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ロード・オブ・白御前

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ユグドラシル編
  第1話 生存判明


 とある日の朝。巴が学生鞄に教科書を詰めようとした時だった。学生鞄の二重底が一度剥がされたような形跡があった。戦極ドライバーを隠していた、二重底が。

 カッと血が頭に昇った。こういうことをするのは、我が家には巴の両親しかいない。

 巴はリビングに飛び込み、テーブルにバン! と両手を突いた。

「また勝手に部屋に入ったの!? そういうのやめてって何度も言ったじゃない!」

 巴がいない間に部屋に「入る」だけならいい。掃除も百歩譲って良しとしよう。だが、ここ最近の両親は執拗に巴の私物をチェックする。そして勝手に捨てる。
 だから巴も、大事なものは押入れの奥の奥に壁を貼り付けたり、ベッドの下に仕掛け抽斗を自分で作ったりして隠している。

 そんな馬鹿なくらい小さな努力さえ、この人たちには通じないのか。

「インベスゲームなんて、学校に知られたら大変じゃない」

 驚いた。成績以外で巴を気に懸けたことがない親が、自分がビートライダーズだと知っていたなど。

「巴。母さんたちは、あなたのためを思ってやってるのよ」
「うそ! 本当にわたしのためかなんて、一度だって決めさせてくれたことないくせに!」

 巴は居間を飛び出し、玄関へ走った。
 ローファーの踵を潰して履いて、家を飛び出した。踵は走りながら整えた。




 近所のゴミ捨て場に行ったが、すでにそこにはゴミ袋の一つも残っていなかった。
 つんと喉の奥に突き上げるものがあって、巴はその場でしゃがみ込んで膝を抱えた。

(あれは碧沙がわたしだけにプレゼントしてくれた、わたしだけの特別な物なのに)

 ――欠席した彼女に初めてプリントを持って行った日、呉島邸の玄関前で15分は呼び鈴も押せず立ち尽くした。
 ――「呉島さん」から「碧沙」と呼び変えるだけで口の中がカラカラになった。
 ――二人してビートライダーズが好きだと知ってからは、肩を寄せ合って小さな画面に夢中になった。
 ――病弱でも踊りたい、と言った碧沙に肯いた時、実は高揚して堪らなかった。

 巴のような凡人には届かない、雲の上の人。学内だけの階級でも、それこそ呉島碧沙は関口巴にとって女神であり天女であった。
 そんな呉島碧沙と対等でいられる世界に、ようやく登れたと思ったのに。

 ふらりと立ち上がり、歩き出す。家に戻る気も、学校へ行く気も起きなかった。

(亮二さんは家に帰ったほうがいいって言ったけれど。だめだよ。だめだったよ、亮二さん)

 歩く。歩く。家から遠くへ。学校から遠くへ。それだけを念じて足を動かした。




 どこを目指してもいなかった巴が辿り着いたのは、街中の噴水公園だった。すり鉢状のステージがあるそこに人はいない。巴は訝って舞台を覗き込むため前に出た。

 そこでは鎧武がビャッコインベスと戦っていた。
 巴はその闘争をぼけっと見つめた。

(亮二さんの気持ち、今ならもっとちゃんと分かる)

 関口巴はもう戦極ドライバーを持っていない。巴には鎧武に貸せる力がない。一般人らしく逃げるべきなのだ。だから巴はすり鉢型ステージを後ろに登って行こうとした。前を向いたまま。そんな登り方では、

「あ…っ」

 当然こける。巴は段差に躓いてその場に尻餅を突いた。

 ちょうど時同じくして、ビャッコインベスが鎧武の攻撃で、巴に近い客席に吹き飛んだ。
 巴と、ビャッコインベスの、目が、合った。

『!? 巴ちゃん!?』

 ビャッコインベスが巴に爪を剥く。鎧武が巴を救おうと客席を登ってくる。三者がほぼ同じ位置に並んだ時だった。

 巴の目の前で、黄緑のソニックアローが、鎧武とビャッコインベスを射抜いた。

「え――」

 巴は座り込んだまま、ソニックアローが飛んできた方向を見上げた。

 劇場の壁の上、4人のアーマードライダーが立っていた。メロン、チェリー、レモン、ピーチでデザインされた鎧をまとった、鎧武らからは上の段階らしき戦士たちだった。




 ソニックアローのダメージで変身が解けた紘汰は、噴水近くまで転がり落ちた。何とか肘を立てて上半身だけでも起き上がる。
 前方には同じくソニックアローを受けて落ちたビャッコインベスがいる。もう一度変身しようと、戦極ドライバーを出した。

 ビャッコインベスの全身に濃緑の葉が広がり、散った。

 そこに倒れていたものを見て、紘汰は息を呑んだ。
 ――それは3ヶ月前から行方不明だった、リーダーの角居裕也だった。

「え…裕、也…? 裕也がインベス…え…何、で」

 呟いた直後、4人のアーマードライダーの内、銀のアーマードライダーが降り立った。

『手加減しろ。貴重な検体だ』
『スイマセンね、っと』

 銀のアーマードライダーは倒れた裕也の胸倉を掴み上げた。

「う…」
「裕也!!」
『貴虎ぁ。このまま回収でいいな』
『ああ』

 銀のアーマードライダーは裕也の胸倉から手を離し、腹に腕を回して裕也を肩に担ぎ上げた。
 するとどこからともなく黒影トルーパーが現れた。銀のアーマードライダーは裕也を彼らに渡してから、紘汰に向き直った。

「…んでっ…何で裕也が…っ、お前らなんかと…」

 銀のアーマードライダーはチェリーのロックシードを閉じて変身を解いた。そこに立っていたのは紘汰もよく知る人物――錠前ディーラーのシドだった。

「『なんか』とは失礼な。俺たちはインベス化して苦しむお前のオトモダチを保護してやってたんだ。感謝されこそすれ、責められる謂れはないぜ」
「インベス、化…? 保護、だと…」

 シドは帽子を押さえてにやりと笑った。

「捕えろ」

 シドの一声で、裕也を回収した黒影トルーパー隊が紘汰の下にもやって来た。紘汰はもがいたが、先に食らったダメージが大きく、大した抵抗にはならなかった。

 黒影トルーパーは紘汰の両腕を押さえ、腹に一撃を叩き込んだ。
 紘汰の意識はそこで落ちた。





 一連の事態に動けなかった巴を、下にいたシドがふり仰いだ。

「さて。残るはあんただけだぜ、お嬢サマ」
「『お嬢サマ』はやめてください。わたしは普通の家の普通の子供、ですから」

 「お嬢様」というカテゴリは嫌いだ。それは巴と碧沙を大きく隔てる溝だ。碧沙が本物の「お嬢様」で巴がマガイモノだから、二人の間には堅固な友情が築けなかった。

「まあ何でもいいさ。ユグドラシルまでご同行願おうか」
「わたしはベルトを親に捨てられました。アーマードライダーではありませんが、それでも?」
「それでも、だ」
「分かりました」

 巴は黒髪をゆらめかせて自ら階段を下りてシドの前まで行った。シドはくっと笑った。

「聞き分けのいいガキは好きだぜ」
「――、どうも」

 黒影トルーパー隊が来て、両側から巴に影松を突きつけた。
 巴は抵抗せず、連行されるまま歩いた。 
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