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ゾンビの世界は意外に余裕だった

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4話、生き別れ?

 臨時所長になってから四日目の朝がやってきた。仮眠室の外で護衛していた戦闘アンドロイドのレグロンが、「ボス、お電話です」 なんて起こしにくることもなく、俺は布団の上で驚くほど清々しい目覚めを迎えた。

 時刻は朝六時。音楽のないラジオ体操をしてから洗面所で身だしなみを整えると、レグロンを連れて警備指令室に向かう。情報収集を優先して真っ先にテレビをつけた。

『ゾンビの勢いは増すばかりです。また一部のゾンビは他より早く歩けるタイプがいます。見かけたら注意しましょう』

 チャンネルシックスのアナウンサーが、早歩きをするゾンビを指差しながら警告を発していた。それにしても見かけたら注意しろって、相変わらず当たり前過ぎる警報を垂れ流しているようだ。

「キャリー。インターネットの繋がり具合はどうだ?」
「一時間に十三分二十秒接続できます」

「では、ゾンビの情報を優先的に集めてくれ。それからネットに散見する科学、技術情報も可能な限りダウンロードして欲しい」
「分かりました。ボス」 

 テレビでは、ネオ・ワイマール軍の四号戦車が、ゾンビの集団に砲撃をかます映像に切り替わった。昨日の午後から本格的にネオ・ワイマール軍の機甲歩兵部隊が投入され、人間様の管理地域を急速に拡大させたようだ。これは朗報であり、大人しくしていたら解決しそうな気さえする。

 だが、世の中そう上手く回らないようで、ネオ・ワイマール軍については続報があった。

『なお、ネオ・ワイマール本国でもゾンビとの戦いは激化しており、在日ネオ・ワイマール軍の半数に本国帰還命令が出ました。装備の大半は大日本共和国自衛軍に提供されますが、これまで各地で重要な役割を担った在日ネオ・ワイマール軍の半減は、大日本共和国に大きな痛手です』

 どうやら世界有数の強国であるネオ・ワイマール共和国軍でさえ、祖国防衛の兵力が不足しているようだ。軍事力を空海軍に傾注してきた大日本共和国では、どれだけ兵力が不足しているのか想像もつかない。

 俺はチャンネルテンに切り替えた。

『痛ましい事件が発生しています。かねてより当番組ではロボットの軍事利用の弊害を伝えてきましたが、大日本共和国の誇る戦闘ロボット部隊が橋の封鎖命令に従って避難民を襲っています。

 中止命令を出せる登録指揮官達が、指揮所で伝染病にかかり死去しており、自衛軍はこの橋に近づかないよう警告すると共に、機甲部隊による排除を決定しました」

 俺はチャンネルテンのヒステリックなアナウンスを聞きながら、不幸な事件だがロボットの責任じゃないぞと思わず否定したくなる。もちろん、俺のアンドロイド……レグロン等への信頼感は微塵も揺るがない。

『臨時ニュースです。政府及び国会は軍の予備役召集及び軍警察の退官者の再任用を決定。最寄りの警察及び自衛軍に出頭して指揮下に入るよう求めています』

 俺はここでテレビからインターネットに意識を切り替えた。

 インターネットで有名なフリージャーナリストの何人かが、マスコミと政府の癒着を伝えていた。マスコミ関係者と家族がマスコミ本社ビルに立てこもり、自衛軍がそれを保護する代わりに政府に都合の良い報道をさせていると糾弾していた。

 また、貴重な戦闘ロボット部隊が、国会や議員官舎などの防衛に過剰に割り当てられていることも伝えている。

「キャリー、レグロン。社会の混乱は拡大しているようだな。アンドロイドを稼働させるぞ」

 テレビやインターネットを見てちょっとばかり命の危険を感じた俺は、ついに同僚達が人生を捧げて作ったアンドロイド達を稼働させる決意を固めた。

 とりあえず俺は昨日ピックアップしておいたアンドロイドを起動しにB棟へ向かう。六階建てのB棟は本館と呼ばれているA棟とニ階の渡り廊下で繋がっている。

 B棟2Fに着くと、まずは同僚女性研究員中島の研究室に向かった。見せて貰ったことはないが、そこには料理人アンドロイド・ケイラがいる。

 背後で俺を守る戦闘アンドロイドのレグロンは、呆れているかもしれないがこればかりは譲れない。無論俺だって戦闘アンドロイドを増やす重要性はよく理解している。

 中島研究室がB棟ニ階という高立地にある点、現在の研究所はそこそこ安全である点を考慮して、たまたま料理人アンドロイドを起動させる時間があるという高等判断を下しただけだ。

 きつい美人の教育ママを彷彿する同僚女性の研究室に入ると、真っ先に目に飛び込んできたのが、黒髪黒目の美しい大和ナデシコをイメージした料理人アンドロイドのケイラだ。

 そういえばまだ料理人アンドロイドを初期設計している時、俺は技術アドバイザーとして少しかかわったことがある。モデルを食堂のふくよかなおばちゃんにしないかと提案したら、何故か開発者の中島研究員に嫌われてしまい、最後は山田所長の判断で面倒くさいだけのアドバイザーを免除された。

