすがに心配だよ」
 アリサと二人で夕暮れの街を歩く。私達の大切な親友とそのお兄さんが学校に来なくなってから、もう二週間近くが経つ。お兄さん――高町光がこなくなってからという意味でなら、そろそろ一ヶ月にもなるか。その間に街では何か妙な出来事が続いていた。
(光君が、それに関わっているとして……何でなのはちゃんまで?)
 高町光――いや、御神光の秘密を、私は知っていた。彼が私の――私達一族の秘密を知っているのと同じように。
 御神光は魔法使いだ。街の奇妙な出来事に立ち向かっているのだろう。多分、あの日私を助けてくれたように。ただ、それなら何故なのはまでいないのか。
(なのはちゃんは、魔法使いじゃないって言ってたのに)
 光はそう言っていた。魔法使いにする気もないと。それなのに、一体何故?
「え……っ?」
 そこで。ふと気付いた。
「どうしたの、すずか?」
 アリサは気付いていない。当然だろう。普通の人間では気づけない程度の匂いだ。ただ、私達なら気づかない訳がない。吸血鬼の一族である、私達なら。
「ちょっとすずか!?」
 それは血の匂いだ。この距離でもはっきりと分かるのだから、かなり酷い傷を負っていると考えていい。その誰かが心配なのか。それとも単純に血が恋しくなったのか。自分でも分からないまま走る。
 いや――本当は多分、その血の匂いに違和感を覚えたからだろう。
「ちょっとすずか、急にどうしたのよ!?」
「多分、この辺りに誰かいるよ! その人はきっと怪我してる!」
「こんなところに誰がいるのよ?」
 今私達が走っているのは、工事中の場所だった。とはいえ、今は誰もいない。多分、酷い怪我をしているであろうその人以外には。
 夕闇の中、地面に何かが転がっているのが見えた。はっきりと血の匂いがする。
「きゃああああああっ!?」
 アリサが悲鳴を上げた。
「酷い傷……ッ! 早く病院に連れて行かないと!」
 実際酷い傷だった。その大きな赤毛の犬が負っている傷は。
「分かってる。ちょっと待って、鮫島に連絡するから!」
 慌ててアリサが携帯をとりだす。
(あれ、でもこの血の匂いって……?)
 人間のような気がしたのだけれど。違和感の正体はそれだった。何の血の匂いなのか。いつもなら感覚的に分かるはずのそれが分からなかったからだ。
「いいから! 大丈夫だから大人しくしてなさい! いい子だから! ――あ、鮫島!? お願い、早く来て! 場所は――」
 考え込んでいる間に、その犬は立ち上がろうと足掻き始める。その度に、傷口から血が溢れだす。慌ててアリサと二人で押さえつける。動いたら余計酷い事になってしまう。
「――イト……」
(えっ?!)
 その犬が、今誰かの名前を呼んだような気がした。家への電話で必死なアリサは気付かなかったかもしれないが――そのアリサを見て、確かに。
「ごめん……」
 今、確かにこの犬はそう言った。
(ひょっとして、この子は……)
 一つだけ、可能性が思い当った。この子とよく似た存在が私の家にもいる。高町光――いや、魔法使い御神光が私達を守るためにくれた子達だ。
(お姉ちゃんに連絡しないと!)
