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とらっぷ&だんじょん!

作者:とよね
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第二部 vs.にんげん!
  第25話 あんさつのかげ!

 開門日二日目、雪の影響で隊商の出発が遅れているにも関わらず、パスカ達はまだ遺跡から戻って来ていなかった。
 ウェルドはさっさと外界の人間達に出て行ってほしかった。
 と言っても外界の人間に恨みがあるでもなく、逆で、シェオルの柱と外界の魔物発生の件が万が一にも彼らの耳に入れば、強い恨みを買う事は間違いないという恐怖と引け目からである。
 サドラーとノエルと俺とディアス。
 と、ここで、ウェルドは自分の中に世界がもはや二種類しかない事に気が付く。カルスバスティードか、その外かだ。国も人種もない。ここに来て半年、随分意識が変わったものだ。そして今、まさにカルス・バスティードの人間から外界の人間に変わろうとしている一人の知り合いと道で会った。
「アングルさん」
 眼鏡をかけた、痩せ型の男である。フォルクマイヤーやオンベルトと並んで、かつて煉獄探索で世話になった先輩冒険者だ。アングルは手袋をはめた指で凍りついた眼鏡をずり上げた。
「ああ、君か」
「出て行くんですか」
「ああ。故郷が気になるからね。僕一人が出て行ったところでどうしようもないとしてもさ」
 故郷。
 ウェルドはついつい目を伏せる。
「あの柱の件は」
 アングルが近付いて来て声を落とした。
「君の責任じゃない。僕が柱探しに参加していた時は外界の魔物との関係を知らなかったけど、知ってたとしても、やっぱり柱を壊していた。そして故郷に帰っても、その事を誰にも言わなかっただろう。保身のためじゃない。言う必要がないからだ」
 この男は強いと、ウェルドは思った。柱探しに参加した、全ての冒険者たちが強い。
 今や柱の破壊と魔物の関係は、カルス・バスティードの全ての住民の知る所となっていた。その話がどこから漏れたのか、あるいはいつクムランが開示したのか、宿舎に引きこもりがちだったウェルドは知らないが。
「……じゃあ、無事で」
「君もだ。……罠だよ。悪辣な罠だった、柱は。どちらを選んでも後悔する。みんな運が悪かった」
 別れを告げ、アングルは人ごみに戻り、ウェルドはまた歩き出す。ティアラが呼んでいると聞き、教会に向かう途上だった。
 簀巻きにされた賞金稼ぎが二人、荷車に積みこまれていく。
『ごめんなさい、ウェルド。私の都合で……』
 昨夜、エレアノールは言った。
 この町に逃れるしか、生き延びる道はなかったという。そして結局彼女も、とんだ事に巻き込まれたものだ。外界にいても、この町にいても。ウェルドはそばにいて、慰める言葉もなく、黙って一緒に酒を飲んだ。
 ティアラは大部屋にいる様子だった。ウェルドは黙って病院の二階に上がり、先月まで自分も使っていた個室の戸を開ける。
 ディアスのベッドの周りは衝立で囲まれたままで、窓にカーテンがかかり、隅で小型のストーブが赤々と燃えれど暗かった。
「ディアス」
 呼ぶと、何故か引け目と気まずさを感じた。
「おい」
 返事はない。
「……んだよ、寝てんのかよ――」
 カーテンを開けた。
 何千という眼が、曇りガラスの向こうからウェルドを見上げた。
 ぎっしりと、窓の下の通りを埋めて数えきれぬ人間が立っていた。
 痩せこけた、土気色の顔の、冬だというのに薄いボロ着の男と女と老人と子供と若者と中年。
 血を流し、所どころ魔物に食いちぎられた体で――
「ウェルド?」
 不意に間近で呼ばれ、ウェルドは声をあげ窓から飛びのいた。呼びかけたのはシャルンだった。ウェルドの反応に彼女もビクリと身を竦ませる。ウェルドは何度も、窓とシャルンを見比べた。恐る恐る覗いた窓の向こう、人々の幻覚は消えていた。
