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乱世の確率事象改変

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暗雲は天を翳らせ

 到着した劉備軍の本城の様子を聞いて、明は度肝を抜かれていた。少しくらいの抵抗はあるだろうと予想していたのだ。だというのに、

「な、なんで城門が開け放たれてるわけ?」

 先に向かわせた兵の報告では城門が開き、確認してきた中の様子は平常時の街と変わらない。いや、平常時というよりもっと酷い。民の活気に満ちる空気が溢れ、祭りの最中のようであったとの事。
 すっと目を細めた夕は思考に潜ることなく、

「明、これは空城計。何か策があると思わせて時間を潰させたり撤退させたりする為の策。中に居たとしても少ないのが分かってるから問題ない。それに民の被害が増えるから、大徳の名を貶めない為にこの状態での抵抗は有り得ない。やっぱり秋兄は既に此処にいないという証明でもある」

 つらつらと平坦に説明を行った。少しの落胆に声のトーンを落としながら。
 秋斗がまた自身の予想だに出来ない手を打ってくるのではないか、と夕は期待していたのだ。
 落ち込む夕とは対照的に、明は中の様子まで思考を向けて少しだけ焦っていた。

「あのさぁ……祭りって国がお金使うよね。国庫のお金は当然、もしかしたら糧食も、酒蔵の酒も解放してるんじゃないかな? 下手したら武器とかもバラして流しちゃってるんじゃない?」

 明からの指摘に目を見開いた夕は、ぶるりと身体を震えさせて思考に潜り始めた。
 明の言う通り、祭りは国の予算を使って行われるモノである。民の生活に活気を与え、金銭の大きな動きを齎す事の出来るイベントであり、成功すれば多くの税を治めて貰い国が潤い、商いによって民達も潤うモノ。
 しかし、主がいないにも関わらず行われるなど前代未聞。軍が安全を守る為に見まわる事も出来ない中で行われると、民さえも危険にさらされるやもしれないというのに。
 抵抗の後に手に入れたとしても国の現状を確かめる為には時間が掛かる。如何な天才であろうと身体は一つなのだ。通常の状態でさえ、劉備軍の文官達の手綱を握らなければ後々まで響いてくる。
 つまり、ただでさえ侵略を行った後に街を治める事は面倒であるというのに、祭り後の管理まで押し付けられたと言う事。
 当然、暮らしている民には自分達が攻めてきたとの話が出回っている。自分達が来なければ安全に楽しく過ごせていた事は間違いないのだから、介入して早期に終わらせるか、向こうの思惑に乗っかって祭りを成功させるかの二択を迫られている。
 城を無視して関わらないという選択肢もあるにはあるが、もし敵がまだ中に潜んでいて後背から奇襲でも仕掛けられようモノなら被害が増える。さらには、袁紹軍は幽州の戦からすぐに徐州に向かった為に物資が少なく、野営ばかりとなると補給が滞り兵の士気も下がる。
 本当に短い範囲の、これがただ単に劉備軍のみを敵としているなら関わらないのが正解。
 しかし長い目で見るのならば、祭りを成功させて民の心を少しでも解し、本城をしっかりと掌握すれば最大限の成果となり得る。
 一度でも城内に足を踏み入れてしまえば袁紹軍がどう行動を起こすかを民から注目される事となり、強制的にこの策に乗らざるを得なくなる点が厭らしい。

「これはさすがにズルい」
「だよねー。自分達の民を人質にしてあたし達を束縛しようってんだから。あたし達に民を守れって言ってるんだもんねー」

 その言葉に眉を顰めた夕はビシリと人差し指を突き立てて明の眼前に示した。

「明、そうとも言えるけど少し違う。平原から手に入れた情報によると劉備が治める街には特殊な仕事がある。区域警備隊という職業がカタチになっていたら暴漢や盗人による街の荒れは最低限抑えられているはず。
 だから……これは無言の取り引き。私達が攻める時間を遅らせてくれるなら、国の利益はこちらにくれる。遅らせないのなら内部の情報が手に入らないだけでなく、徐州ですぐには補給が出来ないという事。
 これは脅しというより私という政治屋への挑発の意味合いが大きい」

 様々な事柄を自身で確認していき、自分の力を試す事の出来る不可測の難問を与えられた事にゾクゾクと背筋に快感が走り、夕は表情を蕩けさせた。
 空城計など生ぬるい。戦争という力を行使する盤上から、平和的な暴力と言える政治の盤上にすり替えて袁紹軍を足止めに来たのだ。
 自軍が行動を整える時間を買う為に民を利用しながら街を売る大徳らしからぬ最悪の計略であり、袁紹軍が不徳を行わなければ民の為になる人を信じる大徳らしい異質な計略。劉備軍は敵である夕に対して民の為だけは手を組もうと言っている。
 糧食が解放されていれば即時の補給は不可能。民から直ぐに搾り取れば不満が募る。武器にしても、鍛冶屋にでも流されていたら買い取るしか無く食糧調達の予算まで減ってしまう。早期の侵攻によって糧食も軍備品も最低限しか持ってきていないのでどうしても徐州のモノに頼らざるを得ないのが厳しい所であった。
 更には、彼女達は先の戦で民から反感を買っている為に無理矢理な事は出来ないのだ。幽州に手こずっている状況で徐州まで、となると従えた豪族の心が離れるは必至。
 次の敵が誰であるのかを考えれば徐州の早期掌握は必要不可欠であり、袁紹軍としてもこの祭りの成功は民の信頼という無形の財産を得られる為に利が多い。

