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閃の軌跡 ー辺境の復讐者ー

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第3話~自由行動日~

 
前書き
ケインたちが初めて過ごす自由行動日です。前の話以上に長くなってしまいました。これからは文字数の均一化が少しでもできるよう精進します。ただ、個人的には反省はしていますが後悔はしていません(おい 

 
七耀暦1204年 4月17日(日)

<<自由行動日>>。それは月に一度ある休日のようなものらしい。昨日のHRの際のサラ教官の話によると、厳密には休日ではないが授業は無い。何をするのも生徒の自由であるそうだ。トールズ士官学院は2年間の在学期間の割には授業数が多く、レベルも高い。また、軍のような教育方針を取っているのか休日も極端に少ないため、この日に部活動をより集中的に行っている部も多いらしい。また、来週の水曜日には実技テストがあるとも言っていた。とにかく有意義に過ごすことを勧められた。一日中寝るなどとのたまっていた教官が言っても説得力は皆無であったが。とにもかくにもそんな中で、ケイン・ロウハートは所属した水泳部に顔をだしていた。水泳部のプールは本校舎の裏口の中庭を抜けた右手に建つギムナジウムの中にある。まだ水泳をするのに少々肌寒い季節だが、水泳部部長である2年のクレイン先輩が寒中水泳だと言っていた。

「ケイン。そなたに短距離の計測を任せてもいいだろうか?」

「ああ、分かった。ただ、その、俺の短距離も後で計測してくれると助かるんだけど」

「お安い御用だ」

自分と同じく水泳部部員となったラウラに50アージュのタイム計測を引き受けたケインは、早速行動に移る。短い掛け声とともに水中へと飛び込むラウラ。フォームに乱れのないクロールで、なかなかの速さだとケインは思った。結果は22秒34。ラウラはまぁまぁだと言っていたが、速い部類に入るだろう。続いてケインが泳ぐ番になった。勢いよく飛び込み、凄まじいスピードで水中を進んでいく。タイムは19秒28。ラウラより3秒ほど速い結果となった。

「見事な泳ぎだった。そなたに遅れを取ったのは悔しいが」

「いや、ラウラだって十分速かった。それに、君の泳ぎはフォームが綺麗だったし、
 俺も見習わないとって、素直にそう思ったよ。水泳、得意そうだな」

「フフ、私の故郷<<レグラム>>は湖畔にある町だからな。
 鍛錬のために寒中水泳も日常的にやっていたから少しくらいはサマになるだろう」

「へぇ、って言っても少しどころじゃなかったと思うけど。
 俺は村の中にちょっと大きめの湖があったんだ。
 ・・・まぁ、ほんの水遊び程度だったからまだ荒削り、かな」

水練といった形からは入らずに感覚で水泳を習得したケインは、自分はまだまだ未熟だと告げるが、ラウラに「いや、そなたの力強い泳ぎには感銘を受けた」と真っ向から言われ、はにかんだ様子で後ろの髪を掻く。その後、二人は互いに切磋琢磨するかのように昼の休憩時間まで一心不乱に泳ぎ続けるのだった。その様子を見ていた残りの水泳部部員のカスパルとモニカは口々に感嘆の声を洩らし、クレイン部長は「なかなか見所のあるやつらだな」と言っていたが、当人たちがその事を知るはずもない。各自がシャワーを浴びて休憩の時間となり、昼食を取ることに。ケインの「俺が御馳走してもいいですか」という提案に、水泳部一同は賛成し、Ⅶ組の学生寮に行くことになった。学生寮は学院の正門を出たトリスタの街にある。貴族生徒が住む第一学生寮、平民生徒が住む第二学生寮はそれぞれ正門付近に位置しているが、Ⅶ組の場合は街の奥にある導力列車の駅付近にあるため、少々歩かなければならない。街そのものが小さいため、さしたる距離ではないが。寮へと案内し終えたケインは、一階の左にある食堂にみんなを座らせて厨房に向かった。この厨房はいわゆる自炊用で、お金の節約等をする為にある。無論、街や学院でも食べられるが、ケインはある食材を処理してしまいたかった。15分ほどで調理を完了し、皿に盛って運ぶ。

