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Ball Driver

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第二十七話 刺客

第二十七話




東東京大会の本命は帝東。昨夏、今春と二季連続出場中で、今春選抜ではベスト4にまで進出した。昨夏の経験者を中心に、着実に力をつけてきた。平均身長178cmの大型打線は今年も筋骨隆々。4番捕手で主将、大黒柱の大友賢三(3年)を中心に、榊原正人(3年)、佐武星矢(2年)らスラッガーを並べ迫力満点。そこに新戦力として187cnの楠堂葵(1年)が加わり、打力は昨年を大きく上回る。投手陣はエース浦中良太(3年)、左アンダーの神島飛鳥(2年)らの完投能力のある投手同士で繋いでいく。守備もエラー少なく、前島四夫監督の自信作に仕上がった。

対抗に上がるのは杏京一。秋春はベスト4止まりだが、エース太田川光(3年)の圧倒的投球で帝東を沈める可能性もある。コンディション良く太田川を帝東にぶつける為に、どれだけ打線の援護で序盤を楽に勝ち上がれるかが鍵になる。昨年からレギュラーの木野成海(3年)の奮起を期待したい。

ダークホースには、都内から南下する事遥か彼方、離島からやってきた南十字学園が面白い。一昨年からブロック予選などの序盤戦を圧倒し、ファンの間で話題になっていたが、今春はついに都大会でも決勝進出。準決勝では西地区の吉大三を圧倒した。大黒柱はMAX149キロ、通算58本塁打のエースで4番・品田紅緒(3年)。1年からエースで4番、公式戦通算打率は6割を越える。小柄だが、パワフルな投打を見せつけ、他にも遠藤紗理奈(3年)、本田譲二(3年)、楊茉莉乃(1年)など強打者がズラリ。練習不足によるプレーの大雑把さ、粗っぽさが命取りになる気配はするが、戦力は帝東にも引けをとらない……


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「なぁーんであたしたちがダークホースなのよぉー!せめて対抗じゃないのォー!?」

スポーツ新聞を広げながら、紅緒がやたらとエロい唇を尖らせた。

「すごく妥当な評価だと思いますけどね。何せ練習週三なんだから。」
「はぁ!?練習なんてねェ、下手くそがする事なのよ!しなくても強いからやらないだけじゃないの!」

相変わらず暴論を吐く紅緒に、権城はこりゃダメだと諦める。むしろ、この紅緒なのにあの冬の日以降、毎日10キロ走ってきた事の方を褒めたくなった。

「ま、この夏に勝てば、みんな分かるだろ」
「勝つって、どこまで?」

尋ねた哲也に、譲二は自信満々に、分厚い胸板を張って答えた。

「決まってるじゃねぇか!もちろん、優勝だ!」

権城はズッコケたくなったが、しかし、甲子園が夢になった事に手応えも感じた。昨年の段階では、それは“夢”ですら無かった。
もしかしたら、この夏は--
夢を見れるかもしれない。


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カァーーン!
「また行ったァー!」
「こりゃ確かにすげぇぞサザンクロスー!」
「帝東食っちまうかもなァー!」

スコアボードには5回の時点で20点目が刻まれる。南十字学園の初戦は、Aシードなので三回戦から。一応二つ勝ってきた相手に対しても、南十字学園の猛打が大爆発。安打数は23本で、長打は11本。ホームランも4本飛び出るド派手な試合運びをしていた。

「……なんつー粗っぽさなんだか」
「本当にな」

次々と得点してはしゃいでいる南十字ナインを眼下にして、呆れたように呟いている少年たちが居た。制服は南十字学園のものではない。頭には、ツバが曲がり角ばった型のついた野球帽。
次戦で南十字学園と対戦する都立高校・大山台高校のものである。

「ま、ここで気の済むまで打って、打ち疲れてくれりゃあ良いよ。……そうした方が、こいつらの思い出にもなるだろうしな」
「そうそう。次も同じようにいくと思ったら大間違いだぜ。」

2人とも不敵な笑みを浮かべていた。
もちろん、グランドの中の南十字学園ナインは、そんな事には気づいていない。



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「今日の相手は大山台か。」
「4回戦は日弦かと思ったのにな。」

初戦を勝って迎える4回戦。相手はDシードの日大弦ヶ丘を下して勝ち上がってきた都立高校・大山台。グレー生地のユニフォーム姿は、女の多い南十字学園並に小ささが目立つ。

「去年の事もあるし、夏は4回戦が鬼門かと思ってたけど、たまたま勝ち上がってきたような相手じゃまず心配ないか。」

呑気な事を言う権城に対し、ジャガーが表情を引き締めて言った。

「勝負事に油断は禁物ですよ。」


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<1回の表、南十字学園の攻撃は、1番ショート合田君>
「よーっしゃ行くぜぇー!」

哲也がいつも通り、打ち気満々に右打席に入る。初戦ではホームランも放って、1番打者ながら長打力もある。

(またまた、飢えた動物みたいな顔しておいでなすった)

マウンド上で不敵に笑っているのは、南十字学園の初戦をスタンドで見ていた、あの少年の片割れだった。身長は170センチちょうどで、横幅もそんなにはない。凄みはなく、特徴と言えばサウスポーである事くらいか。

(ま、作戦通りにいきますか)

捕手のポジションでミットを構えるのも、偵察に来ていた少年の片割れ。
投手は織田幹雄、捕手は都築時夫と言う。



織田が振りかぶる。哲也がタイミングをとる。
試合開始のサイレンが鳴り響いた。

カキィーン!

