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真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾

作者:遊佐
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群雄割拠の章
  第四話 「そこで相談じゃ……わしらはどうするべきか」

 
前書き
いろいろあって遅くなりました。来週はかなり時間取れるので、もう一話いきたいですね。 

 




  ―― 一刀 side 漢中 ――




 盾二がいなくなって、すでに二月になろうとしていた。
 漢中はいつもと変わらないように見えて、徐々に盾二がいなくなった事による弊害が見え始めていた。

 大きなこととして……漢中に来る商人が減った。
 これは盾二がいなくなったことに加え、漢の各地で不穏な動きが蠢きだしたことによる。
 皆乱世が来たことを敏感に察しているようだ。

 それでも、漢全土において最も安全な場所であるという評判は未だに高い。
 減った商人のほとんどが洛陽や宛などを本拠とする北の商人達だから、盾二がいなくなったのが原因とは一概にいえないかもしれない。

 しかし、問題は南の商人からの陳情だ。
 三州同盟が解消されることを何処かで知った商人が、それを孔明ちゃんに訴えたらしい。
 商人のネットワークは、利に聡く敏感だ。
 南の巴郡や東の白帝城あたりからの商人は、商品の輸送に保証がほしいと訴えてきた。
 元々、商人の商品に保証を与えるなど、どこの太守や州牧もやったことなどない。
 そもそも、そんなことなど漢中以外で言ったら馬鹿にされるレベルだ。

 この時代の商人の流通は、博打性の高いものだ。
 その道中で山賊や江賊など、道中で命や荷を狙われることなど日常茶飯事なのだから。

 けど、梁州では信じられないことに街道筋がとんでもなく安全だった。
 その為、護衛を雇わないでも安全に荷が運べる。
 それはつまり流通コストが著しく下がるということ。
 当然、それは商品単価に反映され、価格競争により低価格で販売される。
 物価が安く、しかも安定されれば物が市場にあふれる。
 それは、二次加工、三次加工を容易にする。

 それが莫大な利益となって、梁州を潤していたのだから。

 でも、その保証が崩れればどうなるか。
 物価は上昇し、賃金は抑えられ、流通が滞れば経済が止まる。
 それは俺や盾二がいた世界でこそ顕著な反応を見せる。
 いわく――インフレ、大恐慌、経済崩壊。

 それらの起こる、初期症状はいつも同じ。
 社会不安による買い渋り、売り渋りだ。
 その徴候が、すでに漢中で起こり始めている。

 俺ですら最近の風潮に気付き始めているんだ。
 あの諸葛亮孔明や鳳統士元が気づかないわけはない。
 そう、気づかないわけがないんだ。
 だから、何らかの対策をしている……はずなんだけど。

 とはいえ、俺がやきもきしてもしょうがない。
 あの天下の諸葛孔明に龐統……じゃなく、鳳士元がいるんだ。
 そもそも門外漢の俺がでしゃばるべきではないのかもしれない。

 こんなとき、盾二がいれば……そう思ってしまう。

 あいつは俺とは比べ物にならないくらいに優秀な奴だ。
 あいつだからこそ、こんな原始的な時代に近代日本に近い安全な国を作れたのだと思っている。
 なのに、どうして……あいつはいなくなったのだろうか。

 あいつは昔から優秀だった。
 あいつと初めて会ったのは、捕らえられていた研究所から助けだされた後だった。
 俺に兄弟がいた……最初はびっくりしたし、幼い顔は俺そっくりだったので驚いたことをよく覚えている。
 その頃の盾二は感情に乏しかった。
 後に記憶を封印された後遺症だったことを、ティアさんから聞かされた時は、かなりショックだったけど。

 そう、俺は盾二が本当の兄弟でなく、俺の細胞から生み出されたもう一人の俺であることも知っている。
 スプリガン候補になる前、ティアさんと朧から真実を明かされた。
 万が一、盾二の記憶が蘇って暴走した時に、俺がそれを抑えるために。

