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相棒は妹

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志乃「楽しい?」

 志乃が去った自室。俺はベッドに横たわりながら、ついさっきの出来事を頭の中で再生していき――悶えていた。

 あああああ、俺は、俺はなんて事をしてしまったんだ!でも、あの時はしょうがないんだって。あそこで俺に何が出来た?下手に無理な事やって白けたりしたら、俺多分その時点で死ぬ。だったら、一番分かりやすく、一番流れを良くするあの方法しか無いだろ!

 ……もし俺が女子について何でも知ってる青春系男子だったら、『抱く』以外にも何か方法を知っていたのかもしれない。だが、あいにく俺は、彼女いない歴=年齢の悲しい男の子だ。女の子が泣いている場面に出くわした事は無いし、告白された事も無い。実の妹に罵倒され、けなされ、窒息させられ、催涙スプレーで攻撃される事はあったが。

 果たして、そんな妹が目の前で泣いた時、俺が取った行動は『抱く』だった。恥ずかしいとかドキドキするとか、そんな感情は一切なかった。ただ、目の前で泣いている妹をなんとかしたかった。

 でも、そんな勇者な俺はいつまでも存在し続けるわけじゃない。妹が部屋を出て行った五分後ぐらいには、すでに俺は『いつもの』俺に退化していた。

 ああ、あの状況下で感じた一つの事柄といえば、パジャマを着た妹を抱いた感触がものすごく柔らかかったという事だろうか。これ、誰かに言ったその瞬間から俺はシスコン変態野郎にさらに退化するんだろうな。……口が裂けても言わねえよ。

*****

 日曜日。俺は今日録音するのかと思って志乃に聞いてみたのだが、

 「兄貴疲れてるっしょ。今日はオフで」

 とか言って、朝ご飯の納豆を三つかき混ぜて、ご飯の上に乗せて食べていた。

 正直、俺が驚いたのはオフでは無く、志乃が俺を気遣ってくれたという事だった。それがあまりにもびっくりして、嬉しかったので思わず理由を聞いてしまった。

 すると、志乃は納豆を口に付けたまま、嫌そうな顔で呟いた。

 「それはないわー。まぁ、兄貴がそう解釈するのは自由だけど」

 はいはい、返答はそんなもんだと思ってましたよ。

 妹との会話はそれだけで、その後はずっと部屋に籠もってゲームをやっていた。そして、いつの間にか寝てしまい、起きたのが夕方の五時だった。昼飯食い忘れた。つか、誰も起こしてくれないとか、酷すぎるだろ。

 それを母さんに伝えると、

 「だって、肩叩いても平手打ちしても起きないんだもの。別のところはすごかったけどね」

 「母さん、俺を社会的に潰したいの?」

 あまりにも卑劣な言葉に胸を痛めつつ、風呂に入り、いつものように深い息を吐き出す。

 やっぱ風呂最高。例え志乃に暴言吐かれようが母さんとの会話で傷付こうが、こいつがいれば俺は乗り越えられる。これからも頼むぞ。

 風呂にそう語りかけ、満足したところで風呂から上がり、飯を食った。ここにも志乃との会話は無かった。まるで昨日の事が嘘のようだが、これが俺達の関係だ。一日だけ異常な密接があったとしても、兄妹だからこそ変化など多くない。つか、この先の変化って、もうアウトだろ。

 そして、そろそろ部屋に戻ろうかというところで、志乃に録音の日を相談した。

 「志乃、今度の録音の事だけど」

 「明後日で」

 「お、おう」

 決めてあったらしい。ものすごいキメ顔でそう言った志乃に、俺は思わず返答を鈍らせてしまった。

*****

 次の日。俺達は普段と変わりげない日常を過ごす。いや、語彙に間違いがあるな。ようやく手にした『平穏』の日常を過ごす。

 志乃を始め、五十嵐や志乃の友達、初期から仲良くしている男子数人、そして俺を神扱いしてくるほとんどの男子生徒。とはいえ、今やその様子は大人しくなり、男子は気兼ねなく俺に話しかけてくる。その方が俺としてはとてもありがたかった。

