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清楚と妖艶

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第一章


第一章

                       清楚と妖艶
 秋野忠志はだ。最近通い詰めている場所があった。そこは何処かというとだ。
 喫茶店である。毎日会社の昼か帰りに通い詰めてだ。カウンターでコーヒーなり紅茶なりを飲むのが日課になっていた。
 何故いつもそこにいるかというとだ。理由があった。
 その理由はだ。今彼の目の前にあった。
 黒髪をストレートに伸ばしている。大きなきらきらとした流線型の目に薄い形のいい眉、口は少し大きく奇麗なピンク色をしている。歯並びもいい。
 鼻の形も整っていてだ。肌が白い楚々とした桃色の服に白いエプロン、その彼女を見ながらだ。歳は二十程か。コーヒーを飲んでいるのだ。
 そしてだ。忠志はだ。その長身を折り曲げる様にしてコーヒーを飲み黒縁眼鏡の銀行員の様な顔を彼女に向けてだ。こう尋ねるのだった。
「あの」
「はい?」
「ここって夜は別のお店になりますよね」
「あっ、バーのことですよね」
「はい、あっちは何て名前でしたっけ」
「名前ですか」
「はい、名前です」
「釘宮唯といいます」
 エプロンの女性は笑顔で答えてきた。
「宜しく御願いしますね」
「いえ、貴女の名前ではなく」
 そうではないとだ。すぐに答える彼だった。
 そしてだ。その彼女、唯にあらためて尋ねたのだ。
「お店の名前です」
「あっ、そちらですか」
「はい。何ていいますか?」
「お店の名前は変わらないです」
「同じなんですか」
「ラ=ボエームです」
 プッチーニのオペラの名前である。それだというのだ。
「喫茶店の時もバーの時もです」
「そうだったんですか」
「そうなんです。それで何かあったんですか?」
「いえ、夜ですけれど」
「夜に?」
「夜にここにいる人にお話したくて」
 こう話す忠志だった。
「それでなんですけれど」
「といいますと?」
「あっ、こっちの話で」
 詳しい内容はだ。唯に言わないのだった。
「それじゃあそういうことで」
「そうなんですか」
「はい、そうです」 
 何故か顔を赤らめさせて話す彼だった。
「それじゃあそういうことで」
「わかりました。夜にですか」
「ええ、夜に」
 唯のその問いにも答える。
「そういうことで」
「その方はおられますよね」
 彼はこう唯に問う。
「夜には」
「はい、います」
 その通りだとだ。唯は忠志に答えた。
「絶対に」
「わかりました。それならです」
「御待ちしています」
 唯はまた忠志に話した。
「それでは」
「はい。ただ」
「ただ?」
「何か微妙な感じですね」
 唯の言葉にだ。彼はそうしたものを感じていた。
 それで尋ねたのだがだ。彼はだ。
 それ以上は考えなかった。夜のことばかりを考えてだ。そこまで考えを及ぼさなかったのである。そうしてそのうえでなのだった。
 まただ。唯に言ったのである。
「それでまたここに来ますから」
「ここに?」
「お昼にです」
 真剣な顔で唯に言うのである。
 
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