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ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜

作者:カエサル
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蒼き魔女の迷宮篇
  20.宴の始まり

 

 いつも以上に目を細め、彩斗は不機嫌さをあからさまにわかるくらいに顔に出す。

「で、なんで俺は呼ばれたんだ?」

 朝から彩斗は自分の部屋の七〇三号室から二部屋隣の七〇五号室を訪れていた。
 部屋には、水色のエプロンドレスを着た、頭にも同じ色の大きなリボンを着けている雪菜と襟元や袖口を白いフリルで彩った、清楚で可憐なデザインの修道服(シスター)の衣装を着ている夏音。それに大きなカボチャのお化けのかぶりものに、オレンジ色のケープコートを着た、全身タイツのアスタルテ。短いスカート丈の黒いドレス。胸元をリボンで編みあげ、身体のラインが浮き出ている、優麻の四人だ。
 この女子四人の中に彩斗がいるのが一番気がかりだ。

「すみません。朝からお呼びしてしまって」

「いや、古城に俺の睡眠を邪魔されたなら怒るけど、姫柊なら別に少しくらいなら問題ねぇよ」

 彩斗は大きなあくびをする。

「いや……そのですね」

 雪菜は、少し顔を引きつらせる。

「今は……その……優麻さんの中身が暁先輩なんですよ」

 雪菜の言葉に寝起きの彩斗の頭はもはや理解できない。

「本当に古城なのか?」

「お、おう」

 声は確かに優麻の声だ。
 でも、どこからか古城のような気配を感じる。

「はぁー、勘弁してくれよな」

 彩斗は天井を見上げながら、深いため息を着いたのだった。




 暁家のリビングはひっそりと静まりかえっていた。優麻や凪沙がいるような気配がない。

「──本当に誰もがいませんね」

 部屋の中を見回して、雪菜が呟く。
 右手に獅子王機関の秘奥兵器、“七式突撃攻魔機槍(シュネーヴァルツァー)”を握りしめながらである。

「ユウマの荷物も消えてるな」

 古城は客間を確認して落胆したように息を吐いた。

「凪沙ちゃんは料理を作ってるってことは、優麻ちゃんに連れ去られたわけじゃなさそうだね」

 友妃がダイニングテーブルの上に置かれた、朝ごはんのオムレツを見て呟く。
 今の彼女は、真っ白な清楚さが際立つ着物を着てる。波朧院フェスタの仮装なのだろう。
 だが、白い着物に合わない黒いギターケースをいつものように背負っている。

「そうだな……俺もそう思う」

 凪沙が失踪したということなら古城は、パニックを起こしていただろうが、そうではないということで彼はまだ普通にいられるのだろう。
 それに彩斗は優麻と少ししか関係はないが、彼女が人を傷つけるような人間には見えなかった。

「姫柊、お前は優麻の目的がなにかわかるか?」

「ええ、なんとなくは、わかります。多分、暁先輩の身体です」

「……か、身体が目的……って……え!?」

 古城は意味もなく胸元を押さえた。
 古城の頭をいつものように叩こうとするが、それが優麻の身体だと思い出し、手を止めた。

「ち、違います! なにを想像してるんですか!?」

「おまえが言い出したんじゃねーかよ」

「だからそうではなくて、先輩の身体というのは、つまり第四真祖の肉体という意味です!」

 雪菜の言葉に彩斗の中で仮説だてられていたものが徐々に形作られていく。

「どうしてあいつがそんなことを……!?」

「それ以外にはあり得ないんです」

 雪菜が真剣な表情で答える。

「だけど、雪菜……吸血鬼の肉体をそれ以外の人間が操ることはできないはずだよ」

 友妃が考えるこむように呟く。

「おそらく優麻さんは、実際に暁先輩の身体を奪ったわけではありません」

 雪菜の声が、仮説を真実へと近づける。

「優麻さんは空間を歪めただけです。空間同士を接続して先輩の五感と自分の五感を入れ替え、本来なら先輩の肉体に伝えられるはずだった神経パルスを、自分のもので置き換えた」

「……つまり俺は、ユウマの目に映ったものを自分で見てると錯覚して、自分の手足をうごかしてるつもりで、あいつの身体を操作してる……ってことか?」

 次々と脳に流れる言葉が真相へと近づいていく。

「そんな高等な空間制御魔術を普通の人間が使えるわけがない。……つまり優麻の正体は……」

「まさか、同じ……なのか。那月ちゃんと……?」

 空間制御魔術の使い手、“空隙の魔女”──南宮那月。

「そうなるよな……仙都木優麻。あいつの正体は──魔女だな」




 矢瀬基樹は、高等部の校舎の屋上で、ドーナツを片手にノートPCを広げていた。昨日から一睡もしてない彼には疲労の色が見える。

『よぉ、ずいぶん派手なことになってるみてぇだな』

 PC画面に、不細工な縫いぐるみ型の3Dモデルが割り込んでくる。

「おまえか、モグワイ。浅葱はどうした?」

 やたらなれなれしい人工知能に向かって、矢瀬は訊き返す。
 浅葱以外の誰にも使いこなせない厄介で危険な代物だ。
 それに浅葱に身分を隠して密偵活動をしている矢瀬にとっては、いわば取引先の部下に弱みを握られているようで実にやりにくい。