 本山はあれからアクションを起こさず、一つの女子グループの中で楽しそうにお喋りしている。何か企んで無いと良いけど。

 その他にも女子はグループが存在しているようだが、男子同様に、皆が仲良いらしい。ただ、『いつメン』ががっちり固定されているだけなのだ。

 俺と志乃のおかげである程度纏まり(?)、最終的に歪な形で収束したクラス。その姿は、他のクラスとは違い、どこか全体的に和気藹藹としていた。

 「兄貴、なんで顔がニヤけてるの?キモくて吐きそうなんだけど」

 お前、俺の後ろの席で見えねえだろうが。

 「私は、兄貴の身体を透視する事が出来るの。だから兄貴の表情も読み取れる」

 「変人まっしぐらだぞ、それ」

 俺はついついツッコみを入れてしまう。身体が勝手に反応してしまうのだ。これには逆らえない。ツッコむと、なんかスッキリするのだ。これって病気なのかな。

 「つか、人の顔で吐きそうとか言うな」

 「私が嘘吐いてるとでも言いたいの?心外ね」

 「そこは嘘だと言えよ!心外なのはこっちだ!」

 「……めんど」

 「あのな、この話題振ったのはどこのどいつだ?」

 そんな俺と志乃のやり取りは、基本誰かに見られている。というか、それはほぼ特定されている。そして、耳の良い俺にはある程度聞こえてくる。

 例えば、ロッカー付近にいる女子グループから。

 「あ、今日も葉山兄妹がやってるよ」「ホント仲良いよねぇ」「いつもいつも飽きないよね、こっちは見てて面白いけど」「でも、葉山さんって絶対お兄ちゃん娘だよね」「分かる!ツンツンしてて可愛い!」

 例えば、教卓付近にいる、否応にも声が聞こえてくる男子グループから。

 「葉山と葉山って似てないよな」「せめて『兄』か『妹』付けろよ」「なあ、葉山妹可愛くね?」「それ、だいぶ前から言ってっから。いっぺん死ぬか?」「絶対彼氏いるだろ」「いやいや、彼氏は兄貴っしょ」

 全く、こいつらは一体俺達を見て何を楽しんでるんだか。理解出来ない。ああ、志乃の方が高評価なのは言うまでも無い。俺、女子の半分ぐらいからは嫌われてるんでね。

 俺が望んでいた徹底的な平穏は消滅したけど、それなりに過ごしやすい学校生活になったのは確かだ。

*****

 火曜日。学校が終わり、俺は志乃と共に家路に着くと、日曜日に言った通り録音のやり直しを行った。俺のパソコンを使うしかないので、編集ソフトをまたダウンロードする。そして、この前と同じ順序で作業を行っていく。

 その間、志乃はヘッドフォンを付けて数十分ぐらい練習していた。まさに前回と同じ絵が出来上がっていた。

 そして、志乃の合図で録音ボタンを押す。約三分の曲の伴奏を、確実に弾き通す。いや、俺からしてみれば確実なのだが、本人次第で何度でも録音するので、最初で合格は無いだろう。

 そう思っていると、曲を弾き終えて録音が終了した際、志乃は少し満足そうにニヤッと笑い、静かに呟いた。

 「いっぱい練習した甲斐があった。これで、十分」

 「え、マジで?」

 「兄貴には変に聞こえた?」

 「いや、そういう意味じゃなくて。この間めっちゃやり直ししたから、てっきり今日もそうなのかと」

 「私を舐めてもらっちゃ困るね。悔しくて練習したんだから」

 さすが負けず嫌い。まぁ、これは最近になって気付いたところなんだけどね。数年間ろくに話さなかった弊害だな。

 というわけで、志乃のピアノはクリア。志乃が「エロ動画見過ぎるから」とボソッと呟いたのを黙殺し、旧式のパソコンで何とか編集を加える。エロ動画はともかく、本当に古いパソコンだからこういう事をするのにも、かなりの時間を消耗する。志乃のパソコンが愛おしくなるぐらいだ。そもそも、俺のパソコンがソフトに対応するのか怪しかったぐらいだ。

