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SAO ~冷厳なる槍使い~

作者:禍原
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SAO編
第一章  冒険者生活
  11.第三層フロアボス攻略会議

 俺たち四人が迷宮区最寄りの村《ペクタ》に到着してから二日後。
 今日はついに、《第三層迷宮区最上階のフロアボス攻略会議》が行われる。会議は午後三時ちょうどかららしく、あと三十分に控えた今現在、ペクタ村の中央広場には数十名のプレイヤーたちが集まっていた。この広場には中央にぽつんと小さな井戸があるだけで、長椅子ベンチすらない。プレイヤーたちは各々広場の外周に面する場所にたむろっていた。何故か誰も中央近くに寄ろうとはしない。まるでその場所に来る者は既に決まっているかのように。
 俺たちも周りのプレイヤーと同じように、広場の外周近くにある木のひとつに寄り添い、会議の時間が来るのを待っていた。

「ど、ドキドキしますね」

 ルネリーが期待と不安と興奮が入り混じったといった様子で俺たちに言ってくる。

「こんなにいっぱいのプレイヤーが一ヶ所に集まるのを見るのは初日以来初めてッスからね」

 チマもそわそわと視線を彷徨わせている。

「……この場にいる全員が、ボス戦に参加するんですよね……」

 レイアは堅い顔をしている。恐らくこの大人数での戦闘を想像したのだろう。一ヶ月前に体験した大規模戦闘レイドの三倍以上の人数が一つ所で戦う。以前よりも、より凄惨になるだろうことは想像に難かたくない。

「……レイア」
「え、はい……?」
「逆に考えろ。これほどの大人数で戦うんだ。早々危険に陥ることもないだろう」
「あ……そう、ですね。…………ありがとうございます」

 上手く元気づけることが出来たのかは解らないが、此方に向けて小さく微笑むレイアに、少し安心する。だが言葉にはしないが、今言ったことはまた逆の意味にもなるだろうことは、きっと俺たちの誰もが思っていた。

 ――これだけの大人数で戦わなければ、ボス戦は勝てないのか……と。







「あと十分ッスかぁ……。どんな感じなんスかねっ、ボス戦ってのは!」

 チマがシステムウインドウの時刻表示を見ながら声を弾ませる。緊張し過ぎるのも問題だが、俺としては彼女にはもう少し緊張感を持って貰いたいものだ。

「――失礼だが」

 と、何となしの雑談をしていた俺たちに声をかけてきた者が居た。

「もしかして、君たちは《こういうところ》は初めてなのかね?」
「……ほへ?」

 俺たち四人が同時に顔を向けた先には、一人の男性が立っていた。

「……っ」

 思わず俺は息を呑む。
 別に目の前の男性が異様な格好をしている訳ではないが、彼の真鍮の瞳に僅かに気圧された。まるで悟りを開いた者のような全てを包みうる雰囲気を放つ双眸。人が人なら安心感を覚えそうなその雰囲気だが……俺は逆に、畏敬に似た何かを感じたような気がした。

「は、はい。まあ、そうッスけど……?」

 知らない人に話しかけられ疑問を顔に浮かべたままのチマは、しかし反射的に相手に答えた。

「ふむ。女性ばかりのPTというのも珍しいな。……よければ少し、講釈をしようか」

 灰色の長髪を前髪から後ろに流してうなじの辺りで縛っているその男性は、長身の痩躯に煤けた白いローブのようなものを纏っている。武装は解除しているのか、武器らしいものは見当たらない。

「えと……はい。じゃあ、お願いしてもいいですか?」

 ちらりと一瞬俺を見たルネリーは、直ぐに男性に返事をした。別段断ることでも無し、寧ろボス戦初心者の俺たちにとってはありがたいことだ。俺たちにとって、こういう風にいきなり話しかけられることは実は珍しいことではない。この三人の少女たちはただ話しながら街を歩くだけでも華やかで目立つ。そして、そんな彼女たちに話しかけてくる者はやはり多い。ただ、何故かその多くは二言三言話すだけで立ち去り、PTの誘いまでしてくる者は意外と少ない。ルネリーは今話しかけてきた男性も、恐らくその類だと思ったんだろう。

「解った。……では」

 二十代後半とも四十代前半とも思える蒼然たる面相をしているその男性は、不意に人差し指を広場の中央に向けた。俺たちがそちらを見ると、いつのまにか五、六人のPTが数組、広場中央の井戸の近くに集まっていた。

