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Ball Driver

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第四十話 思いの外

第四十話


カーン!
カーン!

少ない人数にも関わらず、打撃ケージを四つも使い、マシン相手に打ち込む。打球は鋭く飛んでいく。

「……やっぱり、少し小粒にはなりますよねー」
「そこは仕方ないよな。三年生がだいたい大物打ちだったし、今は一年生ばかりだし。」

その打撃を少し離れた所で見つめながら、権城とジャガーが話していた。二年生が二人しか居ない以上、この二人で引っ張っていき、チームを指導していくしかない。あのDJ監督形代はというと、礼二が卒部してからはあまり野球部に顔を出さなくなっていた(すごく朗報である)。

「でも、少し粒のデカさを落とした方が、線としてつながりやすかったりするんだぜ?三年生はプライド強い人が多かったし、穴もその分多かったしな。一年生の方がその点、楽しみじゃないかな。」

権城は期待を込めた熱い視線を注いでいた。


ーーーーーーーーーーーーーー



「この日差し、湧き上がるリビドー、それを表現するには、この髪では少し長すぎるわ。もう少し、軽くしてちょうだい。」
「はい、奥様」

練習の休憩中のベンチで、15歳とは思えないほどの艶めかしさを持った、少女ではなく“女”がいる。女に命じられて、金髪に青い目、華奢な体の少女が女を散髪用のシートで包み、器用に女の黄緑の髪を切っていく。背中の曲がった少年は、何も言われずとも下に落ちた女の髪をちりとりで掃いていた。

「……あ、あのー、君たちィ?」

この光景を目の当たりにして、権城の表情は凍りついている。

「あら、どうされました?」

女は流し目で、やたらと色っぽく権城を見る。権城は一瞬鼻の下を伸ばしたが、すぐに自分自身にビンタを食らわせて正気を取り戻した。

「いや、どうしたもこうしたもねぇよ!何してるんだよ君たちは!」
「何って、見ればお分かりになりません?この灼熱のグランドに合わせた、モデルチェンジですわ……」
「あぁ……そうなんだ……それは楽しみ……じゃねーよ!エロい目つきしたら許されるとか思うなよ!休憩つったって5分しかないのに、そこで髪切ってどーすんだよ!」
「あら、お堅いのねぇ……」
「だーっ!またエロい目したー!それやめろ!許しそうになる!」

権城を翻弄しているこの女は、一年生の渡辺神奈子。エロさと奇行が目立つ、超然とした、一応女子高生である。
それに付き従っている金髪の少女はシモーヌ・アラゴン、猫背の少年は題隆史という。この三人は高校からの編入生で、プロフィールも奇特だ。神奈子は15歳にしてグラントネール財団のレオン渡辺の嫁であり、一言で言えば超のつく金持ち。シモーヌと隆史はその付き人で、神奈子には雇われているという身分である。女子高生が人妻というのもイカれてるし、その女子高生が超金持ちで港に浮かぶクルーザーに住んでるというのはもっとイカれている。

「……何だかんだ、癖のある人が集まってくるんですねぇ。ミセス渡辺の資金援助のおかげで、短期間のうちに練習環境があり得ない程に充実したのは嬉しいですけど。」

神奈子に翻弄される権城を見て、ジャガーは苦笑いしていた。


ーーーーーーーーーーーーーー


カン!
「ほい!ファースト!」

高校生の部活なのに、南十字学園の野球部には練習のお手伝いさんが来るようになっていた。プロの練習補助の仕事をしている連中を神奈子が何人か引き抜いてきたらしい。今の年収の三倍ほどの条件を出してやれば、仕事内容が高校生の手伝いだろうが余裕だそうだ。これもまた、凡人には全く想像もつかない世界である。

「サード!」
カン!バシッ!
「おっしゃ!送球まで完璧!」

松山がモブキャラながら、軽快な動きでノッカーのゴロを捌き、糸を引くような送球を決めて調子に乗っている。松山の守備は案外上手い。モブキャラの癖に。

(一年生達、思いの外守備が上手いんだよな。動きのキレも、スローイングも良い。中等科の硬式が、姿を中心にした守りのチームだったのかな。地道に練習しなきゃできないはずの、基本的な堅実なプレーができてる。気まぐれな三年生達は、センスはあって下手では無かったけど、ここまで丁寧にはできなかった。)

お手伝いさんのおかげで効率良く進む守備練習の様子を、権城は球場の外をランニングしながら眺める。一年生達にももちろん、個性はある。だが、この守備を築き上げてきたその精神性を推察する限り、気まぐれでいい加減で粗暴な三年生(別に紅緒とか哲也とか譲二とか月彦だとは言ってない)より、チームにまとまるのが早そうである。


「せーんぱいっ♪ペースが落ちてますよっ」
「ご自分の練習も忘れないようにして下さいよ」
「……サボってる」

拓人、姿、シモーヌの三人が権城に追いついてきた。この三人は、権城と同じランニングをこなす投手陣。もちろん、それぞれに魅力がある。

「おう、悪い悪い。じゃ、アゲてこうか!」
「ちょっとー!?いきなり速くなったー!?」
「……」(姿は黙って走るペースを上げた)
「……もう、暑いのに……」

炎天下を勢い良く走っていく権城の背中を、三人は追いかける。
苦しいはずなのに笑顔が弾ける、これもまた青春の一ページ。

 
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