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ゾンビの世界は意外に余裕だった

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9話、岩川を渡る

 臨時所長歴十日目。夜明け前。

 アンドロイド達の「偵察部隊を出すべき」との提案を一蹴した俺は、人間に見えるアンドロイドを中心に遠征隊を組織して、直接近くの自衛軍の基地の様子を見に行くことにした。普段、俺は石橋を叩いて渡る方の慎重な性格なんだけど、時々勢いでルビコン川を渡る尖った部分もある。

 インターネットからの情報によると、その自衛軍の基地は当初市民の避難場所に指定されていたが、今は解除されて近づかないよう警告されている。

 戦車に乗った武装強盗とゾンビが現実に居るご時世で考えられることは、どちらかに占拠されていることだろう。人間なら戦力を調べて見ないと勝ち目があるか分からない。だが、ゾンビだけなら時間をかけさえすれば勝てる自信がある。もちろん油揚げを狙っている鳶や狐にも警戒せねばならないだろう。

 そんなわけで、俺は森を貫く真っ暗闇な道をひた走る無灯の車に乗っていた。

 アンドロイド達の高性能レーダーやセンサーは、夜間でも車のビームを必要としない。俺さえ我慢すれば、無灯走行は本拠地を秘匿することに大いに役立つだろう。

 さて、自衛軍の基地を目指す遠征部隊の最初の中継地点は県道となる。出来れば闇夜に紛れてこっそりと県道に侵入したい。

 県道は研究所から南に三キロ先にあり、小さな橋を越えた先にある。

 トラックを含めて八台の車列は、黙々と前進する。 これまでにいくつかの横道……別荘地などに続く道もあったのだが、アンドロイドの報告では特におかしいところはないらしい。

「ボス、間もなく橋です」

 当然、この辺りは街頭もなくよく見えない。だが川を渡るならやはり……

「よし、そこの川をルビコン川と名付けよう」

「この川には岩川という名前があります、ボス」

 6Fの教授製であるカール大佐に突っ込まれ、俺の高揚感は少し水を差さされてしまった。

「わかった。研究所の位置を特定されないため、一時的にこの川をルビコン川というコード名で呼ぶ」
「了解です、ボス」

 やっぱり教授製アンドロイドは素直でチョロいな。これが教授本人達で俺が口ごたえしようものなら、顔を赤黒くして怒鳴りつけられあの手この手の嫌がらせを受けただろう。

 いや、いかん。教授達を思い出すなんて不吉な前兆だ。羊の数でも数えていよう。

 羊が百十一匹目であっけなく遠征部隊は橋を越えて県道に到達した。この辺りは月明かりで若干明るい。

 研究所から見て自衛軍の基地は南南東にあるのだが、県道の南側に巨大な自然公園が立ちふさがれているため、自衛隊の基地に行くにはすこしばかり遠回りをしなけばならない。

 それからほどなくして空が明るくなってきた。これまでに民家が五軒ほどあったが、生存者は確認できないので放置する。

 とはいえ、ふんだんな予算を使ったカール大佐のセンサーは、家をも透過するという触れ込みに反して、精々壁から三十センチを把握できるだけだけだった。

 まあ、生存者を確認できないと言っても、あくまでも遮蔽物の成分次第のセンサーを使って、人間を発見出来なかったという意味に過ぎない。

 とりあえず、民家には壁によりかかっていたり玄関の覗き穴を見ていたり、窓から外を覗いていた人間はいなかった。今はそれで十分だ。

 それにしても今日は朝から雲一つない快晴となった。ゾンビがいなければ絶好のピクニック日和だろう。ハヤブサ型の空飛ぶアンドロイドを偵察に出そうと思ったのだが、教授達の実験結果を改めて見たらまだ車に追いつけないレベルだったので、停車した場合に周囲を偵察するよう命じた。

 南の自然公園に向かう小道が何本かあることに気づく。地図だと広大な敷地を南北に貫く車道はない。まあ、法律を無視すれば通れる道があるかもしれないので、そのうち偵察隊を出すかもしれない。

 特に自然公園の小高い丘からは県道が一望できるため、昼間に行動すれば動きが丸見えであり、余力があるなら監視すべきだろう。

 県道にさらに進むと民家が少しづつ増えてきた。これも全部放置だ。

「乗用車一台を道の真ん中に発見。無人です」 

「少し先で止まる。大佐、後続部隊にどけるように伝えろ」
「了解です。ボス」

 横を通り過ぎる際、無人の車に血がこびりついていることに気づいて、若干気持ち悪くなったが見なかったことにする。アンドロイド達が道路を綺麗にしている間、俺は携帯電話の電波をチェックした。圏内のはずなのだがどうやら電波が届いていないようだ。