「ふむ・・・」「これは・・・!」「「おぉ・・・!」」

ケインが作ったのはサモーナを使ったフィッシュフライサンド。釣り具メーカーの御曹司、ケネス・レイクロードから偶然竿をもらったケインは、トリスタで川釣りをしていたが、どこから迷い込んだのか80アージュは下らないであろう大物のサモーナを釣り上げてしまった。しかし一人では食べきれないと処理に難航していたので、こういう機会に振る舞ってしまうのが良いと思ったということだ。

「その、どうですか?みんなの口に合えば良いんだけど・・・」

揚げ物特有の匂いに吊られて無言でフィッシュサンドを頬張る水泳部員達に、ケインが不安げに尋ねるが、返ってきたのは口をそろえて「美味しい!」の一言だった。胸を撫で下ろすケインに「何でこんなに美味いんだ?」や「何年前から料理してるんですか?」、「・・・女子として負けた気分だ」など質問の雨(質問じゃないものもあったが)が降りかかる。それにたじろぐケインだったが、掻い摘んで説明していくことにした。

「えっと、うちの村は基本的に自給自足だったから人手もあんまり足りてなかったんだ。
 初めて包丁を持ったのが3歳ぐらい。6歳になったらもう家族分だけは賄ってたかな」

「ふむ、そなたの村か・・・一度行ってみたいものだな」

「すまない。俺の村は、もう無いんだよ」

「・・・軽率な事を言った。謝らせて欲しい」

ケインはラウラの謝罪に対して「平気だよ」と力なく笑った。その顔を見たラウラは、胸が締め付けられるような悲しみに襲われたが、慰めようにもそれ以上何も言うことができなかった。

「あら~?何かいい匂いがすると思ったら。あんた達、辛気臭い顔してどうしたの~?」

「昼間から酔った状態でビール瓶片手に持ってやたらとオッサン臭漂わせてるサラ教官こそどうしたんです?」

「流石にそれは言い過ぎではないか?」

「ハハ、つい本音が出たというか・・・」

シリアスな空気を壊してくれた教官には感謝しつつも部の仲間もいるからⅦ組の担任らしくしっかりして欲しいと言う気持ちがより全面に出てしまい、辛辣な口撃をぶつけてしまったケイン。当のオッサン教官、もといサラ教官と言えば、ろくな挨拶もなしにこちらのテーブルの上のサンドイッチに手を付けている。マイペースすぎる自分のクラスの担任に憤りを感じたケインは、抗議しようとしたが、突然、真正面から教官に抱きつかれる。

「ちょ、離れて下さいよ!(酒臭いし)」

「ふふん、よいではないか~よいではないか~」

「あんた、ほんとにオッサンか!!」

「ケインは黙ってれば可愛いのに。ツマミも美味しいし♪あたしのために健気よね~」

 
「誰もあんたの為だって言ってないだろッ!?いい加減に、離れて下さい!」

じたばたもがくケインだが、教官の両腕に体をガッチリホールドされて抜け出せないでいる。しかし、ラウラが「ええい、離れるがよい!」と怒号のように言って教官からの拘束を解いてくれる。無理やり引き剥がされたサラ教官は、ジト目で「何よ、ラウラ。嫉妬?」とのたまった。朴念仁気質のケインは、何のこっちゃでござろうかという感じだが、ラウラは耳まで真っ赤にして必死に弁解している。当の教官は、途中から興ざめといった感じで、いつもの含み笑いを浮かべて「ま、頑張んなさい」と一同に告げ、去っていった。