「彼らが今のところ、最前線で戦うプレイヤーたちのトップに立つ者……いや、それは正確ではないな。正しくは、《トップに()()()()()()()()》者たちだ」








 その後、ボス戦会議の開始時刻となり、広場の中央に陣取っていた者たちが先導して会議を進める中、灰髪ローブ姿の男性の説明も続いた。だが会議といっても、実際は広場中央に居る者たちだけで話し合う、いや雰囲気からすれば、自分たちの主張を言い合っている、という印象だった。広場の外周近くに居た者も、数人ほど中央での話合いに入っていったが、俺たちを含むその他大勢の者たちはただ彼らの話合いを見ているだけだった。

「あの、装備に《青》を基調としている者たちが、《リンド》という青髪のシミター使いの率いるPT。そして彼らと対峙している《緑》を基調としいる者たちが、《キバオウ》というスケイルメイルを纏った片手剣使いの率いるPTだ。この2PTが、広場中央に集まっているプレイヤーの中でも特にリーダー志向が強い。……それが《この世界からの早期解放》を目的としているのか、もしくはただの《権力志向》なのかは解らないがね」

 澄まし顔で淡々と説明をする男性。だが、最後の一言を言うとき、彼の口端が微かに歪んだ気がした。

「んー、想像してたのと全然違うッスねぇ。このあとどうなるんスか?」
「恐らくもう直ぐ、この広場に集まった者たちで各々PTを組むことになる。その後PTの特性に合った部隊に分けられ、壁役タンク、攻撃役アタッカー、支援役サポートのどれかに属することになるだろう」
「……それって、あたしたちバラバラになっちゃうってことですか? 特性ごとにってことは……」
「いや、PTは自由だ。即席のPTで戦えるほど、フロアボスは甘くは無い。そしてそれは、彼らにも解っていることだろう」

 男性の言葉に三人は安堵の溜め息を吐く。いきなり別の者とPTを組むというのは、俺も勘弁して貰いたい。

「君たちは……近距離が二、そして中距離が二か。なら支援サポート部隊になる確率が高いな。最前線、という訳ではないが、今回のフロアボスは《飛び道具》も使う。何処に居ても安心は出来ないだろう」

 確か、フロアボスについて書かれたアルゴの攻略本が今日明日中には村の至る場所に置かれるはず。今頃彼女は見えない所で色々と動いていることだろう。

「……ふむ」

 と、いきなり男性の目が細められた。何か? と訊ねるまでもなく男性は口を開く。

「さて、そろそろのようだ。私はここで失礼する」
「へ? あ、ああ、そうですか……? えと、ありがとうございましたっ」

 話かけてきたときとは大違いの淡泊さで、身を翻そうとする男性。何が目的で俺たちに話しかけてきたのかは全く解らない。が、それでも説明は丁寧で解り易かった。
 だからだろうか、去ろうとする男性に向かって、俺はとある質問を投げかけた。

「……すみません。あと二つほど、よろしいですか……?」
「? ……ああ、構わないよ」

 俺の呼びかけで男性は立ち止まり、再び此方を向いた。

「……《ビーター》、と呼ばれるプレイヤーを知っていますか?」
「…………」

 男性は俺の質問を聞いた後、静かに俺を見つめてきた。まるで何かを探るかのように。
 だがそれも一瞬のこと、何事も無かったかのように目の前の彼は口を開く。

「…………君が言っているのは、恐らく《彼》だろう。漆黒のコートに身を包む小柄な少年と耳にしたことがある」

 男性の指差す方向、広場の中心に集まる者たちのやや後方に、それらしきプレイヤーが見える。

 ――あの者が……《ビーター》。

 第一印象は、幼い。多分俺よりも年下なのではないか。色々な場所で聞いた噂のと同一人物だとは、到底思えなかった。

「――で、もうひとつの質問は何かな?」

 男性が訊いてくる。予想外の人物像に、少し思考に陥ってしまったようだ。

「もうひとつは……あなたの名前を、伺ってもよろしいですか?」

 世話になった人の名前を訊くことはおかしいことではないだろう。それに、俺には彼が凄く気に掛かった。プレイヤーであって、プレイヤーではない……そう、まるでNPCとでも話しているかのような感覚。そんな感覚を、俺は彼から受けた。

