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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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出迎え

 

「マクワイルド少尉とは同期だったよな」
「ええ、それが?」
 後方作戦本部――書類の提出に来たスーンを引きとめたのは、予算課の少佐であった。

 提出された書類に目を通しながら、雑談のように話しかける。
 怪訝そうなスーンに小さく笑いかければ、
「いや。来月から、前線からいきなり隣に来るらしいからね」
 言葉に若干の不安を感じて、スーンはその意味を理解できた。

 最前線と後方では仕事の質が全く違う。
 戦場が銃と砲撃の戦いであるならば、後方は文字と言葉の戦いだ。
 どちらが優れているわけでもない。
 それぞれ必要があって存在しているわけだが、時としてそれらは水と油のように混じり合わない。

 前線の人間は、後方の仕事に対して命をかけずに安全な場所で楽をしているといい、後方はそんな前線の人間に対して、言えば出てくる魔法の小槌でも持っているとでも思っているのかと毒を吐く。
 そんな状況であれば、前線からの転任者が周囲に上手くなじむ事も出来ず、すぐに転属することも多かった。

 だが、それはまだ良い方だ。
 中には所詮は後方の仕事だと見下して、仕事を崩壊させる人間もいるから性質が悪い。
 安心させるようにスーンは笑みを浮かべ、
「それなら大丈夫だと思いますよ。アレス――マクワイルド少尉は後方の仕事も優秀でしたし、ないがしろにすることはありません。それに、士官学校では事務の仕事も手伝っていましたからね」

「ほう」
「そのまま士官学校に配属してほしいって要望があったくらいですからね。彼に出来ないのは狙撃兵と運転くらいなものです」
 自信を持って答える様子に、若干の疑いの色を見せた少佐に、スーンは苦笑した。

「この事は当時士官学校にいた人間なら誰でも知っている事ですから。真偽は士官学校に問い合わせてもらえれば分かると思います」
「いや、すまない。疑ったわけではないが――君が言うなら間違いはないだろうな。それなら楽が出来そうだ」

 思わぬ、べた褒めに戸惑いはしたが、スーンもまた一年目とは思えぬほどに仕事は実直であり、間違いがない。そんな彼が大丈夫と言いきれる人物に、安堵を浮かべようとして、目の前でスーンが微妙な顔をしている事に気付いた。
 どこか引きつっている。

「どうした?」
「いや、楽になるかどうかというのは……ちょっと自信がありません」
「はぁ?」
 きょとんと目を丸くした少佐に、失礼しますと足早にスーンは退出する。

 おいていかれた格好となる少佐は頭をかいて、変だなと思いながらも、書類に目をおとした。
 そんな疑問は日々の激務ですぐに忘れることになる。
 彼がその言葉を思い出したのは、スーンの言葉が現実になってからだった。

 + + +

『で。結局、部下が時間を間違えたということですね』
「うむ。要約するとそういうことになるな」
『それなら三十分もかけずに、話せると思いますが。まあ、確かに問題ですが。それよりも問題であることを理解できていないかもしれないですよ?』
「だとしたら、そっちの方が問題だぞ、マクワイルド」
『確かに。けど、誰もが最初からわかっているわけじゃないでしょう』

 その言葉に、モニターの前でワイドボーンは楽しそうに笑った。
「テイスティアか。ああ、あいつも馬鹿だったな」
『今では主席候補です。差を付けられましたね』
「貴様だけな。俺と一緒にするな」
『そう言っていると、すぐに追いぬかれるかもしれませんよ』

「ふん。そうでなければ困る。特に貴様にやってもらうことがあるからな。だというのに、また貴様は後方作戦本部などと遠回りを……」
『はいはい。それはもう二十回くらい聞きましたよ。先輩はもう時間でしょう?』
「ん、ああ。そうだな。残念ながら貴様を出迎える事はできないようだ」
『俺は残念ではないですけどね。では』
 通信が切断されて――席上でワイドボーンは小さく鼻を鳴らした。

 艦長室の一室で、モニターの電源を落とせば静けさが訪れる。
 それもすぐにノックにかき消された。
 返答をすれば、緊張を含んだ声と共に扉が開いた。

「艦長。まもなく出港いたします」
「わかった」
 立ち上がれば、まだ年の若い兵士は一瞬びくりと身体を震わせる。
 若干の呆れを浮かべながら、ワイドボーンは眉根を寄せる。
 その様子に更に兵士は緊張を浮かべていた。

 アレス・マクワイルドが惑星カプチェランカを出発して半月後、ワイドボーンが艦長を務める巡航艦を含んだ分艦隊の一つが約半年間の哨戒任務に付く事になる。運のない後輩のように最前線というわけではないが、それでも油断をしていい任務でもない。