 そりゃあ、最初は驚いた。
 が、研究所で生まれた時から実験体だった俺。
 そういう存在がいても、なんとなく納得できてしまった。
 逆に本当に血を分けた存在だとわかって、嬉しかったのも本当だ。
 でも、それと同時に本当にあいつは俺から生まれたのか疑いたくもなったけど。

 あいつは、俺なんかとは比べ物にならないほど優秀だったから。
 あいつはアーカムで、スポンジが水を吸うように様々な知識を蓄えていった。
 一般教養から農政学、医学、数学、物理、あげくに帝王学まで、世の中で役に立つと思われるものには貪欲だった。
 かわりに純文学なんかは苦手のようだったけど。

 そして幼い頃から叩きこまれた戦闘機械の肉体は、盾二を文武ともにエリートにしていた。
 その才能は、十六かそこらで指揮官として教育を受ける程だ。
 十七にしてA級チームをまとめあげたのは、あいつの天性の才覚だろう。

 盾二は……天才だ。
 そういう風に『調整』されて生み出されたのだとしても。
 俺は、それが自分のことのように誇らしい。
 だから俺にできることは、あいつを信じてやることだった。
 あいつの指示に真っ先に頷き、どんな指示でもこなせるように自分を鍛え続けた。

 そのあいつが……盾二が、俺に何も言わずに姿を消したという。
 正直、最初は信じられなかった。
 俺に何も告げずに俺の前から消えるなんて、思いもしなかった。

 再会してこの一年、俺は俺なりに体を鍛え直すために日夜鍛錬に励んだ。
 慣れない部隊の取りまとめや指示など、第三軍の副将としての勉強もした。
 あいつを支えることが、ドジって昏睡して迷惑をかけた俺のできる、せめてもの償いとも思っていた。

 それなのに、あいつは……俺に一言も告げず、この国を去った。
 そして俺は、それを一月も知らなかった。
 
 一月前、突然孔明ちゃんから告げられた事に、俺は唖然とした。
 盾二の命を、身を持って守った忠臣、馬正の仇を見つけたということは聞いていた。
 だから俺はその相手を捕らえに行ったのだと思っていた。

 けど、盾二はこの梁州を去り、俺を自分の代わりとしてこの国を任せると言ったらしい。

 無理だ。
 あいつみたいな才覚のない俺が、そんなことを。
 歴史に名高い臥龍と鳳雛ならともかく、俺なんかに国の運営なんてできるわけがない。

 だから国の運営に対しては、俺は孔明ちゃんに任せた。
 盾二の存在が……天の御遣いとしての存在が必要なら、その身代わりとして影武者を演じることも了承した。
 その上で、国の運営に必要なことを少しでも学ぶことにした。
 俺にできるのは、それが精一杯だからだ。

 でも、孔明ちゃんが俺を見る目は、以前より冷たくなった気がする。
 鳳統ちゃんに至っては、仕事が忙しいのか全然顔を見ていない。
 二人共、俺に盾二を重ねて落胆しているのかもしれない。
 それは多分……已む得ないことだと思う。

 けど、俺はずっと心にしこりが残っていた。
 盾二が、俺に何も言わずにいなくなったことに。
 皆が盾二を求めることに。
 自分の力が全然足りないことに。
 それら全ての憤りと悔しさと悲しみが、俺の胸を締め付ける。

