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その魂に祝福を

作者:玄月
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魔石の時代
第二章
  魔法使い達の狂騒劇5

 
前書き
黒船襲来編。あるいはいよいよ役者は出揃ったぜ編 

 



 吸血鬼姉妹にまつわる騒動に一応の決着をつけてからしばらくして。何の気まぐれなのか、自分は彼女達の屋敷に招待されていた。まぁ、招待されたと言っても兄の――つまり、当主の意中の人である恭也のおまけのようなものだったが。
 遥か昔、色々と理由があって覚える羽目になった食事作法を何とか思い出しながら、招待された豪勢な夕食を済ませてからの事である。
「何が?」
 お前は怖くないのか?――そんな問いかけに、当主はきょとんとした顔で言った。これはどう見ても……まぁ、本心だろう。驚くべき事に。自分の方が途方に暮れたような気分で、呻く。
「私は吸血鬼よ?」
 俺は魔法使いだぞ?――その呻き声に、当主はあっけらかんと笑って見せた。別に女達を魔物として排除する気など欠片もないが……どちらがより異能かと言われれば、それは間違いなく自分の方だ。魔法使いである上に、不死の怪物でもある。それ以前に、殺しに慣れきった殺戮者でもあるのだから。
「私は生きてるわよ? それに、長生きする事に関しては自信があるわ」
 意図して答えをはぐらかされているのは明らかだった――が、その真意が読めない。身辺警護をさせたいのか、とも思うが……そのために魔物殺しが専門である自分を傍に置くのは本末転倒だろう。
「難しく考えないで。あなたには本当に感謝しているのよ。この前の事だけじゃなくて、他にも色々とね」
 あの御家騒動以外に何か彼女達に感謝される様な事があっただろうか?――記憶を掘り返してみても、思い当たる節はない。今回ばかりはリブロムの記述も無力だろう。やれやれと呆れた様子の恭也が気にはなるが……特に何かを答えてくれる様子もなかった。
 ともあれ。食事の礼くらいはしなければなるまい。
 あれこれと考えた結果、元々造る気だった屋敷の異境の他に、猫の姿を模した魔法生物を何体か託す事にした。かつて『マーリン』はこれを巧みに扱い、世界を蹂躙した訳だが……幸か不幸か今の自分にはそれほどの力はない。この魔法生物も見た目相応程度の力しかなかった。それでも、情報収集くらいはできるだろう。代償も、精々が血を一滴二滴与えてやれば事は足りる。彼女達の『特殊な血』ならなおさらだ。
「まったく、お礼をするつもりで招待したのに」
 帰り際、何やら憤慨した様子で当主は言った。もっとも、魔法生物は抱いたままなのだから、取りあえず気に入ってもらえたと言う事なのだろうが。
「何でここまでしてくれるの?」
 食事の礼だと素直に答えたら、何やら呆れられた。異界の性能の説明をした時の恭也もそうだったが、失礼な奴らだ。異境にしても魔法生物にしても、そう簡単に造れる代物ではないのだが。
「……まぁ、元々あの程度でお礼を済ませるつもりはなかったんだけど」
 深々としたため息と共に、当主は言った。
「覚悟しておきなさい。このお礼は必ずするわよ」
 挑むような目でそんな事を言われると、意趣返しの宣告にしか聞こえないが――まぁいいだろう。にやりと笑ってから、期待していると返す。
「ええ。期待していなさい。お義姉さんを甘く見ない事ね」
 その時、当主が――義姉が浮かべた不敵な笑みは今でも覚えている。




 身体の損傷――というより、魔力の消耗は自覚しているより遥かに深刻だったらしい。所詮、かつての自分にはまだ遠く及ばないという事だろう。知らぬ間に深く眠っていたようだ。気付けば夜明けが近い。闇が薄らいでいくのを感じた。だが、覚醒を促したのはそんなものではない。
 足音を忍ばせ、どこからか帰ってきたフェイトとアルフに問いかける。
「何があった?」 