「ボス、車の処理は完了です。中で四人の遺体を発見してビニールに包みました。身元がわかりましたので遺品は別にしてあります」

 余裕があるなら遺体をビニールに入れておき、いずれまとめて火葬してしまうつもりだ。


「前進するぞ」

「二階建ての一軒家を確認」
「おばあさんを見かける家か……、先に進むぞ」

 挨拶すら交わしたことのないおばあさんだったが、通勤途中に花壇に水を撒いている姿は印象に残っていた。俺はまだまだ調査は始まったばかりと自分に言い聞かせ、ノスタルジックになりそうな気持ちを振り払う。

「ボス、前方に人影を確認。ゾンビです」 
「待機せよ」
「了解。待機します」

 俺はようやくリアル・ゾンビを見かけた。二十歳くらいのもてそうなハンサムな青年のゾンビは、血だらけでゆっくりと歩いていた。動くご遺体に失礼だが、あんまり気持ち良い存在ではない。ゾンビになってから時間が経っていないのか、最近インターネットの動画で見たゾンビの大半より綺麗だ。すこし血の気が引いた俺は軽く黙祷して立ち去る。

「早歩きではないな」
「はい」

「よし、五号車に排除させる。死体はビニールくるんで道の端に置くように伝えよ」

 もちろん、アンドロイドもロボットも血液などで普通の病気に感染などしないが、可能な限り接触せず、接触する場合も手袋などを使うよう指導してある。命令に忠実な五号車の連中は適切に排除するだろう。その後、民家を放置しながら前進する。

「前方に黒煙です」

 くすぶった炎からでる一筋の黒煙といったところだろうか。念のため偵察させるかわざわざ降りて偵察させるほどでもないだろう。

「一号車とニ号車で偵察にむかえ」

 二台が前進して間もなく通信報告が入った。

「自衛軍の多目的四輪車を一台確認。他に燃えている車両五台を確認。周辺に人影はありません」

「大佐、どう思う?」

「調査するなら反対側まで一、ニ号車進ませ、警戒させるべきでしょう。燃えている車は車道を塞ぎ邪魔ですが、通れないことはありません。調査も前進も可能です」

「よし、一、ニ号車は前進して反対側に行け。そこで車から降りて警戒態勢を取れ。三号車からは手前で止まる」


 一、ニ号車の部隊が配置についてから、俺は車から降りて、護衛に囲まれながら自衛隊の多目的四輪車に近づいた。

「明らかに致死量の出血です」

 医療アンドロイドの衛生兵一号が多目的四輪車から流れ落ちた血だまりを見て告げる。

 片手に拳銃を持ったレムルスが車の運転席側のドアを開けると、眉間を自分で撃ち抜いた兵士が地面に落ちる。

「ボス安全です」

 レムルスの安全という報告は保安上間違いないだろうが、俺の精神衛生上の安全が考慮されていないことは確かだ。

「遺体は脇に置け。武器や書類、道具はまとめよ」

「この車はガス欠です」「その状況でゾンビに囲まれたのか……、衛生兵一号。兵士が死因と死亡推定時刻はわかるか?」
「死亡日時は昨日の午後三時頃と推定します。死因は眉間を弾が貫通したことですが、その前に別の銃弾で腹部に重傷を負っていたようです」

 衛生兵一号が内臓の温度を計り終えると、俺は手を合わせてから手袋をつけた手で兵士の遺体をまさぐった。

 財布、手帳、通信機、地図、拳銃、お守りなどを取り出す。彼の名前は高瀬二等軍曹。お国のために戦ったかもしれない人だ。丁重に扱おう。 俺はキャリーに写真をとらせ、死亡推定日時と名前をメモした紙と財布、お守りをビニール袋に入れる。

 拳銃には弾が二発しか残っていない。俺はメモをキャリーに渡して情報を得るよう命じた。

「そっちは何か見つかった」
「弾のない自動小銃だけです」

 俺は若干がっかりしながら捜索活動の打ち切りを命じた。多目的四輪車はガソリンを入れて確保。七号車と八号車の間に入れる。最初のゾンビと同じようにビニールに包んで道端に置く。

「ボス、道路の確保に三十分ほどかかるそうです」 
「わかった」

 車の小火を消化して道の清掃が始まった。帰りのためにもある程度、道路はクリアーにしておきたい。

 さて、前進再開。少し先には県道から北に伸びる一本道があった。俺の初めての相手……学生の拠点である別荘地に続く別道だが、最初のわき道同様に用はない。  
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