 そして多分、生まれて初めて。
 この時、俺は……盾二に対して、嫉妬していたんだ。




  ―― 孔明 side ――




「はあ……」

 思わず出る溜息。
 目の前にある大量の竹簡を検閲する気にもなれない。

「朱里ちゃん……」

 隣にいる雛里ちゃんも私と同じ。
 いつもは人の十倍の速さで仕事をさばく手が、止まっている。

「……三州同盟、とうとう解消になっちゃうね」
「……グスッ」

 そう。
 私たちが落胆する理由は、それだった。

 一月前の劉表さんからの通告。
 桃香様を……立ち直らせることが、できなかった。

「明日は約束の期限の日……劉表さんが来る日。でも、桃香様は……」
「……………………」

 桃香様が寝込まれてから、もう二月近く。
 その身は痩せ衰え、頬もこけ、以前のような明るい笑顔など見る影もない。
 それどころか……このままでは命すら危うい。

「盾二様だけでなく、桃香様まで失ったら……この梁州は……」
「グスッ……ふえっ……ふええ……」

 雛里ちゃんの泣くのも無理はありません。
 私達は……本当に無力です。
 盾二様から託されたこの梁州を……たった二月でここまで危うくするなんて。

「なにが梁州の宰相……なにが……私は、こんなに無力なんて……」
「グスッ……盾二さま……ごしゅじんさま……ひっく……ひっく……」

 私も雛里ちゃんも……結局、盾二様がいなければなにもできないのだ。
 私達の価値なんて……所詮その程度……

「ちょっと、アンタたち! いいかげんにしなさいよね!」
「「 !? 」」

 突如、罵声が響く。
 顔を上げてみれば、そこには賈詡――詠さんの姿があった。

「いつまでもうじうじうじうじ! アンタたちはそれでも軍師なの!?」
「詠、さん……」

 つかつかと執務室の入り口から早足で歩き、私達のいる机に両手を叩きつける。

「確かにあの御遣いはいないわよ! けど、御遣いだけがこの梁州を作ってきたっていうの!? アンタ達は、あの男がいなきゃ何も出来ないほど才がないというの!?」
「「 ――――っ! 」」
「あの男が出て行ったのは、アンタ達なら自分がいなくても立派にこの梁州をまとめきれると信じていたからじゃないの!?」
「「 !? 」」

 あ……

「自分を信じてくれた主人に対し、この二ヶ月もの間、アンタたちは一体何をしていたの!?」
「あ…………あ…………」
「……………………」
「こんな情けない臣だから……いえ、そんな情けない臣しか持てないのがアンタ達の主ってわけ!?」
「なっ――」
「違います!」

 私が声を上げようとすると、隣で泣いていた雛里ちゃんが大声を上げる。
 それは、見たこともないような強い光を帯びた眼だった。

「ご主人様は、盾二様は、素晴らしい人です! 貴女みたいな人にはわかりません!」
「わからないわね。勝手に仕事を押し付けて、勝手にいなくなる男のことなんて。自分勝手で無責任じゃない?」
「そんなことありません! 貴女にはわかりませんけど、盾二様には深い事情があるんです! だから私達に――」
「あらそお? でも、その主が信じたアナタ達は、こんなところで何をしているの? 何が出来るの?」
「出来ます! なんだって! 私達を信じてくれたのは天の御遣い。そして私達は、水鏡先生から『臥龍・鳳雛』と………………あ………………」

 そこまで口にして、雛里ちゃんは呆然とする。
 私も同じだった。

 そうだ……私達は、諸葛孔明と鳳士元。

 水鏡先生からこの乱世を治める人物を助ける力があると認められ。
 その人物を、二人で力を合わせて補佐することを心に決め。
 自らの主として、天の御遣いである北郷盾二という人物を……自分たちで選んだ。

 そして誰よりも……誰よりも、民の平和を望んだ主から。
 ご主人様から、『留守』を託されたのだ。

「「 っ!! 」」

 バチッ!

 ほぼ同時に、私と雛里ちゃんは、自身の頬を両手で叩いた。
 
「「 ~~~~~~~っ! 」」

 じんじんと痛む頬。
 にじむ涙。

 けど、けど、やっと。
 やっと目が醒めた!