 歩きだして、ワイドボーンはいまだに扉に佇む兵士に気付いた。
 ドゥニ・スタインベック――士官学校を卒業したばかりの、先ほどまで話していたアレスと同期になる。
 卒業後に艦隊勤務となったからには、決して成績が悪いわけではないのだろう。

 だが。
「おい。今度は間違いはないだろうな?」
「はっ。もうお待たせすることはございません」
 自信を持って答える様子に、ワイドボーンはため息を隠すのに苦労する。
 目の前の士官がワイドボーンを呼びに艦長室に入るのは二回目だ。

 前回は二時間前――本来の出発予定時刻に呼ばれ、ワイドボーンは指揮室で三十分ほど待たされた。
 なかなか出ない出発の許可にどういう事かと問いかけて、初めてそこで出発時間が遅れることを伝えられた。巡航艦一隻に不具合が見つかり、点検のために遅れるようとのことであった。
 その事を向こうは伝えたと思い込んでいたため、こちらには連絡がなかったようだ。

 その報告を持ってきた目の前の部下をふざけるなと怒鳴りつけて、再び艦長室に戻り――そして、後輩に愚痴る。
 待たされる事は別に問題ではない。
 結局、アレスが想像しているように、それを問題と思っていない事が問題なのだが。
 不機嫌そうに息を吐いたワイドボーンから逃げるように、歩きだすスタインベック。

 使えないと切って捨てることは簡単。
 わざわざ教える必要もなく、自分で考えることだとも思う。
 だが、あの後輩ならどうするか。
「スタインベック」

「は、はっ」
 背にかかった声に、スタインベックが慌てて振り返った。
「私は別に待たされた事に怒っているわけではない」
 戸惑いを浮かべるスタインベックに、ワイドボーンは苦虫を噛み潰した表情で近づいた。
 その表情が戸惑いから怯えに変化し、スタインベックは何も答えられない。

「時間が遅れるということを把握できなかったのも、向こうの伝達ミスだ。仕方がない」
 だがと一言呟いて、ワイドボーンはスタインベックを見下ろした。
 怒鳴られると構えていたところに、穏やかな口調で話しかけられて、戸惑っている。
 同時にワイドボーンの言葉を待っている。

「遅れたのならば、俺が確認させる前に君が動くべきだ。君は俺の指示を下に伝え、下の報告を俺に持ってくるただの宅配便ではないのだぞ?」
言われた言葉に、初めてスタインベックはなぜ怒られたのかを理解したようだった。
目に驚きが浮かんだ事に気づいて、ワイドボーンはその肩に手をおいた。

「正直。私はただの宅配便でも構わん――いま問題があれば、私が解決する。だが、君はそうではないだろう。何も考えずに情報を伝達するだけならば楽だが、何の意味もない。疑問点があれば、自ら動いて解決しろ。それが今のお前の任務で、いずれ上に立った時に必要となるものだ」
「はっ!」

 力強く頷いた様子に、ワイドボーンは小さく苦笑し、再び歩きだした。

 + + + 

 カプチェランカからの補給艦がハイネセン上空に到達し、そこから小型艇に乗り換えて、宇宙港へと向かう。若干の事務手続きの後に手荷物を受け取れば、後は自由だ。
 ゲートをくぐってロビーに出れば、幾人もの人間が出てきた兵士に声をかけた。
 家族や友人が、生きて戻ってきたことに安堵と笑みを浮かべて駆け付ける。
 大きくなった子を持ちあげ、若い妻を抱きしめ、あるいは恋人と再会を果たす。

 特に今回はカプチェランカでの戦いがニュースにもなったらしい。
 敵の大々的な攻撃に一時は絶望的かとの声もあったと、アレスは父親から聞いている。
 その中での再開であるから、喜びも大きいようだ。
 多くの人間が、兵士達を出迎えた。

「アレス!」
 そんなアレスを出迎えたのは、士官学校の同級生だ。
 近づいてくる大柄の男は、やはり自由惑星同盟軍の制服であり、ベレー帽を手に持つアレスとは違い、しっかりと被っている。
 フェーガンだった。

「無事でよかった」
 実に短い挨拶に、アレスは小さく笑った。
「なかなか良い経験になった。死にそうだったけどね」
「幸せなのか不幸なのか、かける言葉が難しいな」
「何、簡単なことよ。どちらにしても酒でも一杯おごってくれたらいい」

「そうしよう。ああ、話したい事が」
 そこでフェーガンが背後を振り返った。
 背後から現れたのは優しげな雰囲気を持った若い女性だ。
 フェーガンの隣に並べば、ゆるりと丁寧に頭を下げた。

「妻のミランダと申します。マクワイルドさんの事は、キースからよくお聞きしています」
「結婚したんだ」
「おめでとう。話には聞いていたが、フェーガンにはもったいないくらいだ」
「む、それには同意する」