「どうせタダで城を渡すなら最大限に利用して値段を上げてから押し売りするってわけか……」
「ん。この策、劉備軍にとって波状効果が多すぎる。大徳の風評を生かす事も出来るし、無血開城は民の被害も減らせるから全く問題ない。私達の補給に時間を掛けさせて、あっちは逃げるにせよ戦うにせよ準備する時間が手に入る」
「それでもねー。民の心を惹きつける機会を対価に時間を買うなんてさ、連合の時を思い出してあたし達が民の事気にしないって思わないのかねー」

 明の発言に少しだけ悩んだ夕は、ポンと手を叩き納得の仕草、そしていつもの無表情で彼女を見上げた。

「……明が関靖の髪留めを届けさせたから、というのもあると思う。秋兄は私達の事を少しだけ信じてくれてるのかもしれない。秋兄は頭が悪くないから私達が民に被害を与えたら曹操と戦うのに不利になる事も分かってるはず。これからの状況がどうなるか分からない秋兄達からしたら、どんな場合にも対応し得る最良の一手かもしれない」

 あちゃー、というように手を頭にやった明は少しだけ楽しそうに笑った。自分の行動がこの現状を生み出したかもしれないとは思わなかった故に。

「夕に対してもあたしに対しても意趣返ししてるって事かー。まあ、郭図が捕まえてきたらじっくり何考えてるか聞いてあげよっかね。それで、これからどうするの?」
「……明と私は一万の兵と一緒に城で直ぐに対策に掛かろう。郭図と文醜は中間地点で陣を敷いて貰う。最短経路に向かわせた兵は袁術軍と劉備軍本隊の挟撃。他には、南皮から幽州に補助の文官を送らせて内部掌握に力を入れて、顔良と本初の行動を早くさせるのも同時進行で行く」

 決定した事は劉備軍の策に乗るという事。
 取り引きは受けるが劉備軍を潰す事に変わりは無く、袁術軍がいるのだから時間をやる必要もないのだと判断して。

「了解♪ 何があるか分からないから夕の周りには最低でも五人の兵を準備しておくね。極力あたしが隣に居れるように動くけどさ」
「ん、ありがと。じゃあそろそろ行こう」

 ウインクを夕に投げた明にコクリと頷き、軍を城に進めようとした――所で彼女達の元に一人の兵が駆けてきた。

「で、田豊様! 劉備軍本隊が……陣を片付けて全軍で豫洲に向け行軍を開始致しました!」

 焦りながらの報告を受けて、夕と明の反応は驚愕。
 彼女達は劉備軍が戦を行いながら曹操の元に使者を送ると考えていたのだ。数が少なかろうと劉備軍の力を侮っておらず、長い戦でじりじりと疲弊させながら兵力を減らし、曹操が同盟に乗った所で孫策軍をぶつける腹積もりだった。
 それが全軍で、となると話が変わってくる。
 未だ士気が高く、糧食も十分で元気な劉備軍と曹操軍に足並みを揃えられては手こずる事となると同時に、孫策軍が到着するにもまだ時期が早く、袁家だけで対応をするとなると兵を失いすぎる。
 兵を下がらせた後、顔を顰めた明はのほほんとした桃香の顔を思い出して舌を出して不快感を表す。

「うへー、臆病ってのは厄介だね。それとも案外強か、とも言えるのかね」

 対して夕は……ピタリと動きを止めて思考を回し続けていた。
 着々と積み上げられていく展開、為政者たちの動き、曹操がどう動くか、劉備の真の狙い、自分達が最も利する為には何をすればいいのか……膨大な計算が彼女の脳髄を整理していく。
 明は何も言わず、ゆっくりと空を見上げて彼女の思考が纏まるのを待っていた。いつも通り、最善を導き出すだろうと安心しきった表情で。

「……今回はそのままでいい。劉備軍の補給は不可能になったから、長期戦には耐えられない。同盟を受けたなら、曹操から支援を受けるとしても足を引っ張る事になるし、私達は各所に伏兵を配置しつつのんびりと攻めて来るのを待つのが上策。ただ、孫策軍への警戒を最大限に引き上げる」

 曹操でも無く、劉備でも無く、彼女が選んだのは孫策の警戒の強化。
 何を狙っての事であるのか明には分からず、首を傾げて疑問を示すと、チラと目を向けた夕は一つ頷いて続きを紡ぐ。