 しまった。フェイトの表情に言葉を当てはめるなら、そんなところだろう。どうやら、よほど知られたくなかったようだ。だが、まさか見て見ぬ振りなどできまい。……血の匂いをさせている以上は。
「ジュエルシードが原因じゃあないだろ。誰にやられた?」
 ユーノだろうか。真っ先に思いついたのはそれだった――が、違いだろう。あの魔導師にこれほどの度胸があるとは思えない。……自分の足で立つのがやっとというまで、フェイトを痛めつける事ができるような度胸が。
「フェイト……」
 問いかけると、フェイトは拒絶するように首を左右に振った。最初に出会った時以来だろう。彼女が、これほど明確な拒絶を示すのは。問い詰めるのは諦めるべきか。まぁ、元々無理に本人に訊く必要などない。そもそも今はそれどころではない。
「フェイト、おいで」
 諭すように――初めてなのはに声をかけた時のように、自分が用意できる精いっぱいの優しい声で呼びかける。だが、フェイトはむしろ怯えたように身体を強張らせた。
 右腕が疼く――いや、痛んだ。今、この瞬間に身体を支配する衝動は憎悪ではないように思えた。それが何なのかは分からないが……だが、不思議と恐れは感じない。今この瞬間に感じた、この『衝動』に飲まれたとして、自分が魔物に成り下がる事は絶対にあり得ない。何故だか、そんな気がした。
「ちゃんと手当てしないと。ほら、そういったのはお前だろう?」
 近づいてこないなら、こちらから近付けばいい。立ち上がり、静かに歩み寄る。フェイトは逃げなかった。その小さな身体をそっと抱き締める。
「大丈夫だ。もう、大丈夫だから」
 静かに魔力を練り、そっと癒しの魔法を行使した。柔らかな光が、薄まりつつある闇を満たす。その中に、フェイトの嗚咽が混ざった。聞く者の胸が痛くなる。そんな嗚咽。必死にかみ殺されたそれは、むしろ絞り出すようにも聞こえた。
(分っている。分かっているから)
 その嗚咽に応じる様に右腕が疼く。今まで以上に黒々と殺意が燃え上がる。再び右腕はジェフリー・リブロムのそれとなっていた。錯覚か、それとも本当に変化したのか。今の自分には分からないし、興味もなかった。分かっているのはただ一つ。フェイトの母親が原因なのは、もはや疑い無いという事だ。渇きにも似た衝動の中で、静かに告げた。
(そう騒ぐな。必ず――)
 フェイトの背中越しに、あの写真――フェイトの母親と、フェイトによく似た少女が写るその写真を睨み、宣言する。自らが掲げる覚悟に誓って必ずこの子は救い出す。自分が自分でいられる時間は、もはや残りわずか。それまでに、何としても。
 いずれは世界を滅ぼすであろう不死の化物にも、それくらいの矜持はあった。
 ……――
 フェイトは、治療が終わる頃には眠っていた。元々体力的に限界だったのだろう。安らかな眠りとは行かないだろうが――それでも、魘されている様子はなかった。
「何があった?」
 フェイトをベッドに寝かせてから、アルフに問いかける。彼女は答えなかった。答えられない――言葉にならないというべきだろう。あまりに強すぎる感情は、言葉にする事さえできなくなる。
「やったのは母親だな?」
 血が滴るまで唇を噛締めたアルフに問いかける。彼女が頷くのを見やり、ため息をついた。まったく、どうかしている。
「フェイトと母親の間に、一体何があった? ゆっくりでいいから話してくれないか」
「分かんないよ。アタシには全然分からない。何で、何でフェイトがこんな目に会わなきゃならないだよ。フェイトはあんなにも一生懸命にやっているのに何で……」
 零れ出たのは、悲痛な嘆きだった。それはそうだろう。傷を癒す前に、確認していた。何があったかも、予想できていた。無数に重なり合った裂傷は、見覚えがない訳ではない。その記憶が確かなら、フェイトの姿はまさに拷問か鞭打ちの刑を受けたばかりの罪人そのものだった。母親の折檻にしては、度が過ぎている。
(あそこまで痛めつけるには、よほどの憎しみがいる)
 その囁きは、自分というより右腕の彼女が発したように思えた。経験から来た囁きだというなら、なるほど信憑性は高い。しかし、一体何が原因なのか。
(何故、フェイトの母親はこれほどに娘を憎む?)