「何だったんだ、今の人は?」

「うちの担任が失礼しましたが、どうかお気になさらず。
 あれでも元A級遊撃士なので教官としては優秀なはずですよ・・・たぶん」

「ほう、詳しいな。先のやり取りからしても知り合いのようだが」

「ゆ、遊撃士に憧れていた時期もあったから少し詳しいだけだよ」

はぐらかすように答えるケインに、ラウラは一瞬曇った顔をして「そうか」と言う。
何となく重い空気の中での昼食を終え、部活に戻ろうとしたクレイン部長率いる水泳部だが、ケインのアークスに連絡がかかる。カバーを開いて出てみるとリィンからで、旧校舎の調査を手伝ってくれとのこと。ヴァンダイク学院長からの依頼であるらしく、奨学生であるケインは、恩返しをしたいと思って引き受けた。クレイン部長にそのことを告げると快く了承してくれる。なぜかラウラも同行したいの一点張りだったが、部長はそれも了解してくれた。ケインは彼の気遣いに感謝し、武装を整えてから二人で旧校舎に向かう。そこの扉の前にはリィン、エリオット、ガイウスが立っていた。俺は三人に挨拶し、ラウラも同行することをリィンに告げる。その後、旧校舎に入って正面の扉から地下一階への階段部屋に行くが、奇妙なことに気がつく。オリエンテーリングで石の龍と戦った時よりも広間が2回り以上小さくなっているのだ。その上、奥には無かったはずの扉まであり、向こう側を確認すると、地下の構造が完全に変わっている。困惑を隠せないが、学院長の依頼は旧校舎の異変の確認で、こんな状況を捨て置けないというリィンの提案で探索を始めることにした。奥に進んで間もなく魔獣が視界に入る。見たところナメクジ型の軟体魔獣で以前とあまり変わらないようだが、背に夥しい数の触覚を有しており、多少の凶暴化が窺えた。

「アークスの戦術リンクを試してみないか?」

ケイン達が遠巻きに魔獣を眺めているとリィンがそんな言葉を口にした。

「それはいいな。おそらくはそれが今後のキーになるはずだし」

「どういうことだ?」

「まずサラ教官が武術担当の教官だから来週水曜の実技テストは軍事演習の一環だと推測が可能。そし て軍人に求められるのは集団戦。阿吽の呼吸で戦闘ができれば、評価も高くなるはずだからな」

「なるほど」

「さらに言えば、この依頼を出した目的には旧校舎の異変調査時、遭遇する魔獣と戦闘を繰り返すことによる集団戦闘練度の向上もあるんじゃないのか?」

「ふむ・・・そなたは相当に頭が良いようだな。入学試験も三位だったそうだし」

「いや、俺なんてまだ未熟だよ。それに・・・」

「?ケイン?」

言葉につまったケインにラウラは怪訝な顔を向けるが「何でもないよ、とにかく試そう」と一同に告げ、ケインは戦闘を開始する。彼の指示でリィンが斬り込み、続いてケインが援護射撃をする。リィンとケインのコンビアタックで怯んだところにラウラが大剣の一撃を叩き込む。軟体魔獣は仕返しとばかりにアークスを駆動しているエリオットに突進するが、ガイウスが槍で捌き、瞬く間に肉薄したケインが篭手でアッパーを噛まして宙に浮いた魔獣にエリオットがアーツを発動し、圧縮された水の塊をぶつけると、跡形もなく消滅した。

「上手くいったみたいだな」

「ああ、いい手応えだ」

「・・・ケインとは剣においても戦術リンクを試したいものだ」

「ハハ、機会はいくらでもあるよ・・・ッ、危ない!!」

ラウラの背後から襲いかかってきた同種の軟体魔獣の気配に気づいたケインはラウラを抱えて飛ぶ。その間にリィン、ガイウス、エリオットの三人で片付けてくれた。

「ラウラ、君が無事で良かった・・・本当に良かった」

「ケ、ケイン?ケイン?ケイ、ン・・・」

エリオットを助けられなかったケインは、類似した状況下で今度は救えたと安堵している。ケインは我知らずラウラを抱きしめているが、彼女は突然の抱擁に戸惑い、胸の高鳴りで言葉が弱々しくなっていく。戦闘を終えた三人は珍しいものを見るような目で少しの間眺めていたが、リィンがわざとらしく咳払いをすると、ケインは状況を理解して女神も目を丸くされるであろう速さでラウラから離れる。

「す、すまない!」

「ケインってわざとやってそうだよね」

「違うんだ、エリオット。これは・・・」

「いい風が吹いたようだな」

「狙ってやったみたいな言い方やめてもらえます!?」

「ケイン。その、何と言ったらいいか・・・」

「もう、何も言わないでくれ・・・そして、他の誰にもこの事は言わないで欲しいんだ」

力なく項垂れるケインにそう言われたリィン達は、その言葉に黙って頷くしかない。そしてしばらく放心状態だったラウラが覚醒すると、ケインは再び謝り、探索を再開した。その際にあった何度かの戦闘も、戦術リンクを何とか駆使して切り抜ける。さしたる苦労もなく最奥にたどり着くと、また扉が出現していた。