「……フッ、今はまだ、名乗ることは止めておこう。だが、いずれ再び出会ったそのときは――――」

 そう言い残し、男性は踵を返して人ゴミの中へ去っていった。後ろで縛っている灰色の髪を揺らしながら歩くその後ろ姿は、とても印象的だった。







「おーい! これから隊分けをする! 各PTはリーダーを先頭に一列になって並んでくれ! そうそう、一列が横にズラーっと並ぶ感じで! で、そのあと指示するのでPTの構成に応じた部隊へと移動して貰う! 攻撃部隊アタッカーと言われたPTは広場中央に集合! 壁部隊タンクは広場右端のあの木! 支援部隊サポートは広場左端の民家の前! いいな!? じゃあ並んでくれ!」

 多くの謎を残したローブの男性が去ってから間もなく、広場中央で話し合っていたプレイヤーの一人が、話し合いに参加していなかった者たちに呼びかけてきた。
 大半の者たちは慣れた様子で、そして俺たちを含む一部の者たちはぎこちない動きでその呼びかけに従い移動して行く。

「この構成だと……そうだな、《支援サポート》に入ってくれ」

 ルネリーたちの先頭に立つ俺にそう告げたのは、確かリンドという者のPTメンバーの一人だ。そして、あの男性の言葉通り支援部隊に配置された俺たちは、広場に面する場所にある民家の前に移動した。木造洋風二階建ての民家を囲う背の低い垣根の前に、約三十人ほどのプレイヤーたちが集まる。やはりと言うべきか皆、長柄の武器を手にしている者が多い。

「ちぇー、やっぱ支援サポートかよ。裏方じゃん」
「んで、リンドPTやキバオウPTとかはちゃっかり花形の攻撃部隊アタッカー、っと」
「しかも、アタッカーの集合場所は広場中央にして、自分たちは動かないし……」
「仕方ねぇだろ? 実際、仕切ってんのアイツラだし」
「メンドイことも引き受けてくれるってんだし、別にい~じゃん」
「ぶーぶー」
「鳴くなよ」

 しかし、ここに集まった連中の士気の低さが目立つ。ひとりが愚痴を零すと周りがそれに同調し、愚痴が盛り上がるのと反比例して士気が下がっていく。何とも嫌な雰囲気だが、それを指摘出来るほどの対人能力は持ち合わせていない。

「…………」

 ルネリーたち三人も居心地の悪さを感じているようだ。出来る事ならどうにかしたいが……。そもそもボス戦を知らない俺が前に立ってまとめられるのかという問題もあれば、此処にいるほとんどは恐らく年上、年功序列を考えれば年下の俺が出しゃばることは出来ない。一縷の望みを持って、先ほど広場中央で話し合っていた者たちの誰かがまとめに来てくれるのを待つが、見れば攻撃部隊、壁部隊ともに打ち合わせの真っ最中。とてもじゃないが、しばらく期待は出来そうにない。
この場に居る誰もが、このあとはどうするんだという疑問を浮かべ、だが誰も行動を起こそうとせずに愚痴の囁きばかり多くなっていく。

「俺ら放置?」
「うわー、貧乏くじぃ……」
「誰かー、ボス戦に詳しい奴いねぇのー?」

 無責任な声が大きくなる中、しかしそれに応えるようにおずおずと手を挙げる人物が居た。

「あー……俺は一応、第一層のボス戦から参加してるけど……」

 その人物は《セイナード》と名乗った。
 全体的に丸みを帯びた体に金属製の胸当て、腕甲、斧槍を装備し、そして何が入っているのかは解らないが登山用のような大きなリュックサックを背負っている。見た目では歳は解りにくい。十代後半でも二十代でも納得できる容姿だ。
 橙色の額当てを付けた丸い頭を掻きながら、セイナードは気だるげに口を開いた。

「…………で、どうするの?」

『だあっ』

 セイナードの言葉に何人か――ルネリー、チマを含む――が前のめりに滑る。
 ようやく先頭に立って指示してくれる人物が現れたと思った矢先、その人物自身が何を言うべきか解っていなかったからだろう。多分、先ほどの「ボス戦に詳しい奴はいるか?」という何でもない呟きに律儀に答えてくれただけなのかもしれない。