 アリサと二人で可能な限りの止血をしながら待っていると、やっと車のエンジン音が響聞こえてきた。
「こっちよ鮫島! 早く来て!」
 誰かが走り寄ってくる。見知った顔だった。
「これは……」
 さすがの鮫島も言葉を失ったらしい。
「急いで病院に運びましょう」
 だが、すぐに正気に戻り、彼はその子をそっと担ぎあげた。それだけでも血が滴る。
「お願い!」
 彼の跡を追って走り出すアリサを追う。姉への連絡より、今はあの子の無事を確認するのが先だった。
 そして、
「傷は刺創、坐創、熱傷……つまり、刺し傷と打撲、火傷が主ですね。どれも酷いものです。幸い容態は安定しましたが、もう少し発見が遅れていれば危なかったでしょう」
 アリサ家の犬達のかかりつけの動物病院で、治療を終えたばかりの獣医が言った。
「火傷は、おそらく通電……電気によるものです。落雷が原因とは思えませんから、おそらくは……」
「虐待、ということですな?」
「残念ながら。それもかなり酷いものです。警察ではないので、具体的な方法までは分かりませんが、傷の形からして……そうですね、電気の流れる導線で身体をぐるぐる巻きにしたのではないでしょうか。他の傷、刺し傷も……そうですね。カッターナイフにしては大きすぎます。おそらく包丁か何かでしょう」
 酷い傷なのは分かっていた。けれど、そこまで酷い事をされていたとは思ってもいなかった。重苦しい、嫌な空気が流れた。
「ただ、不幸中の幸いとでも言いますか……おそらく、飼い主の仕業ではないでしょう」
「そうなんですか?」
「ええ。毛並みもいいですし、栄養状態も悪くありません。何より、今回の傷の他に目立った傷はありません。普段はちゃんと世話をされていたと思われます。まぁ、身元を証明する首輪などがないので断言ができませんが」
 それは、少しだけ安心できる。あの子がどういう存在かは分からないが――ちゃんと大切にされているらしい。
「どうやら貴方に懐いているようですし、このまま引き取って行かれますか?」
 彼女の家なら連れて帰っても平気だろう。獣医はそう判断したらしい。それに、あの子は、意識がないままずっとアリサへと手を伸ばしていた。多分、この子の飼い主とアリサはどこかが似ているはずだ。
「ええ。そうするわ」
 一瞬の迷いも無く、アリサが即答した。
「明日、お見舞いに来るね」
 その子を引き取り、アリアの家に着いたのは、すっかり夜になってからだった。
「ええ。それじゃ、また明日ね」
 もう時間が時間なので、私はそのまま家へと送ってもらう事になった。あの子は気になるけれど――姉にも連絡しなければならない。
(きっと何かが起こっている)
 だから、あの子達を助けてあげないと。




(ここ、は……?)
 不自然な眠気と痺れの中で目が覚めた。動かない身体に鞭打って、何とか周囲を見回す。身体は相変わらず痛む――が、魔力の回復が始まっていた。ついでに、身体に包帯が巻かれているのが見える。誰かが治療してくれたのだろう。
「気がついた? 良かったぁ」
 誰かの声。そちらに視線を動かすと、金髪の少女がいた。フェイトではない。見知らぬ少女だった。
「もう大丈夫よ。頑張ったわね」
 彼女が触れてくる。その匂いには覚えがあった。というより、思い出した。
(アタシもやきが回ったかね)
 意識を失う前に呼び掛けてくれた少女だった。まったく、いくら髪の色が似ているとはいえ、主と間違えるとは使い魔失格だ。
「さぁ、ゆっくり休んで。早く良くなってね」
(ゆっくり休んでいる時間は、ないんだけど、ね……)
 意識が遠のく。おそらくは薬のせいなのだろう。抗う事はできそうになかった。
 次に意識が戻ったのは、おそらく真夜中頃だった。その頃には、大分魔力も回復していた。取りあえず不自然にならない程度に傷を塞ぐ。失った血までは戻って来ないため、それくらいが限界だったが――それでもかなり楽になった。明日の朝には何とか動けるようになるだろう。
(あの子には悪いけど、長居はできないからね)
 身体が動くようになれば、隙を見て抜けだすつもりだった。アタシにはまだやるべき事が残っている。そのためにもまずは身体から力を抜き、回復に努める。と、
「誰だい?」
 闇の中で、誰かが近づいてくる。感じる魔力こそ微妙に違うが、多分自分と同類。つまり、誰かの使い魔だ。だが、それなら主は誰だ?――警戒と共に問いかける。
『それはこちらのセリフ。我が領域で何をしている?』
 男と女の声が重なり合った独特の声。光の妹が持っていた本とよく似ているが――こちらは女性の声の方がよりはっきりとしている。しかし、
(我が領域……? ここって光の縄張りじゃなかったっけ?)