 聞いた限りでは、フェイトの出生は祝福されたものだったはずだ。その後の夫婦の行き違いは――別に彼女に責がある訳ではあるまい。実際に、それから先も親子の仲は良好だったと聞いている。それが、ある日突然一転した。それは、一体何が原因だ?――何が原因で、フェイトの母親はフェイトをここまで憎悪するようになった?
「分かんないよ、そんなこと。アタシが教えて欲しいくらいなんだ」
 アルフに訊いても、原因は分からなかった。フェイト本人に訊いたとしても、答えが返ってくるとは思えない。となれば、残された鍵はフェイトの母親がしている研究しかない。フェイトの話からすれば、母親が豹変したのはその研究を始めてからだという。
(何の……いや、何を目的とした研究だ?)
 どんな事でもそうだが――研究には必ず目的がある。遥か昔、ただやみくもに魔法の研究に没頭していたかつての自分にも、振り返れば確かにそれはあった。……いや、この場合は望みというべきか。母親はその研究の先に何を望んでいる?
(……何故、彼女は狂った?)
 元に戻った右腕を見やり、自らに問いかける。彼女を思い出した事は、決して偶然ではない。それどころか、決して無視できない。彼女が狂った理由。そして、
(何故、今になって目覚めた?)
 それについても、もう予想は立っていた。あの時揃っていた条件から考えれば、まぁ妥当なはずだ。しかし、その推論に吐き気を覚えずにはいられない。もしも、それが事実だとするなら、つまりフェイトは――
「アルフ……」
 右手を握りしめ、告げる。
「フェイトの――フェイト・テスタロッサの母親の名前は何て言う?」
 名前には意味がある。そう信じていた。名前とは自分が自分として存在する証――他の何者でもなく、フェイトという少女が確かにここに存在する証だ。
 それが無意味であるはずがない。
「え? プレシア、だけど……。プレシア・テスタロッサ」
 その名前が、静かに胸に刻まれる。この感覚は、魔物退治の時と同じだった。これから背負う事になるかもしれない、業の名前。偽善だとしても、それを記憶しておくことにはきっと意味がある。確かに存在した証として。
「次に母親に――プレシアに会いに行く時は、必ず俺を連れていけ」
「アンタを……? アタシは構わないけど、どうする気なのさ?」
 希望か。それとも恐れか。アルフの表情はどちらとも取れた。
「何、大したことじゃあない」
 それを見やり、にやりと笑って見せた。
「……ただ、同じ魔法使いとして、一手ご教授願おうと思ってね」




 その日の夕方の事だった。
「ああクソッ! 何だってこう、間が悪いんだ?」
 毒づきながら、フェイトの隠れ家から飛び出す。文字通りの意味だ。一応対策はしてあるから、誰かに見られたという事もないだろうが。
 フェイトの好きなものでも作ってやろう。そう思って一人で買出しに出たのが失敗だった。そう。一人で出たというのが最悪だった。どうやら、その間にジュエルシードの反応があったらしい。そんな書置きが一枚残されていた。せめてアルフを連れていけば連絡も取れただろうに。いや、むしろ逆か。そうだった場合、今のフェイトなら一人で突撃しかねない。折角、最近は少しマシになっていたのに、今朝方の一件のせいでまた酷く思いつめてしまっていた。
(少しでも離れるべきじゃなかったんだ……)
 異境の補助がない状況では、さすがに彼女達の検索範囲には遠く及ばない。そんな事は分っていたが、気付かなかった自分に対する苛立ちを消すことはできそうにない。その苛立ちに任せて異境を発動させていた。幸い、フェイト達の魔力は領域内にあった。
 目的地は海沿い――何度かなのはを連れて言った事もある臨海公園だ。海が近づく事に、魔力の胎動を感じる。ジュエルシードだけではない。フェイトとなのはの魔力を感じる。もちろん、アルフとユーノもいる。最悪だった。個別の魔力を感じる以上、結界は低限でしかない。もしくは、張られていないのかもしれない。
「頼むぞ、二人とも……学習能力を働かせてくれよ」
 取りあえずはまだ平穏な海を見やり、呻く。昨夜のように魔力をぶつけ合えば、また暴走するだろう。ゴーレムは壊れたままだし、結界もない。仮に暴走した場合――どうにもろくな事にはなりそうになかった。だが、それよりも嫌な予感がする。
(何だ? これ以上何か面倒ごとが起きるのか?)