「あー……じゃー、まずは攻撃部隊アタッカー部隊ってどうやって動くか教えてくれー」

 こうして、特に誰が先導するということもなく、知っている者に各々が質問して情報を共有し、するべきことが解ってからはとんとん拍子に事は運んだ。……と言っても、どういう風に並んでどう動くのかが解っただけで、実際にどういう順番で並ぶかは当日に適当に、ということらしい。幸いだったのは攻撃部隊と壁部隊との連携を担当する者が決まったということだろうか。どのタイミングで攻撃を開始するのか、他の者と交代するのかを指示してくれる者を誰にするかで随分時間を割いたが、結局は怨みっこ無しのじゃんけんに落ち着き、《ポスキム》という若い男子プレイヤーがその役割を担うことになった。





「明日の朝九時にまたこの広場に集合! 隊列を整え九時半にはここを出発、正午にはボスを倒して四層に向かうようにする! と、それじゃあ明日はよろしくたのむ! ――では解散っ!」

 支援部隊でのことが一通り決まった後、再び中央のプレイヤーからお呼びが掛かり、三ヶ所に分かれていたプレイヤーたちは広場中央に集まった。そして、リンド、キバオウと数人のプレイヤーからボス戦での注意事項や決まりを聞くことになった。声を出し合って自分の状態は常に周りの人に知らせること。POTローテ(ポーション交代)のタイミングと合図や、最悪の事態になる前の撤退タイミングとその方法。最後にボスを倒した後のドロップ分配についての説明を受けて、この場は解散となった。

「なーんか……なーんか想像してたのと違ったッスねー。もっとこう……『ボス戦だ! ウォー! やぁーってやるッス! イエァー!』とか、『敵は強大……僕たち全員の一致団結した連携が必要だ。相手が×××(ドゥドゥドゥ~)してきたら君たちの隊は○○○(オベラッチョ)をし、そして僕たちの隊が△△△(ズキューンッ)をして対処する』――とかぁ!?」

「や、『とかぁ!?』とか言われても……」

 会議も終わり、俺たちは広場からプレイヤーが少しずつ去って行く様子を広場の隅から眺めていた。俺も含めて四人とも、慣れないことの連続に少々くたびれた。人外との戦闘にはだいぶ慣れたが、こういう多くの《人》と関わることは、二木以外に友達も居なかった俺には辛いものがある。
 ルネリーら三人も、かなり消耗しているように見えた。だがそれは、俺みたいな対人関係の理由ではないだろう。俺も少し感じた、『何とかしたいと思っていても言いだすことが出来ない』という懊悩感。改善させることは出来ると解っていても、それを実行に移すことを躊躇ってしまう。支援部隊で集まった時、もし自分たちが仕切っていたらもっと、と思う気持ちと、やはりそれじゃ駄目だったろうという考え……。
 チマの愚痴に多少共感を覚えつつ、俺たちは気持ちを切り替えるために休憩を取っていた。

「……?」

 もう広場にはまばらにしかプレイヤーが居なくなった時、端にある並木の一本に寄りかかっていた俺たちに近づいてくる人影を確認した。

「あ」
「や、やあ」

 逆立った水色の髪、たれ気味の目にぎこちない笑みを浮かべた両手剣を背負う男性。俺たちがこのペクタに来て、最初に声をかけたプレイヤーだった。

「やっぱり君たちも参加してたんだな。まあ参加するって言ってたから当然ちゃ当然なんだけど……。ちょうど見かけたんで挨拶でもと思ってね」

 俺たち四人に話かけてるような言い方だが、彼の視線はルネリー一人に向けられていた。彼の挙動に俺やレイア、チマが首を傾げる中、ルネリーはそれに気付いてか気付かないでか、男性に言葉に応える。

「そうだったんで――」
「あ、そういやまだ名前を言ってなかったよなっ。前のときはちょっと急いでて言い忘れたけど」
「そ、そうですね」

 何を急いでいるのか、男性は矢継ぎ早に話を続ける。自分の言葉を遮られた形となったルネリーが少しどもった。

「じゃ、改めて。俺の名前は《バリーモッド》、よろしく」
「あ、はい。……えと、あたしはルネリーっていいます。こっちの銀髪の子がレイアで、こっちの茶髪の子がチマ。そしてこちらが、あたしたちのリーダーのキリュウさんですっ」

 気を取り直してルネリーは俺たち全員の名前をバリーモッドと名乗った男に教える。あまり人と話すのが得意ではない俺とレイアに気を使って全員分を紹介してくれたのかもしれない。

