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少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
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第五十四話 思春期⑧

 
前書き
2話同時更新となっておりますので、ご注意ください。
 

 


 アリシアはぽつぽつと、最初は遠慮がちに口を開いた。だが、一度言葉を紡いでしまうと、まるで蛇口の口を捻るようにどんどん言葉が溢れていった。

 兄と一緒に魔法を習って楽しかったこと。管理局のお姉さんに教えてもらったこと。クラナガンに引っ越したこと。友達ができたこと。学校に通うことになったこと。妹ができて嬉しかったこと。2年生になって魔法の実技が始まったこと。自分には魔法の才能がなかったこと。そして。

「それで、お母さんにどうして魔法が使えるように産んでくれなかったの、……って言っちゃった」
「うん」
「私、わかっていたのに。誰も悪くないんだって。お母さんの所為じゃないって、わかっていた。お兄ちゃんだって、ずっと頑張っていたことを知っていたのに。コーラルに勉強で泣かされていたことも、お母さんが魔法には意外にスパルタで、いつもものすごい悲鳴をあげていたことも知っていたのに」
「う、うん」

 さらに父親から、参考書やら問題集やらを大量に送られ、絶叫していたことをアリシアは知らない。

「私だけ、魔法が使えないことが辛かった。みんなと同じことができなくて、悔しかった。羨ましくて、悲しくて、私だけ置いて行かれるような気がして……寂しかった」

 あぁ、そうなんだ。アリシアは自分の思いを語ることで、少しずつ自分自身を見つめ直していった。私が魔法を求めたのは、寂しかったからなんだと気付けた。友達と一緒に、魔法の成功を喜び合うことができない。兄と一緒に、魔法の勉強を続けていくことができない。その所為でみんなに置いて行かれて、1人ぼっちになりそうなことが、怖かっただけなのだ。

 自分の言葉を聞いてくれる大きな温もりと、隣で自分を抱きしめてくれる小さな温もりが、ちゃんと自分はここにいるのだと感じられた。プレシアが言った覚悟を、アリシアは思い出す。自分が一番大切にしたいものが、わかったのだ。アリシアは、ようやく「自分」を見つけられた。

 そして―――彼女は、そっと瞼を閉じる。暗闇の向こうで、小さく輝いていた光を静かに閉じる。それが、彼女の見つけた答え。アリシアは、リンカーコアの手術を受けないことを選んだ。

「ありがとう、おじさん。私は、もう大丈夫だよ」
「……私は、君の話を聞いただけだよ」
「聞いてくれたから。受け入れてくれたから、嬉しかったの。私、ようやく私を見つけてあげることができた。……受け止めてあげることができたよ」

 強く、はっきりとアリシアは口にする。

「私は、魔法が使えない。それはどうしようもないことで、仕方がなくて。なんでって思いもした。だけど、私は魔法のために他のものを差し出せない。魔法が使える私よりも、今の私を捨てたくない」

 アリシアは1つずつ言葉にしながら、決意を固めていった。踏ん切りはついているはずなのに、もう枯れるぐらい泣いた目から、また涙が流れそうになった。それに頭を振りながら、アリシアをずっと抱きしめてくれていたウィンクルムを、彼女もギュッと抱きしめ返す。寄り添ってくれる小さなデバイスたちから、笑顔と勇気をもらうことができたから。

「だから、私は大丈夫!」

 真っ直ぐに、意思を込めて、アリシアは笑顔で覚悟を口にした。



「異議あり!」
「えぇっ!?」

 そして、突如として到来した嵐によって、吹っ飛ばされてしまった。

「お、お兄ちゃん?」
「アリシアよ、いい言葉を教えてやろう。諦めたらそこで試合は終了です」
『ここでネタに走りますか』

 反射的にツッコミを入れてしまったコーラルのことなど、なんのその。アリシアたちがいた小さな広場の入り口に、堂々と乱入者は佇んでいた。彼の後ろには、プレシアたちが頭を抱えていた。エルヴィオとウィンクルムは、唐突に変わった空気に置いてけぼりを食らった。台風以外の何ものでもなかった。