 何でも願いを叶える宝石。魔導師。虐待を受ける娘と虐待する母親。殺戮衝動。さすがにこれ以上増えられれば手に負えない――のだが。残念ながら増えたらしい。街を包む異境が悲鳴を上げた。この反応からして、新たな魔導師が侵入したようだ。慌てて異境の発動を停止させる。実際のところ、その頃にはもう異境は必要なくなっていた。
 なのはでもフェイトでもアルフでもユーノでもない、誰かの魔力を感じる。うんざりとした気分で認めてから、気配を消し様子を探る。戦場には、なのはとフェイト、アルフとユーノの他に、見慣れない男がいた。それが誰だかは分からないが――
「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。詳しい事情を聞かせてもらおうか」
 いや、わざわざ自分で名乗ってくれたらしい。……まぁ、だから誰だと言われれば困るが。しかし、
(時空管理局……?)
 言うまでも無く、聞き覚えのない組織だ。そのはずだった。だが――
(何だ……?)
 ざわりと、身体が――魂が疼いた。右腕が疼いたわけではない。束の間、右腕の衝動すらも忘れるほどに。つまり、この殺意は他の誰でもなく自分自身に由来するものではないか?
「もしも、このまま戦闘行為を続けるなら……」
 だが、正体の知れない殺意に困惑している暇はなかった。
 口上を遮って、フェイトが動いた。狙いは単純。中空に浮かんだままのジュエルシードだった。同時に、その魔導師も動く。フェイトに杖――デバイスを突きつけるのが見えた。それだけ分かれば充分だ。次にやるべき事は決まった。
 大体。どうせ殺戮衝動なら今も意識を蝕んでいる。今さらそれが高まったところでどうなるものでもない。
「何ッ!?」
 その魔導師――クロノとやらが攻撃を仕掛ける前に、鉄風車を放つ。さすがに防いだらしいが、その間にフェイトが封印を完了させる。魔導師が舌打ちするのが聞こえた。
「何者だ?!」
「それはこちらのセリフだ。人の縄張りで何をしている?」
 なのはとフェイトとアルフ……ついでに、というより結果的にユーノを庇いながら、その魔導師と対峙する。年の頃なら、今の自分――この身体と同じかあるいはいくらか上といったところか。黒づくめというのも同じだ。魔力量はそこまで突出していないが――明らかに訓練を受けている。その立ち振る舞いは、漠然とだがアヴァロンからの刺客を思わせた。おそらく……いや、間違いなくこの魔導師は『専門家』だ。油断はできない。
「縄張り……。何を言っている? そもそも、ここは管理外世界だぞ」
「だから何だ?」
 一体何を管理しているのやら。ともあれ、その返しは想定していなかったのか、魔導師は僅かに言葉に詰まる。
「お前も魔導師なら、管理外世界への立ち入りと魔法の行使には許可がいる事くらい知っているだろう」
「さて。生憎と魔導師じゃあないんでな。それに生まれてこの方ずっとこの世界で生きてるんだ。今さら誰に許可を取る必要がある?」
「ふざけるな。お前からは魔力を感じる。それに魔法を使っているだろうが」
「それは当然だろう。俺は魔法使いなんでね」
「……まぁいい。武装を解除しろ。ロストロギアの違法回収及び時空管理局局員に対する攻撃行為で逮捕する」
 取りあえずそれは聞き流しながら、背後のアルフ――でも誰でもいいのだが、事情を知っていそうな連中に問いかける。