「……詠さん。ありがとうございます。私達、馬鹿でした」
「ふん……アンタ達が馬鹿なら、世の中の人の殆どが馬鹿よ」
「……いえ。私達は、目的を見失っていました……」

 雛里ちゃんの言葉に、頷く。

「うん。でも、思い出しました。私達が何をしなきゃいけないか。どうするべきか。誰かに教わるのではなく、自分たちで何をするかを」
「ふん……そう。そうでなきゃ、ね。それぐらい出来なきゃ、何のために梁州まで来て、寝る暇なく働いているかわからないわよ」
「詠さん……ありがとうございます」

 私が頭を下げると、隣にいた雛里ちゃんも頭を下げた。
 途端に、詠さんの顔がかあっと赤くなる。

「か、勘違いしないでよね! えっと……そ、そう! 月、月が困るからよ! せっかく偽名まで使って隠れているのに、梁州が無くなったら困るのよ!」
「くすっ……そうですね」
「笑うなぁ!」

 詠さん……本当にありがとうございます。
 私達は、全てをご主人様の……盾二様の『せい』にするところでした。

「もう……じゃあ、どうするか考えなきゃね。問題山積みなんでしょ?」
「そうですね……とりあえずは劉表さんへの対策を」
「ふんふん」

 そう言って詠さんが身を乗り出した時――

「さ、宰相様!」
「キャッ!?」

 不意に執務室に駆け込んでくる影。
 その叫びに、詠さんが驚いて飛び上がった。

「……憲和くん?」
「な、なによ……驚くじゃないの!」

 簡雍憲和――私達の専属文官。
 すでに勤めてから二年以上経つけど、未だに背丈は私達と同じぐらいの子。

「す、すいません。あの、宰相様……ご面会を求めている方がいるのですが」

 その言葉に、私が凍りつく。
 隣にいた雛里ちゃんの息を止めるような呻き声が聞こえた。

 まさか……もう劉表さんが?

「……誰が、来たんですか?」

 聞きたくない気持ちを抑えて、そう口にする。
 私の言葉に、憲和くんは逡巡し――意外な人物の名前を出した。




  ―― 黄忠 side 南充 ――




「紫苑、紫苑はおるか!?」

 突如、南充の王城に聞き慣れた声が響き渡る。
 その人物の叫ぶような声を聞いて、わたくしの膝に座っていた璃々が、びくっと身を震わせた。

 その様子に思わず苦笑して、璃々の頭を撫でる。

「ここか!? おお、紫苑!」
「桔梗……先触れもなしに来るのはいいとして、取次もなしにいきなり来るのはあなたらしくないわね。璃々が怯えてしまっているわ」
「むっ……」

 思わず足を止めて、気まずげに璃々を見る桔梗。
 璃々は、ちょっとおっかなびっくりに桔梗を見て、わたくしの顔を見る。
 わたくしは、璃々に微笑みながらその頭を撫でた。

「璃々。どうやらお仕事の話みたいだから、お部屋に戻っていてもらえる?」
「はーい。えっと……」

 璃々はわたくしの膝から降りると、桔梗の傍でまで走って行く。

「ききょーさん、こんにちわ。璃々、おへやにもどります」
「あー……うむ。驚かせてすまなんだ。今度、美味しい飲茶をご馳走するからの」
「うん! ありがと! じゃあ、またね!」

 そう言って、王座の間から自室へ向かって走って行く。
 その様子を見て、桔梗がほっと息を吐いた。

「すまぬ、紫苑。どうやらかなり慌てていたようじゃ」
「……その様子だと、あんまり愉快な話ではないようね」

 わたくしは王座より降りて、女官にお茶の用意をさせる。
 ともかく落ち着いて話をするには、一息つくのが一番なのだから。

 用意させた卓に桔梗を勧めて、対面に座る。
 女官に用意させたお茶を桔梗の前に差し出し、わたくしもお茶を一口飲んだ。

「……それで? 桔梗が慌てるぐらいだから、多分とんでもないことだと思うのだけど」
「劉焉様が、亡くなられた」
「!?」

 あの、劉君郎様が……!?
 突然の訃報に、手に持つ茶碗を落としかけた。

「……どういうことなの? 昨年お会いした時は、まだお元気そうだったはずよ?」
「うむ……恐らくだが、暗殺された可能性が高い」
「なっ……誰が!?」
「……趙韙(ちょうい)という男を知っておるか?」

 趙韙?