 はったりだったのかもしれないが――光は確かにそう言ったはず。困惑していると、その誰かが近づいてくる。猫だった。赤い目をした黒猫。
『御神光。その名前に聞き覚えは?』
「アンタ、光の知り合いなのかい?!」
 慌てて柵に跳びかかる。身体は痛んだが、関係ない。
「答えろ! アンタは御神光を知っているのか?!」
『知っていると言ったら?』
 かなりたじろぎながら、それでもその猫は落ち着き払った様子を演じて言った。
「伝えてくれ。フェイトを助けてって! 早く、早く助けてあげて!」
 あの女は何かヤバいものになりつつある。フェイトの命だって危うい。今までだって危なかったのに。
『……その子は今どこに?』
「プレシア・テスタロッサ! そう言えばアイツには分かる! 何なら、管理局にアタシを引き渡してくれてもいい。アイツらの協力が得られれば、あの場所に辿り着ける!」
『分かった。伝えておく。だから、今はゆっくり休みなさい』
 言って、猫は闇の奥へと消えていった。
「頼むよ。お願いだよ……」
 あの猫が信じられるのか。今さらになって不安を覚える。でも、もう縋れるものがない。何としても光に伝えなければならない。
(誰でもいいから。フェイトを助けて……)
 そして、アタシは再び意識を失った。




「プレシア・テスタロッサ。聞き覚えは?」
 光がくれた使い魔から接続を断って。代償に捧げた血が霧散していくのを横目に見ながら、私は恭也に問いかけた。
「残念ながらないな」
 恭也はため息と共に首を横に振る。
「じゃあ、フェイトって子は?」
「話の流れからすれば、あの日この屋敷に忍びこんできた金髪の子じゃないか?」
 その子の写真は、私も見せてもらった。アリサに負けず劣らず可愛い子だったし――微妙に色合いは異なるが、綺麗な金髪だった。すずかの予想と照らし合わせても、まず間違いないだろう。
「それにしても、これってかなり危険な状況なんじゃない?」
 あの子の傷の度合いは、すずかから聞いている。自分で魔法を使って癒していたようだが、それでも完治していない――というより、ろくに使えていないようだった。やはり相当な重傷だからだろう。そして、彼女――声から察するに女性だろう――にあれだけの傷を負わせた相手の元に、あの少女はいるらしい。どれだけ楽観視したとしても、危険な状態だと言わざるを得ない。
「ああ。しかし、管理局とやらは魔法使いが構成する警察のようなものらしい。少なくともなのははそう言っていた。何故そっちに助けを求めない?」
「いえ、彼女は身柄を引き渡してもいいと言っていたわ。だから、あの子は何かしらの犯罪に手を染めていたんじゃないかしら……」
 それを考えると、必然的に光もそれに関与していたと言う事になる訳だが。
「光は『魔法使い』でしかも掟破りだそうだからな。あの子達を助けるためなら、法の一つや二つ平気で破るだろうさ。それが必要な限りな」
 私の懸念を読み取ったのだろう。やれやれと言わんばかりに、恭也は肩をすくめて見せた。どこまで本当かはともかくとして……御神光が言う『魔法使い』とは、正義のための人殺し――つまりは『必要悪』の代行者に過ぎない。それを実行する際には手段を選ばないし、そのうえで光は必要とあれば、その掟さえも破り続けてきた存在であるらしい。
 ……何というか、司法組織にとっては厄災のような存在かもしれない。
(まぁ、私達姉妹は、そんな彼に何度も助けてもらった訳なんだけれど)
 と、それはさておき。
「それに光は管理局とやらを知らなかったらしい。この世界にもそんな組織は存在しない。なら、少なくともあいつが裁かれる理由もないだろ。その法そのものが存在しないんだから」
「それはそうだけどね」
 ただ知らないのではなく、初めから庇護下にない。それなら、裁かれる理由もない。勝手をしているのは、どちらかといえば管理局の方か。
(まぁ、必要な事なんでしょうけれどね)
 私達のような少々特殊な存在は他にも心当たりがない訳ではないが――それでも、ジュエルシードとやらに対処する方法はこの世界にほとんどない。光という例外を除けば皆無といっていいだろう。管理局とやらは必要だからこそ存在し、今回も介入してきているのだろう。とはいえ、今回の一件は元を正せば向こうの不始末が原因だ。その後始末だけならまだしも、義理の弟に危害を加え、義理の妹をいいように扱おうとするなら――それなら、仕方がない。丁重に――そして、早々にお引き取り願うとしよう。