「前のような化物がいる可能性があるから警戒していこう」

「了解!」「分かった!」「「承知!」」

先の危険性を推測してケインが警戒を促し、4人は気遅れした様子もなく了解する。扉の先の広間に入っていくと、待っていたと言わんばかりに大型の魔獣が中央に出現した。毛深く強靭な四肢で、頭には2本角が生えており、鬼とも悪魔と形容できるその魔獣は、二足歩行で襲いかかってくる。予想よりも速い動きを見せたその魔獣にケインは黒剣を抜いて肉薄する。豪腕の振り回しを紙一重で躱して足に斬撃を浴びせた。

「・・・そこだ!」

一時的に体勢を崩された魔獣に接近していたリィンがすれ違い様にもう一方の足を一閃。
両足にダメージを負った魔獣は、唸り声を上げてケインに裏拳を繰り出すが、ケインはそれを跳躍して避け、通過したところでその腕を根元から断ち切った。ケインとリィンは距離を取り、片腕を失った魔獣は立ち上がる。ガイウスが中距離から槍を構え、一突きすると渦巻く風が直線上に放たれた。恐るべき反射神経でそれを避け、一陣の風は魔獣の腕を掠めるに留まる。魔獣に対してラウラが大剣を豪快に上空から振り下ろすが、剛腕に受け止められる。瞬時の拮抗。しかし、魔獣の口からは黒い煙上のものが漏れていた。

「これは、痛いよ・・・ハッ!」

それに気づいたケインが篭手に烈火の炎を纏わせて跳躍し、魔獣の顔にアッパーカットをお見舞いする。短い呻き声とともに後方にひっくり返る魔獣と着地するケインにラウラ。その時、「二人とも、避けて!」と言う声が聞こえた。水流が自分たち目掛けて流れてきたた刹那は唖然としたが、ケインは咄嗟の判断でラウラを抱きかかえて離脱。着地して見えた光景は、水流を叩きつけられ、壁に激しく衝突して消滅する魔獣の姿だった。

「ラウラ、大丈夫?」

「う、うむ。そなたに感謝を」

抱えていたラウラを下ろし、安否を尋ねるケイン。ラウラは少々赤くなった頬を隠し、ケインの顔を見ずにお礼を告げる。先ほどの己が愚行で嫌われてしまったかと思うケインだったが、それよりもまず言っておかなければ気が済まないことがあった。

「エリオット、俺たちを殺す気!?」

「ご、ごめん。二人なら避けてくれると思ったし・・・次からは気を付けるよ」

「まぁ、いいけどさ。それより、戦術リンク。まぁまぁコツが掴めてきたな」

「ああ、どうやらアークスを通じて呼吸を合わせる感覚みたいだな」

「悪くない感覚だ」

戦術リンクについて各自感想を述べるが、ラウラが無言になってしまっている。
ケインが「どうしたんだよ?」と言っても「な、何でもない」と言って彼から顔を背けてしまう。一同の中で疑問符を浮かべているのは、おそらくケインただ一人だ。

「あはは、ラウラも女の子ってことだよね。あんなにしおらしいところは初めて見たよ。
 まぁ、ケインはルックスだけでも人気が高いみたいだし、仕方ないかなぁ」

「エリオット・・・そこに直るがよい」

「ひ、ひいぃぃッ!ごめんなさい!」

鬼の形相でエリオットを睨むラウラにすかさず謝るエリオットだが、怒りは収まらなかったようでリィンがケインを投入する。ラウラは黙り込んでしまい、ケインは嫌われたと肩を落とし、その光景を見ていたリィンは少し申し訳なさそうに視線を彷徨わせ、ガイウスは無言で慈愛に満ちた温かい目を向けていた。騒動は案外早く終わり、旧校舎から抜けると黄昏が見えた。夕刻になったようで、依頼主であるヴァンダイク学院長へ事態の報告をするために本校者一階へと向かう。用事があったのかサラ教官も居合わせていた。旧校舎の状態をリィンが報告すると、地下の構造が変わっていたことが予想外であると言い、少々顔が険しくなる学院長。エリオットが旧校舎の由来について尋ねると、設立前からあって、数百年以上前、中世の暗黒時代のものであるらしい。大崩壊と呼ばれる謎の文明崩壊後、約500年続いた戦乱の時代だ。だが内部構造の変化は前代未聞の話らしい。サラ教官も暇があれば調べてみると学院長に言う。暇ってあんた飲酒してるぐらいなら調査できたんじゃないのかよと思うケインだったが、口には出さない。

