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【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス

作者:海戦型
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闖入劇場
  第九八幕 「流されるままに」

 
――今、何が起こっている。

シルバリオ・ゴスペルに接近することには成功した。やはりというか、余りにも長時間の戦闘を続けていたせいか操縦者のナターシャは体力と集中力の限界を迎えていたようだ。既にその動きは精細さを欠いており、近づいた直後に「何者か」のミサイル攻撃を受けていた。咄嗟に飛び出した一夏が庇ったが、衝撃で彼女は意識を失ってしまう。

ここで本来なら彼女を連れて一旦戦域を離脱するべきだろう。IS一機を抱えたままでの戦闘など無茶だ。BTを持ったセシリアはともかく、他の2人は手に武器を持たねば戦えないのだから。だが、3人にはそれをできない理由があった。

「一夏!ゴスペルの操縦者は生きているかッ!?」
「あ、ああ!気絶してるだけだと・・・うわっ!?思うけど!!」
「ならばッ・・・・・・ここは、私とセシリアに戦いを任せて護りに徹しろ!!」

荒れ狂う突風に煽られながら、箒は手に握った空裂を一閃した。その動作は当然ながら、「敵」に対して振るわれたものに他ならない。ISの反応速度のおかげか既に音速を超えたその一太刀はしかし、あたかもそれが当然の結果であるかのように虚しく空を切った。
直後、ドウッ!!と凄まじい衝撃音が空間に響く。それは攻撃音ではなく「移動音」だ。先ほどから、箒の動体視力とハイパーセンサーを以てしても攻撃を外すほどの速度を出す敵の。

その敵が次々に発射したレーザー兵器が、剣が空振った箒と紅椿に殺到する。辛うじて防御態勢を取った箒だが、腕から足にかけて次々に叩きこまれるレーザーにバランスを崩す。一発一発の威力はさしたる脅威ではないが、躱しきれないというのはそれだけで厄介だ。
同時にその方角へとライフル、バルカンポットを斉射した。だがその攻撃もむなしく空を切り、反射的に旋回したセシリアのいた空間を複数の高速ミサイルが通り抜けていく。行き場を失ったミサイルは海面に直撃し、巨大な水柱をいくつも出現させた。再び空間にドウッ!!衝撃音が響く。

いや、海はそれを抜きにしても異様な荒れ方をしていた。この風も少ない場所にしてはあちらこちらで不規則な波が発せして空は快晴なのに嵐のような高波というアンバランスな光景を晒している。その原因は既に分かっていた。

「何なんだ、この破裂音みたいなのは!?これが来るたびにISの飛行が乱される・・・ッ!」
「ソニックブームですわ!超音速飛行が生む衝撃波!この敵・・・方向転換の度に超音速で移動しているとでも!?これではBTが邪魔になる・・・ッ」
「まず間違いなく有人機ではないな・・・こんな軌道、PICだけでパイロットを保護できるはずがない!!」
「また無人機か・・・ッ!対抗戦の時といい今回といい、本当に好きだな!」

キィン、キュウン、と空間から聞こえる風切り音。何より恐ろしいのは、その速度。海の波を巻き上げたり雲に突入したりしてその姿をなかなか捉える事のできない正体不明の敵は、こと接近されると肉眼にハッキリ姿を納める事すら難しい速度を叩き出している。ISで追いきれない速度の兵器など――聞いたことが無かった。そしてもう一つ。

「セシリア・・・・・・奴の姿を見たか?」
「はっきりとではありません。ですがあれは・・・」
「人型じゃなくて、飛行機だよ、な・・・・・・?」

言い終わると同時に熱源警告。咄嗟に身を翻した白式の装甲を真っ赤なレーザーが数発かすめた。ブルー・ティアーズと紅椿にも同時攻撃を仕掛けたらしく、他の2名もレーザーを回避するためにその場を離れる。海面に命中した高熱が激しい水蒸気を上げた。

あの戦闘機は果たしてISなのだろうか。それともどこかの何物かがISに対抗するために開発した新兵器なのだろうか。そのどちらであれ、もしあんなものが大量にあったらISは対抗できるのか。様々な思考が駆け巡るが、そんな中でシルバリオ・ゴスペルを庇いながらも回避に徹する一夏の頭に、先ほどから聞こえる筈のないものが聞こえていた。


もしこの刹那の真実を掴みとれるなら――♪

見えざる啓示を得るだろう――♪


(なんなんだ、これ。歌・・・?箒やセシリアには聞こえていないのか?)

