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東方攻勢録

作者:ユーミー
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第九話

「まあ必ず成功する保証はなかったんだけどね。さて、ここから先は情報提供……と言いたいところなんだけど、実は到着が遅れてる人物がいてね」
「人物?」
「まあのんびりしておこうじゃないか」
 宮下は机の上に置いていたせんべいを手に取ると、音をたてながら無言で食べ始める。そんな彼に俊司は何も声をかけられなかった。
 それから数分後、結界の外を見張っていた人からもう一人の人物が訪れたと連絡が入り、そのまま俊司達のもとへと連れてこられた。彼らの前に現れたのは科学者が来ている白衣を着た男性だ。メガネをつけており髪の毛をオールバックにしている。
「いやぁ少し抜け出すのに時間がかかりましてねぇ。遅れてしまいました」
 そう言った男はそのまま宮下の横に座り大きく深呼吸をした。
「さてはじめましてだね。里中くん? 私は牧野信也……名は知ってるかい?」
「はい。妹紅から大体の話は聞いています」
 『牧野 信也』は霧の湖にあった革命軍の施設で研究を行っていた研究員だ。武器の修理だけでなく戦闘アンドロイドの『影丸』を作り出した人物でもある。彼自身『砲塔を操る程度の能力』を持っており、霧の湖では銃器に見立てた砲塔を使って妹紅を敗北寸前まで追い込んだ実績もあってか、俊司達が危険視している人物の一人だ。
 どうやら牧野も今争いごとをする気はないらしい。外に護衛用の影丸を二体置いているらしいが、電源を切った状態にしているから安心だと言われた。念のためはたてが確認に向かうと、影丸の周囲には人だかりができていて、まるで見せしめのようになっていた。
「では本題に入ろうとしようか。僕らがここに来たのは情報を提供したいから」
「情報の提供? 私達は敵では……?」
「こちらも理由があってね」
 牧野は懐からボイスレコーダーをとりだすと、机の上に置いてスイッチを入れる。するとそこから流れてきたのはある聞き覚えのある野太い声だった。
「この声は……由莉香のお父さん!?」
「そうだ。本名は上条隆史。革命軍の総司令官……つまりラスボスってことだね」
「なっ!?」
 俊司は上条が革命軍にいることを一度捕まった際に知っていたのだが、上条が革命軍全体を指揮している事までは知らなかった。当然幻想郷へ攻め込むことを決めたのも、世界征服をしようと考えたのも、由莉香の殺害命令を受理したのも彼だ。優しかった彼の存在を知っていた俊司は、言葉を失って唖然とするしかなかった。
「このボイスレコーダーに入っているのは今回の作戦の本当の意味なのだよ。これを試作段階だった偵察用アンドロイド『陽炎』に搭載させて録音しているのだ」
「……どうしてそんなことを行ったんだ?」
「……鍵山君の言葉が気になってね」
 神奈子の問いかけにそう答えた牧野は、いつもと違って真剣な目つきをしていた。
 再思の道での戦いで影丸の戦闘データを取ろうとしていた牧野は、影丸に搭載していたカメラを使って状況を確認していた。その際捕まっていた幻想郷の住人を助けに来ていた悠斗と雛の二人と交戦をしている。牧野はあらかじめ影丸に取りつけていたスピーカーとマイクを使って二人とコンタクトを取っていたが、その時の悠斗の発言が気になっていた。
 革命軍が間違ったことをしている。敵になった悠斗の言葉を信じる義理はなかったのだが、どうもひかかっていた牧野は試作段階の陽炎を使って独自に調査を始めた。そこで上条と数人の幹部達が話をしているところを発見し、音声を録音したのだ。
 今回の作戦の本当の目的を知った牧野は、すぐさま戦いを終わらせるために行動を開始した。しかし由莉香の件で監視が厳しくなっていたためアンドロイドを使って情報を収集するくらいしかできず、大胆な行動ができずにいた。そんな彼に声をかけてたのが、上条との話し合いの中にいた幹部の一人である宮下だった。
 宮下はあの会議の内容をアンドロイドを通じて牧野が効いていた事に気づいていたらしく、興味本位で協力を持ちかけたのだ。なぜ上条に報告しないが不思議に思ったが、彼の場合単におもしろくないからという変な理由なのだろう。少し不審に思いながらも牧野は協力することを決意。そして今回初めて行動に出たというわけだ。
「なるほど……それでここに来た理由は?」
「里中君ならいままで訪れた事のある場所に挨拶しに行くんじゃないかなと思ってね。もちろん僕の推測だったのだけど。さて、それでは本題に入らせてもらおうか」
 宮下は牧野に何か指示を出すと彼にある物を取りださせた。出てきた者は少し大きめの紙である建物の地図のようで、どこに何があるか分かりやすく書かれている。
「これは……?」
「天界にある最後の基地の地図です。これがあれば潜入も楽でしょう……それともう一つ」
 牧野はあるパーツのような物を取り出すと俊司に手渡した。長方形のパーツからは数本のコードが出ており、裏面の中央にはチップのような物が取り付けられている。
「これは影丸および陽炎に取りつけているステルス装置です。青髪の少女に渡してください。彼女なら分析して何かを作る事は出来るでしょう」
「……ありがとうございます」
 牧野は装置の分析を行えばステルス解除装置やそれに似た物体も作成できるとアドバイスまでしてくれた。本当のところはそれを作って渡したいところだったらしいが、独断で物を作ってしまうとかえって怪しまれる可能性もあったため出来なかったらしい。宮下が命令を出しても良かったのだが、俊司達がにとりが持っているステルス迷彩を使って戦ったことがないため難しかったようだ。