「シュバルツァー君、ロウハート君。クレイグ君にアルゼイド君、それにウォーゼル君も。
 ご苦労じゃったな。本当によく調べてきてくれた」

「いえ・・・力になれたのなら幸いです」

「奨学生ですからね。これぐらいしか返せるものがありませんが」

「あはは・・・頑張った甲斐がありました」

「お役に立てたようで何よりです」

「・・・失礼する」

学院長の感謝を受けて軽く挨拶をし、サラ教官共々退室した。旧校舎の鍵はリィンが預かることになり、ついでに成り行きで引き受けた生徒会の仕事も継続して手伝うことになったらしい。仕事を押し付けた主であるサラ教官は、気が向いたらみんなで旧校舎を様子見してきてちょうだいと言って颯爽と去って行った。

「いいのか、リィン?何なら俺が力ずくでやめさせてもいいけど」

「はは、ケインが言うと冗談に聞こえないな。まぁ、いいさ。
 クラブも決まっていないし、今日あった依頼くらいなら一人でも何とかなると思う」

リィンはお人よしなんだなとケインは思い、他の4人で手が足りなくなったら呼ぶように言って解散した。リィンたちはこのまま夕食を取るらしいが、ラウラは「私達は水泳部に挨拶をしてこよう」と言って半ば強引にケインを連れて行く。ギムナジウムではなく旧校舎の外のベンチに座らされるケイン。隣にラウラが腰かけているが、ケインには状況が全く掴めないでいる。

「そなたと二人きりになりたかったのだ」

「そうなんだ・・・え?」

「私と手合せして欲しい・・・無論本気で、だ」

「・・・わ、分かった」

力をセーブして戦っていたことを見抜かれ、多少の驚きはあったが、ラウラはえも言わせぬ迫力で申し出てきたのでケインは頷くしかなかった。双方が距離を少し開けて対面し、互いに得物を構える。

「・・・いつでもどうぞ」

「(何という気当たりだ、しかし)・・・はぁ!」

赤黒い闘気を纏ったケインに怯んだラウラであったが、接近して上段から大剣を振り下ろす。しかしケインは微動だにしていない、頭上に振り下ろされた剣を何かが防いだ。驚くラウラが見たものは、ケインが逆手に持つ黒剣が彼女の大剣と拮抗している光景。

「(速さの次元が違うのか?)やあぁ!」

後方に飛んで拮抗を解き、再び接近するが前方にケインの姿はない。そして背後から殺気を感じたラウラは大剣を回転させケインの縦斬りを辛うじて防いだ。ケインは篭手で大剣を弾き、袈裟斬りをすると見せかけて篭手を前方に突き出す。ラウラはそれを大剣の腹で受けるが、筋力差によって後ろに押される。ケインは瞬く間にラウラに接近して、右横にステップし、下段から斬りかかる。ラウラは何とかそれを弾くが、続いて繰り出される横薙ぎの一閃を受けきれなかった。大剣が手から離れ、それを目で追ったラウラは、己が敗北を認める。

「参った。完全に私の負けだな」

「・・・まぁ、とりあえずお疲れ」

拾った大剣を手渡しながらケインはラウラに労いの言葉をかける。ラウラはお礼を言った後、どうしてそんなに強いのかとケインに問う。それに対してケインは、「目的を果たすためだよ」とあいまいに答えるのみだった。

「そなたの目的とは、いったい何だ?」

「あまり気持ちのいい話じゃないから。それに・・・君には関係ない」

「・・・っ!」

ケインのことをもっと知りたく思うラウラだったが、冷たくそう言い放たれ、それ以上何も言えずに踵を返して去っていく彼を見つめることしかできずにいる。

(・・・ケイン、そなたに何があったのだ?)