それはまるで音声という範囲を超えた高次の情報を受信しているような、高揚とも不安とも知れない脳内麻薬が脳髄を満たしていく感覚。溢れ出る情報の噴水。しかし、超音速で迫るこの敵をどうにか撃破しなければいけないという危機感が勝って歌を振り払う。

――その一瞬の迷いがまずかった。耳に届く不気味ない風切り音がいつの間にか一夏に近づいていたことに、反応が遅れる。

「一夏ッ!!上だ!!」
「回避を、急いで!!」

僚機の悲鳴染みた声とは裏腹に、既に敵の攻撃――小型ホーミングミサイルの斉射が待ち構えていた。避けようとスラスタを吹かしたが、ゴスペルの重みと抵抗の所為で推力が大幅に足りない。自分のうかつさが呪わしかった。
今からでは避けきれないと直感した一夏はせめてシルバリオ・ゴスペルだけでも庇おうとするが――そのゴスペルのウィングスラスタが、突然上方を向いた。

瞬間、計36の噴射口で圧縮されたエネルギー弾発射システム「シルバーベル」が一斉に火を噴き、上方のミサイルを瞬時に迎撃した。高速、高密度、高威力の三拍子を備えた最新武装は全てのミサイルを正確に薙ぎ払っう。
閃光と爆風から咄嗟に顔を庇いながら、一夏は唖然とする。自分の手の内で動かなかったゴスペルが自力で飛行していたのだ。

「あ・・・あんた、目が覚め――」

戦闘中に目を覚ましていたのか、と、そう聞くはずだった。
その眼前に、ウィングスラスターの砲門が付きつけられるまでは。

「え」

スラスタ内に充てんされた光の意味に、一夏は気付けなかった。
理解が追い付かないまま、先ほど放たれたエネルギー弾と同じものが一夏の上半身に降り注ぎ、視界が真っ白に染まった。同時に、猛烈な衝撃。
為す術もなく弾丸が命中した白式は、煙を噴きながら落下していった。

「い、一夏!!」

突然の暴挙に感情が麻痺しそうになりながらも箒は紅椿を駆って一夏の下へ加速する。白式がピクリとも動かない所を見るとさっきの至近距離射撃の衝撃で意識を失ったのかもしれない。放っておくのは危険だった。
そしてそんな箒をカバーするように後ろを続いたセシリアは、その鋭敏すぎるほどの感性でゴスペルの意志を感じていた。

「これは・・・怖がっている?刺すほどの敵意と震え・・・脅威を全て退ける事で操縦者を守る気ですか?」

ゴスペルのバイザーに次々に数字や英単語の羅列が走り、その文字が段々と赤く染まっていく。と、同時にデータリンクによって「ゴスペルのシールドエネルギーが回復していく」のを確認した。
ひとりでにISのエネルギーが回復することなど普通はあり得ない。だが、セシリアにはそのエネルギーの源に心当たりがあった。――形態移行時にISの構造を組み替えるエネルギーは、実はバリアエネルギーを一切消費しない。つまりISには、もともとそのような力が秘められているのだ。今回のこれは、そのISの謎の一つという事だろう。

「・・・予想外の事態が起こりすぎました。それに、一夏さんがこれでは庇いながらの戦闘など・・・」

セシリアは静かに本部へと連絡を取った。
任務失敗。保護対象が暴走し、白式が戦闘不能になった、と。



 = =



黒いヘドロと、白い床。モノクロで形成された世界。

気が付けば、俺はそこを歩いていた。こつり、こつり、大理石のような白い床に靴がぶつかって振動が体を揺らす。何故歩いているのかも何所に向かっているのかも、今の俺には分からない。ただ、暖かくて小さな手が俺の手を引いていた。

一歩前を、俺の手を引いて歩く背中。小柄だ。
歩くたびに癖のある銀髪が小さく揺れる。
銀髪――ああ、ベルーナか。
ベルーナに導かれているのだ。今の俺は、彼に導かれている。どうして導かれているんだったかと考えを巡らすと、不意に海面に落ちていく自分の姿を幻視した。――そうか、俺は負けたんだ。

実力で負けている幼馴染の剣士と、全く歯が立たない同級生。
その2人に並んで人を助けるために突っ走って、見事に足手纏いになった。
囮くらいしか役に立たない状況になり、しかも人を助けている所為でその囮にもなれない。