「首輪が壊れた事に気付かせず利用するだけして、ボロ雑巾みたいに使い捨てる為。孫策が徐州に到着次第、建業に使者を送って孫尚香を暗殺。孫権も呼び寄せたい所だけど上層部の無茶のせいで内部が荒れてるから不可能。だから公路と七乃と紀霊に孫権は任せる」
「なるほどねー。で、もし孫策にばれたら?」
「その時は毒でも使って殺せばいい。あの血族、というか孫呉の土地柄は家族第一主義だからバカみたいに無理な戦を押し通してくるだろうけど、怒りで思考が狭まった軍は罠に嵌めやすい。戦場で先頭を切るあの女はいい的になる。曹操との戦をある程度で切り上げたらどっちみち情報を上げてこっちに向かわせるつもりだから問題なし」

 くだらない、と言わんばかりに息を一つついての言葉。
 一時の感情で動かずにもっと長い目で見て、確実に絶望を与える道を選ぶ冷酷さを持てばいいのに、と……夕は自身がそれを行っている為に孫呉のモノを格段に侮蔑していた。

「だよねー。最後まで抵抗するなら根絶やしにすればいいだけだし。先の事なんか知ったこっちゃないかー。孫呉なんか無くっても大陸は死なないし時代は回る。あんな土地、めんどくさいから焦土にしたっていいくらいだね」

 そんな夕と同じように、明はなんでもない事のように言って退けた。
 彼女達は自分の幸せしかいらないのだ。夕にしても、世界を変えるのは二の次、そんなモノは統一してからで十分に事足りると考えている。
 どれだけ犠牲が出ようと、乱世を越える邪魔になるのなら滅ぼしてしまうのが彼女達にとって最善。利用出来ないモノには全く価値が無いのだ。
 明の言葉を聞いて、自分が憎いモノと同じである事に気付いた夕は自嘲気味に小さく笑った。

「ふふ、私も所詮袁家の人間ということ。でも今の袁家よりも本初の作る袁家の方が良くなるのは確実だから民には我慢して貰おう。世界なんか繰り返しでしかないのだから、その中で自分の存在証明と最高の幸せを願って何も悪い事なんか無い」
「あたしは同意するけどさ、秋兄は否定するんじゃないの?」
「あの人はいいの。それしか手段が無いなら選ぶ人だろうし、劉備の成長を待ってる事から分かるように誰かの在り方に口出しもしない。
 私達の元に来る事で壊れてしまってもいいの。私が欲しいだけだから。むしろ壊れて欲しい。そうなれば私だけのモノに出来る。人は壊れたら何かに依存するようになる。私と明みたいに」

 口を歪めて、夕は恍惚とした瞳を空に向けた。自身の嘗てを思い出して、親友の過去を思い出して。
 明は……もう抑えきれずに身体をくの字に曲げて笑い声を上げた。楽しそうに、嬉しそうに……優しい親友は自分の世界の平穏を願う異端者に堕ちたと、ある意味で人間として正しい姿になった気付いて。

「ひひ、ははは、あはははは! あー、おっかしい。ふふ、好きな人に壊れて欲しいなんて……夕は容赦ないねー。自分の為にしか動けないんだもん」
「それは明も一緒。依存してる私の為が自分の為だから、自分の存在を肯定する為だから。ふふ、私が皆を幸せにしてあげる。私が欲しい人のみだけど」

 彼女はにやりと傲慢な笑顔を向けた。
 自身の根幹にあるモノを指摘されて、なんでも見抜いてくれる親友の存在に明は安堵して、もしかしたら彼女の方が乱世の奸雄に相応しいのかもしれない、なんて考えながら明は笑いすぎて零れた涙を指先で払った。

「ま、とりあえず今出来る事をしよっか」
「ん、いつもありがと。じゃあ軍を纏めて一刻後に行動開始」
「御意だよー、あたしのお姫様」

 優しく夕の頭を撫でた明は悪戯っぽく舌を出してから背を向けて、軍の指示の為にいつも通りひょこひょこと歩いていく。
 その背を見つめる夕は満足気に信愛の籠る瞳を一寸だけ送り、ぽつりと小さく呟く。

「……秋兄も明みたいになったら、寂しくないでしょ? 他の人にだって依存していいんだよ。あなたに返せるモノは返して行きたい。あなたの事も幸せにしてみせる」

 明の幸せを取るために一人の人間の心を壊す事を決めていた。
 彼女は平等では無く、好きな誰かにだけ己が描く幸せを押し付ける。
 天幕の前を静かに歩く彼女は……自分もやはりどこか歪んでいるのだと考えながら、想い人の仕掛けてくれた楽しい策を自分達の為に利用しようと思考を傾けて行った。


 彼が仕掛けた策の全てが、この時点で既に成功しているとも知らずに。



 †



 夜半を過ぎた頃であった。
 人の蠢く異様な気配がして起き出す事は私にとって日常茶飯事。一人寝であっても、滾る情欲を落ち着かせた睦み事の後であろうと例外では無く、次いで城の様子が変わった為に身なりを整え始めていた。
 予想通り、慌ただしい足音が廊下に響き、急な何かがあったのだと知らせてくれる。
 その足音は私の愛しい部下の奏でる音であり、緊張感を少しだけ解してくれた。