「いえ、覚えがないわ。そんな人物がいたの?」
「うむ、元々は中央で太倉令だった者での。だいぶ前に劉焉様の元に来た男じゃ。まだ洛陽にいた頃に、劉璋様の後見人になっておる。劉焉様が益州牧になられて中央からこちらに来られた後、長男の劉範様、異母弟で次男の劉誕様、そして四男である劉璋様が残られていたのを知っておろう?」
「ええ……確か、中央にて経験を積ませるため、だったかしら」
「いや、それは実は大嘘じゃ。事実は、反董卓連合と董卓軍を戦わせ、互いに疲弊したところを涼州の馬騰や韓遂と共に董卓軍を殲滅し、漁夫の利を得ようとしていた。そのための内部蜂起の担当だったのじゃ」
「ええ!?」

 まさか……

「じゃが、それは董卓の家臣であった李傕の手によって阻止されての。馬騰や韓遂は結局出陣せず、劉範様、劉誕様は討ち死に。劉璋様も討ち取られるところを救ったのが、その趙韙という男じゃ」
「なんてこと……劉焉様は、連合を当て馬にしようとしていたなんて」

 たしかに当時、それほど南蛮の侵攻も受けていないのにそれを理由に拒絶したのは覚えている。
 しかし、それは軍団の移動による出費を押さえるためだと思っていたのに……

「一年ほど前、虎牢関の悲劇による董卓の死亡、献帝陛下の救出による曹操の台頭。これらにより劉焉様の目論見は潰えた。当面は急成長した梁州に備え、戦力を蓄えようとしていた……これはお主も知っておるな」
「……ええ。梁州は信じられないほど国力を増しているもの。さすがは盾二様ですわね」
「うむ……じゃからこそ、下手な火種にならぬように、わしらは盾二との接触を努めて行わないようにしてきた。精々、数度の書簡のやりとりのみじゃ」
「ええ」

 仕官した後で、自国の主君より他国の家臣と誼が深いなど、本来あってはならない。
 それは拾ってくださった主君に対する裏切り行為なのだから。
 だからこそわたくしと桔梗は、直に会いたい気持ちを抑えて時が流れるのを待った。

「じゃが、そんな益州に命からがら戻ってきた劉璋様と趙韙は……それを弱腰と見たようじゃな」
「それじゃあ……」
「うむ。証拠はないが……三男だった劉瑁様共々に毒を飲ませたようじゃ。劉焉様は亡くなり、劉瑁様は……命は助かったものの、錯乱しておられると軟禁された」
「なんてことを……」
「対外的には劉焉様は、背中の出来物による出血死とのことじゃ。劉瑁様は、遠からず気狂いによる死亡となるじゃろう。」

 そこまで事態が動いているだなんて……

「劉瑁様だけでも助ければ……」
「無理じゃ。心に病を持ち、もはや助からないのは本当のことらしい。事ここに至っては、劉璋様しか血縁はおらん」
「なんてこと……そんな情報が一切入ってこないだなんて……」
「わしもじゃよ。すべてが終わり、隠す必要もないから流れでた、ということか」

 なんということを……
 確かに連合での劉君郎様のやったことは、褒められたことではない。
 客観的に見れば自業自得、とも言える。
 けど、だけど……

「紫苑、問題はここからじゃ……」
「……まだなにかあるというの?」

 本当に悪い話というものは、人を待ってくれない。

「実権を得た劉璋様と趙韙は、三州同盟の一方的な破棄を宣言するつもりらしい」
「!?」
「そしてわしとお主に、数日中に命が来る。梁州からの商人を捕らえ、その身ぐるみを剥ぎ、情報を引き出せという、な……」
「なっ――」