 だが、それでもまだ序盤だ。ここで安心するのは早いだろう。俺と志乃は前回と同じくバッグを持ってカラオケ店に向かった。

 店員は見慣れた眼鏡だった。顔見知りという事で、受付で軽い挨拶もそこそこに、決められた部屋に行く。ライトを付け、テーブルに機材をセットしていく。

 その時、志乃が突然話しかけてきた。

 「兄貴」

 「ん?」

 「楽しい?」

 その単発すぎる言葉に、思わず本人の方を向くと、志乃は俺とは目を合わせず、もう一度質問してくる。

 「これ、楽しい?」

 志乃が何を思って俺に聞いているのかは分からない。だが、その問い掛けに対して俺が答える言葉は一つだ。

 それを、自分にも言い聞かせるようにして、口に出す。

 「当たり前だよ。だからこそ、一度壊れてもまだやれるんだっての」

 その言葉に、志乃はやはり目を合わせぬまま、僅かに首をコクリとした。そして、互いに無言のまま準備をしていった。

 「よし、出来た」

 「じゃ、後は俺が歌えば良いんだな」

 俺はカラオケのマイクを取って、いつものように声だし練習を始める。何曲か歌って喉の通気性が良くなったところで、マイクをテーブルの端に置き、ヘッドフォンを耳に装着してマイクスタンドの前に立つ。

 そして、志乃に合図を送り、耳に聞こえてくる曲に合わせて歌い出した。

 一つ一つの言葉を噛まず、それでいて曲自体を噛み締めていく。『歌』という一つのカテゴリーが、人に何を伝えたいのかを考える。その真意を読み取るように、メロディーに合わせて力強く。

 志乃と作品を作る事を知った時、俺は歌うのに必要な事を考えた。それはネットに載っているのかもしれないが、ぶっちゃけ意味は無いと思った。これは、俺が自分で見つけないといけない。そう直感的に感じたのだ。

 そして、悩んだ末に到達した必要な事は――

 歌を好きになる事だった。

 何も、最初からそうとしか考えていなかったわけじゃない。それこそ、歌の意味を考えるだとか、何が何でも音を外さないとか、あらゆる点を確認していった。

 そして、その先に出した答えがこれだった。やはり、歌を歌うのに必要なのは、『好きになる』事、大きく言えば『愛する』事なのだ。

 それを勝手に解釈し、現に歌い続ける俺は、音楽界の中で叩かれる存在なのかもしれないな。

*****

 気付けば、俺は曲を歌い終えていた。ヘッドフォンを取り、志乃に再生をお願いする。

 曲は前奏から始まり、Aメロに入ると俺の歌声が聞こえてくる。初めて聴いた時は恥ずかしい事この上なかったが、今では客観的に聴く事が出来た。

 そして、三分を聴き通して、俺はまだいける気がした。何か具体的な案があるわけじゃない。でもここで終われるとも思えなかった。

 「もう一回、歌っても良い?」

 「良いよ」

 志乃は素っ気なく返すも、どこか嬉しそうな声をしていた。

 再びヘッドフォンに曲が流れ出し、さっきと同じく歌い出す。今度はちゃんと意識して。

 この曲はサビの部分の音が高い。それを一番と二番、最後のサビで繰り返す。それさえ安心出来れば、もう言い残す事は無いだろう。

 さっきの録音で聴いたのも、音ズレは無かった。俺は高い音も低い音も出せるようになったオールラウンダータイプなので、そこに不安を感じる事は無かった。練習した甲斐があったってもんだ。

 曲は一番の峠を越え、二番へと移行する。Aメロでは無く、Bメロから始まり、Cメロの道を辿ってから、再びサビに入る。半分は越えた筈。俺は曲のリズムの手綱を離さないように歌い続ける。