――あなたが来たと言う事は急なモノの中でも重要な案件。いつものように扉の前で声を掛けずに、私の名を呼びながら近づいて来れば最重要ね。

「か、華琳様~!」

 焦りを前面に押し出した声が発せられて、胸に来るのは歓喜の感情。
 どれほど待っただろうか……性に合わないと分かっていながらも機を作りだすよりも機を待つ事を選んでいたのだから。
 本来ならば、自分から動いて全てを操っているはずであるのに、この私が待たされていたのだ。
 初手を取られてから巻き返していたとしても、やはり私に受けは似合わない。
 切り取られた盤上ならば攻め続ける事は出来よう。しかし最善の手段を見つけてしまったのだから抑え付けるしか無く、策という刃で首を狙った礼儀としてこちらも策で切り返す……というのも私の在り方の一つだろう。

「入って構わないわよ桂花」

 扉の前に彼女の気配がすると同時に言い放つと、愛しい私の王佐がおずおずと申し訳なさそうに入室してくる。
 起こった事態はなんであるのか、あらゆる感情が綯い交ぜになった彼女の表情からは分からなかった。
 田豊の手がこちらに伸びてきたのか、劉備が早々に使者を送ってきたのか、そのどちらもであるのか。
 話すようにと目を細めて促すと、桂花は胸に手を当てて息を整えるとゆっくりと口を開いた。

「りゅ、劉備軍から使者が参りました。今は城の前で待たせております」
「そう、半端な使者なら追い返しなさい……というのはあなたも分かっているでしょう。あなたが直接ここに来たなら、相応の使者を寄越したという事なのでしょう」

 ゴクリと喉を鳴らした桂花。私の対応がそれほど異常であったのか。ふいと、頭に一つ予測が華を咲かせる。

――ああ、桂花は劉備が戦ってからここに使者を送ると考えていたのでしょう。劉備の性格把握がまだまだね。軍師としての利を考える頭では無く、なりふり構わずに人を少しでも救いたいという思考を積み上げればあれの考えている事を読むのは容易い。

「風評など劉備には無意味よ。それを考えるまでも無く行動して結果で示し、後に民を味方に付けるのがあれの本質。諸葛亮ならそれを分かった上でこの時機に手を打ってくる。次は読み切りなさい」

 袁家と劉備軍、二つの事に頭を向けるのは負担が大きいでしょうけれど、桂花にはもっともっと大きくなって欲しい。
 内政に関しては桂花は私と肩を並べるとしても、軍略という面ではどうしても及ばない。内政も軍略も、視点を変えれば……というより人が介するのならば全て繋がるのだから化けさせる事が出来るのだ。

「肝に……命じておきます」

 しゅんと肩を落とす彼女は可愛らしい。責めているわけではないのよ桂花。

「あなたが負けているとは思っていないわ。今日より明日、明日より明後日、人は成長するモノなのだから今の自分を乗り越えなさい」
「は、はいっ」

 ぱあっと明るくなった表情に微笑み返し、今来ている案件を消化する為に話を戻す事にした。

「じゃあ教えてくれるかしら……劉備軍からは誰が使者に来たの?」

 分かりきっている事ではある。この時機であの勢力が送れる使者は限られている。袁紹軍進行の情報が早いうちに入り、一所に纏まって戦いながらであるならば諸葛亮が来れただろう。現状では田豊率いる袁紹軍と孫策軍相手ではそれをしてる暇も無いだろうけれど。
 送られた使者が私の予想通りならば……話は聞いてあげましょう。

「使者に赴いてきたのは……関羽です」
「……ふふ、こうも上手く事が運ぶとは。いいわ、関羽程の重要人物を送ってきたのだからこの夜半過ぎの訪問も許しましょう。直ぐに謁見の準備を。寝ているモノ達を起こして謁見の間に集めておきなさい」

 御意、と礼と言葉を残して下がった桂花を見送り、身なりを整えながら思考に潜る。
 薄い望みだったが、公孫賛を使者に送ってくれたなら、貸し付けのみで同盟を受けるつもりだった。幽州を取り戻す為に一時的な協力関係を築き上げ、公孫賛が私の元へ来る機会を与えたかったのだ。個人的な貸し付けを行えば、義に厚い彼女を幾多の糸で絡みとれたのは予想に難くない。
 しかしそれも叶わぬ願いとなった。まだあの誇り高き白馬の王を手に入れる機では無いということ。