 せっかく自分のために、みんなのために、覚悟を決めたのに。それに反論を返されたことには、さすがのアリシアも怒った。

「あ、諦めたらって、諦めるしかないんだよ! 私は魔法の才能を持っていなくて、使うことができない! そのためのリンカーコアの手術を受けたら、死んじゃうかもしれないのにっ!」
「俺だって、アリシアに死んでほしくないから、手術なんて受けさせるつもりはないよ」
「だったら、どうやって私が魔法を使うの!?」
「アリシアのリンカーコアに適した専用のデバイスを作ったり、ゲームみたいに使用者の魔力を使わないで発動する魔導具を製作するとか、治療や魔法が使えるロストロギアを探したり……あと、何かあるっけ?」

 あっけらかんとした解決方法に、アリシアは大きく口を開けて放心してしまった。空想のような、現実的ではない方法ばかりであったからだ。軽く遺物使用宣言までしている。確かに自分の力だけでは達成できないのなら、他の力を使う手もあるだろう。それでも、突拍子がなさすぎた。アルヴィンはアリシアの反応に、少し笑みを深めた。

「そ、そんなのできないよ、いつもみたいに冗談は…」
「内容はぶっ飛んでいると思うけど、……冗談でアリシアの思いを、踏みにじるつもりはないよ」

 彼は一歩妹との距離を詰めると、そのまま真っ直ぐに歩き出した。

「自分が持っていないものを、持ちたいと思って何が悪い。それに絶対にない、なんて言えないだろ。確かに難しいさ。時間だってかかるだろうし、お金や労力だってものすごくかかると思う。大変だし、そこまでしたのに見つけられないかもしれない。だけど―――可能性はあるだろ?」

 アルヴィンの言葉が、アリシアの瞳を揺らす。彼だって、世の中には仕方がないことがあるのはわかっている。勝手に希望を抱かせることが、どれだけ無責任なことなのかも理解している。希望と絶望が、表裏一体なことも。

 持っていないことに納得して、割り切ることができるのならそれでいい。持っていないことに憤り、努力を重ねることができるのならそれでもいい。だけど、どうしても持ちたいのに持てないと諦めて、涙を飲み込もうとするのなら……それは違うと思った。世の中がそういうものなのだとしても、泣きそうな顔で笑おうとする妹を、アルヴィンは受け入れられなかった。


 動揺が広がる妹の前まで、あと数歩というところで、アルヴィンは歩みを止めた。そして、右手で頭の裏を掻きながら、肩に入っている力を抜くように息を吐いた。兄が何を考えているのかが分からないアリシアは、不安で身体を強張らせる。それにアルヴィンは、にやりと笑ってみせた。

「まぁ、あれだ。アリシアの魔法のことも大切だが、まずは先に決着をつけなきゃならないことが、俺たちにはあるよな」
「えっ、けっ…ちゃく?」
「あぁ、なんせ途中で中断してしまったからな。だから……さっきまでの喧嘩の続きをしようぜ、アリシア。アリシアが俺にずるいって言った、その後の続きをな」

 アルヴィンの言葉に、アリシアの頭の中は真っ白になった。彼女は兄に会えたら、真っ先にそのことについて謝るつもりだったからだ。その話題を兄から出してくれたが、アリシアの望む展開にはならなかった。喧嘩の続きということは、許してはくれないということだからだ。

 言葉が出ないアリシアを、アルヴィンは目を逸らさずに見据えた。そして、人差し指をビシッと前に突き出し、広場に響き渡るような声で、堂々と言い放った。


「アリシアは俺がずるいって言っていたけどな、……そんなもん、アリシアの方がずるいわ! なんでリニスの好感度が、最初っからマックスなんだよッ!? あっさりともふもふを、堪能できているんだよ! あの毛並みを簡単にもふれることが、どれだけ尊いことかわかってねぇだろォーー!!」
『ものすごくどうでもいいことを叫びだした』

