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Ball Driver

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第四十六話 譲らず

第四十六話



カキィーン!

甲高い音が響き、猛烈なライナーがセンター前に弾む。

(とりあえずは、これで)

楠堂はセンター前ヒットならいつでも打てると言うかのような涼しい顔をしている。
打たれた権城は二回の表の先頭打者を出して苦笑い。この回もランナーを背負う。

カツン!
「ファースト!」

送りバントで一死二塁。初回のゲッツーの反省を生かしてか、今度は堅実な攻めで先取点を奪いに来る。

カァーン!
「ちっ!……また正面か」

しかし、権城に対してここからが続かない。そこそこ良いあたりはするのだが、6番7番と続けて強い当たりの内野ゴロに仕留められる。

「おい松山、今の捕り方怪しいんだよ。もっと安心できる捕り方しろよ」
「いてっ!いやいや、今のファインプレーじゃないっすか!」

ゴロを捌いた松山を蹴飛ばしつつベンチに戻る権城。初回から南十字学園の内野手は非常に良い動きを見せている。

(……こうも強い当たりが続くってのも、それが守備範囲に飛ぶってのも、何か不気味だよなぁ)

前島監督は頬杖をついていた。


ーーーーーーーーーーーーーー


ブン!
「ストライクアウト!」

その裏の攻撃は四番のジャガーから。
しかし、最上級生となって安定感を増した飛鳥の前にあっさり三振に倒れる。飛鳥の背中には背番号1。晴れて帝東のエースになった飛鳥がそこに居た。

「左のアンダースローかぁ〜。こんなの初めてだなぁ。」

上々の立ち上がりを見せている飛鳥に、五番打者の拓人が相対する。飛鳥の流麗なアンダースローの物珍しさに、拓人はキラキラと目を輝かせていた。

ブン!
「おぉ、めちゃくちゃ曲がったァ!」

初球の変化球を豪快に空振りした拓人は、ずり落ちたヘルメットを直しながら驚きの表情。まるで初心者のような挙動である。

「あー、もう!何て無様な空振りなのかしら!」

南十字学園ベンチでは茉莉乃が、(自分も相変わらずシンカーで三振した事は棚に上げて)拓人の空振りに文句を言っていた。
権城は呆れ顔の他の選手とは違い、期待を込めた視線で拓人を見つめる。

(確かに拓人はまだまだ全てにおいて粗っぽい。でも高校まで野球してなかった奴があんなフルスイング、やろうと思ってもできるか?そしてあんだけ、前向きでイキイキしてる奴他にいねぇよ。こいつには賭ける価値があるんだ。)

権城の心の中の呟きなど知らない拓人は、二球目にも手を出していく。
そのボールは、初球と同じ変化球。

「また曲がった!?」
カキィーン!

拓人のフルスイングは、今度は高い音と共に白球を遠くにかっ飛ばした。弾丸ライナーはレフト線に弾む。

「あっ!?そっち!?」

しかし明らかな長打コースであるのにも関わらず、打った拓人本人が自分の打球を見失った為に走りだすのが遅れた。強烈な当たりだったが、結局シングルヒット止まりとなる。

「気が抜けてるぞ、拓人!しっかりしろ!」

ベンチから姿の声が飛び、一塁ベース上で拓人は恥ずかしそうに頭をかく。

(顔はライト方向、なのに打球はレフトへ。そして打った本人が一番びっくりしてやがる。こいつ、面白いんだよなー。そして相手からしたら怖い。普通、あんだけタイミング合わなかった球に対して一球で対応してくるとは思わねーよ。)

権城は満足げに頷きながらサインを出していた。




<6番ファースト渡辺さん>

神奈子がしなやかな体をアピールするかのように、大きく背中を反らす仕草をして打席に入る。ナイスバディも高校生離れしているが、余裕たっぷりの自信に溢れた表情も只者ではない。

(何かこいつ、癪に触るんだよなぁ態度といい乳のデカさといい……)

マウンド上の飛鳥も、神奈子に対しては闘志剥き出しである。バットをベース方向に倒した懐の大きな構えを崩そうと、インコースを果敢に突く。

(おいおい、そんなにインコース突いちゃうと凸凹の多いミセスの事だからデッドボールになっちゃうぞー?)

熱くなる飛鳥の様子にニヤリとしながら、権城はサインを出す。権城のサインに対して、神奈子は優雅な笑みを返した。



ザッ!
「走ったー!」

次の球、一塁ランナーの拓人がスタートした。しかし拓人、左ピッチャーを相手にして、スタートが恐ろしく悪かった。

(打つ!)

飛鳥の投じた球は外に大きく逃げるスライダー。神奈子は大きな構えから、コンパクトに軽打。右手一本でそのスライダーを拾い上げた。

カン!

バットの先に当たった打球は、フラフラとサードの頭を越える。拓人はそれを見て三塁へ。スタートは悪かったが、拓人の足は速い。ショートの佐武が転々とする打球を捕った頃には既にヘッドスライディングで三塁に飛び込んで、一死一、三塁を作り出した。

(ふぅー助かったー。インコースが続いてたからエンドランかけて、ライトに引っ張らせて一、三塁を作ろうとしたんだが、さすがに勝負球は外のスライダーかぁ。ミセスが良く当ててくれたよ。空振りしてりゃ、あのスタートなら拓人もアウトで三振ゲッツーだぜ。そして結果的にキッチリ一、三塁を作り出してくれた。)

権城は神奈子にOKのハンドサインを送った。神奈子は、これくらい出来て当然とばかりにすました顔をしていた。



(あのサザンクロスが足を使ってきた……やっぱり権城は、夏までとは違うチームを作ってきたという事ね)

飛鳥は滲んできた汗をアンダーシャツで拭った。快調な初回とは一転してピンチを背負った飛鳥。しかし、ここからのピッチングが夏までとは違う。

バシッ!
「ストライクアウト!」

夏は気持ちが空回りして打たれたが、秋はしっかり落ち着いて、闘志をプレーで表現できるようになった。7番の隆史、8番の佳杜を連続三振で、このピンチをしのぐ。



「……さすがに、二回で崩れちゃあくれねぇか」

権城は不敵な笑みを浮かべ、飛鳥と入れ替わりにマウンドに向かう。飛鳥と違い、権城の態度は実に飄々と、マウンドを楽しんでいた。

 
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