――黒と白を両方手に入れるのは欲張り過ぎ、か。やはり、ここで手に入るのは見立て通りに黒一色。

 関羽が来たならば計画通りになるだけ。
 必要な糸は既に張り巡らされている。最後の一押しをするだけで絡みとれるだろう。

――とは言っても、諸葛亮の狙いはこれだけでは無いはず。あれほどの天与の才を持つモノが成長していないわけがない。幾つか予測を組みなおしておきましょうか。

 くるくると己が金髪を巻き込みながら思考に潜り続ける。
 諸葛亮が一番欲しいモノは何か。人は誰しも欲張りなのだから、誰かの為だけでは考えていられない。
 劉備の為、と言いながらもあらゆる理由を持ち上げて自分の欲を隠しているだろう。
 黄巾の時に話した性格からは……引き気味であるが負けん気の強い軍師。私相手にも迷わずに最善策を提示するくらいであったのだから内に秘める欲求は大きなモノだろう。
 劉備の王佐ならば、犠牲を減らす事が第一と考える……では無く、劉備の理想を叶える為に必要な選択肢にまで持ちこむ、持ち込みたい。
 つまり諸葛亮は……図らずも私と同じ事を考えた。そして――彼女は読み誤ったと実感するだろう。
 狙いは見事。もし、劉備軍が豫洲の国境付近まで陣を移していたのなら、綿密な計画を立てていなくとも間違いなく私はそれを選ぶ。
 足りなかったのは内部の把握だけ。敵を知り、味方を知れば……これは一重に徐晃の失態だろう。
 自然と口角が持ち上がっていた。抑える事もせず、鏡に映した自身を覗き、心の内側を溢れ出させる。

――矛盾し続けるあの男に認めさせたい。この私こそがお前の主に相応しいのだと、私自身を……そして私の作り出している全てを見せて示したい。けれど……想いの首輪は重厚。死刑台へ向かう囚人のように絶望の道を歩くというのなら、もう止めはしない。覇道を彩る華となり、私の心で生き続ければいい。

 自分でも知っている。
 同じ覇道を歩まんとするモノなのだ。大陸をその手に治め、世に悠久の平穏を願う者なのだ。
 想いの鎖がどれだけ冷たいモノであるのか、私にしか分からない。その高みに昇る為に何を切り捨てる覚悟が必要かも、私にしか分からない。
 だからこそ……欲しい。才では無く、在り方として。
 思考を打ち切って、パタリと机に立てた簡素な化粧鏡を伏せた。

「さて、私の存在の写し鏡を手に入れましょう。真なる覇王はこの大陸に私一人。劉備では成り得ないのだから……お前は最初から間違っていたのよ、徐晃」

 誰に言うでもなく言葉を零し、椅子から立ち上がり、静かな期待に高まる胸をそのままに謁見の間へと歩み始めた。






 謁見の間、仕切り布で区切られた待機場所の椅子に腰を下ろしている愛紗は、目を閉じてただ時を待っている。これから行われる謁見での交渉に意識を向けて、決して気を抜くことはせずに。
 単騎で曹操の元に駆けられるモノは星か白蓮、鈴々か愛紗であった。白蓮と星は仲間になって間もなく、密盟を断られたという事から使者には宛がえなかった。
 鈴々では交渉は苦手なので不可能。朱里は部隊を動かさなければならない為に離れられず、桃香は主である為に論外。
 では愛紗は、となるとどうであるか。
 ある程度ならば、愛紗が居なくても戦場を持たせる事が出来る。総力戦のような決戦には余程の事が無い限りなりはしない状況であるが故に。
 次に人柄。
 彼女は飛び抜けて頭がいいわけでは無い。しかし悪いわけでも無い。
 ヒステリックに誰彼かまわず否定するわけでも無く、主にさえも厳しい意見を残す事があるのだ。
 例えば、無礼な輩に高圧的な態度を示さなければその主はどう思われるであろうか。彼女の一面に対して目が行くモノは浅はかと言える。覇王であれば、非礼と知りつつも無礼を咎めるモノが仕える主なのだと評価が上がる。
 例えば、彼がしている事を誰かが否定しなければ、人の善なる心を曖昧にしてしまい、理想を追い続ける為の信念がぶれてしまう事はないか。善性だけを推す事は悪手だが、それを信じてこそ人は善性を持つ事が出来る。その為に彼女は秋斗とぶつかる事が多いのだ。
 細かい所である。しかし、汚れ役を進んで背負う彼女は何があろうと変わらずにそれを遂行する。
 変わらない、というのはそれだけで強い。曲がらないというのは誰かに安心感を与えられ、誰もを支えられるということ。
 だからこそ、秋斗は誰よりも愛紗の事を尊敬し、背中を預ける事に迷いはない。
 朱里が愛紗一人を選んで、本隊に合流させずに向かわせたのはその安心感から。
 愛紗を送り出したのは……希代の覇王である曹操に対して臆さずに交渉が行えて、決して流されずに意見を言えるその点。
 朱里の狙いは一つであり、それをもぎ取ってこれるのは愛紗だけであった。
 がやがやと、謁見の間からは夜半であるのに楽しそうな会話が聞こえるも、愛紗は厳めしく眉を顰めて逸る心を抑え付けていた。