「な、何よ。びっくりするじゃない」
「……いや、すまん」
 ウェルドは頭を掻き、空いているベッドに腰を掛けた。
「見舞いか?」
「ティアラのお手伝いに来てたの。いつもはルカかサラが来てたけど、今二人とも遺跡だし。そしたらウェルドが入って来て、二階に上がるの見えたから。ウェルドこそお見舞い?」
「まあ、ティアラに呼ばれて」
 シャルンが窓辺に寄る。また雪が降り始めた。ウェルドを振り向いた時、シャルンは微笑んでいる。
「あたしね、ウェルドが柱を壊す気ないってジェシカから聞いた時、悲しかったんだ。こんな時に味方になってあげるのが仲間ってもんじゃないの、って」
「……」
「でもウェルドは――」
「何万人死んだんだろうな」
 ウェルドは居たたまれなくなって、シャルンを遮る。
「外界でさ」
 シャルンの微笑みが消えた。
「……後悔、してるの?」
「わからない」
 そしてまた、辛うじて何かを取り繕うような笑みを浮かべる。
「そんなのおかしいよ」
「おかしいんだろうな。でもわかんねんだよ、自分がどう思ってるのか。柱壊した後――直後とか数日とか――すげえ怖くて――すげえ数の人間、俺、殺しちゃったんだって」
「でも、それは――」
「でもさ、どうでもいいんだよな。どうせ俺の目の前で起きた事じゃねえし」
 ウェルドは自分の言葉に驚いた。シャルンの顔が引き攣る。
 へえ、これが、俺の本心ってものなのか。
 俺の考えなんてのは所詮、この程度のものなんだよな。
 全くだ。常に考えが行動に勝るなら、俺は柱を壊さなかったのに。
「一人殺すのも一万人殺すのも同じ事なんだよ」
「何を言っているの!?」
「どうせ他人事なんだよ。死ぬ奴はどうしたって勝手に死ぬんだよ! 弱い奴が悪いんだよ!」
「ウェルド、やめて!」
「お前、人殺した事ある?」
 憔悴した目に狂乱の光を宿し、ウェルドはシャルンの怯えを見る。
「卵みたいなんだ」
「な、何が?」
「大剣で、人の頭を潰す時……軽い感触なんだよ……カシャッていうか、クシャッていうか、そんな感じ――」
「何を言いたいの……?」
「人間、死んだらただの死体で、たくさん死んだら死体の山で、もう人格とか、生きてた意味とかもなくて」
 ウェルドは自己嫌悪に頭を抱えた。
「あんたもそう思うだろ?」
「……思わない」
 シャルンは激しく頭をふり、叫ぶ。
「あたしは思わない!」
 大きな音で戸を閉めて、シャルンは飛び出していく。ウェルドは頭を抱え続けた。
 気が済んでから、顔を上げ、大儀そうに立ち上がった。衝立をずらす。
 ベッドの上のディアスと目が合った。嫌な気分を堪えて、枕もとのスツールに座る。
「起きてたのかよ」
 ティアラの治癒魔法が効いているのか、どこかを病んでいる様には見えなかった。ひどく顔色が悪い以外は。
「賑やかだな」
 細い、掠れた声で言った。
「何かあるのか」
「開門日だ。わかるか? 俺達がここに来て半年経ったんだよ」
 何気なく答えたが、ディアスの反応は激しかった。細く開いていた目をかっと見開き、その体にたちまち生気と殺気が漲り、ウェルドは身構えた。彼は起き上がろうとした。しかし、やはり体力が落ちているので、上体を少しもたげたところで力が抜け、後頭部を枕に打ちつける。それでもまだ起きようとした。
「どうしたんだよ?」
「寝ている場合では――」
「いやお前起きてる場合じゃねえから。そんな事も判断つかんお前じゃねえだろう」
「今日までに」
 ディアスは起きようとするのをやめたが、代わりにほぼ睨みつけるような目でウェルドを見つめた。
「今日までに、外界で何が起きたか教えろ」
「はっ?」
「早く」
 ウェルドは眉を顰める。
「外界で……一番大きな出来事だと……魔物が何回か、大量発生している」
「回数は」
 ディアスは、予想したような動揺は見せなかった。