 ありったけの思いが籠った声が、この場にいた全員の耳に反響した。魂が籠った叫びとは、まさにこういうものを言うのだろうか。彼の叫びは後半にいくにつれ、若干涙声になりかけていた。アルヴィンの本気度が窺えた。

 誰もが言葉を失うというか、どう反応を返したらいいのかがわからなくなった空間。だが、この中でアリシアだけは、アルヴィンの言葉に反論することができた。

「そ、そんなのお兄ちゃんの方が、ずっと羨ましいよ! お兄ちゃんは、お母さんの魔力や魔法の資質を受け継いでいるもんッ!」
「そうだけど、俺がそれにどんだけ泣かされているのかを知っているだろ! アリシアだって、母さんの家事スキルとか、手先の器用さを受け継いでいるじゃねぇかッ! 俺なんて将来、料理ができる嫁さんを見つけられないと、餓死する自信があるぞッ!!」
「そこは頑張って生きようよ! お兄ちゃんはレアスキルが使えて、遅刻はしないし、便利だし、普通に羨ましいよ!」
「アリシアは、テスタロッサ家のヒエラルキー第2位じゃねぇか! なんでペットのはずの猫より、俺の方が立場が下なんだよ、おかしいだろ! 俺は長男なんだから、発言権をもっとくれやァ!」
「お兄ちゃん、お母さんにいつも頼られているんだよっ! 私、すっごく羨ましいんだから!」
「羨ましいんだったら、アリシアのおしゃれの技術とかセンスとかを、俺だってほしいんだよっ!」
「私だって、早起きができる技術がほしいよっ!」

 わー、きゃー、言い返し合う兄妹に、これって喧嘩? とウィンクルムは首をかしげる。プレシアは2人の喧嘩に遠い目をしながら、末っ子の気を逸らすことにした。リニスとブーフは実況をしながら、観戦モードへと移行した。エルヴィオは久しぶりにあった妻とぽつぽつと会話をし、コーラルはそれを少しいじりながら静観する。すごい温度差だった。

 完全に相手の自慢を言い合うだけの兄妹を、誰も止めることなく放置した。確かに本人たちは、とても真剣に喧嘩をしている。だけど、実害がないのならいっか、と結論が出てしまったことに、一体誰が責められようか。喧嘩の内容は徐々に、身長から髪のはね具合、給食のおかわりの数へと移っていく。とりあえず、ものすごく色々大人げなかった。


「な、なかなか…やるじゃねぇか。この俺に、ここまでついてくる、なんて……さすがは、我が妹」
「え、えっへん」
『なんの勝負をしているのですか』

 途切れることなく言い返し合っていた喧嘩は、お互いの息が切れるまで続いた。2人は息切れでダウンするまで口論し、現在咳き込んだり、喉の痛みにやられていた。安全地帯にいたプレシアが、2人のために自販機からジュースを買って、そっと置いておいてあげた。もう何もかもが、ぐだぐだだった。

「はぁ、すげぇーしゃべったぁ。……なぁ、アリシア。このままじゃ決着は尽きそうにないし、喧嘩両成敗ってことで、お互いに納得しないか」
「……そうだね」

 肩で息をしながら、アリシアはアルヴィンの提案に同意する。彼女としては、もう全て出し尽くしたようなものだ。お互い様としてここで終われることに、むしろ安堵した。アリシアの言葉に、アルヴィンはうなずく。頬に流れた汗を拭き取り、それから大きく息を吸い込んで、ゆっくりと呼吸を整えた。


「アリシア、病室では怒鳴り声をあげてしまって、ごめんな」

 そして、先ほどまでとは違った落ち着いた声音が、アリシアへと届いた。

「えっ、あっ……」
「先に言っておくけど、喧嘩両成敗だからな。もちろん、……ずるい云々も含めて」

 にやっ、と今日一番の笑顔を見せた兄を見て、ようやくしてやられたことにアリシアは気付いた。ずっと謝ろうと思っていたことが、できなくなったのだ。終わった喧嘩を蒸し返すほど、アリシアは空気を読めないわけではない。だが、これでは兄だけに一方的に謝罪を受け取るかたちになってしまう。