「むう……華琳様の安眠を妨害するとは……許せんな」
「クク、閨番の時に邪魔されんで良かったんとちゃうか? 桂花やあるまいし焦らされるの我慢出来へんやろ」
「おお、確かにそうか。って良くないだろう!?」
「春蘭、静かにしなさい! 霞も……後で覚えておきなさいよ?」
「ははっ、恐いこっちゃ。しっかしこんな夜中に召集なんて……なんややばいことでもあったんかいな。なあ、凪ぃ? ……って目ぇ開けたまま寝とる……ほんなら――」
「ひゃん! し、霞様! ちょ、やだ……んっ」
「いやぁ、ええ尻しとんなぁ♪ ここか、ここがええん――」
「霞! いい加減になさい! 明日のおやつ抜きにするわよ!?」
「はぁ!? 明日のおやつて店長んとこの甘味の『餡どぉなつ』やないか! 凪すまん! 分かった、もうやらへん!」
「い、いえ。寝ていた自分も悪いので……」
「霞ちゃーん。風でしたら抱きしめてもいいのですよー」
「むむ、そ、それくらいやったら――」
「風、そうなれば霞のおやつは桂花が食べるつもりでしょうから誑かして代わりに貰おうとしても無駄ですよ」
「なんやて? おいこら風。あんたぁウチを嵌めるつもりやったんかいな?」
「……ぐぅ」
「ねーんーなー!」
「おおー、いひゃいのでふひあひゃん」
「遅れてごめんなさいなのー! 季衣ちゃんも連れてきたの」
「ふあぁ、まだ眠いですよ華琳様ぁー」
「華琳様はまだよ。全員揃ったようだし、華琳様ももうすぐいらっしゃるから自分の場所に向かいなさい」

 きゃいきゃいと騒いでいた声が桂花の声で収束し、謁見の間は徐々に静かになって行った。
 その楽しそうな様子を聞いて、何処も自分達の所と変わらないのではないだろうか、と愛紗の脳裏に油断が浮かびかける。
 ただ、それは直ぐに取り払われた。
 足音だけで分かる程の自信と、凛と全てを張りつめさせるその声によって。

「揃っているわね。夜分遅くに集まって貰ったけれど……そうね、桂花が説明なさい」

 さも当然の事であると語り、その場に居らずとも届いてくる覇気に冷や汗が愛紗の背筋を伝った。

「御意。隣に位置する徐州では現在袁家との戦が行われており、両袁家の策略によって劉備軍は窮地に追い詰められている。そこで、向こうから早馬が来たのよ」

 しんと静まり返る謁見の間の厳しい空気を感じて、愛紗の喉がゴクリと鳴る。

「ありがとう。劉備軍からの交渉と言った所でしょう。誰が来たかは……見て貰ってからにしましょうか。入りなさい」

 すっと立ち上がった愛紗は背筋を伸ばして歩みを進める。
 袖から姿を現すと、

「な、なんやて」
「関羽……だと?」

 武官の誰しもが息を呑んだ。
 兵をやるでも無く、愛紗ほどの重要人物が戦場を離れて此処に現れた事に疑問を持つのは必然。
 対して、稟と風は目を細めて思考に潜り始めた。
 彼女達でさえ、予測では交渉は諸葛亮あたりが来ると読んでいたのだ。
 だというのに愛紗が来た、それの意味する所は劉備軍が袁紹軍侵攻の情報を手に入れるのが遅れたということ。
 各々で相手の思惑とこれからの展開、そして……己が主が何をするか、思考を巡らせていく。
 愛紗は華琳に力強い瞳を向けて、すっと礼の姿勢を取りながら口を開いた。

「我が名は関雲長、大徳劉玄徳の一の臣にして大望の為、刃を振るうモノなり。夜分にこのような謁見の機会を設けて頂きありがとうございます、曹孟徳殿」
「よい、そちらも急いでいるはず。凝り固まった礼式は必要ない。交渉の内容を申せ」

 突き刺さるように言葉と覇気を叩きつけられて、顔を上げるのも鈍重な動作でしか行えず。黄巾の時とは段違いのモノであり、愛紗は内心に緊張を強いられた。

「では……武のモノでありながら、この場に立たせて頂いた事にまず感謝を」

 礼はいらずと言われても愚直に、型を崩さず真っ直ぐに華琳を見据える。その姿と態度に、ほうと華琳は感嘆の息を吐いた。

「我が主は徐州にて袁術軍と戦を行っておりましたが、袁紹軍の侵攻により個での撃退は困難と判断致しました。
 そこで、徐州にて両袁家の撃退の為、ご助力をと思いこの場に参上した次第。何卒、徐州の民の為、一人でも犠牲を減らす為に、そのお力を貸して頂けないでしょうか」

 愛紗はそこで大きく身体を曲げて頭を下げた。
 武官であれば、己が力で主を守れない事はどれほどの屈辱であるのか、霞は一番に分かる為に表情を曇らせた。自分達もこのように誰かに助けを求める事が出来ていたら、と考えてしまうのも詮無きこと。

「まだよ」

 短く、投げ与えるように放たれたその言は鋭い。愛紗は顔を上げず、華琳から続きが紡がれるのを待っている。

「対価を聞いていない。同盟を結ぶというのなら、先に対価を示しなさい。公孫賛は……部下の関靖に判断を任せていたが、自身達で幽州を守りきって同盟が為されたあかつきには一個部隊分の名馬を送ると言った。公孫賛のように自分達だけで守れないと言うあなた達は何を私に差し出してくれるのかしら?」