「四回」
 それを聞いて、ふと、目から強い光が消える。体から力が抜け、酷く消耗した様子になるのが見て取れた。
「何で……そんな事聞くんだよ」
 ディアスは答えなかった。
 驚くべき事に、彼は少し、ニタリと笑った。ウェルドはディアスが笑みを浮かべるところを初めて見た。ただそれは、酷く皮肉で、嫌な、暗い笑いだった。そして、真顔に戻った。
「……笑えない冗談だ……」
 目を閉じる。気絶するように眠りに落ち、寝息を立てはじめた。ウェルドだけが残された。
「おい、何なんだよ?」
 間もなく部屋の戸を軋ませて、ティアラが入ってきた。彼女は一時期ほどの酷い疲労状況ではない様子だった。ディアスの状態がよくなったのと……凶戦士に斬りつけられた患者たちが、日に日に数を減らしているからだ。
 ティアラは一礼し、微笑んだ。
「いらしていたんですね、有難うございます」
「おう……。用事、何だった?」
「本来だったら私が直接お願いにあがるべきなのですが」と、前置きし、「ディアスさんは明日の退院を希望されてらっしゃいます。私はもう少し入院していてほしいのですが……。それで、明日の正午、ディアスさんを迎えに来ていただきたいのです」
 自分が退院する際、シャルンとアーサーが迎えに来たことを思いだした。
「そんな事か。全然いいぜ?」
「それとあと、申し訳ございませんが、ディアスさんに冬物のお召し物を持ってきていただきたいのです」
「そうするよ」
 ウェルドは教会を後にした。
 宿舎は静まり返っていた。いよいよ総出でパスカ達を探しに行っているのかもしれない。今すぐにでも門が開いてもおかしくない。暗い宿舎で一人足音を立て、ディアスの部屋に入った。机にクムランから借りっぱなしの本が数冊積まれているほか殆ど物がない、生活感のない部屋だ。
 ウェルドはディアスの手荷物を探し、ベッドの下にそれを見つけた。羊皮の荷袋には直射日光と砂埃から身を守るためのマントが仕舞いこまれていた。冬物の衣服として、これは心許ない。そもそも彼も多くの冒険者と同じく、生活物資は現地調達するつもりでいた事だろう。
 そう思いながら荷袋に腕を突っこみ引っ掻き回していると、ちくりと指に痛みが走った。腕を抜く。中指の腹に、赤い血の珠が浮いている。
 好奇心から、ウェルドは荷袋を空にした。
 荷袋は二重底になっていた。長い針で外側の底が縫いとめられているからわかる。指を指したのはその針だった。
 針を抜いた。
 二重底には何か固い、細長い物が入っていた。それを掴んで引き出す。
 真っ黒い短剣だった。
「いい得物持ってんじゃん」
 窓の外の、灰色の雪明りにかざして鞘を外し、刀身を見たウェルドは凍りついた。
 これほどおぞましい武器を見た事がなかった。
 どのような鍛造技術で作られたものか、刀身は途中で捻じれ、しかも返しがついていた。これで体を刺されれば、急所を外しても確実に死ぬ。殺すという事への強烈な意志を感じさせる形状だ。
 そしてその黒さ。
 夜、月明かりも雪明りも吸いこんで暗闇を裂く刃。暗殺用のナイフ。
 ウェルドは確信した。
 ディアスは、誰かを殺す為にカルス・バスティードに来たのだと。
 それでつながる。あいつが何をしにここに来たのか話さなかった理由。いつも暇そうにしていた事。それは、あいつが次の開門日にしか用がなかったからじゃないか。開門日にやって来て、適当に真面目にやっているふりをして、次の開門日にそっと人を殺して何食わぬ顔で出て行って。そうすれば、誰にも彼を追及などできない。
 なあ、ディアス、そういう事なのか?
 ウェルドは心の中で問う。
 そういう事なら間違いだった。
 世界中の人と引き換えに彼を助けたのは、どうしようもなく間違いだったかもしれないのだ。
 
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