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整備士の騒がしい日々

作者:ヒノカマ
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いつか全てを話してもらうぞ


 目の前にはホカホカと美味しそうな湯気があがる白米。おかずには綺麗な焼き色をした鮭と味噌汁。味噌汁の中身は定番のワカメと豆腐。
 数年ぶりの日本食を目の前にして俺は今になってようやく日本に帰って来たんだなと、実感する事ができた。

「いただきます」

 手を合わせ、箸を手に持つ。世界中を旅していた時はずっと手掴みの食生活だったから、箸の扱い方を忘れているのではとか思ったが流石に覚えていた。少し動かし辛いが、すぐ前のようにスムーズに動かせるようになるだろう。

「あー、旨い」

 銘柄のわからない白米だが、優しい甘さがあり純粋に旨いと思わず声を漏らしてしまった。そして鮭や味噌汁も口へと運び、その口や手は止まらない。

「・・・」

 それを呆れ顔で眺める対面に座る女性。彼女、織斑千冬はカルボナーラをフォークで弄っているだけで、ずっと俺を見ていた。
 午前中はIS整備格納庫に向かい、どういう職場かを見学した。
 学園にあるISは打鉄だけではなく、フランスのデュノア社製ラファール・リヴァイブもあるようだ。軽くコンソールを弄りデータを見ると、良い整備がされていた。俺は不要なんじゃないかと思える程に。
 そしてそこに居た先任の整備員数名に挨拶をし、お互い自己紹介。そして当分の間、俺のパートナーになってくれるのが彼女、穂村彩流だ。
俺が男であるということで、整備したISなどの起動確認などを担当してくれるようだ。素直にそういう担当がいるのは嬉しい。
彼女から仕事場の説明を受けた後、千冬との約束の時間になったので職員室に戻っていた途中で千冬とばったり出会った。
 そして、このまま職員室へ行くよりも昼時なのだから食事でもしながらどうだと提案して今に至る。

「たくよ。食事中ぐらい睨むのやめろよな。飯が不味くなる」
「・・・ふん」

 口の中は最高なのに周りを包む空気は重く最悪。食事の時間ぐらい楽しくありたいものだ。
 それから数十分、俺達の食器は綺麗に空となり食後の一服中で緑茶をゆっくりと飲・・・

「もういいだろう」

 ませてはもらえないか。
 どうやら千冬は見抜いていたようだ。俺がこのまま時間を使い続けて、昼の時間を終わらせようとしていた事に。

「今迄何をしていたか洗いざらい吐いてもらうぞ」
「何をしてたって、世界旅行してただけだぞ」

 世界中を渡っていたのは本当。ただし、安全とは言い難い旅行。俺はとある目的から各国のIS研究所に潜入しデータを収集していた。どう考えても犯罪だな。何度か捕まりかけたが、そのたびに束に助けてもらっていた。だから、借りを返す意味であいつに従っているというわけなんだが、こんな危険な事をする羽目になったそもそもの原因が束にあるので借りと思わなくてもいいのではないだろうかと今更ながらに思えてきた。

「なら、なぜ何の連絡もなかった」
「携帯がぶっ壊れた」
「ほぅ」

 俺の即答に疑いの眼差しを向けられる。千冬の手にあるフォークが変形して見えるのは気のせいだ。
 ちなみに俺が言った事は大嘘である。五年近く使っている携帯だが、未だ壊れる気配は無い。

「あの日、私の電話を無視したのも壊れていたからと?」
「お、おう」

 目で人を殺せるというのはこの事を言うのだろう。目には見えないが今俺の喉には真剣が突きつけられている状態に近い。それほどまでに千冬の目が冷たい。おかげで見事にきょどってしまった。

「お前は・・・何を隠している?」
「何も」

 千冬には悪いが、今俺がしている事は関係者以外に言えないし、話をするつもりもない。千冬が関係者になれば話す事はできるが、その可能性はゼロに近いだろう。俺も奴も千冬を使うつもりは一切ないのだから。

「そろそろ昼休みも終わるな」

 わざとらしく腕時計に目をやる。ここに嘘はなく、午後の授業開始まで10分となっていた。俺は別に時間を気にする事はないのだが、クラス持ちである千冬はそうはいかない。千冬も時計を見て、一瞬だけ悔しそうに口元を歪ませた。