 間奏に入り、マイクから顔を背け、小さく息を吐く。よし、ラストだ。失敗は無い。そんな事考えてるヒマあったら、成功に耳傾けるまでだ。

 やがて曲は志乃の伴奏で締め括られ、俺はヘッドフォンを外してさっきと同じように志乃に録音した内容を聴かせてもらう。

 それを最後まで聴いて、俺は今まで閉じていた口をゆっくりと開き、結論を出す。

 「これで、行こう」

 そう言った時、俺は前回以上の達成感を身体全身から味わった。

 一度壊されて、また歌い直して、今度こそ納得のいくものが出来た。投稿後のユーザーからの反応も気になるが、それ以上に今の自分を愛でる方が先だった。

*****

 家に帰ったのは、まさかの一九時だった。父さんは帰っていなかったが、母さんからは少しお咎めをもらってしまった。

 志乃と俺の部屋に戻り、機材をバッグに入れたまま置いておく。そして、一緒に一階に下りると、母さんに風呂を急かされた。そこで、志乃が先に入る事になった。

 だが、風呂場のある部屋に行ったところでこちらに振り向き、俺に手招きしてきた。何事かと近付いてみると、志乃が少し照れくさそうに言葉を発した。

 「一緒に入る?」

 ……俺は今、ドッキリにでも掛けられているのだろうか。

 あの志乃が、何故か俺に混浴を勧誘してきた。これは日本に宇宙人が襲来してくる以上に大ニュースになる事だろう。特に、家族内で。

 というか、いきなりその展開はあり得なさすぎる。何がどういう理由でそんな状態になった?一体俺と志乃の間に何があった?いや、何も無い。帰りだって、いつものような下らない話しながらのんびり歩いていただけだ。

 ならば、これはドッキリに違いない。きっと母さんと前もって連絡でもしたんだろう。そうだ、これは嵌められているだけだ。

 だとすれば、俺がここで取る道は一つしかない。

 「ああ、じゃあ入るか」

 ここは、あえて話に乗る。そして、耐え切れなくなった志乃に謝罪を要求する。けっこう大人げない話なのだが、ここは現実を見てもらわなきゃな。俺はそんなに甘い人間じゃないんだよ。

 だが、次の妹の顔を見て、今までの俺の考えは単なる妄想に過ぎなかったのだと実感させられる事になる。

 「……冗談で言ったのに、まさか笑顔で返されるなんて。兄貴、変態すぎる」

 「……」

 「……」

 「……え」

 「……いや、冗談だから。兄貴と入るとか、日本に宇宙人が襲来する以上に危険な事でしょ」

 「……はい」

 そう言ってリビングに戻ると、そこにはいつもの景色が広がっていた。カラーボックスを頭に乗せながら夜飯のうどんを食べるばぁちゃん、夜飯の準備を進める母さん。俺がいつも目にする、平和そのものだった。

 今のは無かった事にしておこう。志乃の悪戯、ホント性質悪いなー、はっはっは。

*****

 風呂に入って疲れを取った後、夜飯を頂き、自室に戻ると、すでに志乃が機材の準備を終えていた。俺より早く風呂に入り、飯を食い終わった志乃は、勝手に俺の部屋でセッティングをしていたのだ。

 俺を見ると、無言&無表情で手招きをしてくる。いや、もう部屋の目の前にいるんだから、そんなんやらなくても大丈夫だし。

 とか思いながら、俺も何も言わずにそちらへ向かうと、志乃が顔色を変えぬまま、淡々と言葉を吐き出した。

 「とりあえず、投稿準備出来た」

 ここでまず安心したのは、志乃がまたとんでもない事を言わなかった事だ。つか、さっきのは一体何だったんだ……?

 「えと、それで何時にすんの?」

 「今」

 「なるほど」

 パソコンの画面にはすでにガヤガヤ動画の投稿ページが映し出されており、自分で編集を終わらせたのか、作品のファイル指定がされている状態だった。

 「兄貴、投稿の部分押して」

 「俺が?」

 「それとも私がやろうか」

 「い、いや。俺がやる」

 俺はマウスを持って、『投稿』の部分にマウスポインタを置いたのだが――テーブルに置かれていた志乃の右手を、マウスを持っている俺の左手の甲に乗っけた。

 「え?」

 志乃は少しばかり驚いた顔をしたが、俺は特に緊張もせず、思った事を口にした。

 「お前だってこれの作成者なんだから、一緒に押さなきゃダメだろ、やっぱ」

 「……あっそ」

 やはり素っ気ないものだが、俺は別にそれでも良かった。ただ、自分一人で全てを終わらせたくは無いのだ。これは、俺達の作ったものなんだからな。

 志乃のややひんやりとした手が、左手を覆い被さっている。そして、俺は軽くクリックし、画面の表示を変えた。

 数秒後、パソコンはのんびりと画面表示を終え、そこに『投稿完了しました』の文字を浮かび上がらせた。だが、すぐには実感が湧かず、俺は愚か、志乃までしばらく固まったままだった。