「ずるい、の謝罪は受け取らない。俺が力を持っていることは本当だし、これからも俺は遠慮なく力を使っていく。それに嫉妬されても、妬まれても、恨まれても……それを俺は受け止める。ちゃんと前を向いて、頑張るって決めたんだ」

 アリシアの言葉は、確かに痛かった。自業自得だろうと、なんだろうと、本当に苦しかった。転生者は、この世界の人間にはなれないのだと言われたようで。どこまでいっても、自分はイレギュラーで、異物でしかないのだと改めて思い知らされた。

『まぁ、てめぇ程度なら、例えどんな貰い物をしていようが、俺が踏み台にできそうだけどな』

 だが、そんな異物であるはずの己を受け入れてくれる人がいた。アルヴィンという、1人の人間と対等にいてやる、と不敵に笑ってくれた友人がいてくれる。その言葉が、1人ぼっちにならなくていいのだと思えたのだ。持つものとして、ちゃんと強くなっていきたい、と思えた。

「俺は、俺の持つ力を大切にしていく。大事な人を守れるように、笑わせてあげられるように、そんな風にこの力を使っていきたい。……そうなれるように、目指していきたい」

 大魔導師になってやる、というほどの志はない。正義の味方のように、万人を救うような仁義はない。物語の主人公のように、命を懸けるほどの信念はない。それでも、1人の人間として、胸を張って生きていけるような人になろうと思った。


「そうだな。だから、アリシアがどうしても謝りたいのなら、もっと別のごめんなさいが聞きたいかな」
「……別の?」
「そうそう。あっ、そういえばさっき話していた、デバイスとか魔導具とかロストロギアのことだけどさー」

 ぽんぽんと話がとぶアルヴィンに、アリシアは思わず笑ってしまった。話の内容が2転3転するのが、彼のいつも通りだったからだ。そんな会話が、不思議と安心した。

 彼は突拍子のないことをいきなり始めて、相手にペースを持って行かせない。盛大に翻弄してくるのだ。それでもアルヴィンの言葉を待ってしまうのは、彼なりの筋が必ず1本通っていたからだった。

「アリシアが魔法を使いたいのなら、俺が探してきてやる。諦めるのは、それからでも遅くないだろ? 俺が持つ全ての力を使って、見つけ出してきてやるさ」
「本当に……?」
「おぉ、本当に」

 なんでもないように、アルヴィンは笑ってみせた。膨大な時間とお金と労力、それ以外にも必要なものはたくさんあるだろう。その難しさを、そしてそれでも見つからないかもしれないという結果を、言った本人が先ほど口にしたのだ。それなのに、探してくると言ってくれた。

 アリシアのために、妹の笑顔のために、アルヴィンは探してきてやると言ってくれたのだ。



『―――お兄ちゃん!』

 アリシアの記憶に甦るのは、金色の光の奔流が襲いかかってきた時の光景。美しく恐ろしいと感じた光は、確かに彼女の中に恐怖を作った。だが、アリシアが一番怖かったのは、兄に置いて行かれたかもしれないことだった。

 一瞬であったが、アルヴィンの目はアリシアを一切映すことがなかった。ずっと頼りにしていた人から、見捨てられてしまったかもしれない震え。アリシアの声にすぐに正気を取り戻した彼に、彼女は安心し、同時に深い傷を残した。もし、本当に見捨てられていたら――? その思いが、兄への依存を、誰かに置いて行かれる恐怖心を強めてしまった。

 アリシアは思い出した「始まり」と、しっかりと向き合う。置いて行かれることに、見捨てられてしまうことに、ずっと怯えていた少女。だがそんな彼女に勇気をくれたのは、待っていると言ってくれた友人たち、温かい家族、そして手を掴んでくれた兄。その記憶が、アリシアの穴を少しずつ埋めていった。