「そろそろ行った方がいいんじゃないか、織斑先生」
「・・・そうだな」

 ゆっくりと立ち上がりトレーを持って歩き出す千冬。それを黙って見送る俺。と、千冬が俺の方に振り返った。

「シン・・・いつか全てを話してもらうぞ」
「・・・なんの事やら」
「ふん」

 100%不満顔で千冬は食堂を出て行った。
 ゆっくりと身体を脱力させ、湯飲みに手を伸ばす。熱々だった緑茶は生温いが、今の気分には丁度よかった。


 



「さすがに打鉄とラファール以外のデータは守りが厳重だな」

 食堂で千冬によって削られた気力を回復させた後、整備格納庫へと戻りどんなデータがあるかを確認していた。もしかしたらうま味のあるデータに出会えるかもと思ったが、そう簡単に見られるはずもなく、IS学園にある各専用機のデータはしっかりとロックがかけられていた。

「この二機は見尽くしたからなぁ」
「白波先生、何をしているんですか?」

 背後からかけられた言葉に振り返ると、つなぎ姿の穂村彩流が工具箱を持って立っていた。姿が見えないと思ったらISの整備に行っていたようだ。

「いや、打鉄のデータを見させてもらってる。ここのISは中々に良い整備がされてるよ」
「褒めても何もないですよ?」
「素直に受け取ってって、先生。今は生徒がいないんだ、多分歳も近そうだし敬語とか無しでいかないか?」

女性に対して歳云々という言葉は失礼かもしれないが、彼女とは本当に歳が近いと思う。俺より年上とは思えないし、仮に年上であっても俺は敬語というものが苦手だ。今後、一緒に行動する事が多い相手なら敬語はなしにしたい。

「白波先生って、見た目通り敬語が苦手そうですよね」
「見た目通りって」
「ふふ、いいわよ。私もその方が楽だしね」

抗議の言葉を言おうとしたら彼女はあっさりと了承していた。さっそく砕けた言葉になっているし、適応の早い女だな。

「それじゃ交渉成立ってな。改めてよろしく彩流」
「恥ずかしげもなく名前を呼べる事に疑問が湧くけど、今はスルーしてあげる。よろしくね烈震」
「それはこっちのセリフだ」

 この旧友のようなやりとり、彼女とは今日初めて会ったばかりだというのにかなり心地良い。彼女とは良い関係が築けそうだ。

「それで、どうして打鉄のデータなんて見てるのよ? 特に珍しくもないはずだけど」
「いやいや、ISのデータは見ているだけでおもしろいだろ」

 この感覚は一般人には到底理解できない事らしい。
以前、友人にISのスペックについて語ったがドン引きされた経験がある。数値を見ているだけでもかなり楽しいのになんでわかってくれないかね。

「そりゃそうだけど。本当に見てただけなの?」
「おう」

 実際は使えるデータを探していたんだけどな。殆ど収穫は無かったが。ただ、このIS学園には専用機持ちが何人かいる。焦らなくても大丈夫だろう。

「そう・・・ねぇ、烈震。気になる事はない?」
「気になること?」

 彩流は俺の横に立ち、打鉄のデータが写されているモニターを指差した。

「打鉄はもう少し改良の余地があると思うんだけど、ここをさ」

 彩流の持ち掛けた話は打鉄の改案。
 彼女はキーボードを操作してモニター上の打鉄の情報を書き換えていく。中々におもしろい変更だ。だがそれよりも面白い考えが頭を満たす

「それもいいが今思い浮かんだんだが、そこよりも打鉄の特徴である・・・」

 それから俺と彩流はずっと改案話で盛り上がり、気付けば23時なんていう時間になっていた。久々に熱いISの話が出来て楽しかった。ずっと一人旅でつまらなかった日々だったが、これが毎日続くのかと思えるとここの来たのも悪くは無い。

 ただ、なにか一つ忘れてる気がするんだが・・・











「あ、織斑一夏に会ってねぇ」
  
 

 
後書き

 
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