 それっきり中島研究員とは軽く挨拶するだけの関係になり、今日完成したケイラを初めて見たのだが、なんとなく子供が生まれる前に別れたパパの心境だ。

 今なら、ママ……とはどうしても思えないが中島研究員の気持ちはよく理解できる。かわいい俺の娘の外見はふくよかなおばちゃんより美しい和服美女の方がしっくりする。……いや、まあ、パパ云々はつまらない妄想だ。

 とにかく俺は料理人アンドロイドのケイラを起動させる準備に入った。もちろんこういうご時世だ。シェフしか出来ないアンドロイドではもったいない。俺はケイラの設定を少しいじくり、いざとなったら多少は戦える集団的自衛料理人アンドロイドにする。

「ボス、ご命令を」

 一瞬、パパと呼べと命令を出しそうになり、ぐっとこらえる。

「キャリーから食堂のデータを受け取れるかな」

 つい、猫なで声が出てしまうのは仕方のないことだろう。

「はい。キャリー様よりデータを得ました」

「では食堂の管理を任せたい。できるだけ食品が長持ちするよう計画して欲しい。それから、必要なものがあればキャリーか俺に伝えてくれ」

 努めて事務的に俺は命じた。

「わかりました。別の料理人アンドロイドがいれば効率は上がります」

 さすがにそろそろ戦闘アンドロイドを起動させに行きたいと思ったが、かわいいケイラの頼みだ。俺は中島研究室に転がっていた有象無象の料理人アンドロイドを六体ほど稼働させ、ケイラのお世話をするよう命じた。

 それにしても料理人アンドロイドケイラの存在感は凄い。中島女史も恐ろしいアンドロイドを作ったもんだ。

 ……ようやく俺は自分の研究室にやってきた。汎用型S3アンドロイドを改良した戦闘実証実験アンドロイドが並んでいる。

 S3シリーズは感情昨日や見た目で最新型に劣るものの、低コストで実証実験に最適な面白みのない機体だ。一応外見は人間で通用するし人工知能も人間並みで、体は強靱な機械とあればそれなりに役立つだろう。

 このS3。俺は近距離型、遠距離型に特化させたアンドロイドを作り、レグロン開発に役立ててきた。だがさすがにこの事態では、機体の多少の差に目をつむって全部万能型にプログラムし直すべきだろう。

 と思いつつ、俺が真っ先に稼働させたアンドロイドは、レグロンの弟分マイルズだ。マイルズはレグロンの前に開発したアンドロイドで、レグロンより戦闘力が若干劣る。軍の担当者の指示で、マイルズの外見はマッチョな金髪鬼軍曹だ。

 俺はマイルズと改S3戦闘アンドロイド六体を稼働させると、レグロンに従って俺を守るよう命じた。

 八体のアンドロイドに囲まれて移動するのは、なんとなく仰々しい気がしたが、俺は黙って八木研究室に向かった。

 八木研究室にはまだきちんとした人工知能が組まれていない最新戦闘アンドロイドが二体居る。本来は稼働を後回しにすべきアンドロイドなのだが、中央制御人工知能キャリーのアバターに最適ということで、優先度が滅茶苦茶上がった。

 俺は八木研究室で黒髪美女と金髪美少女の戦闘用アンドロイドに見とれてしまった。黒髪美女はスーツを着ていて、金髪美少女は何故かセーラー服を着ている。

 要人の子女を守るボディーガード用の戦闘アンドロイドなのだが、外見をここまで趣味全開にした開発者には脱帽するしかない。女性型軍用アンドロイドを提案して門前払いを喰らった俺としては、軍警察の担当者を説得しやすいツボをつく手腕にただだ感服するだけだ。

 この八木研究員とはいつかじっくり話し合いたいが、アンドロイドの外見はともかく中身は完ぺきからほど遠い。

 まあ、だからこそキャリーのアバターにちょうど良いのだろう。自分色に染められなくなってごめんと八木研究員に謝りりつ、俺はキャリーに開発ナンバーしか与えられていない八木のアンドロイドをアバターにするよう命じた。

「キャリー。この戦闘用アンドロイドの体をアバターに使え」

 すぐに金髪美少女の戦闘アンドロイドが立ち上がった。なんとなく、黒髪美女の方をアバターにすると思っていたから、ちょっと驚いた。

「キャリー?」
「はい」

 でも答えたのは金髪美少女ではなく、寝ていた黒髪美女の方だ。

「そっちをアバターにしたのか」
「はい。もう一体の方はデータを上書きして別擬似人格を作り上げました。宜しければ名前を与えてやって下さい」

「な、名前?」
「はい」 

 俺はそういうのは得意ではない。だが、金髪美少女の戦闘用アンドロイドは、期待に満ちた表情を作って俺を見つめている。俺には研究員という娘が……。

「よし、お前はレイアだ」

 俺なりに一生懸命に考えた上で命名した。嬉しそうな笑顔になったレイアはキャリーと一緒に頭を下げる。

「二人共これから頼むぞ」
「お任せ下さい」

 この部屋には旧型アンドロイドはいない。ちょうど昼寝の時間になり、俺は料理人ケイラの居る食堂に向かった。
 
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