 「投稿、出来た?」

 突然志乃の声がして、俺はビクッとするが、直後に届いた投稿完了メールを見て、それが上手くいった事を知った。

 「……やった」

 思わず声に出してみた。実際のところ、直後に感動が生まれては来なかった。だが、それは結果が見えていないからの話であり、投稿が出来たのは紛れもない事実だった。

 「よっしゃああああ!終わったあああああ!」

 俺は純粋に嬉しくて、ベッドに仰向けのまま飛び込み、伸びをする。この達成感。ハンパじゃない。ここまでやって来て本当に良かったと、改めて思う。

 その時、志乃が「あっ」という声を出したので、俺は志乃に何事か聞いてみる。

 「どした?」

 「兄貴、これ見て」

 俺はベッドから起き上がり、テーブル上のパソコンに目をやる。すると、そこには『歌い手』の『投稿日時が新しい順』で検索された結果が出ていた。勿論そこには俺達が投稿した作品が載っている。しかし――

 「これは……」

 「まさか、直後に同じ曲を投稿してくるなんて」

 志乃は、少し顔を引きつらせながらそう言った。

 今、その検索欄の一番上は、俺達ではない。俺達と同じ曲を投稿した投稿主の作品だ。しかも、投稿したばかりだというのに、パソコンのページを更新させるたびに再生数が増え、俺達の作品のものをあっさり抜かしてしまった。

 「マジで?」

 「……」

 俺はその状況に驚きが隠せず、苦渋の言葉が出る。いや、しょうがないだろ。だって、数多くある曲の中で、まさに同じ曲を同じ時間帯に投稿して、俺達より稼いでるんだぜ?そんな皮肉なミラクル、俺は想像してなかったよ。

 と、なんとなく隣の志乃を見てみると、そこには苛立たしげな顔をしている志乃がいた。目が合うと、志乃は顔を近づけてきて、一言発した。

 「拡散、して」

 その声には、俺の予想通り憤懣の念が込められていた。無理ない話だ。なにせ、同じ立場、状況下であるにも関わらず、相手の再生数の方が圧倒的に多いのだから。志乃からして見れば、完全な挑発だろう。

 「兄貴」

 そこで、俺は考えるのを止め、志乃の言われた通りにした。

 携帯を取り出し、ツイットーのアプリを開いた。拡散と言えば、SNSの他は無いだろう。元々ツイットーはやっていたので、使い慣れてはいたが、新しいアカウントを作るのは初めてだった。

 別に本垢で拡散しても良いかなと思ったのだが、現実の奴に知られてもつまらない気がしたので、あえて新垢を作る事にしたのだ。

 「兄貴、ツイットーやってんの?」

 「まあな」

 「私もやろう」

 「頼む」

 俺は新垢のアカウントのアドレスやハンドルネームを考える。まず、ハンドルネームはどうしようか。

 「志乃、俺のハンドルネーム付けて」

 「葉月」

 「えっと、なんだそれ」

 「葉山伊月の略称」

 「……あ、確かに」

 なんか現実にもありそうな名前だったので、俺はそれにした。しかも、何故か気に入りそうな始末である。これなら改名しなくてもやっていけそうだな。

 アドレスを適当に打って、表示されたユーザーを片っ端からフォローしていく。そして、フォロー数が百人にいったところで、コメントを打つ事にした。

 志乃も携帯でツイットーをインストールし(これまでやった事が無かったようだ)、アカウント設定をこなしていく。志乃は『シノ』にしていた。まぁ、分かりやすいし、可愛らしくて良いんじゃないのか。

 それを横目で見つつ、俺は初ツイートの内容を考える。そして、数十秒迷ったあげく、文字を打ち始める。その様子を見た志乃は、少し不機嫌そうな顔をする。

 その内容は、

 『ガヤガヤ動画に初めての歌い手動画を投稿しました。相棒は妹です』

 それを覗き見していた志乃は、どこか不満そうな口ぶりでボソッと言った。

 「私は兄貴の相棒じゃない。兄貴は私の引き立て役」

 だが、それでいてどこか嬉しそうな笑みを浮かべていたのも事実だ。俺はその表情を承諾と受け取って、画面のツイートボタンを優しく押した。

                                     〈終〉 
 

 
後書き
これにて『相棒は妹』本編は完結しました。これまでご覧下さった方々、感想などで応援して下さった方々、本当にありがとうございました。
内容的に納得出来ない場面、描写がありましたら、それは作者である自分の鍛錬不足です。これから精進していきますので、これからもお付き合いいただけたらなと思います。よろしくお願いします。 
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