「……ううん。お兄ちゃんだけに、そんな大変なことはさせられないよ」
「えーと、そりゃあ大変だろうけど。だけど、俺は本気で…」
「うん、知っているよ」

 アリシアの大切な人たちは、ちゃんと自分を待っていてくれる。受け止めてくれる。そう……信じよう、と思った。頑張ることは大切だけど、1人で全て頑張らなくていい。お互いがお互いを信じ合って、一緒に頑張ることができる。アリシアは、そう思えた。

「あのね、お兄ちゃん」
「ん?」
「ずっと抱え込んで、相談もせずに、1人で魔法を使って怪我をして、……いっぱい心配をかけてしまって、ごめんなさい」

 アルヴィンに、そしてここにいる家族へ向けて、アリシアはしっかり頭を下げた。

「アリシア…」
「私ね、お兄ちゃんが言うとおり魔法を使いたい。私が魔法を使いたいって最初に考えた気持ちは、あんまり良いものじゃなかったと思う。だけど、それでもね。すごい魔導師になれなくてもいいから、私は自由に魔法を使ってみたい」

 だって、本当にキラキラしていたから。初めて魔法を見せてもらった時の感動を、覚えているから。自分の魔力光を知った時は、嬉しかったから。魔法と触れ合う日々が、決して辛いことばかりじゃなかったから。あの日々を、色褪せたものにしたくない。

「だから、私が魔法を使えるように相談にのってください。私を、手伝ってください!」

 どうしても諦めたくないのなら、やれるところまでとことん頑張っていこう。1人じゃ辛くても、一緒に手を握ってくれる人がいるのなら、歩いて行ける。その結果、たとえ見つけられなかったのだとしても、一緒に泣いて、笑ってくれたら心からきっと受け入れられる。

 アリシアからの笑顔のお願いに、今度はアルヴィンが目を見開く。それに彼女は、してやられた分を返せたようで満足した。そして2人は噴き出し、知らず識らずの内に笑っていた。

 家族や周りを盛大に巻き込み、大嵐のように吹き荒んだ兄妹喧嘩。雨のように流した涙と、暴風のように吹き抜けた様々な思いは、こうして幕を閉じたのであった。



******



「でね、その後も色々大変だったんだ。お母さんにはすっごく叱られて、ウィンが数日間私にべったりで、お兄ちゃんは難しい魔法の本を読んで、知恵熱を発症させちゃったりでね」
「なんというか、想像以上というか、予想の斜め上というか、そんな喧嘩だったんだね…」

 テスタロッサ家のリビングで、向かい合って話をしたアリシアとティオール。アリシアの話は彼女の視点のみのものであったが、30分ほど語る時間を要した。当時のことを掻い摘んで話したとはいえ、その内容は相当なものだろう。

 ちなみに、その時アリシアと遭逢し、認知された「おじさん」だが、今でも時々メールのやり取りをしているらしい。家族からの反応と、11歳になったことでアリシアは、彼の正体に薄々勘づいてはいる。だが未だに「おじさん」呼びなことには、察してあげてほしい。原因はほぼ向こうにあるのは、断言できる。

「……なんか、僕の悩みがすごく情けなく感じてきた」
「むっ、私はそんなつもりで話したんじゃないよ。私の場合、誰にも頼らなかった所為で、悪化しちゃった部分もあるんだって今ならわかるもん。悩みの大きさは、比べるものじゃないと思うよ」

 どんな大きさの悩みだろうと、辛いのはみんな同じなんだから。そう言って、微笑む彼女にティオールは頬を赤らめながら、視線を逸らす。この話を聞いたからかわからないが、彼にはアリシアが、急に大人びて見えた。

「さっきティオ君が、私に悩みを話してくれた時、すごくほっとしたよ。友達だもん、いくらでも相談にのってあげたい。だから、それを謝る必要も、自分を責める必要もないの。私は、ちゃんとティオ君と向き合いたいな」
「……ありがとう、アリシア」

 耳まで真っ赤になった少年は、もうそれだけしか言えなかった。


「あ、あのさ……その、結局アリシアはその喧嘩の後、どうしたの?」

 心臓を落ち着かせるように深呼吸をしたティオールは、さっきの話を聞いて気になったことを口にした。持っていないことに悩み、それでも頑張ると決めた少女のことを知りたかった。アリシアはそれに、照れくさそうに笑みを浮かべた。