『昨日の疲れが溜まって今は、お寝んねしてるところだ。隙だらけの可愛い寝顔でも見るか?』

「要らん。古城か彩斗の携帯にでも送りつけてやれ」

『ククク……そいつはいいな。ついでに待ち受け画面にも設定しといてやるか』

 本当にこの人工知能ならやりかねない。

「とりあえず人工島管理公社のシステムは安定したんだな?」

『空間の歪みが原因の誤作動は、一応解消したはずだぜ』

「そうか、今回は相手が悪かったな」

『LCO第一隊“哲学(フィロソフィ)”のメイヤー姉妹か』

「ああ」

 LCOは高位の魔術師、そして魔女だけで構成されている巨大犯罪組織だった。構成員は数千人規模。強力な魔道書を多数有しており“図書館”という通称はそこから命名されている。メイヤー姉妹は、そのLCOでも有数の武闘派だ。
 実戦経験の少ない本土の攻魔師が、太刀打ちできる相手とは思えない。

「今回の騒ぎの目的が“書記(ノタリア)の魔女”なら、連中も同盟のひとつやふたつ結ぶだろうよ。あの女が持っている闇誓書には、それだけの価値がある」

『管理公社の執行部も、浅葱の嬢ちゃんと同じ意見か。てことは、魔女姉妹があちこちで空間の歪みを引き起こしてる理由は──』

「ああ。連中はアレを探してるんだ。今のところはまだ手こずってるみたいだが」

 島全体に広がる身秩序な空間の歪み。それが逆に魔女たちの目的を明確に表していた。
 空間を歪めることで、絃神島周辺に隠れているものを探し出そうとしているのだ。このペースだと見つかるのも時間の問題だ。

『なるほどな、南宮那月を動かせないのは、それが理由ってわけか、ククッ』

「認めたくはないが、おかげで深刻な戦力不足だ。ほかに単独で“アッシュダウンの魔女”を撃破できる手駒というと、吸血鬼の貴族か、獅子王機関の剣巫クラスだが……』

 矢瀬が苦悩の表情で頭を掻く。姫柊雪菜、逢崎友妃の二人なら、魔女の姉妹相手でも遅れを取るようなことはないだろう。
 しかし、二人を引きずり出せば、同時にこの島の二つの不安定な魔力限である第四真祖と神意の暁(オリスブラッド)を動かすことになる。ただでさえ空間が不安定な状態で眷獣など出されたら、それこそ収拾がつかなくなる。
 貴族の方など論外だ。

『そういや、姫さんが事態の収拾に手を貸してもいいと言ってるそうだぜ。ただし条件つきだがな』

「条件?」

 戸惑う矢瀬のPC画面に、ラ・フォリア王女からのメールが転送されてくる。

「……あの女、正気か?」

『噂以上のじゃじゃ馬だな。ケケッ、そういうのは嫌いじゃないがな』




 時刻は正午をすぎたあたり。西地区の繁華街のカフェにいた。
 お祭りムード一色となった街には、色とりどりの屋台や露店があふれ、道路は仮装した観光客でごった返している。

「美味しいですね、このカボチャプリン」

「私もさっき食べたところでした。こちらのパンプキンパイもなかなかです」

「ボクは、このパンプキンケーキが好みだな」

 同じテーブルに座った雪菜と夏音、友妃は、大皿山盛りにしたスイーツをせっせと取り分けていた。六人が注文したのは、九十分間限定のケーキバイキング食べ放題。

「おかわりをどうぞ、第四真祖」

「ああ……サンキュ」

 アスタルテが運んできたドリンクバーを古城へと渡す。

「彩斗君も遠慮せずに食べてよね、これどれも美味しいよ」

「お……おう」

 彩斗は一刻も早くこの空間を抜け出したかった。
 まず彩斗の今の格好が嫌なのだ。
 雪菜や友妃たちに私たちも仮装してるのだから彩斗も仮装しろと言われて適当に以前、“オシアナス・グレイヴ”に行った時に着ていった黒のタキシードを着用している。
 前にこんな姿をした時に、浅葱に普段よりかっこいいと言われたが、彩斗自身はなにも思わないのだ。
 さらにこの店の状況だ。
 ケーキバイキングということで彩斗を除いて男が誰もいないのだ。
 いちおう古城もいるが今は優麻の姿のため、結局彩斗以外全員が女となっている。