「あと持ってくることができなかったのですが……タイプCのチップが完成しています。おそらく天界で戦う際には使用してくるでしょうね」
「タイプC……とりつけられた人はどうなるんですか?」
「自我はなくなりますね。タイプBの延長上だと思って下さい」
 タイプCは人の制御が必要なく、かといってタイプAのように自我を持って操られるわけでもない。まるでピアノ線で操られる人形のようになってしまうということだ。
 タイプCの実験は天界に捕えられている幻想郷の住人の中から実力のあるものを実験台にするらしい。それも攻撃ではなく防衛のためだと言う。追い込まれているため籠城でもしようと言うのだろうか。
「そして最後に……今日天界から脱走した方々がそちらに向かうはずです」
「脱走……?」
 宮下が言うには最後の決戦を始めるきっかけとして、天界に捕えていたタイプCの候補者四人を脱走させるとのことだ。もちろん脱走の手順や方法などは宮下と牧野がカバーするとのこと。成功したかどうかは連絡がついていないため分からないが、今頃天界の基地は大変なことになっているらしい。
「で? 脱走させたのは誰なんですか?」
「それは……おっと」
 宮下が誰か言おうとした瞬間、持っていた無線機が音を鳴らし始めた。宮下は無線機を耳に当て誰かと話し始める。
 数十秒後宮下は静かに無線機を切るとさっきの話を続けた。
「脱走させたのは比那名居天子、永江衣玖、聖白蓮、村紗水蜜の四人だ。そして今……彼女達が脱走したと連絡がはいったよ。今頃永遠亭に向かっているさ」
「そうですか……」
 一同から安堵の溜息がもれる。脱走に成功したとなると、攻撃をしかけるタイミングは彼女達の疲労が回復した頃。大体二三日してからだろう。
「さて僕達が言える事は以上だ。質問は?」
「聖白蓮が脱走したと言うのだったら他の者はどうなってるんだ?妙蓮寺には彼女以外にもいたであろう?」
 神奈子がそう質問すると、宮下はなぜか浮かない顔をしていた。
「確かに聖白蓮には大勢の仲間がいた。もちろん脱走中も戦ったことだろう。だが……脱走できるのは全員ではなかったはずだ」
「どういうことだい?」
「……脱走計画の手順を教えるよ。脱走するために……テレポート装置を使うように指示したんだ」
 宮下が言うには天界全域が革命軍に監視されているため、確実に脱走させるためにはテレポート装置を使う必要があったそうだ。まず脱走の前日に牧野が適性検査という名目で彼女達を呼び出し、途中牧野が退席して聖達に近くに置いていた影丸をいじるふりをしておく。翌日牧野達が出かけたタイミングで影丸を牧野自身が遠隔操作で起動し、聖達が影丸操っていると錯覚させる。その後一体の影丸に牢屋の鍵を開けさせ、数体の影丸が武器庫にあった彼女達の武器とスペルカードを回収。武器を受け取った後はあらかじめ設置していたテレポート装置がある部屋に向かいテレポートをして逃げるというわけだ。転送先の装置は牧野が試作品として作っていたステルス付きの物を使用しており、あらかじめ影丸を使用して迷いの竹林付近に設置している。見つかる心配はないだろう。だがテレポート装置には大きな問題があった。
 テレポート装置は膨大なエネルギーを使用するがために、一回の使用で数分間は冷却しなくてはならない。その間彼女達はその場を守り続けなければならないのだ。もちろんテレポートしていく人数が多くなるにつれてその場に残る人数も少なくなる。全員の脱出は到底無理だろう。さらには天界の基地は最後の砦でもあるため、能力持ちの兵士の数も多い。戦力差では圧倒的に向こう側が有利だろう。
 宮下は最低でも三人、うまくいけば五人脱出できると推測していた。四人だったということはある程度はうまくいったのだろう。
「まあ使わない手はなかったわけではないんだけど……どうやっても難しくってね。確実に逃げてもらうんならこれが一番ってことだよ」
「そうですか……」
 少し残念ではあったが仕方がなかったのだろう。なにせ俊司よりも頭の回転が速い彼が言うならなおさらだ。それに早く助け出してあげればいいだけの話でもある。戦いをスムーズに進めるために作戦を練る必要がありそうだ。
「それで……あなた方はどうするんですか?」
「残念ながら僕達は革命軍として戦いに参加する。これ以上は支援できないからね。それに……」
「それに?」
「そろそろ監視がつきそうなんでね」
 今回脱走を手伝ったことで、ある程度疑惑を持ちかけられる可能性があると宮下は考えていた。これを気に寝返るのもいいかと考えたが、彼はあえて残ることでなにかをしようと考えているようだ。
 最後に宮下は革命軍がこれ以上行動を起こすつもりはないと教えてくれた。どうやら天界ですべての決着をつけようと考えているようだ。もちろんそのときは宮下と牧野も敵側として登場するため、それなりの対策も練っておくべきだろう。
「さてそろそろ時間だ。僕達は行くとするよ」
「……ありがとうございました」
「礼を言われるような事はしてませんねぇ。あの不老不死の子と青髪の少女にもよろしくいておいてください」
 その後二人は軽く会話をしながら去って行った。
「いい人達……なんですかね」
「どうだろうな……さて俺達も帰りますか」
 俊司達は神奈子に戦闘の日が決まったら連絡すると伝えて、永遠手に帰って行くのだった。 
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