「誰でもいい。簡潔に答えてくれ。この魔導師――いや、時空管理局とは何だ?」
「ええと、管理局ってのは、要するに治安維持の組織で……ああもう! 簡単に言えば正義の味方だよ!」
 答えたのは、アルフだった。満点の回答だ。殺戮衝動に……右腕の『記憶』に侵蝕された意識の中で、思わずにやりとする。魔法使いの正義とは必要悪だ。
「なるほど、『正義の味方』か。それなら、遠慮はいらないな」
 この男は同業者――つまりは、正義のための人殺しだ。ならば、何の遠慮もいらない。
 実に好都合だった。誰に由来するものか知らないが、殺戮衝動を抑えるのも限界だ。衝動のままに魔力を練り上げ、歓喜と共に鉄風車を放つ。
「クソッ! 何のつもりだ?」
 その魔法使いは、当然のようにそれを防ぐ。そうでなくては面白くない。
「何のつもり? 決っているだろう」
 ようやく。ようやく衝動を吐き出せる。その愉悦と共に答えた。
「人殺しが二人顔を突き合わせ、しかも意見が対立している。それなら、やることなんてもう一つしかない。そうだろう?」
 殺意に黒々と燃え上がる右腕を突きつけ、告げる。
「消えろ侵入者。素直に消えるなら良し。そうでないなら、障害は実力で排除する」




「障害は実力で排除する」
 そう宣言したその魔導師は、次の瞬間には全く躊躇い無く魔法を放ってきた。
「チッ!」
 明らかに質量を持った刃。先ほどから何度か放たれたのは、見慣れない魔法だったが――それ以上に問題なのは、それが物理設定だという事だった。宣言通り、向こうは確実に殺す気でいる。それは明白だった。瞬時に意識を切り替える。相手が何者で、この魔法は何なのか。それは逮捕してから聞けばいい。
(いや、そんな事を気にしていたら殺される!)
 深淵のような魔力を従えるその魔導師は、明らかな手練だ。おそらく、今まで対峙してきたどんな魔導師よりも。さすがに非殺設定を解除する気などないが、加減するのは――いや、素直に認めよう。加減できるのはそれだけだ。
「スティンガースナイプ!」
 回転する刃を避けながら魔法を放つ。誘導性なら、こちらの方が上らしい。つまり、お互いに動きまわっている状況ではこちらが有利だった。だが、そんな事は向こうも承知の上のようだ。僅かに間合いが広がった瞬間、その魔導師は右腕を突き出した。
「鉄針の魔弾よ」
 掌に魔力が収束し――何かが放たれた。だが、狙いが甘い。僅かな動きで回避する。その瞬間に見えたのは、鋭利な突起がいくつも突き刺さった鉄球。思わず、背筋が凍った。
 おそらく、だが。それと同じような質量兵器を知っている。
「ラウンドシールド!」
 シールドが展開すると同時に、その鉄球が破裂した。当然のように、凶悪な鉄針が周囲にばら撒かれる。それは、質量兵器――殺傷性の高い爆発物と理屈は同じだった。つまり、本当に脅威となるのは、爆発そのものではなく、無数にばら撒かれた鉄針だ。それをまともに浴びたシールドが悲鳴を上げ、霧散する。それでも、攻撃は耐えきったが――
「死ね」
 冷酷な宣言。それと同時に迫るのは異形の双剣。それもまた、質量を持っていた。魔法での防御は間に合わないのは明白だ。デバイスでぎりぎり受け止める。だが、近接戦ではどうにも分が悪い。自在に繰り出される左右の斬撃に追いやられるのを感じた。
(クソッ……。ベルカ式か?)
