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分裂

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第二章


第二章

「あの時はね」
「御免なさい」
 すぐに謝るエディタだった。
「あの時は前を見ていなくて」
「いいよ、それはね」
 だがペテルはそれを笑顔でいいとするのだった。
「そんなこと。あの時だってね」
「何でもないの」
「ないよ、全然ね」
 また言うのだった。
「そんなことはね。大したことじゃないから」
「そうなの」
「それよりもそれで」
 そしてここで言葉を少し変えてきたのだった。
「会えたからね。君とね」
「そうね。あの塔の中でぶつかったから」
 それが縁となったのである。
「私達は一緒になれたのね」
「そうだよ。それで今一緒にいるじゃない」
「ティーンの塔の中でぶつかってそれで一緒になって」
「あの時はね。思っていたよ」
 彼はまた言った。だが話の内容が変わってきていた。
「このままずっとこのままだって」
「そうね。ずっとね」
 それはエディタも同じだった。
「私も。ずっと一緒だと思ってたわ」
「共産主義とかは。どうでもよかったんだよ」
 これはチェコスロバキアではそうだったことだ。この国においてはまずチェコ人とスロバキア人の融和であった。その融和がなくしては共産主義も意味のないものだったのだ。
「ソ連軍が来て制圧してくれたこともあったけれど」
「少しだけ覚えてるわ」
 プラハの春だ。一九六八年のことである。
「あの時のことはね」
「戦車が来てこの街を制圧して」
「お父さんもお母さんも物凄く嫌な顔をしてたよ」
「パパもママもそうだったわ」
 チェコスロバキアは決死の思いで立ち上がったのだ。これはハンガリー動乱の時と同じである。なおこの時にソ連を『平和勢力』と賛美していた日本の自称知識人達がいたがその領袖の一人である大内兵衛なぞはハンガリーを『百姓国』と罵りプラハの春では沈黙していた。ソ連が平和勢力かどうかなぞそれこそ満州でわかることである。彼等はそれを覆い隠し国民を欺いていたのである。それは社会党にしろ同じである。こうしたそれこそシェークスピアも唖然としサルドゥすら腰を抜かすような卑劣漢達が大手を振って公の場を闊歩し『良識派』ともてはやされていたのがソ連崩壊前の日本である。恐ろしいことにこれが現実の話なのだ。
「物凄くね」
「僕はね、確かに共産主義は嫌いだったよ」
 これはペテルの本音だ。
「けれどね。それ以上にこの国が分裂するのはね」
「嫌だったのね」
「チェコ人もスロバキア人もないよ」
 彼はまた言った。
「一緒にいたいんだよ。ずっとね」
「私となのね」
「民族自決、それはいいよ」
 その理念自体はということだった。
「それはね。けれどこの国が分かれたら」
「パパとママだけれど」
 エディタは自分の両親のことをここで話した。二人で教会の塔を見続けながら。
「スロバキアに帰るって言ってるわ」
「そう、祖国にね」
「プラハは好きだけれどそれでも祖国はそこだから」
 スロバキアということだった。
「だから帰るって言ってるわ。もうね」
「帰るの。お義父さんとお義母さんは」
「それで周りの人が言ってるらしいのよ」
 話がここで動いた。
「私も。スロバキアに帰ったらどうかって」
「スロバキアに?ってことは」
「貴方はチェコ人じゃない」
 このことは隠せないことだった。エディタがスロバキア人であるのと同じように。それはどうしても隠せない確かな事実であった。
「だから。一緒にいるのはどうかって」
「そうなの」
「私はスロバキア人」
 自分でも呟くエディタだった。
「これは事実よ。隠せないわ」
「そうだね。それはね」
 ペテルも頷くしかないことであった。
「けれど僕は」
「私も。けれど私は」
 どうしてもなのだった。チェコとスロバキア、二人の国はそれぞれ違っている。このことはどうしても消せなく隠せない。何を出そうとも。だからこそ今この国は分裂しようとしているのだ。
「少し考えさせて」
「どうするの?考えるって」
「旅に出たいわ」
 またここで俯いてしまうエディタだった。
「少しだけ。祖国を見てくるわ」
「スロバキアに行くんだね」
「一人でね。行って来るわ」
 それが彼女の考えなのだった。
 
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