 事前に行われていた交渉を開示する意味は逃げ場を塞ぐ事。それ以下は認めず、断る事も、最善の結果から妥協線まで落とす事もあると示している。
 愛紗は震えそうになる拳を無理やり抑え付けた。白蓮の姿、星の傷ついた姿を思い出して、華琳が助けていてくれたなら、二人は救われたのにという想いが溢れ出しそうになっていた。
 しかし……冷静に、己が主の為だけに彼女は心を固めている。だから激発する事は無く、場を誤る事も無い。

「……曹操殿には……徐州を明け渡します。益州は現在、劉家の家督争いにて民が疲弊しきっていると聞きます。悪官が跋扈し、過度な税によってその日の生活もままならない。その場所を、我らが止めに向かう許可を――」
「お前っ……ええ加減にせぇや! 言ってる事がどういう意味を持ってるか気付いとるんか!? またゆぇ……っ……繰り返すって事なんやぞ!?」

 堪らず。あらんばかりの怒気を溢れさせた霞は愛紗に向けて食って掛かった。武器があったならば、斬り殺さんと言わんばかりに。
 どうにか内容は隠したが、反董卓連合のように情報だけを頼りに敵を決めて攻め込まんとするその在り方を見ると、許せるはずが無かったのだ。
 愛紗はその憎悪の視線を受けて、一人の男の気持ちを、彼の覚悟を理解した。どれほど自分に足りなかったかも。
 理不尽を押し付けられた側が憎む事は当たり前、それを受けて尚、理想を叶える為に進む覚悟を持て。
 秋斗は二度も今のようなモノを向けられている。死に淵に於ける最大の怒りの怨嗟と、全てを奪った後のどん底の絶望の怨嗟。あまつさえ、怨嗟を向けられてもおかしくない相手を近くに置いているのだ。通常の人間ならば気が狂わない方がおかしいというのに。
 彼が命を投げ捨てるように戦う理由は、この覚悟ゆえであったのだと、本物の怨嗟を向けられた事によって、漸く真に理解出来た。

「霞、この場から出て行きなさい。交渉の場に個人の感情を持ち込むのは許さない。それに武人が恥を忍んで主の為に礼を貫き通したのだからあなたも私の為にそれを示せ。退出した後は部隊と糧食の準備に動くこと。袁紹軍との戦でも先鋒を命じる。罰は戦の後に執行するが、働き如何によっては考えよう」

 毅然と示され、霞は華琳の方を向き、無言で問いかけた。悲哀と激情の混ざる瞳は痛々しい。
 愛紗は華琳の言葉に目を見開いた。交渉がこんなにも呆気なく成功したと考えて。

――本当に劉備軍を助けるつもりなのかと言いたいのでしょうね。幾人かも疑問に思っているでしょうけれど……今は何も言わずに私を信じて欲しい。

 信頼の籠った瞳を向けられて、霞は一つ目を瞑って喉を鳴らして想いを飲み下した。
 短い期間ではあるが、彼女は華琳がどのような人物なのかを理解している。
 主として信じ、己が神速を使ってくれと自分が示したというのに、月の事で怒りに染まった自分は部下として迎えてくれた華琳という新しい主をも侮辱した事になると気付いた。

「……関羽殿、非礼を行い申し訳ない。この借りは必ず返す。……また増やしてもうたけどな。
 我が主には機会を与えて頂けた事に感謝を。この失態、必ずや神速を以って我が主の為に注ぎます」

 愛紗に頭を下げ、すっと礼をとって霞は謁見の間を後にした。
 しばしの沈黙。後に、凛とした声が室内に響いた。

「重ねて部下の非礼をわびさせて頂戴」
「いえ、構いません。我らが無理を言っている事に変わりはないのですから」

 どちらもがぼかして言い合い、霞の件はこれで打ち切りとなった。
 しかし、他の面々も愛紗も、ピリピリとさらに張りつめた空気に呑み込まれ始めていた。

「では交渉の話に戻ろう。関羽、この交渉……受けるつもりは無い」

 茫然と、愛紗は華琳に目を向ける。その意味が理解出来ずに。先程兵を動かすと言ったではないか、袁紹軍の先鋒に張遼を向かわせると言ったではないか、と。
 その様子を見て、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた華琳は満足そうに目を伏せる。

「今は、というのを付け足しましょうか。劉備に直接会って再度交渉を行いましょう。交渉が成功する事を考えて、少しでも連携の軍議を行う時間を稼ぐ為に豫洲とのギリギリに陣を構えているのでしょう? 軍備が整い次第、そこに案内しなさい」