 かつて僕らミッド式と二分していた、もう一つの魔法体系。それを思い浮かべるが――違うだろう。単なる皮膚感覚に過ぎないが、これは僕らの知る魔法ではない。
「ガ……ッ」
 余計な事を考えるべきではなかった。強烈な蹴りを鳩尾に喰らう。それ自体に魔力が宿っていたらしい。バリアジャケットを軽々と撃ち抜いて衝撃が伝わってくる。
 だが、お陰で距離が開けた。この隙に体勢整える――などという余裕を与えてくれるような相手ではないらしい。それでも、どうにか重心をコントロールする。迫りくる致命的な一撃を、もう一瞬だけ先送りにするために。
「巨人よ」
 右腕が魔力を帯びて膨れ上がる。比喩でも何でもない。明らかに異形と化していた。その拳が振るわれる。鼻先を掠めたそれは地面にひびを入れた。まともに喰らっていたら、今頃頭がなくなっていたところだ。
 それにしても、よくない流れだ。完全に相手に主導権を握られてしまっている。流れを変えなければ、このまま押し切られる。
(この間合いでは不利だ……)
 近接戦では向こうが一枚上手だ。だが、遠距離……自らが得意とする間合いで戦えれば――少なくとも拮抗できる。拮抗さえできれば、勝機は必ず訪れる。自らに言い聞かせ、大きく距離を取る。
「スティンガー――」
 相手の攻撃は大ぶりで、連続性に欠ける。つまり、いったん距離を開けば、追撃はない。その隙に、流れを取りかえす。それを狙い魔力を収束させる。だが、まだ主導権は向こうが握ったまま。何より、簡単に渡してくれるような軟な相手でもなかった。こちらが魔力を収束させるその一瞬で、異形の腕が魔力を喰らいさらに一回りも大きくなる。次の瞬間、魔導師の姿が消えた。
「しまっ――ッ!」
 高速移動。いや、短距離の空間転位か。どちらでもいいが――間合いが詰められた。発動寸前の魔法を強引に打ち切り、防御に切り替える。その瞬間には、拳が放たれた。
「―――ッ!?」
 打撃を受けた場所から背中まで、間にある骨も臓器も何もかも無視して衝撃が突き抜けていく。肺が締めあげられ、悲鳴にもならなかった。ぎりぎりでも防御できていなければ、そのまま死んでいたに違いない。いや、いっそその方がマシだったか?――余りの激痛にそんなことさえ考えていた。だが、何であれこれで――
(間合いが――開いた!)
 急激に相手が遠ざかっていく。拳が当たった瞬間にはそう見えた。実際は、自分が後ろに飛んでいるのだと理解したのは、海沿いのフェンスに叩きつけられてからだった――が、何であれ間合いが開いた。それだけ分かれば充分だ。
「スティンガースナイプ!!」
 ここは自分の間合い。激痛は無視して、魔法を放つ。しかし、その一撃も起死回生にはならなかった。それどころか、一瞬の足止めにもなってくれない。僕の魔法が貫くより早く、相手は闇となって霧散し――自分のすぐ目の前で再び実体化した。その手には再び異形の双剣が握られている。
「―――」
 狙いは明確だった。何の躊躇いも無く、こちらの首を狙っている。魔法による防御は間に合わない。このダメージでは、体術による防御も回避も望めない。最悪な事に、魔法を放った反動で、デバイスさえとり落としていた。つまり、
(死――)
 明確な結末を思い描く直前、
「ダメえええええっ!」
 白い背中が、僕らの間に飛び込んできた。その瞬間、初めて相手の顔に動揺が浮かぶのが妙にはっきりと見えた。だが、動きは止められないらしい。その瞬間には、腕が振るわれた。――が、どうやら剣の方を霧散させたようだ。白い少女は無事だった。 
「お・ま・え・はぁぁぁあぁあああっ」
 黒衣の――人の事は言えないが――魔導師は呪詛のようなうめき声を上げた。マズい――と、近年稀に見る真剣さで思ったのだが、
「何考えてるんだ! 下手すれば今頃輪切りになってたぞ!」
「お兄ちゃんこそ何考えてるの! いきなり人を刃物で切りつけるなんて、そんなの絶対ダメなの!」
 どうやら余計なお世話だったようだ。何やらよく分からないが。
「そんな事は知ってるが、時と場合と相手によるんだよ!」
「どんな時でも場合でも人を殺すなんて絶対ダメ!」