「そ、そっか……ルネリーちゃんっていうのか。あっと、じゃあフレン――」
「おーい! バリ~~行くぞ~~!」
「ぐえ、もうかよ……」

 男性が、恐らくフレンド登録を申し込もうとしたそのとき、広場の反対側から大声が上がった。男性の反応からして、仲間が彼を迎えにきたみたいだ。男性はうーんと数秒悩んだ後、「ま、また明日ね」と言い残して去って行った。

「な、なんだったんスかねー……」
「明らかに私たちは視界の外でしたね……」
「…………」
「え、みんな何? なんでそんな目であたしを見るのっ!?」

 俺たち三人の視線を受けて、ルネリーが慌てる。
 そういうことに疎い俺でも解った。あの男性が、ルネリーに気があるのだろうということは。まあ、あそこまで彼女しか眼中に無い様子を見せつけられれば、誰にでも解るとは思うが。

「で、で? ネリー的にあの人……ば、バリモットさん? はどうなんスか?」
「うえっ? ど、どうって言われても……」

 にやけ顔のチマに肘でつつかれ、困った顔をするルネリー。答えあぐねる様にしながら此方をチラチラと見てきているが、何か言いたいことでもあるのだろうか?

「……でも、私も気になるかな。正直なところ……どうなの、ネリー?」
「しょ、正直なところ…………ない、かなぁ」
「えぇ~~? って、まあ思った通りッスけどねー」
「クス。……だね」

 三人の笑い声が聞こえる。
 色恋の話に花を咲かせる様は、年相応の女子たちだ。不意にそういう話題で盛り上がることがあるが、こういう時はひとり男の俺は話に入りづらく身狭い思いをする。
 しかし、今この時だけは別のことが俺の頭を埋め尽くしていた。

『――あ、そうだ。ビーターといえばさぁ……バリの野郎が、ついにやるらしいぜ?』
『じゃ、改めて。俺の名前はバリーモッド、よろしく』
『おーい! バリ~~行くぞ~~!』

 ――《()()》……。

 昨日の夜、酒場に居たプレイヤーの話していた《バリ》という人物。
 俺たちが最初に声をかけ、つい先ほど自己紹介をした男性、《バリーモッド》。
 二人が同じ人物だという確証は無い。しかし、《バリ》と付く名前は珍しく、西洋的な名前の多いこの世界においてもバリーモッドと名乗った男性以外に俺は聞いたことは無かった。もし同一人物なのだとしたら……。

「…………」

 ――だったら、何だというのか。

 名も人柄も知らぬ《ビーター》という輩(やから)が、《バリ》なる人物に命を狙われているかもしれない。だが、それが俺に何の関係があるというのか。
 HPがゼロになれば死んでしまうというこの世界。俺も幾度か、HPを危険域レッドゾーンまで削られ、窮地に陥ったことがある。戦いに多少なりとも自信を持っていた俺ですらこれだ。それに、今は守りたいと思う者たちも居る。プレイヤー同士のいざこざなどに関わっている余裕など…………

「でもあの様子じゃあ、明日もきっとネリー目的で近づいてくるかもッスねー、バリモッさん♪」
「……うん。確かに」
「や、やめてよー」
「…………!」

 ――忘れていた。

 現状、俺の知っている中で最も件くだんの人物である可能性が高いバリモッドは、ルネリーに執心らしい。他人の色恋にとやかく言うつもりは無いが、もし彼が、人の死を望み殺人を、それに類する行為を実行してしまうような人物であるならば、このままこの三人に近付くというのも放置は出来ない。

 ……どうやら、否が応にも関わり合いになりそうだ。








「――デ? 珍しく呼び出したりなんかシテ、どうしたんダ? しかもあの三人娘は抜きで、なんテ……」

 俺の目の前に座っている年齢不詳の女性が訊いてくる。容姿は完全に俺よりも年下だが、その落ち着いた態度や不敵な物言い、何より全てを見透かしたような上から目線の微笑みが、見た目での年齢判別を困難にさせている。
 まるで責めるかのような口調だが、その瞳にはからかいの色が窺えた。

「……いきなり済まない。お前に調べて欲しい事があって呼んだんだ…………アルゴ」
「にはハッ。まあ、そりゃそうだろうナ」

 目の前の人物、情報屋を自称する女性《鼠のアルゴ》。俺とアルゴは、昨日の夜あの話を聞いた酒場に居た。ペクタには四つほど酒場があるが、この酒場は人気が少なく、今も俺とアルゴしか居ない。カウンター席に椅子ひとつ間を開けて、俺とアルゴは並んで座っていた。