「とりあえず、みんなといっぱいお話をしたよ。危なくなくて、法を犯さなくて、魔法が使えるようになるにはどうしたらいいのかって。今の私を捨てずに、できる方法をたくさん相談し合ったんだ。みんな調べてくれたり、専門家に話を聞いてくれたり、すごく心強かった」
「……そういえば、アルヴィンが司書の勉強を本格的に始めたのも、そのあたりだったっか」
「お兄ちゃんは、他にも色々理由やメリットがあるって言っていたけど、そうかもしれないね…」

 思えば、あの時から少しずつ変わっていたのだろう。あの大喧嘩は確かに、辛い思いを、悲しい思いをたくさんした。だがそれと同じぐらい、またはそれ以上に、得られたものはとても大きかった。

「……みんなで考えて、話し合って、それで決めたんだ。すっごく大変で、時間もかかって、努力をしなくちゃならないことだけど、私はこの方法を選ぼうと思ったの。私の……大切な将来の夢になったんだ」
「アリシアの夢?」
「うん、私ね。医療の道を目指すことにしたの。リンカーコアの研究がまだまだ未発達だって言うのなら、私が発展させてみせるんだって思ったんだ」
「じ、自分で研究を!?」

 魔法を使うために、そこまで頑張るのか。確かに現在のリンカーコアの技術は、発展途上の段階だ。アリシアのリンカーコアを安全に治療できる下地ができあがっていない。だったら、自分で作ったらいいじゃない! という前向きすぎる発想に、さすがに驚いた。

「えへへ、まぁ……その、すごーく自分本位なのはわかっているんだ。お母さんにも、本当に将来をそれに決めてしまっていいのかって言われて、またすっごく悩んだよ。でもね、私はせっかく頑張るのなら、自分の手で掴みたいって思ったの」
「自分の手で…」
「うん、みんなと一緒にこの手で。……もちろん、それでも叶わないかもしれない。だけどね、それでもいいと思うの。だって私、すっごく頑張るもん。いっぱい研究もするの。そうしたら、私と同じように悩んでいた人を笑顔にできるかもしれない。私の研究したことが、誰かの笑顔に繋がってくれるかもしれない。それってね、素敵なことだと思うんだ」

 その夢を叶えるために、きっとたくさんの人の助けが必要だろう。家族を巻き込み、知り合いを巻き込むかもしれない。それでも、頑張りたいと思った夢。アリシアの表情は晴れやかで、太陽のような笑顔が輝いた。


「私があの時もらった受け売りの言葉だけど、私を支えてくれる人たちを、私もいっぱい支えられるようになりたいって決めたんだ。だから……さぁ、ティオ君! この頼れるお姉ちゃんが、どーんと相談にのってあげるから、どこからでもかかってきなさい!」
「そういう話の転換の仕方は、アルヴィンそっくりだよね!?」

 えっ、そう? と自覚なく首をかしげるアリシアに、ティオールは乾いた笑みを浮かべ、脱力してしまう。それでも、ずっと重かった肩の荷が、少し軽くなったような気がした。彼女は自分のために、一緒に考えてくれる。それに恥ずかしい気持ちと、嬉しい気持ちが彼の中にはあった。

「うーん、魔法のことだけど、ティオ君の悩みは魔力量と素質が悩みなんだよね」
「まぁ、うん。僕の場合、本当に平均値しかないんだ。戦闘をすれば魔力は減っていくし、威力のある魔法なんて早々撃てない。近も中も遠も、中途半端な技量しかないと思う」
「……ティオ君は、魔法合戦が不安なの?」
「そ、うかも。うん、そうだと思う」

 アリシアの問いに、ティオールは小さくうなずく。自分の力量は自分が一番わかっているからこそ、不安だったのだ。みんなの足手まといになってしまうかもしれないことが、怖かった。彼の言葉に、アリシアは顎に手を当てた。