 今までの冷酷さはどこへやら。随分と感情的にその魔導師は白い少女と怒鳴り合う。というか、どうやらこの二人は兄妹らしい。驚くべきことだが――まず何に対して驚けばいいのかすらよく分からない。だが、何はともあれ好機――
「チッ!」
 舌打ちと共に、黒衣の魔導師が動いた。取り落としていたデバイスに手を伸ばしたこちらの腕を迷いなく踏み抜く。それと同時、妹を抱えて再び闇になって霧散した。油断も隙もない。つくづく徹底している。
(折れてはいないようだが……)
 バリアジャケットのお陰だろう。腕は折れてはない。……まぁ、それでもひびくらいは入っているだろうが。それくらいなら安いものだ。
「まだやるか?」
 ぎりぎり僕の間合いの内側で実体化したその魔導師が言う。暴れる妹を羽交い絞めにしたままなので今一つ迫力に欠けるが――それでも、油断なんてできる訳もない。
(どうする?)
 鈍く痺れる右腕はほぼ潰されたと言っていい。帰艦すれば治療の方法くらいあるが――今この場では何の役にも立ちそうになかった。だが、だからといって――
『待ってください』
 そこで、僕らの間に魔法陣が生じる。映し出されたのは艦長だった。
『私は時空管理局巡行艦アースラ艦長、リンディ・ハラオウンです。どうか詳しい事情を聞かせていただけませんか?』
「ハラオウン、か……。なるほど、どうやら身内は可愛いらしい」
 どこかで名前を聞いていたのだろう。黒衣の魔導師は、むしろ嘲笑ったようだ。
「勝ち目がないと踏んで、交渉に切り替えるつもりか? それとも、脅迫するだけの手札がまだあるのか?」
 表面上は嘲笑っているが――油断はない。むしろ、最大限に警戒している。妹を降ろし、金髪の少女達もろともに庇うように立ちはだかる。その姿からは、余裕のある殺気ではなく、ピリピリとした警戒を感じた。
『脅迫などしません。私達が望むのは――』
「ジュエルシード、だろ? なら、他を当たれ。あれは俺の獲物だ」
 艦長の言葉を遮り、黒衣の魔導師は言った。
「ああ、そうだ……。魔導師はどうやら命知らずばかりらしいが、一応言っておこう」
 再び魔力が収束する。僕らが何をするより先に、自らが庇う少女達を示して告げた。
「どんな理由であれ、この子達に危害を加えたなら、その時は必ず殺す。お前達が何者で、どれほどの組織であってもだ。それを忘れるなよ」
『待って――』
 宣言と同時、例の回転する刃が魔法陣を艦長の言葉もろともに斬り裂いた。




「えっと、一応言われたところで置いてきたけど……」
 暴れるなのはとユーノをバインドで拘束し、適当なところまで運んでもらっていたアルフが、こっそりと合流地点まで戻ってきた。時空管理局とやらがどれほどの組織か知らないが、今頃監視体制が敷かれているのは間違いない。幸い、今のところ追手の気配は感じないが――まったく、つくづく面倒な事になったものだ。こっちは正気を保つにも一苦労だというのに。
「光、いいの……?」
 そこで、今まで黙っていたフェイトが、泣きそうな顔で言った。
「何がだ?」
「これで、光も管理局に追われる事になるんだよ?」
 まったく、他人の心配などできるような状況ではないだろうに。
「別に魔法使いの組織に追い回されるのは今に始まったことじゃあないからな」
 殺戮衝動に流されたとはいえ、いくらか早計だった気もするが――かといって、あの手合いを下手に信用すると後々面倒な事になる。なのはとフェイトの事もある。この際、不穏因子は可能な限り払いのけておくべきだろう。それに魔法結社に追い回されるなんて今さら気にするような事でもない。それこそ遥か昔、魔法結社が乱立していた時期なんて、日替わりで違う結社に追い回されていたものだ。目的はそれぞれ異なったが、捕獲しようとしてきたのは間違いないし――命を狙われた事も一度や二度ではない。
(だが、時間をかけてはいられないか……)
 殺戮衝動が抑え込められなくなるまで、もう時間がない。その時が訪れるまでにフェイトを救い出せなければ、世界が終わる。……この手で終わらせる事になる。
(フェイトを救うのに、ジュエルシードを集める必要はないか?)