 あの子達は私達の家族で、それを守るのは他ならぬ私達の役目なのだから。
(いつまでも弟におんぶにだっこじゃ格好がつかないしね)
 私にだってその程度の覚悟はある。そのつもりだ。
「あの子――フェイトちゃんか。彼女の家についてはある程度目途がついた」
 あの日からずっとそれを探っていたらしい恭也が言った。
「でも、あの様子ならもうそこにはいないんじゃない?」
「あの子はな。だが、光はいるかもしれない。そうでなくても、伝言を残すくらいはできるかもしれない」
「それもそうね。どうやら、今は別行動中みたいだし」
 いや、違うか。あの様子なら光が自分の意思で別行動をしているとは考えにくい。むしろ、別行動を取らざるを得ない何かがあったと考えるべきか。
「それで? ここ最近、お前は一体何を作ってたんだ?」
「別に? 何か面白い玩具を拾ったからちょっと弄り倒してるだけよ」
「そもそもその玩具は俺が拾って来たんだろうが。……この寒い中海の中に潜ってまで」
「感謝してるわよ。お陰で私の可愛い可愛い義弟と義妹を弄んでくれたお礼ができそうだものね」
 アレも大分いい感じに仕上がってきた。客人をもてなすくらいはできるはずだ。
「……今ちょっとだけ、管理局とやらに同情してもいいかなって気分になったよ」
 とはいえ、恭也は止めようとはしなかった。その代わり、ただこう言った。
「使いどころは誤るなよ」
「ええ。私だってあの子達の足は引っ張りたくないもの」
 あれをいつどうやって使うか。全ては管理局とやらの出方次第だが――何であれ、光には色々と世話になっている。そろそろ少しくらいその恩を返すのも悪くない。




「ダメです。捜索範囲にジュエルシードの反応ありません」
「そう……」
 昨日――なのはが離脱したその日、何者かによる攻撃により、アースラはしばらくの間航行不能に追いやられていた。破損ヵ所の修復と、シールドの強化には二日かかる。事態がどのように推移しようと、私達は二日間ろくに身動きが取れないという事だ。
 その中でできる事というのは、それほど多くない。その中で優先しなければらならないのは、やはりジュエルシードの回収だろう。それも、高町なのはの保有している五つではない。海上にて御神光が確保していたはずの五つの方が優先度は高い。
(なのはさんが持っているのは、適切に封印、管理されているけれどね……)
 陰鬱な気分で、モニターを操作する。映し出されたのは、御神光の映像――正確には、一連の映像から抜き出した数枚の静止画だった。
 まず、最初の一枚を大きく拡大する。
(理由からしてこれは明らかに熱傷。その範囲はおそらく全身に及んでいる)
 あれだけの炎に包まれながら、着衣には一切の損傷がないので断言できないが――受傷範囲は全身に及んでいると考えられる。通常、皮膚の四〇%が失われた時点で、生命に深刻な危険が迫るとされている。御神光が負ったのは、この時点で充分に致命傷だった。
(そのうえであの次元跳躍攻撃。確かに直撃ではなかったかもしれないけれど……)
 鮮明さに欠けた静止画を拡大する。はっきりとは分からないが――それでも、決して浅くない傷を追っているのは明白だった。それだけで重傷と呼んでいいはずだ。さらに、
(彼がどの時点で飛翔魔法を維持できなくなっていたかは分からないけれど……)
 水面に叩き付けられる遥か前の段階で、背中から翼が失われていた。どの時点で自由落下に切り替わっていたかは特定できないものの、落下距離を最低限に見積もったとして、あの速度で水面と接触した場合、コンクリートに叩き付けられた時と同じ程度の衝撃に襲われているはずだ。人体にとってそれは致命的なダメージと言わざるを得ない。以上の事から、御神光はすでに死亡していると考えられる。……考えられるのだが、
「何でジュエルシードの反応がないのかしら……」
 御神光が沈んだ場所を中心に、捜査範囲を広げても海中にジュエルシードの反応は見られない。周囲の海流を考慮していくら予測演算させても、周囲の湾岸に流れ着いたり、捜索範囲の外にまで出るという結果は出てこない。もっとも、あくまでアースラは巡航艦であって調査艦ではない。海流調査用の専門器材など搭載されていない。前提となる海流のデータが誤っている可能性も否定はできないが――
(誰かが持ち去った可能性を疑うべきでしょうね)
 エイミィ達もそれを考慮して演算を繰り返している。ならば、根底から大きく外れているとも考えづらい。となると、