「そこは否定しろよ」
 苦笑すれば、ミランダは楽しそうに笑った。
「愛想も何もない亭主ですが、これからもよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。お世話になります」

 差し出された腕をとれば、アレスは視線をフェーガンに戻した。
「式はもうやったのか」
「……む、それが」

 珍しく口籠るフェーガンの言葉を奪って、ミランダが小さくお腹を撫でる。
「本当はアレスさんが戻ってこられてからと思っていたのですが」
「気にしなくてもいいのに」
「そうはいかない。式費用はアレスに出してもらったのだから」
「トトカルチョね。というか、お前通算でいくら稼いだんだ」

 若干羨ましさを向けながら、息を吐けば、いまだに優しげに腹を撫でるミランダがいる。
「すまないが、しばらく延期になった」
「ああ、理由は聞かなくてもわかるよ。この野郎――初体験どころか一足飛びで抜いていきやがって」

「む、アレスはまだ」
「言わせるな。カプチェランカに口説ける女性がいるわけがないだろう」
「それは……すまない」
「謝らなくていい。俺がみじめになる。それにせっかくハイネセンに帰ったんだ。そっち方向はこれから――がっ」

 呟きかけた言葉を奪うように、放たれた一撃が後頭部を捉えた。

 + + +

「お帰りなさいませ。先輩」
 痛みと戸惑いに振り返れば、バッターのように鞄を振りかぶった姿勢で少女が立っていた。
 銀色の長い髪。
 白い肌に若干の赤みがさして、いつもの無表情な顔は――いまはどこか冷静さをとりつくろうように形作っている。その隣では友人であるフレデリカ・グリーンヒルが苦笑ににた笑みを浮かべている。

「った――ライナ候補生?」
「失礼いたしました。端的に、手が滑ったと思慮いたします」
 どんな滑り方だと思わないでもなかったが、フェーガンとの会話はまだ十六ほどの少女に聞かせて良い話でもなかったため、アレスは頭をさすりながら黙認することとした。
 ライナ・フェアラート。

 現在は士官学校の二学年となる。
 卒業式より半年ほどしか経てないが、この年頃の子供は数日で成長する。
 見覚えのある姿よりも少し背が伸びて、ほんの少し大人びた表情。
 何よりそれまで彫刻のような美しさが、いまはどこか人間的な美しさも内在していた。

 現に唇を尖らせて、アレスを非難するような様子は、どこか子供じみている。
 そんな友人の様子に、小さく微笑みながらフレデリカが口を開いた。
「先輩。お帰りなさい」
「ああ。わざわざ迎えに来てくれるとは思わなかった」

「ふふ。ライナがどうしても行きた――」
「御無事で何よりでした!」
 慌てたように言葉を重ねるライナに、アレスは目を細める。
 おそらくは彼女の成長は、同期であるフレデリカの力にもよるところだろう。
 二人の後輩の成長を嬉しく思いながら、アレスはもう一度ありがとうと礼を言った。

 フレデリカが恐縮したように頭を下げてから、しかし、あがってきた表情はどこか怒ったような顔。
「心配したんですよ?」
 その理由を告げられて、アレスは頭をかいた。
 父親から聞いた言葉によれば、当初の話では基地がほぼ全滅したとの情報も流れたらしい。それがニュースとして流れる状態にも、苦笑したが、身近なものがカプチェランカにいるものにとっては内心では心配だったのだろう。

 別に大丈夫だと答えようとして、アレスは口に出しかけた言葉を飲み込んだ。
 目の前にいる二人はただの学生ではない。
 士官学校の学生であって――数年後にはアレスと同じ立場にいるかもしれないのだ。
 大丈夫と誤魔化すわけにもいかない。
かといって、戦場の恐ろしさなどと説教じみた話をする気にもならない。

 返答に戸惑っていると、覗き込むようにライナの顔が近づいた。
 逃げようとしたところで顔の両端を両手で掴まれる。
 真っ直ぐな視線と、薄い唇が間近に迫った。
 小さく目を開いたアレスとは対照的に、ライナは真剣だ。
「目をどうされたのですか」

「近くでプラズマ手榴弾が爆発してな。部下のおかげで無事だった」
 ライナの小さな指が傷を撫でる。
 くすぐったさとともに気恥かしさを感じれば、逃げるように顔をそらす。
 それでもライナの顔は近いまま。
 背伸びをして、覗き込む様子にアレスは頬をかいた。

「詳しい経緯を私は何も知りません。ですが、ですが。私は――先輩が御無事で嬉しく思います」
 視線同様の真っ直ぐな言葉に、アレスは軽口を言うことも忘れた。
 予想以上に心配をかけていたようだ。
「約束しただろう」

「……?」
「生きて帰ってくると。約束は守るさ」
 言葉に、ライナはゆっくりと優しげな笑みを浮かべた。
「ええ」

 それは実に人間らしく、魅力的な笑顔だった。
 
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