 なんという……

「そこで相談じゃ……わしらはどうするべきか」

 桔梗の言葉に。
 わたくしは、思わずめまいを感じて椅子にもたれた。




  ―― other side 定軍山 ――




「………………」

 趙雲は無言で周囲の工匠たちを見回した。
 どの工匠たちも一生懸命に働いているようにみえる。

 だが、現実としてはここ一月、砦建設の遅れが目立ってきていた。
 原因は、砦の普請の難しさにあった。

 元々この砦は盾二が、独特の設計にて指揮していた砦である。
 すでに半分以上が建設されており、大まかには完成しているといってもよかった。
 だが、話が主の突然の出奔により、細部の普請に手間取っていたのである。

(あるじ)が残された設計図は、確かに見事なものではある。だが……)

 趙雲は、自身の持つ紙の図面を開いた。

 盾二が残した設計図は、素人が引いたにしては良く出来たものだった。
 だが、見落としていたのは木匠(大工)たちの技量であり、この時代の建築技術である。
 それはある意味、必然でもあった。

 盾二が残した図面は……戦国時代の日本の城をモデルにしていたのである

 当然ながら、それらは十六世紀の日本だからできた建築物である。
 二世紀末の大陸に、それを作るだけの建築技術は存在しない。

 その為、初期工事から盾二が細部に手を入れ、木匠たちとすり合わせを行うことで似たようなものを拵えていたという事情がある。
 無論、盾二の技術は二十世紀末の知識からくるものであり、戦国期の日本でも有数の城をモデルとしていたのである。

 例えば階段。
 これは熊本城をモデルにしており、石段それぞれの高さや奥行を変えて登りづらくしてある。
 また、その正面からの道を幾重にも曲がらせることで、横矢を浴びせる仕組みも取り入れてあった。
 もちろん、山ゆえの落石の仕掛けもあり、畝堀と呼ばれる斜面を一直線の道を幾重にも並ばせて頭上からの落石で一網打尽にできる仕掛けもある。
 これは小谷城がモデルであった。

 そんな世界でも有数の堅固なる砦を作っているのである。
 当然ながらその作業に、日数と多額の資金も費やされていた。

 だが、その総指揮を取る盾二が、外側の防御陣と石垣を作ったところで姿を消したのである。
 残されたのは、三層の城の図面のみであった。

 盾二にしてみれば、あとは木匠達のみでもできると踏んでいたのであろう。
 だが、木匠達は自身の技量をそこまで信じられなかったのである。
 それほどに、図面の構造は複雑だった。

(木と木で継ぎ目を隙間なく埋めるなど……どうやるのだ)

 趙雲がそう思うぐらいである。
 木匠達の混乱は、それ以上であった。

 だが、ここまでこの砦を盾二と共に作り上げてきた木匠たちである。
 どうにか試行錯誤で一層目までの建築を終え、二層目をどうやって作るのかで難儀していた。

(……これは、二層目を作ることができぬやもしれんな)

 現状として、雨風を防ぐためにも仮の屋根を設置しているが、本来はその上に梁を渡して二層目を作ることになる。
 だが、その梁の上に板を敷く技術や瓦を作る技術が欠けているのである。

 それらをどうにかできないかと試行錯誤しているため、大幅な遅れを招いていた。

(せめて一刀殿にその手の知識があれば救われたものを……)

 当然ながら一刀には、その辺りの知識は全くといっていい程ない。
 精々、瓦が土からできていること、かまどで焼いて作ること、城の土壁には漆喰が塗ってあるという知識のみであった。
 だが、その瓦の精製法や漆喰の精製方法がわからなかった。
 ちなみにかまどは、金の精製の為に盾二が梁州の王城に極秘に作ったものがあるため、その製造法は一部の鍛冶師にのみ伝授してあった。
 その為、耐熱レンガや瓦などやりようはあるのだが……一刀にその知識がなく、使い切れていない。
 一刀にとっては、あくまで残ったオリハルコンを金に変えるだけの場所という認識だった。

