| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

死に場所

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 目次
 

第一章

                   死に場所 
 戦は彼等にとって不利だった、城の堀も完全に埋められしかも敵は多い。今戦っている場でも彼等は絶望的な状況にあった。
 その中でだ、濃い髭に太い眉の如何にも豪放磊落な顔の具足の上に陣羽織を羽織っている男が馬上で苦々しい顔で言っていた。
「最早これまでか」
「殿、これは」
「この状況は」
「うむ、負けじゃ」
 その男後藤又兵衛基次は苦々しい顔で己の家臣達に答えた。
「この場はな」
「ではどうされますか」
「今は」
「既に決めておるわ」
 これが又兵衛の家臣達への言葉だった。
「黒田家を離れずっと探しておったからな」
「死に場所をですか」
「それを」
「そうじゃ、だからここでじゃ」
 雲霞の如き数で次から次に来る敵兵達を見て言うのだった。
「ここで最後の最後まで戦いじゃ」
「討ち死にですか」
「そうされますか」
「武士として最後まで戦い死ぬなら本望」
 こうまで言うのだった。
「ならばここで最後の最後まで戦うか」
「左様ですか」
 古くから又兵衛に仕えている浜崎文次郎実吉がだ、顔を俯けさせて又兵衛に応えた。己の考えをここでは隠して。
「そうされますか」
「そうじゃ、ここでな」
 最後の最後まで戦うとだ、また言った又兵衛だった。
「そうするぞ。わしの首は御主達に任せた」
「首を取り埋めよと」
「何処かに」
「うむ、そのことを頼む」
 こう言ってだ、又兵衛は。
 果敢に戦った、傷を幾つも受けながらも。
 まさに鬼神の如く戦った、そして遂にはだった。
 力尽きた、ここでこう文次郎達に言った。
「では頼んだ」
「はい、首を」
「それを」
「うむ、取り何処かに埋めよ」
 こう言ってだ、槍を支えにして立っていたが遂に目を閉じた。彼はここで己は死んだと思った。だが、だった。
「よいな」
「では」
 文次郎は主の言葉に応えはした、そして。
 周りにだ、こう言ったのだった。
「わしの言う通りにせよ、よいな」
「といいますと」
「ここは」
「わしの言葉に従えぬのなら落ちよ」
 そして生き延びよというのだ。
「従える者は付き合ってくれ」
「?浜崎殿一体」
「何をお考えですか」
「よいか」
 ここで文次郎は己の考えを述べた、そうしてだった。
 又兵衛は目を開けた、目の前に広がる暗い空を見てまずはこう言った彼だった。
「三途の川の入口か」
「いえ、違います」
 その彼の横から声がした。
「それは」
「その声は文次郎か」
「はい」
 その通りだとだ、文次郎の声が答えてきた。仰向けに寝ているらしいその横から。 
< 前ページ 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