「むぅー。私はティオ君って、すごいと思うんだけどなー」
「いや、僕なんて何も…」
「だって、ティオ君は魔力の扱いがすごく上手なんだよ。放出も圧縮も。リンカーコアの勉強をしているからわかるけど、流れがすごく綺麗なの。あといつも冷静に状況を分析できるし、それに避けるのが上手なお兄ちゃんに、いつも的確にツッコミを当てられる反応速度があるでしょ」
「あの、ア、アリシア?」
「それに勉強だって得意だし、お兄ちゃんが赤点を取らない様にわかりやすく教えてあげたり。わざわざプリントまで作ってきてあげちゃうし。クラ校のお母さんとして、頼りにされていて、世話焼きスキルもすごく高いと思うなー」
「クラスのお母さんポジションから、いつの間にかレベルアップしていないか!?」
「うん、やっぱり私は、ティオ君が何もできないだなんて思えない。きっとティオ君だからこそ、できることがある。持っているものがある。魔法だって、夢だって、絶対になんとかなるよ」

 自分には何ができるのかすらわからない、と嘆いた少年を勇気づけるように、励ますように、アリシアは言葉を重ねる。ティオールは少しずつしみ込んでいく言葉に、もう本当になんと言えばいいのかがわからなかった。

 ティオールの悩みを理解してくれているからこそ、彼女が彼に語ることが、軽い気持ちで言ったわけではないとわかるのだ。心から真っ直ぐに応援してくれる、支えてくれているのだ。だからこそ、怖くなってしまう。アリシアの言葉に甘えてしまうことに、変わってしまうことに。

「僕は、そんな……アリシアが言うほど、大そうな人間には…」
「むっ、それは聞き捨てならないかも」

 頬を膨らませたアリシアは、少年との距離をぐっと詰める。それに驚き下がろうとした身体は、彼女が彼の腕を取って、目を合わせたことで防がれてしまった。近距離で、自分を上目遣いに見上げてくる美少女。彼女は一切目を逸らすことなく、そのまま寄り添うような体勢で―――


「私はね、ティオ君のこと大好きだよ!」

 天真爛漫な天然(笑顔)を発動させた。


「――、――――」
「だから、そんな風に自分のことを言ったら、メッ! なんだよ。それに、私嘘なんて言ってないもん。ティオ君はもっとちゃんと……、ティオ君? ねぇ、ティオ君。おーい、ティオくーん!」

 完全にフリーズした友人に、アリシアは相手の腕から手を放し、彼の目の前で手を振ったり、跳んだりした。それでも反応がなくて、ぺしぺし軽く叩いたり、わき腹をつんつんしてみる。だが、やはり反応はない。本当に訳がわからなさそうに、少女は首をひねった。

 それから1分後。純情な1人の少年が、ぷるぷると震えながら項垂れた。ただ、項垂れていた。耳すら通り越して、真っ赤になって悶えていた。アリシアの言葉は、ある意味ティオールの悩みを吹っ飛ばすほどの、クリティカルヒットを食らわせたのであった。

 彼の中に巻き起こった葛藤やら何やらを察してくれる人物は、残念ながらこの場には誰もいなかった。



「私、考えたんだけど……前に魔法の勉強をした時にね。お兄ちゃんとお姉さんと、色々な魔法のお話をしたことがあったんだ」
「うん、うん……」
「それでね、確かスターなんとかブレイカーって、すっごい必殺技があるって言っていたの。だからこれをマスターしたら、ティオ君だってきっと必殺仕事人になれるよ!」
「うん、そっか……ブレイカーかー」
「あと、えっと……あっ! それとね、脱げば脱ぐほど強くなる魔法もあるって言っていたよ。びゅーん、ってなるんだって」
「ぬ、……パージ、か? 速度促進魔法か…」
「あとね、あとね!」

 色々悟ったというか、煤けたようにアリシアの案にうなずくティオール。相談にのっちゃうぞ! とちょっと空回りしながらも頑張るアリシア。凸凹な2人の作戦会議は、こうして始まったのであった。

 
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