「将軍さま……」

 と、黙考する趙雲に、一人の木匠が声をかけてくる。

「どうした?」
「はい。実は皆を代表して申し上げるのですが……正直、この図面通りにはできないかと……」
「うむ……」

 やはり木匠たちも限界が来ていたということを、趙雲も感じずにはいられない。

「試行錯誤して何とか作ろうとすることはできます。できますが……いつまでかかるかわかりません。そうすると、正直いつまでも完成することも出来ず、延ばされた期限すら間に合うとも思えず……」

 当然ながら、時間がかかればそれだけ木匠やその指揮により働いている者たちに賃金を出さねばならない。
 だが、金も資源も時間も有限である。
 与えられた仕事ができねば、その報酬がもらえない。
 だが、それを成しうる技量が足りない。

「うむ……致し方ない。すぐに朱里達に伝令をだし、この砦の普請をどうするか検討してもらう。お前たちは、連絡が来るまで試行錯誤してみてくれ。この砦に使うことが出来ずとも、他で利用できるかもしれん」
「はい。力及ばず、申し訳なく……」
「いや、気にするな。主と力を合わせてきたお前たちがダメなら、他の誰にも出来はせぬさ」
「そう言っていただけると助かります。しかし、御遣い様は何故……」
「………………」

 木匠の言葉に顔を顰め、溜息をつく趙雲。
 その仕草に、慌てて木床は頭を下げ、仕事へと戻っていた。

「そんなこと……私が知りたいのだがな」

 空を見上げた趙雲は、姿を消した主へと思いを馳せた。




  ―― 張飛 side 漢中近郊 ――




「張飛将軍! 賊が逃げていきますぞ!」
「にゃあ! 逃すなー! 追撃するのだ!」

 鈴々が叫ぶと、周囲の兵がぎょっとしたのだ。

「し、しかし将軍! あれほど蜘蛛の子を散らして逃げるような賊ですぞ。放っておいてもよいのでは……」
「何を言っているのだ! あいつらが逃げる方向は、上陽へと続く大街道なのだ! 逃げた先で非道を働くかもしれないのだ!」
「あっ……」

 そんなこともわからないのかー!?

「商人や旅をする人たちを安全に守るのが、鈴々達の役目なのだ! 全員、追撃なのだ!」
「し、しかし……我々はともかく、補充兵たちが……」
「にゃっ!?」

 鈴々が後ろを振りかえると、息も絶え絶えにのろのろ動く兵がいるのだ。
 中には座り込んでいるのまでいるのだ。

「~~~~っ! なら、付いてこられる人だけでいいのだ! 残りは、休んでから大街道の詰所で合流するのだ!」

 それだけ言って、鈴々は賊を追うために走りだすのだ。
 正直、この程度で音を上げているような兵に、第二軍は務まらないのだ!

「……仕方ない。お前は残って、補充兵どもの指揮をとれ。残りの古参兵は将軍に追随! いくぞ!」
「「「「 おう! 」」」」

 第二軍の千人隊長たちが、鈴々を補佐してくれるのだ。
 だから鈴々は、敵を倒すことだけに集中できるのだ!

(お兄ちゃんがいなくなってから、どんどん賊が増えているのだ……)

 お兄ちゃんがいた頃は、鈴々たちがこんなに頑張らなくても賊は少なかったのだ。
 でも今、愛紗は倒れた桃香お姉ちゃんにかかりきりだし、馬正のおじちゃんがいなくなったから、新しい警邏隊の隊長もうまく動けていないのだ。
 梁州の警官も妙に忙しくなっているみたいだし、なんか嫌な感じなのだ。

「~~~~~~~っ! なにくそーっ!」

 ダメなのだ!
 お兄ちゃんがいなくなることなんて、連合の前でもあったことなのだ!
 お兄ちゃんがいないからこそ、その留守を預かるのが鈴々達の役目なのに!

