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愛は勝つ

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第一章


第一章

                     愛は勝つ
 松本尚志は非常にひ弱な若者である。
 ひょろ長く痩せこけている。古い言葉を使うならばもやしっ子である。髪型も顔立ちも地味でそれが余計に彼を貧相なものに見せている。
 もやしそっくりだがもやしとさえ呼ばれないこれには理由があった。
「もやしはあれで凄いんだ」
 誰かが言った。実際にもやしというものは栄養があり栽培していても逞しい。そもそもが大豆なのであるからそれは当然と言えば当然である。
 そんなもやしより弱いとされている彼の趣味は本を読むことと音楽を聴くことだ。その為文学や勉強にはかなり強い。しかし運動やそうしたことはからっきしであった。
 格闘技なぞ考えたこともない。そもそも喧嘩とかそうしたこともしたことがないのだ。
「やっぱり僕はさ」
 彼は通っている高校の図書館にいることが多い。そこでいつも本を読んだり勉強したりしているのである。この日もそうでクラスメイトと話をしていた。
「こっちの方がいいよ」
「いいんだ」
「うん。何かさ」
 笑って述べる。笑ってはいるが達観した笑いであった。
「身体動かすの苦手だし」
「だから本を読んでいるだけでいいのか」
「そうだね。それで充分」
 そう答える。その手にはサイエンス雑誌がある。
「それでもいいよね」
 小声になるのは図書館の中にいるからだけではない。自分の言葉に少し自信がないのである。それが見える小声であった。
「別にさ」
「まあな。しかしよ」
 クラスメイトの日下部真はここで彼の顔と身体を見た。濃い青の詰襟の制服からもそのひ弱な身体がわかる。実際に制服の下はガリガリの身体があるだけである。
「身体は少し位動かした方がいいぜ」
「わかってるけれどね」
 力のない笑みで応えてきた。
「どうにも」
「どうにもかよ」
「うん」
 やはり小声で力がない。その必要性は自分でも感じているようであるがそれでも嫌なようである。それが態度でもすぐにわかる。
「どうにかなるだろうし」
「まあ得手不得手には誰にもあるな」
「そうだろ?だから僕だって」
「けれどよ」
 ここで真はまた言う。
「御前それじゃあ女の子にあまりもてないぜ」
 これは冗談めかした言葉であった。しかし真実も語っていた。
「やっぱり女の子ってスポーツできる奴に目がいくからな」
「短歌とか俳句じゃ駄目なんだ」
「駄目だろうな」
 それはすぐに駄目出しされた。
「やっぱりよ」
「だけれどそれでもね」
「本当にそういうの嫌なんだな、御前」
「うん。否定しないよ」
 それを自分でも認める。
「誰かさ、一緒に本の話とかしてくれる人がいたらいいんだけれど」
「頑張って探せ」
 思いきり突き放されてしまった。
「そういう女の子をな」
「やっぱりそれしかないのかな」
「だってそうだろ?」
 真は言う。
「好きな本だって自分で見つけるしかないだろ?そういうことだよ」
「そういうことなの」
「それは自分で探せ」
 真の言葉は突き放したものであった。
「それしかない」
「そういうものなんだ」
「当たり前だろ?出会いとかそういうのは大抵は自分で見つけるしかないものさ」
「こうして図書館で本読んでるだけじゃ駄目なんだ」
「まあそれでも見つかる場合はある」
 言葉は少しあやふやなものになっていた。しかしそれでも彼は言う。
「けれどそれでも見つけるのは自分なんだよ」
「何かよくわからないけれどわかったよ」
 尚志は答える。要領を得ていない答えであったがそれでも答えたことは答えた。彼にはどうにもわかりにくい話であった。
 それから暫くの間そのことについて考えていた。どうすればいいかというと結論も出ないままであった。そもそもそれがどういったものかあまり、いや全くわかっていなかったのだ。
 
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