 全く意図が分からず。しかし自分よりもその場にいるであろう朱里の方が交渉を上手く行える為、愛紗は頷く事しか出来ない。
 口から零れそうになる感謝の言葉は寸前で抑え込む。まだ、何も解決していないのだと気を引き締めて。初めから受ける気は無かったが、張遼の失態からもう一度華琳自身で交渉を行う機会を設けてくれたのだと判断して。
 愛紗は気付けなかった。これが偶発的なモノを利用した思考誘導である事に。

「我が臣に告ぐ。早急に軍備を整えよ。夜を徹しての行軍となる。先行する部隊は霞、凪、沙和、春蘭、桂花、稟で行く。風は城に残り、糧食と追加の兵を随時送ること。季衣は親衛隊と共に私の側にいなさい」

 御意、の声と共に皆がその場から動き始める。
 そしてその場には華琳と愛紗の二人だけとなった。
 視線を向けられ、愛紗の身体は緊張に支配される。何か、得体のしれないモノに這いずられるような感覚を伴って。

「ふふ、個人的な話をしたいのだけれどいいかしら? どんな答えを返してくれても構わないわ」
「……答えられる事ならば」

 愛紗が訝しげな目で見つめると、華琳は一寸だけ恍惚とした表情に変わるも、直ぐに不敵な微笑みに戻った。

「同盟という手段は劉備が選んだのね?」
「はい。我が主が自分で決断した事です。一人でも多くの人を死なせない為に。体裁も風評も投げ捨てて臆病者と言われようと、徐州を袁家から守る為に」
「確かに私達ならば袁家よりも上手く徐州を平和に出来るわね。でもその為に、私達の兵を犠牲にする事を選んだわけだけれど?」
「……我らは大陸の平和を願い、その為に乱世に立ちました。黄巾が終わっても荒れたままの大陸では、火の粉を振り払うだけで平和が訪れる訳がない。だから……あなたの言い方ならば利用しようとしています」

 事実を突きつけられても、愛紗は逃げない。正直に自身の考えている事を話し、これは自分達の非力からだと認めている。

「他人を利用してでも成し遂げて守りたいモノがあるか。劉備の言い方ならばこうかしら、私達と協力し合えば平和は訪れるから、と」

 皮肉気に言われて不快に眉を顰めた愛紗であったが、それ以上言葉を返そうとはしなかった。協力という道があるならば、白蓮の交渉を受けていたはずなのだから。
 それを見て、華琳はここまでというように椅子から立ち上がった。

「関羽、あなたは惜しい人材だけれど……もう劉備の元でしか生きられないのね。ずっと支えてあげなさい、あの子にはあなたのようなモノが必要なのだから。部屋を用意させるから出立まで身体を休めておきなさい。単騎駆けは疲れたことでしょう」

 すれ違いざま、背中越しに掛けられた労い以外の言葉は、愛紗にとって謎かけのようであった。
 この交渉の行く末を言うでも無く、ただ支えろとはどういう事なのか。考えても分かるはずがなかった。
 首を傾げる愛紗をそのままに、華琳は謁見の間を後にする。

――乱世が終わり、全てを手に入れたら劉備ごと私のモノになるのだから、とは言わないわ。今はあなたは要らない。覇道に対抗する大徳の敵対者は強大でなければならない。もっと、もっと大きくなりなさい……劉備。

 乱世に於いて、大嘘つきの例外以外、彼女の欲しいモノは劉備軍には無い。
 どうしても許せない存在である秋斗だけは彼女が彼女である為に、手に入れるにせよ、切り捨てるにせよ一時は己が元に必要であった。
 また、いつかのように綯い交ぜになった感情を携えて、華琳は胸に手を当てた。
 その男が何を選ぶのか、人の心の機微に聡すぎる彼女でさえ分からず、だからこそ面白く、同時に苛立ちが募る。
 逸る心を抑え付けて、吹き抜けの廊下へと出た華琳は空を見上げる。
 曇天の空は月も星も無く、煮え切らない彼女の心のようであった。

――これが終われば晴れ渡れ。邪魔をしてくれるな雲よ、日輪の如く大陸を照らす為に。

 
 

 
後書き
読んで頂きありがとうございます。

すみません。戦の話では無いのです。
黒麒麟と鳳凰の考えた平和的政治計略。タダでやるなら押し売りを、さらにはまだ隠した策があったりします。恋姫らしい計略に出来ていたら幸いです。
袁家二人組のぶっ壊れ具合を出してみました。
二人の過去話はその内。

交渉はこんな感じになりました。
はい、魏√のアレンジになってきてます。内容は全く違いますが……
愛紗さんでなければ桃香さんと華琳様の直接交渉には持ち込めないのですよ。ちなみに朱里ちゃんの狙い通りです。
がやがや感を出す為に交渉前は地の文無し。霞さんがただのすけべおやじです。ごめんなさい。

華琳様の治世への思惑は主人公と一緒です。より大きな乱世による、より大きな治世を。だからこそ、主人公が桃香の元にいるのが許せない感じでしょうか。


ちなみに孫呉の話はしばらく書きません。
小蓮ちゃん暗殺が成功するかは後々です。

次こそは主人公たちの袁紹軍突破戦後半です。

ではまた 
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