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あなたへ

作者:南川春過
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青年は手紙を開いた。

蝉の鳴き声が鬱陶しかったあの日、アサガオの花が開き始めたあの時。
霧に包まれて、あなたの顔もよく見えませんでしたが僕は言いました、「あなたが好きです」と。
あなたはその意味がよくわからなかったのか、ただ僕を見つめました。僕は、自分が未確認飛行物体にでもなったかのように感じました。
あなたの目は、それまでの僕を見る目と違っていましたから。
僕はそれが嬉しかったのか、あなたに背を向けて走り出しました。あなたの、好奇心を隠せない子供のような表情がなによりも好きです。

あれ以来、僕はあなたに会っていません。
もう何ヵ月経ったでしょうか、ガラス窓は結露で曇っていてストーブが壊れてしまって、修理に出そうか新しいのを買おうか迷っています。
来年もきっと冬は来るのでしょうから新しいのを買えばいいのですが、やはり僕は、あなたのことを思い出すのです。
去年の冬、あなたがこのストーブの青い炎を見つめて「冷たそうな火ね」
と呟いたのを忘れられません。
僕はそっとあなたの青白い頬に触れてみました。あまりに冷たかったので僕はゆっくり、あなたの手を握りました。
僕の手は明らかに強ばって小刻みに震えていました。
僕の体温が全てあなたに奪われてこのまま凍え死んでしまえたらいいのになんて、あの時僕が願っていたこと、あなたに届きませんでした。


話は戻ります、僕は今東北の小さな町で小学校の教師をしています。
ここの子供たちは皆寒さに強くて雪の中元気に走り回っています。
恐らくあなたの住んでる街でも雪は降るのでしょう。
子供たちは雪が降ると喜んで出掛けるのにテレビをつけると、電車が止まったとか車がスロープしたとか、迷惑そうに顔をしかめる大人が映っていたりして
、まあ、同じ雪でも人それぞれ感じ方が違うんだな、と。
でも僕は雪合戦に夢中になってるような子供のほうが好きです。子供の頃を忘れてしまった大人よりかは。





小学校の教師をしていると子供を叱ったり褒めたりすることが多いのですが、人に対して真剣に叱るとか褒めるとか、あなたといた頃の日常のなかで、あまりなかったんですよね。僕はあなたしか見ていなかった

僕は未熟者でした。今もそうですが。
それで、結果的にあなたを傷つけることになってしまった。
あなたといるとそれだけで幸せになれました。
あの頃、僕はあなただけに幸せを求めていた
ですが、きっとあなたと離れてからの世界のほうが
ずっと幸せだったのかもしれません。
結局、幸せってなんなんでしょうかね

ただ僕は今でもあなたのことが好きです。


安らかにお眠りください。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー青年は、そっと手紙を閉じた。 
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