 ふと彩斗は気になったことを思い出す。
 それは、妹と母親の詳細だ。
 美鈴は、今だに帰ってきておらず、唯は朝起きるとリビングに波朧院フェスタを見てくるという置き手紙を残してどこかに消えた。

「って……じゃなくて!」

 この状況に見かねた古城が声を荒げる。雪菜たちが、驚いたように食事の手を休めて声を上げた。

「なんで俺たちはこんなところでのんびりケーキバイキングに挑戦してるんだよ!? ユウマが俺の身体を奪った目的だって、まだわかってないんだろ!」

「とりあえず、これでも食べて落ち着いてください」

「だーっ!」

 古城はやけくそになってケーキを受け取ると、それを一息で口に放りこんだ。
 ですけど、と雪菜が冷静な口調で言う。

「優麻さんの行方を探すといっても、なんの手がかりもないですし。それに、ここまで空間の歪みが大きくなってしまうと、下手に移動するのは危険すぎますから」

 ぐ、と古城は言葉が詰まった。

「確か、この現象って霊力が強いと空間の歪みに引き寄せられるんだよな」

 雪菜が無言で頷く。
 それで昨日、彩斗は雪菜の家へと転移させられたというわけか。

「それに……実は、優麻さんの魔術をすぐに破る方法もあるんです」

「え?」

 雪菜の言葉に古城は軽く呆気にとられる。
 雪菜の視線は、隣に立てかけた銀色の槍に注がれる。

「“雪霞狼”か……!」

 はい、と雪菜が小さくうなずいた。
 “雪霞狼”の刃は魔力を無効化し、あらゆる魔術の術式を無差別に消滅させる。

「ですけど、これだけ緻密な空間制御の術式を強制的に無効化すれば、術者には相当な反動があるはずです。接続されている神経に回復不能なダメージを与える可能性も」

「は?」

「つまりは、ここで優麻の肉体を“雪霞狼”で刺せば、古城の肉体は戻るけど、優麻の神経がズタズタに引き裂かれてしまう、ということか……」

 たとえ優麻が魔女だとしても、再生能力を持つ吸血鬼の古城とは違うのだ。

「だ、駄目に決まってるだろ、そんなやり方!」

「はい。できればこの方法は使いたくありません」

 怒る古城に雪菜が言う。

「どうしても“雪霞狼”を使わなければならないとしたら、優麻さんに乗っ取られた先輩の身体を狙うしかないですね。先輩なら、ちょっとくらい死んでも復活するはずですし、優麻さんの肉体への反動も最小限で済むはずです」