心中で彼に問うも、ラウラの耳に聞こえてくるのは強く吹き付ける風の音だけだった。

「はぁ・・・困った。何でいつもこうなのかな、俺」

ラウラとのやりとりの後、夕食も取らずにシャワーだけ浴びて寮2階の自室、200号室のベッドにうつ伏せになるケイン。他人を突き放す言動をすることがあるが、根は優しく、せし事を後悔しては自己嫌悪に陥る。無論、ラウラにあんなことが言いたかったわけではないが、彼女のどこか悲しそうな顔を見ていられなくなり、弁解もしないで逃げてしまった。現状Ⅶ組は、オリエンテーリングの一件でアリサに避けられているリィン、貴族嫌悪のマキアスと彼に挑発的態度を取るユーシスの不仲の二つの問題を抱えている。自分までもがラウラと気まずい関係のままでいるのはまずい。ケインは、関係を修正するべく3階へ上がり、ラウラの部屋である303号室をノックすると中から「誰だ?」と言う声が聞こえてきた。

「ケインだ。えっと、話があるから公園のベンチに来てくれないか?
 ・・・嫌だったら来なくていいよ。それじゃあ」

「ま、待つのだ、ケイン」

「・・・ん?どうしたんだよ?」

「私の部屋に入るがよい」

「え?」

「私の部屋に入るがよい」

「いや、繰り返さなくていいよ」

ラウラの提案に逡巡していたが、どうやら本当にいいらしいと判断したケインは彼女の部屋にお邪魔した。ラウラの部屋は、年ごろの女の子としては簡素なものだったが、花の鉢植えが置いてあったり、机などの整理整頓がされていてさほど広くない寮の部屋でも十分に広く見える。

「む、あまりジロジロと見るでない」

「すまない。整理が行き届いた綺麗な部屋だと思っていたんだ」

「そ、そうか。年頃の女子としてはいささか簡素すぎる部屋だと思うが・・・」

「それは、素振りのためのスペース作りじゃないのか?」

「うん、その通りだ・・・さて、立ち話もなんだ。適当に座るがよい」

「分かった。ありがとう」

ラウラに促され、机の椅子を借りてベッドに座る彼女と対面するケイン。手合わせをした時とは別種の緊張感があるが、ケインから先に口を開く。

「・・・すまない。人にキツく当たってしまうのは、俺の短所なんだ」

「気にしていない。それと、私の方こそすまなかった。
 どうも私は自分が見込んだ相手のことは知りたくなるのが性分なのだ。
 ・・・そなたの事情も知らぬのにな」

「ラウラは何も悪くないよ。
 まぁ、話せる時がきたら話すから。それまで待っていてくれ」

「承知した」

ラウラと和解できたことに安堵していたケインは、突然左手をラウラに握られる。

「その、ケインの村のことは災難だったと思うが何かあれば言って欲しい。
 いつでもそなたの力になろう」

「ラウラ・・・ありがとう。君は優しいんだな」

そう言って微笑むケインの顔を見たラウラは胸の高鳴りが再来し、ケインから手を放した。例の如く「どうしたんだよ?」と尋ねるケインに「何でもない。明日、学院でな」と短く答え、彼を追い返す勢いで押し出してしまう。ケインは終始疑問符が頭に浮かんでいたが、今日のところは退散することにした。

(この高鳴りは、いったい何なのだ?)

ケインといると、まれに普段通りの自分でなくなる時があると感じたラウラは、原因を解明したいができずにもやもやしている。一方で部屋から出たケインは、時折見せるラウラの態度に自分は嫌われているのではないかと思っている。そんな双方の思いは伝わるはずもなかった。

「ふぅ。さて、コーヒーでも飲んで落ち着こう」

自室に戻り、導力ポッドを家から持ってきたケインはお湯を沸かしてインスタントコーヒーを入れる。現在のケインの家は帝都ヘイムダルのオスト地区にあり、近所だったということもあってマキアスとは8年前に知り合った。彼や、帝都知事である彼の父、カール・レーグニッツとは昔から良くしてもらっていてコーヒーの味を彼らに教えてもらった。コーヒーをカップに入れ、机に運んだところで誰かがノックする音が聞こえる。