 桃香お姉ちゃんはずっと泣いているだけだし、愛紗はその世話で疲れている。
 朱里も雛里も仕事はやっているけど、どうにも空回りしている感じなのだ。
 星はなんとか頑張っているけど、一刀のお兄ちゃんはまだまだ力が足りないのだ。

 だからこそ鈴々が……お兄ちゃんの一番弟子である鈴々が、誰よりも頑張らなきゃならないのだ!
 お兄ちゃんが帰ってきた時に……必ず良くやったと、笑顔で褒めてもらうために!

「鈴々は、鈴々は、負けないのだーっ!」




  ―― other side 漢中 ――




 コン……コン……
 控えめな戸を叩く音。
 しばらくして、戸が開かれる。
 その戸を開けたのは、関羽であった。
 疲れた(まなこ)、少し()けた頬、そして誰が見ても青い顔。
 その顔は、とても武人とは思えぬ姿であった。

 だが――

「……桃香様。お食事を、お持ちしましたよ……」

 そうか細い声で囁く関羽の視線の先にいる人物は、それよりなお豹変していた。
 劉備玄徳――梁州牧であり、関羽達の主である。
 だが、その姿は……

「………………」

 頬は関羽以上に痩け、その顔色は死人のごとく青白い。
 横たわる姿は、もはや若々しさなど感じることができぬまでに痩せ衰えていた。
 そしてなにより――その目は、すでに光を失い、虚空を彷徨っている。

 つまり――生気がないに等しい。

「少しだけでも……少しだけでも食べて下さい……これは、ご主人様が残された書物から作ったお粥というもの……」

 関羽の言葉に、欠片も動かなかったその腕がピクッと動く。
 横たわる劉備の視線だけが、関羽の方へと向いた。

「あ……いしゃ、ちゃ……ん……ご……じん……さま……は……こ……」

 そしていつもの様に同じ言葉を繰り返す。
 関羽がこの一月、盾二のことを口にすると、決まって尋ねる言葉。

 曰く――『ご主人様はどこ?』

「…………………………」

 関羽は首だけを振る。

 すでに慰めなど意味を持たない。
 口だけで盾二がすぐ戻ると言っても、劉備はもう帰ってこないと泣くだけ。
 だから、慰めの言葉などこの二月程でとうに尽きた。

 そして劉備は、そんな関羽を見て、また視線を虚空に戻す。
 ここ十日ほど、この繰り返しだった。

 それでも、この言葉を発するときだけは、食事を摂ってくれる。
 お粥のみではあったが――それもすでに重湯(おもゆ)と言ってもいいほどのものでしかない。

 このままでは、劉備は近いうちに死んでしまう。
 そう関羽は危機感を募らせている。

 だが、劉備を励ます言葉など、自分に何が言えようか。
 それは、自ら主と仰いだ盾二に捨てられたのだという、劉備と同じ思いが関羽に重くのしかかっていたからである。

 今は義姉妹の契りを交わした劉備の世話で気を張っているが、自らの部屋に戻れば劉備と同じように力なく横たわる日々。
 すでに関羽自身も、ここ数日なにも食べていなかった。
 食べても胃が拒否して戻してしまうからだ。

(私と桃香様は……もうダメかもしれない)

 暗く落ち込んだ気持ちが、そう思わせてしまう。
 私達はもう――立ち上がる気力が湧いてこない。

 そう思うと不意に涙がこぼれてしまう。
 だが、それでも関羽は劉備に粥を食べさせる。
 もう、自分にはそれしかできないと思いながら――

 だが、そんな落日の日々が、突然終わりを告げた。

「邪魔するわよ」

 一人の女性が、その言葉とともに扉を開け放ったのである。

「………………っ!?」

 それに驚き、振り向いた関羽。
 その視線の先にいたのは――

「…………まったく。そんなところに寝っ転がって、一体何をしているのかしら?」

 ここにいるはずのない、孫策伯符、その人だった。
 
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