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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

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第一部 刻の鼓動
第三章 メズーン・メックス
  第三節 蠢動 第三話 (通算第53話)

 メズーンはMSハンガーへ向かっていた。ノーマルスーツに着替えた方がいいと考えなくもなかったが、結局は着替えずにいた。ティターンズのパイロットは全員が演習に参加しており、ノーマルスーツ姿では逆に目立ちかねない。制服の方が、見咎められにくいであろうという程度で、要は着替えるのが面倒だっただけである。
 MSハンガーのある格納庫は滑走路の向こう――エプロンにある。航宙航空機用格納庫の横、管制塔寄りに増築された四棟である。四階と二階の本庁舎から突き出るように設けられた中空の連絡通路を通って管制塔経由で行くか、一旦外に出て、管制塔を迂回し、資材搬入口から入るしかない。庁舎外へはIDカードが必要で、ティターンズとして行動するにはメズーンのIDは使えない。偽造IDを用意する時間的余裕などある筈もなく、二つある連絡通路のどちらかを使うしかなかった。
 メズーンが向かったのは四階の連絡通路である。そこは、メズーンら一般将校は遠回りになるためほとんど使わない。本庁舎の四階はティターンズ士官の執務室で占められており、一般将校が近寄りたがらないのだ。一般将校の目を避ける意味でも無難な選択だった。あとは、メズーン自身が如何にティターンズらしく振る舞えるかだけだ。
 だが、予想外の事態が起きる。
 突如、建物が揺れた――というよりも、跳ねた。メズーンは足を取られて床へ横倒しになる。コロニーに地震などある筈がないが、こういう揺れを地震と呼んでいた。隕石やデブリが外壁に衝突すると、コロニー全体が揺れるのだ。一年戦争以後のコロニー生活では地震が当たり前……とは言わないが、誰もが知らないものではなくなっていた。
 だが、これは明らかに地震とは違った。直下型地震のような縦揺れであり、爆発に似た轟音が上から鳴っていた。途端に建物が裂けた。
(これは外部からの衝撃じゃない。庁舎に何かが落下したのか?)
 建物の揺れは直ぐに収まった。
 しかし、立ち込める粉塵と砂ぼこりに視界は閉ざされてしまっていた。メズーンは降り注いだ石礫を払って立ち上がり、近くの状況を確認した。そこら中から怒号と悲鳴、くぐもった苦痛を訴える声や助けを求める声が聞こえた。建物は大きく抉れ、眼下には瓦礫の山が見える。
 建物の中だというのに、凄まじいまでの突風が吹いた。見知らぬMSが庁舎の上空を至近で背後からパスし、視界を拓いたのだ。MSは小さく旋回し、庁舎の上に滞空している。がっちりした体格に似合わぬ機動性だった。凡そ連邦製とは言えない機体のフォルムではあったが、ジオン製というには直線的な外見である。エゥーゴの機体に違いない。
 メズーンは建物の中からコロニーの空を見た。本来、あるべき天井は忽然と姿を消し、瓦礫に埋もれた《ガンダム》の手が何かを掴もうとしているかの様に突き出ていた。
「なっ……」
 絶句である。想定範囲を越えた事態に、基地全体がパニック状態である。予定外のことなどという問題ではなかった。
 無論、メズーンにとってはチャンスであるが、目指すべき《ガンダム》が眼前に墜落しているなど、考えもしない。一瞬、呆けて見入ってしまった。
 遠くに聞こえたサイレンで我に返る。
(これは……何号機だ?)
 突然の災難に頭も体が反応できていなかった。特に耳鳴り――平衡感覚が不調を訴えている。周囲に気を置きながら《ガンダム》の様子を窺った。
「ジェリド中尉だ!」
 微かに誰かの声がした。声は遠く、明瞭ではない。恐らくティターンズの下士官であろう。付近に人影はなかった。見渡すと、連絡通路の向こう側に人が集まり始めていた。軽傷の怪我人が、事態の把握に現場へ来たようだ。《ガンダム》の足許にも人だかりができていた。
 メズーンは軽い脳震盪を起こしているような頭を振って、記憶を手繰り寄せつつ、平衡感覚が戻るのを待った。怪我がないか体を動かして確認する。多少の打ち身はあったが、行動に支障がある程ではない。
(ジェリド中尉は……《03》の筈だ)
 そこからは左肩のマーキングが見えなかった。目指すべき機体ではないのなら、長居は無用である。人が来る前に、立ち去った方がいい――そう判断すると、墜落した機体から離れた。案の定、幾人かのティターンズとすれ違う。だが、誰もメズーンを訝しがらなかった。
 チャンスだ。
 今なら周りも混乱している。然程怪しまれずに格納庫にある《ガンダム》に取りつく絶好のチャンスだ。閉じ込められるおそれのあるエレベーターを避け、非常階段を駆け降りた。今なら非常通路から、格納庫に出ても不自然ではない。
 暑い。
 制服を脱ぎたい衝動に駆られる。制服は汗を吸わず、シャツがペタリと皮膚に貼り付いた。素性を隠すため、制帽を深目に被っているから余計に暑い。だが今は、そんなことに構ってはいられなかった。スギンっと、左腕に痛みが走ったが、無視した。骨が折れてたいる訳ではない。
「そっちじゃない!こっちこっち!」
「応援回せ!瓦礫を撤去する」
「まだ崩れるぞ!救護班はまだかっ」
 指揮系統が混乱し、その場にいる上位者がバラバラの指示を出しているため、現場の無統制ぶりは酷いものだった。
 怪我人と死人が一かたまりにされ、崩れた庁舎の残骸を片付けても新しい瓦礫の山が次々に産み出されていた。二次災害を防ぐために、現場レベルで対処せざるを得ないのだ。現場指揮を取る者も、全体を見渡せぬため、命令系統がいくつにも絡み合い効率が悪いことこの上ない。だがそれも、徐々に改善されているように見えた。
 混乱が収まりきらぬ内にハンガーにでなければ――焦る気持ちを抑えながら、縫うように人ごみをすり抜けた。墜落現場周辺とは逆に、格納庫周辺は無人だった。 
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