バットの高い音が響いた。


ーーーーーーーーーーーーーーー



哲也の打球は一塁側のファールゾーンに飛び込んだ。

「何だ、遅くてタイミングズレちまったよ」

哲也がバカにしたように笑う。織田の初球は120キロのストレートだった。
そしてバカにしたように笑っているのは、織田も同じだった。

(際どいストレートに飛びつくように手を出してくれるなんてありがてぇなぁ。俺たちの見込み通り、こいつ球の見極めくっそ悪いぜ。)

織田が2球目を振りかぶる。哲也は相変わらず打ち気満々。
ボールは先ほどと同じようなコースに同じようなスピードで飛び込んできた。

ガキっ!
「あーちくしょー!」

手を出していった哲也のバットの先っぽにボールは当たり、ボテボテとピッチャー前に転がった。
織田は余裕を持ってゴロを捌き、ワンアウトをとる。

(さっきより少しボール気味に外したストレート。思惑としちゃ、これをファールにさせて追い込んでからカーブで三振だったんだが……)

キャッチャーの都築は織田と目を合わしてニッと笑う。

(こいつ、想像以上にチョロいぞ!)






<2番セカンド良くん>
「……全くあのアホはボール球ばかり振って……」

哲也に文句を言いながら左打席に入る銀太。この光景ももはやお馴染みである。

(良はバットコントロールも良いし、合田ほど簡単なバッターじゃない。そうそう空振りはとれないだろう。サザンクロスのチャンスも、こいつから作られる事の方が多い。)

バシッ!
「ストライク!」

織田の初球はインコース、懐を抉るようなストレート。良は身を引いて見送った。

(空振りが取れないなら、詰まらせるまでよ。織田にはそれができるコントロールがある。)

都築がミットを構える。織田はサインに頷いて投げ込む。

ガキッ!
「チッ」

アウトコースは見せ球だけ。インコースで勝負して、最後はシュートに詰まらされて銀太はセカンドゴロに倒れた。

(左対左なら、普通は対角線のアウトコース攻めだと思うだろうな。でも織田は左のインコースにも投げられるんだよ。)

都築が不敵に笑う。
しかし、南十字学園打線はここからが問題なのである。

<3番センター楊さん>
「なーんでアタシの前にランナー出てないのぉ!?ホント役に立たないんだからァ!」

大声で悪態をつきながら茉莉乃が右打席に入る。実にウザいが、しかし文句を言わせない程の活躍はしているのがまた憎い。

(120そこそこのピッチャーでしょぉ?左で投げてるだけじゃないのよ。情けないわねぇ)
カキィーン!

茉莉乃は初球からフルスイング。
捉えた打球は鋭いライナーとなって吹っ飛んでいく。

だが……

パシッ
フェンスに張り付くように守っていたレフトのグラブに計ったようにボールは収まった。

「あー!?ホームランかと思ったのにー!」

一塁を回った所で大声で嘆く茉莉乃。
チェンジとなってベンチに戻る織田はグッと拳を握ってガッツポーズした。

(アウトローを強引に引っ張り込むような奴には分からんだろうな、今の球が微妙に沈むツーシームだって事が。そうやって“惜しい”外野フライ、あと4本打っとけ!)

普通の都立高のバッテリーが、春季大会準優勝、初戦4本塁打20得点の打線を三者凡退に抑えた。狙い通りのピッチングという事から、たまたまではないことが分かる。
このバッテリーは、1年から出場経験のある強かなバッテリーなのである。
日大弦ヶ丘に勝ったのも、けしてまぐれではない。

(確かにスラッガー揃いの打線だ。でも穴も多い。そして強打に頼ってきた荒っぽいチームが抑え込まれた時、キッチリ守備で粘る事ができるかな?)

ベンチに帰った都築は、守備の流れが攻撃に繋がる事を期待する。大山台は典型的な守備からリズムを作るチームだ。この三者凡退の流れが攻撃に波及し、先制点でも取れれば……

バシッ!
バシッ!
バシッ!
「ストライクアウトォー!」
(……そんな簡単な相手でもねぇみたいだな)

都築が苦笑いする、その視線の先には、マウンド上に仁王立ちする紅緒。小さな小さな体の南十字学園のエースが、そこで仁王立していた。




 
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