 管理局とやらの狙いがあの宝石なら、それから手を引くというのは選択肢の一つだろう。そうすれば、しばらく邪魔されずに済むかもしれない。
(いや、駄目か。そうすれば、プレシアと接触する機会も失われる)
 アルフの話では、フェイトからの連絡にはよほどの事がない限り応答がないらしい。プレシアと会おうとするなら、成果がいる。つまり、ジュエルシードをいくつか手土産にしなければ、会う事もままならないという事だ。まったく、大した女王様だ。
(俺が持っているジュエルシードを餌にすればいいか?)
 今手元にあるジュエルシードは三つ。たった今フェイトが回収したものと足せば四つ。悪くはないと思うが――昨夜の様子から考えれば、不安が残る。あの時点で、フェイトはジュエルシードを四つ持っていたのだから。それに、
(嫌な予感がするな……)
 プレシアにしても管理局にしても、相手の目的が不明瞭である今、この三つを手放すにはいかない。というより、今の自分にとって切り札となりえるのはこの宝石しかない。
 それに、フェイトを救う以外に殺戮衝動を無力化できる可能性があるとすれば、それはこの宝石以外に考えられないという事もある。もちろん、どこまで当てになるかは分からないが……何であれ、使いどころは慎重に吟味するべきだろう。
「ところで、アンタは大丈夫かい?」
 慎重に周囲を警戒しながら帰り着いた隠れ家で、不意にアルフが言った。
「何がだ?」
 質問の意図が分からず訊き返すと、アルフは困ったような顔をした。
「いや、アタシもよく分からないんだけど……。でも、アンタ最近、何かおかしくないかい? 何か生き急いでるみたいだよ」
 さすがに生き急いでいるつもりはないが――それにしても、なかなか鋭い。これが野生の勘という奴だろうか。
(それとも女の勘、かな)
 どちらにせよ厄介なものだ。思わず苦笑する。
「のんびりしてる場合じゃあないだろ? 邪魔者も増えた事だしな」
「いや、アタシが言いたいのはそういう事じゃなくて――」
 アルフの言葉は聞こえなかった事にして、話を打ち切る。
「さぁ、食事にしよう。これからは買出しもし辛くなりそうだが――まぁ、今日は材料もあるし、お前達の好きなものを作ろう。それで少し気分転換でもしてくれ」
 最後の晩餐としゃれこむにはまだ少し早いかもしれないが――と、声にせず呟く。俺が俺でいられる時間。その限界はすでに見えていた。
 
 ――世界が終わるまで、あと十三日

 
 

 
後書き
さて、いよいよ黒船ならぬアースラ襲来です。
……何やら殺伐としてますが、ここであっさり協力体制が成立するとは少し考え辛いもので。というわけで、これからクロノやリンディさん達にも四苦八苦してもらう予定です。

……それにしても今回、協力体制を結べる気配すらないような?


 
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