「ケイン、ちょっと邪魔するわよ~」

「・・・帰ってください」

「そんなに邪険にすることないじゃない!君に用があって来たのよ」

扉を開くとサラ教官が満面の笑みを浮かべて立っていたので嫌な予感がしたケインは、即座に閉めようとするが、用があるなら仕方ないと割り切って中に教官を招き入れた。

「・・・お疲れ様です。インスタントコーヒーぐらいしかありませんがよかったらどうぞ」

「あら、気が利くじゃない。うんうん♪素直なケインは可愛いケイン」

「あんた何様なんだよ・・・」

ケインのツッコミなど耳に入っていないのか、ケインの机に座って上機嫌にコーヒーを啜るサラ教官。ケインは大きな溜め息を一つ吐いてから自分のコーヒーも作った。その後、仏頂面のケインが「何の用なんですか?」と尋ねると、サラ教官は彼に手紙がきていることを告げ、それを渡す。受け取り、丁寧に封がしてあることから女性なのかと推測したケインは右手でコーヒーを飲み、左手で手紙を裏返して誰当てなのかを確認する。

「(え~っと、Claire Rieve・・・)ブ~~!!」

「ちょっと。汚いわね・・・全く」

手紙の差出人に驚いてコーヒーを勢いよく真横に吹き出したケイン。床の汚れを拭きとるサラ教官。ケインは申し訳なさそうに目を伏せ、「すみません、教官」と素直に謝る。

「あたしも会いたかったわけじゃないんだけどたまたま駅前でね~」

「何かすみません・・・その、巻き込んでしまって。
 けど、誰からかぐらい事前に言っておいてくださいよ」

「ごめんごめん。でも、君の事、ずいぶん心配してたみたいよ。相当な別れ方でもしたのかしら?」

「まぁ、否定はしませんけど・・・もう、誰にも迷惑かけたくないですから」

「君のところの大尉がメーワクだって言ったの?」

「それ、は・・・」

言葉を詰まらせるケインに対して「君はもう少し周りに頼ることを覚えなさい」と助言したサラ教官はコーヒーの礼を言いながら去ろうとしたが、突如としてケインの腹が鳴った。

「・・・ぁ・・・・」

「ぷっ、あはははは!」

「ちょ、わ、笑わないでくださいよ!!」

「・・・あ~お腹が痛い。こんなに笑ったのは久しぶりね。
 ま、あたしもまだだし丁度良いわ。お姉さんが奢ってあげる」

「いや、悪いですよ。自分で作りますから」

「人の好意は素直に受け取っておきなさい。それが頼る第一歩なんだから。
 ・・・それともあたしとじゃ嫌かしら?」


再び言葉を詰まらせるケインに脈ありと考えたサラ教官は、彼の片腕を強引に引っ張って
寮の外へと強制連行を開始した。肘のあたりに何やら柔らかい感触が伝わってくるが、頭の中で円周率を延々と並べて思考をクリアにする。

「ケインに・・・サラ教官。これからどちらへ?」

「あら、マキアス。ふふん、お姉さんはこれからケインとお忍びのデートよ」

「誤解を招く言い方しないでもらえますかね・・・」

一階に着くと、寮に戻ってきたマキアスと会い、彼の問いに対して早速問題発言をするサラ教官に(顔には出さないが)声で怒りを露わにする。

「そうでしたか・・・どうか末永くお幸せに」

「マキアス、君は何か盛大な勘違いをしている。お、おい!待ってくれ、マキアス!
 ・・・マキアァース!!」

サラ教官のジョーク発言を真に受けたマキアスは、掛けている赤ぶち眼鏡のブリッジを押し上げ、それ以上何も言うことなく二人の横を通過していく。寮内に響き渡るレベルのケインの叫びももはや聞こえていないようだった。後日、マキアスに弁解するためにケインがかなりの時間を要したのは、語るまでもないことだろう。
 
 

 
後書き
ケインは強く、才色兼備ではありますが、性格にやや難があります。完璧な人間なんかそうそういないでしょうから。それと、後で気づきましたけど、これってもうケインの所属していた場所言っているようなものですね。まぁ、もういいんですけどね(苦笑) 
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