「ヒトツ、言っておくけどネ……個人的な調査とくれば、いつもとは勝手が違うヨ? ちゃんとお代は貰うシ、色々と細かい決まりもあるんダ。そこんトコ、解ってるよナ?」
「……ああ、勿論だ」

 右手の人差し指と親指で作った輪っかをぶらぶらと揺らしながら、にやけた顔を向けてくるアルゴに首肯する。今回は、いつものような《協力者》としての情報提供ではない。《顧客》としてアルゴから情報を買うのだ。情報に限らず、売り買いに規約は付き物。普段の付き合いとはまた別物であるということは、世事に疎い俺とて解っている。

「くっくっク、まあそんなカタくなんなヨ。まずは依頼を聞こうじゃないカ。キミからの頼みは初めてだケド…………あの三人には聞かせたくない話なんだろうウ?」
「……ああ」

 この場所にルネリー、レイア、チマの三人は居ない。昨日と同様、今は風呂施設のある民家に行っている。勝手な判断だが、あの子らにこの話は聞かせたくはないと思った。

「……調べて貰いたい事は二つ。一つは、《ビーター》と呼ばれるプレイヤーについて知りたい。特に、人柄などを」
「――ッ。はて、なんでマタ?」

 アルゴが一瞬だけ息を呑んだのが解った。何故かは解らないし、問い質す気もないが。
 ビーターと呼ばれる者が、本当に噂で聞くような非道なプレイヤーなのか、ただの誇張された噂でしかないのか。それを知ってどうするのか、どうしたいのかは自分でも解らない。だが…………

「……その理由は調べて貰いたい事の二つ目にある。昨日、この酒場でとある話を耳にした。《バリと呼ばれる者が、ボス戦の騒動に乗じてビーターに何かをする》という話だ」
「……」
「この話が真実かどうかを、調べて欲しい」

 俺の話を聞いているのかいないのか、アルゴは無言で琥珀色の液体の入ったグラスを口につけた。ゆっくり味を噛み締めるかのようにして飲み込んだ数秒後、ようやくこちらを向いて口を開いた。

「ン~、なるほどネ。人を陥れるような話を聞いてそれを何とかして防ぎたいと思っタ。でもビーターなる人物が噂通りの俗物なら関わらずに放っておこうと…………こういうコト?」

 アルゴの言葉は、尖った刃のように俺の胸に突き刺さった。
 我ながら何とも嫌な人間だと思う。これがルネリーだったら、きっと誰と言わずに助けようとするのかもしれない。

「にゅははハ~。ちょっとしたジョーダンだから、そんなに傷付いた顔しないでくれヨー」

 アルゴが俺の顔を覗き込むようにして笑う。かと思ったら今度はいきなり真面目な顔をしてくる。

「だが、いいのカ? もし、仮に噂はデタラメでビーターが実は良い奴だったとシヨウ。そして、その答えを聞いたキミは彼を助けようとするのだろうナ。……で、そのあとハ? 聞いた限りじゃ、まあ穏やかな話でもなさそうだシ、それに出る杭は打たれルっていうしナ。この件は決着の着け方が問題ダ。しかも今後、きっとそういうバカはたくさん出てくるゾ? キミはそのとき、どうする気なんダ?」

 無意識に考えないようにしてきたことをアルゴに指摘される。
 自分でも解っている。いや、解っていないのかもしれないな。自分がこれから行おうとしていること、それは他者から見れば偽善、そして自己満足なのだろう。誰とも知れない者を助けようとしている、しかもその者には良くない噂がある。あの三人のときとは状況が全然違う。あの三人のときは、助けたあとの責任を《傍で見守る》という形でとろうとした。別の言い方をするなら、《あの三人のことだけを考えれば》それで良かった。だが今回はそう簡単じゃない。ビーターに味方すれば、現在ビーターに悪意を抱いている者たちはこちらにもその悪意を向ける可能性がある。俺だけならばまだいいが、問題はルネリーたちにもそれが向けられてしまうかもしれない、ということだ。その上、ビーターが噂通りの人物だったとしたら目も当てられない。限られた空間で、更にそれがまだまだ続くというのに、こんな序盤からして日陰者の烙印を押されてしまうのは如何なものか。