それじゃ何のためにISに乗ったんだろう。俺はただ、大切な人を助けたいから――

気が付けば、白い床は階段に変わっていた。2人の足音が響くだけの、恐ろしく空虚で静かな世界。こつこつ、こつこつ、足音ばかりが耳に届く。

お笑い草だったぞ、織斑一夏。お前は姉どころか同級生や幼馴染にも勝てない。前に一本取ったのだってISの性能差と偶然が重なったようなものだった。結局のところその辺りがお似合いなんだろう。弱いくせに出しゃばるから。
挙句の果て、最後が助けたISに撃たれて墜落だと?お笑いを通り越して滑稽だ。
そんな滑稽な人間を、ベルーナは一体どこへ連れて行く気なのだろう。そう疑問に思った俺の目の前には――

「何だ、これ。門・・・なのか?」

巨大な巨大な、黒い門。階段の先にあったのは、虚空に浮かぶ黒い門だった。
不意に、ベルーナが俺の手を離して門の前に立つ。人差し指でそっと門を触り、鉄の擦れる重苦しい音を立てて門が小さく開いた。その隙間から溢れる光がまぶしくて、暖かくて、包まれるようで――

「この先に行けば、俺は悩まないのかな。惨めな気持ちにもならないのかな」

自然と、そう呟いていた。
ベルーナは答えない。
ただ、門の先を指さすだけだった。
叶わない夢ほど身を焦がすものはない。
俺が千冬姉を守るなんて、土台無理な話だったんだろう。
出来ない事は、出来ない。無理だ。敵う訳が無い。
だから、ベルーナが道を示しているんだ。


一夏はゆっくりと、その門の先へ足を踏み入れ――



「やってくれたじゃねえか、てめぇ・・・ッ!!」

ドスの利いた、殺意が滲み出る声にはっと後ろを振り返る。この声は聞いたことがあった。
だってこの声は――俺の声なのだから。

「そうかよ、この時を狙ってたわけだな、てめえは?確かに白式が大きなダメージを受けた今、”ガキんちょ”はこっちにまでは手が回らない。戦いで気が高ぶってなければ俺も出て来にくい。そう踏んだ上で・・・・・・一夏を『そっち』に連れて行こうって訳だ!」

ポケットに手を突っ込んで犬歯を剥き出しにして怒りを露わにするその男の顔は、紛うことなき織斑一夏。今までに2回、一夏と”この一夏”は出会ったことがあった。だが、軽薄で醜悪な笑みを浮かべているその男は、身を焦がす烈火のように怒り狂った瞳でつかつかと2人に歩み寄る。

「気に入らねえ、気に入らねえ、気に入らねえッ!!全く気に入らねえ!!餓鬼の姿して、一夏(おれ)を惑わせて、それで”そっち”に連れてきてからお前の言う『一夏』に一夏(おれ)を仕立て上げようってかぁ!?姑息なんだよ、やることが!!」
「・・・・・・・・・」

その剣幕に微塵も動揺を見せないベルーナ。だが、発したのはあの一言。

「――お前も、お前が認識するお前も、一夏ではない」

その言葉の意味も、今の俺では分からない。
顔と顔が触れる寸前まで近づいた一方的な睨み合い。チンピラのように腰を曲げて怒りに顔を歪めるもう一人の一夏は、彫刻のように無表情なベルーナからゆっくりと離れた。そして、2人の会話についていけないまま扉の前で止まる俺を見た。
ほんの一瞬、俺はその目を自分の目と重ねた。力を求め、強くなろうと足掻いていたあの日の自分の目に。

「はんっ・・・・・・上等だよ。そっちが強行的に来るってんなら――俺も相応の手段を取るだけだからなぁッ!!」

瞬間――もう一人の一夏が足を振り上げ、床に叩き降ろした。

「こんな風によぉッ!!」

その瞬間、門へと続いていた階段が粉々に崩壊した。

「なっ!?う、うおぉぉぉぉぉぉッ!?」

足場が崩れ、瓦礫が眼前を舞い、身体が長らく味わっていなかったPICの介入しない浮遊感に囚われる。今まで何かの演劇を見ている気分だった心地が突如引き戻され、息を呑む。

落下する俺と、同じく落下するもう一人の俺。落下しながらこちらを見た俺は、やはりにたにたと笑っていた。ベルーナの姿は見えなくなっていた。

「悪いな、俺。まだちっとばかし『早い』から、今回は暫く寝ててもらうぜ」
「どういう、意味だ・・・!?」
「そのうち分かるさ。そのうちな――そしてその時、お前は”マジン”を知ることになるだろう」

その直後、俺は黒いヘドロにまっさかさまに落下して、全ての視界が失われた。
  
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