「いや待て。それ、俺が元の身体に戻ったときに死ぬほど痛い思いするよな。ていうか、俺が死ぬのは前提なのかよ!?」

「騒ぐんじゃねぇよ、古城。頭に響くだろうが! どうせ死んだって生き返るんだから文句ねぇだろ」

「文句大有りだ!」

「事情はよくわかりませんけど、お兄さんには、無事にいつものお兄さんに戻って欲しいです」

 それまで黙って話を聞いていた夏音が、古城を横顔を見つめて言った。

「優麻さんの姿も素敵ですけど、私にとってお兄さんは、お兄さんですから」

「叶瀬……」

「同意」

 カボチャの被り物で顔を隠した、人工生命体(ホムンクルス)の少女が口を開く。

「アスタルテ……?」

「比較検討した結果、第四真祖がオリジナルの肉体に復帰することを私は主観的に望んでいると判断しました。総合的に不合理な選択ですが」

「そ、そうか……」

 アスタルテが顔を変えずに呟く。

「そうだね。ボクもいつもの古城君に戻ってほしいと思うな」

「逢崎……」

 無邪気な笑顔で彼女はケーキを口に運びながら言う。

「まぁ、古城がいつもの身体に戻らねぇとなんか気が狂うんだよな」

「お前は、いつも通りだな」

 古城は隣にいる雪菜を見た。

「え? な、なんですか!?」

 期待のこもった古城の視線に雪菜が慌てる。

「わたしはただの監視役ですから……先輩がどんな姿でも任務を果たすだけですけど」

「……だよな」

 古城は苦笑する。
 するとポケットに入っている彩斗のスマートフォンがメールの受信を知らせる。

「誰だ?」

 液晶を確認するが見覚えのないアドレスから送られてきている。
 メールを確認する。
 そのメールの内容に驚愕を隠せない。

【親愛なる”神意の暁(オリスブラッド)”殿へ。梟と獅子以外の眷獣は使用するな。PS”書記(ノタリア)の魔女”には注意しろ。電脳の姫より】

 すると、ズン、と低い衝撃が人工島(ギガフロート)の大地を揺さぶった。

「なんだ、この感覚!?」

「キーストーンゲートの方向です!」

 真っ先に反応したのは雪菜だった。銀の槍を握り店の外へと飛び出す。
 それに続いてギターケースを背負って友妃も飛び出す。それを追って彩斗と古城も追いかける。
 路上には人々が驚いたように上空を見上げている。
 絃神島の中央に位置する、逆ピラミッド型の建物。島内でもっとも高いそのビルの屋上で、なにか蠢いている。全長数十メートルにも達する、不気味な触手だ。

「姫柊! あれは──!?」

「悪魔の眷属! 魔女の“守護者”です!」

「使い魔みたいなものか……! だけど、あの魔力……!?」

 キーストーンゲートから感じる圧迫感は、魔女の“守護者”が放っているものではない。
 あの場所には、巨大な使い魔よりもさらに凄まじい魔力を放つ存在がいる。

「この気配って……」

「はい、あれは暁先輩の──第四真祖の魔力の波動です」

「ユウマか!」

 彼女の存在を確信して、古城は走り出そうとする。

「──!?」

 そんな古城の行く手を遮るように、見知らぬ人々が立ちはだかる。
 死神のような黒いローブを包んだ男たち。数にして十数人。彼らは明らかに、古城たちをキーストーンゲートへと近づかせないように阻止している。

「先輩、下がってください!」

 槍を構えた雪菜が前に出る。仮装した人々の前なら、“雪霞狼”は目立たない。

「なんだ、こいつら……!?」

「わかりません。でも、たぶんわたしたちの足止めが目的だと思います」

「ユウマの仲間か……ずっと俺たちを見張ってたんだな」

 彩斗は右手を突き上げて鮮血を放つ。

「アスタルテ、夏音を頼むぞ!」

命令受諾(アクセプト)

 無防備に立ち尽くす夏音を守るように、彩斗は人工生命体(ホムンクルス)の少女に指示を出す。アスタルテはうなずいて、自分の眷獣を召喚した。彼女の背中に出現した翼が、左右一対の巨大な腕へと姿が変わる。
 彩斗も眷獣を召喚しようとする。

「ダメだよ、彩斗君!」

 友妃が彩斗の前に立ちはだかる。
 彼女の手には銀を主体とした日本刀のようなフォルムをした近未来の武器を握っていた。
 それが彼女の持つ獅子王機関の秘奥兵器“夢幻龍(むげんとう)”だと一瞬でわかった。
 友妃の今の格好が着物のため日本刀を思わせる“夢幻龍”を持っているのがとても似合っていると思ってしまった。
 だが、この状況は結構まずい。
 いつの間にか路上にいた観光客たちは、半径十メートルほどの距離を開けて、彩斗たちと黒装束の集団を取り巻いていた。波朧院フェスタの路上パフォーマンスかなにかだと勘違いされているようだ。
 だが、これで彩斗たちは逃げ場を失った。
 一対一の戦いなら、雪菜や友妃なら手こずることはないが、今回は敵が多すぎる。
 これだけ人がいては、アスタルテの眷獣も、本来の力も発揮できない。戦闘力のない夏音と古城を庇いながら彩斗は戦える自信もない。しかも、この内にも優麻の魔術儀式を完成させようとしている。

「えっ……!?」

 ホアァァァァーッ、という怪鳥のような雄叫びとともに鈍い打撃音が鳴り響き、黒装束の男の一人が吹き飛ぶ。
 唖然とする彩斗たちが振り返るとそこには、赤髪のおだんごヘアに三つ編み、チャイナ服の若い女だった。彼女が繰り出した中段蹴りが、さらにもう一人の黒装束を吹き飛ばす。

「おー、教え子たち。ようやく会えたな。怪我してたりしないかー?」

 彩海学園中等部の体育教師、笹崎岬が、のんきな口調で訊いてくる。

「笹崎先生! どうして……!?」

「那月先輩に頼まれたりしてたのよ。自分がいなくなったときに、あんたや暁兄のフォローをしてやってくれって。私が知らないうちに、ずいぶんヤバいことになってたりする?」

「……はい。かなり」

「了解。叶瀬たちのことはこっちに任せて、先に行きな」

 そう言って女教師は、奇妙な構えをとった。

「ここは笹崎先生に任せて行くよ。彩斗君、雪菜、古城君!」

 友妃の言葉に彩斗たちは同時に動きだし、その場を後にした。 
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