「……解らない、どうしたらいいかなど。……だが、だからといって放置するわけにもいかない」
「ほーウ、それはまたどうしテ?」
「……昨日この村へ来たときに、一人の男性プレイヤーにフロアボス会議の日取りを質問した。そして今日、中央広場で行われた会議のあと、再び会ったそのプレイヤーは《バリーモッド》と名乗った。彼は仲間に《バリ》、もしくは《バリー》と呼ばれているらしい」
「ほむほム、なーるなル。ビーターに何かをしようとしている人物らしい《バリ》って奴が、その《バリーモッド》とかいう奴かもしれないト」
「…………それだけでもないのだが……」
「?」
「そのバリーモッドというプレイヤー……どうやら、ルネリーに気があるらしい」
「…………ハア?」

 つい数時間前のことをアルゴに話した。男の態度、言動に俺でも解るほどのあからさまな彼女への好意を感じたということ。そしてバリモッドは、恐らく今後も接触してくるだろうということ。

「――つまり、キミは自分のオンナを盗られたくナイ、ということダナ。くっくっク」

 何を勘違いしたのか、アルゴは嫌な笑みを浮かべて肩を軽く叩いてくる。

「そういう関係ではない。……が、守りたいと思う仲間だ。企み事をするかもしれないような人間を、彼女たちに近付けさせたくはない」
「まーまー、そういうコトにしておこうカ。……くひ」
「……」

 本当にこのにやけ顔の女に依頼して大丈夫なのだろうかと少し不安になった。
 しかし当のアルゴは、俺の感情に反してやる気を見せ、姿勢を正して胸に手を当てて言ってきた。

「オーケー、いいダロウ……その依頼、この鼠が引き受けタ!」

 そう言った彼女の顔には、何かの決意が透けているような気がした。








 翌日、フロアボス戦の当日。
 俺たちは身支度をしたあと、余裕を持って集合場所である中央広場に向かった。

「やっばいッスぅ。心臓ばっくばく」
「つよいんだよね、ボスって。うーん、どんなんだろっ」
「……気をつけようね? 無理してまで戦うこともないんだから」

 アルゴからの連絡はまだ来ていない。

『――流石に時間も時間ダ。ギリギリになってしまうガ、迷宮区に出発する前にはメッセージで知らせル。…………そのあとの行動は、キミに任せるヨ。助けるも助けないも、キミの自由ダ――――』

 あのあと、アルゴはこの言葉を残して直ぐに店を発った。
 つい今し方、広場に向かうがてら近くの店を覗いてみたら既に《アルゴの攻略本・第三層ボス編》が置いてあった。周りに見えるプレイヤーたちのほぼ全員がそれを目に通している。もしかしたら昨日のあの時点でこちらの準備は終えていたのかもしれない。常に他に先んじなければいけない情報屋というのも、忙しないものだなと思った。







「みんなー! 攻略本は呼んだか!? ボス部屋の前でももう一度説明はするが、各自しっかりと頭に叩き込んでおけよ!」

 九十七人。この場に集まったプレイヤーの総数だ。聞けば、一層のボス戦のときとは倍の人数らしい。そのせいか、大多数に気の緩みが見える。先導しているプレイヤーたちとは意気込みが雲泥の差だ。

「キリュウさん。がんばりましょうね!」
「……ああ、そうだな」

 このような中でもルネリーは元気を振りまいていた。その笑顔に力を貰った気持ちになった俺は、ルネリーに応えてから周りを見渡す。

 ――居た……。

 プレイヤーの密集する広場、隊列を考え、組み直しながら整列している。俺たちの居る列の前方には、件のプレイヤー《バリーモッド》。そしてその更に前方に《ビーター》なる人物。昨日の夜にアルゴに問われたことの答えは見つからない。だが、やはり放っておくことは出来そうにない。ビーターの件は勿論、それに加えルネリーたちのことも気に掛けなければならないだろう。今日は忙しくなりそうだ、と自分に喝を入れる。

 ピピピピピ――。

 そのとき、俺にしか聞こえないように設定したアラームが鳴り、メッセージの着信を告げる。そして時を同じくして、先頭のプレイヤーが声を張り上げた。

「準備は出来てるな!? ――では出発する!!」

 号令の後に動き出すプレイヤーたち。一団となって迷宮区へと向かう姿は、正に壮観だ。こちらを見てくる三人に無言で頷き、俺たちも歩き出した。


 ――様々な思いを胸に、初のボス戦が……始まる。 
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