(問題は一体誰が持ち去ったか、かしら)
 目下、最も疑わしいのは次元魔法を撃ち込んできた魔導師だろう。とはいえ、私達に気付かれずに回収できるかと言われれば、やはり疑問が残る。しかし、他に誰が――
「艦長。御神光の死亡は確定事項ですか?」
 息子――クロノが言った。
「いいえ。遺体が発見された訳ではないから、確定とは言い難いわね」
 私自身の願望が混じっていたかもしれない。言葉にしてからそう思う。あの状況で生きているとは考えづらい。そんな事は分かっているつもりだったが。
「それなら、未回収の五つは御神光が持ち去ったのではないでしょうか?」
「彼が生存しているなら、そうでしょうね。でも、あの状況で生存できるとは……」
 現実的に三つもの致命傷を負ったのが明確である以上、とても生きているとは思えない。それは、実際に現場にいたクロノの方が分かっているはずだが。
「確かに。ですが、あの男が自滅を前提に行動するとは思えません。あの魔法を使った後も、生存できるという確信があったと考えた方がいいでしょう。もちろん、その後何者かの襲撃があったとしても、です」
 きっぱりとクロノが言った。
「次元跳躍攻撃。それ自体は彼にとっても予想外だったかも知れません。ですが、何者かが介入してくることそのものは、想定していたと考えられます。それも、僕ら――つまり、管理局以外の」
 思わぬ発言だった。慎重に先を促す。
「根拠はあるのかしら?」
「はい。まず第一に、あの時御神光はこう言いました。『そこまでするのか』と」
 つまり、御神光はあの金髪の少女に危害を加える可能性のある存在を知っていたという事だ。だが、それは誰だ?
「その何者か――仮に『主犯者』と呼びますが、『主犯者』が存在すると仮定した場合、御神光の行動にも説明がつきます」
 主犯者。つまり、あの少女達に命じている何者かが存在する。なるほど、確かにそれなら色々と分かりやすくなってくる。
「御神光が今回の一件に介入してきた理由は、妹の高町なのはが事件に巻き込まれたからという事です。その後の僕……管理局への敵対行為も、高町なのはとあの少女達を未知の組織から庇うためと考えられます。どちらも、ジュエルシードは原因であって目的ではありません。つまり、御神光自身はジュエルシードを欲していないのではないでしょうか? もちろん『魔物』の件もありますから絶対にとは言えませんが」
「つまり、本当にジュエルシードを欲しているのはあの子達……いいえ、『主犯者』という事ね? そして、『主犯者』はあの二人にジュエルシードの捜索を強要している」
「おそらく。ただ、強要と一言で言いきってしまえるほど状況は単純ではないのかもしれません。むしろ、彼女は積極的にそれに取り組んでいるようにも見えましたから」
「確かに。強要されているにしては献身的すぎるわね。それに、光君も」
 強制発動とは危険を伴う。彼女がそれを知らなかったとは思えない。そして、御神光の使った魔法は、明らかに深刻なダメージを彼自身に残した。
「その通りです。御神光があれほどの傷を負ってでも……そして、当初最優先で守ろうとしていた高町なのはよりも彼女を優先している以上、あの少女が極めて深刻な危険にさらされている可能性は否定できません。そして、おそらく彼はその危険の正体を知っていたと思われます。だからこそ、未回収のジュエルシードの全てが手に入るあの瞬間に襲撃を予想していたのではないかと考えられます。そして、この予想が正しかった場合、彼がジュエルシードの回収に協力していたのは、」
「その誰かと接触するため。と、言う事は……」
「御神光が命を狙う相手は、その『主犯者』である可能性が極めて高いと判断します」
「…………」
 ブリッジに沈黙が流れる。クロノが昨日の時点で言い出さなかった以上、これは一晩かけて可能性を吟味しつくした推論である。
(となると、『主犯者』は正体は……)
 推論そのものを根底から否定する意味はないし――そもそもできる訳もない。考えなけれならないのは、その先だ。
(あの子に自主的な協力を要請できる相手という事ね)
 自主的というのは文字通りの意味だ。脅迫を介するものではない。御神光はともかく、あの子達はほぼ間違いなく管理局を知っている。無許可でのロストロギアの回収が違法である事もだ。どこまで正しく理解できているかはともかくとして、
(あの子達を積極的に犯罪に誘導できる存在は誰?)
 考えるまでもない。最も高い可能性はただ一つ。つまり、
「『主犯者』はあの子の保護者、あるいはそれに相当する誰かという事になるわね」
「はい。もっとも、保護者と呼んでいい存在だとは思えませんが」
 吐き捨てる様に、クロノが言った。あの次元跳躍攻撃は、明らかにあの少女を射程にとらえていた。しかも、あの局面で撃ちこんでくる理由はない。そんな事をしなくても、私達は完全に出遅れていたのだ。私達の想定より明らかに少ない消耗で六つものジュエルシードを封印し、しかもあの状態であってなお御神光はクロノを相手に一歩も引かなかった。いや、それどころか圧倒するだけの余力があった。そこに加えて高町なのは、ユーノ・スクライアの離反だ。私達がジュエルシードを確保できる可能性など、ほぼゼロに等しい。そして、
(あの時、なのはさん達はあの子に語りかけていただけ……)
 あの娘達も、ジュエルシードなど狙っていなかった。
 ジュエルシードの影響で、全ての音声を聞き取れた訳ではないが……それでもその部分だけははっきりと聞こえた。
『あなたと、友達になりたいの』
 高町なのはの呼びかけをかき消すために……それが気に入らないと言わんばかりに、あの一撃は撃ちこまれた。そう思えてならない。
「…………」
 これでも一児の母だ。正直に言えば、自分の娘に対してあんな仕打ちができる相手の気が知れない。艦長である以上は、常に冷静であるように。長年そう努めてきたところで私も所詮は感情を持つ人間に過ぎない。苛立ちを消す事はできそうにもなかった。その苛立ちには私自身に対する苛立ちも含まれている。
「御神光を蝕む『魔物』。それが目覚めた原因も、あるいはその辺りにあるのかもしれません」
 つまり、私達はこの事件への介入方法を誤ったのだ。ジュエルシードや御神光を蝕む『魔物』ばかり目を取られていたが、この事件の本質はもっと別のところにある。それに気付けなかった。
「私もやきが回ってきたかしらね」
 そのせいで取り返しのつかないものを失ったかもしれない。足がすくむような思いで、それを認める。だが、今は後悔するべき時ではない。それは全てが終わってからだ。どうせ二日間は身動きが取れない以上、今のうちにもう一度情報を整理し直し――私達のこれからを決断しなければならない。ただ、
(急いだ方がいいわね。もし彼が生きているとしても『魔物』になってしまったら意味がない。しかも、その原因が私達が足を引っ張ったせい、なんて事になったらそれこそ目も当てられないもの)
 私達の役目は悲劇を止める事であって起こす事ではない。だが、今のままではその大前提すら守れていない。こんなところで終わってしまう訳にはいかなかった。挽回できるかどうか――それは分からない。それでも、まだ間に合うはずだ。そう信じて、今は先へ進むよりない。

 ――世界が終わるまで、あと三日



 
 

 
後書き
更新ペースが乱れて申し訳ありません。
何とか更新時間を確保できればと思うのですが……。

ともあれ、ついに四章に突入です。
覚悟を決め、管理局から離れたなのは&ユーノ+保護者リブロム組は早速行動開始。
そして、主人公やなのはの家族や友人たちも、それぞれの思いとともに動いています。一方で、管理局組にも変化が、と言ったところでしょうか。
さて、そんなところでまた来週……更新できるといいのですが。


 
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