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描写練習 動作編

作者:七織
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弓を引く

 音もなく吐き続けた息を止め、その時を待つ。
 少しして、自然と離れた矢は、タン、という小さな音と共に的に突き刺さった。




 床板が貼られた弓道場に立つ。静かに息を一度吸い、吐く。気温の低さから息が白く揺らぐ。
 道場の広さは六人立ちが一つ取れる程度の小さな道場だ。床板はニスの輝きをなくしどこかくすんだ色をしている。
 門下生も少ない。錬士八段の師範はいるが呼び込みを積極的に行っているわけでもない。両手で数えられるだけの人数程度だ。
 そんなだから日頃も人は少なく、弓を引きたいものだけが来たい時に来るというもの。
 雪が降り積もっている今日、この時。他の人間が誰一人いないというのも当然の帰結だ。

 少女は一人袴に着替え右手に弓掛をつけ弓を握る。
 重さ十七キロの練心。少女の細腕を思えば強い張りのそれを携え、弦を口に咥える。壁に掛けられた木版の凹みに裏筈をかけ、元筈を膝に乗せ体重をかける。しなった弓に口から外した弦をかける。
 久々の弦貼り。少女はわらじで何度か慣らした後、矢筒から矢を取り出す。必要な分だけを手にとり後は矢箱へ。

 吐き出す息が端から白く曇る。顔を向ければ夜の中こんこんと降り積もる雪が目に映る。
 道場の電球は古く明かりは弱い。月の明かりの方が強く目に映るようにさえ見える。
 矢を四本持ち入場。双の拳は腰骨に。左に握った弓の裏筈は床につかぬよう。右に握った矢束はバラけず弓を並行に。
 すり足にて入り射場を向く。止めた足から右を出し、視線を動かさぬまま、次いで出した左を腰を切りつつ僅かに滑らせる。揺れる体のままに右は反対に滑らせ、体を九十度横へ。

 足踏み。
 つま先同士の線上が射場へ伸びた体勢。足は逆さハの字。開きは肩幅。体の支えを地に立てる。

 胴作り。
 腹に息を落とし、肩の力を抜き重心を下に。丹田へと。太腿を軽く内から外に向け捻るように力を込め足を張る。支えの支柱を作る。足の張りを抜いてはならない。腹を弛めてはいけない。力は下へ、丹田へ。地に根を張るごとく体を支える。

 顔を前に戻し矢を置く。二本置き、二本持つ。鏃近くを二本、薬指と小指で主に支え持つ。
 弓を起こす。静かに左の拳を真っ直ぐに弧を描くごとく前に出し、弓を床に垂直に起こす。
 右の手にて弦を自分の前へと回す。そのまま左へと右の拳を送る。
 左の拳の指で矢の一本を挟み、右の拳を戻す。支えられた矢の矢筈を右の指で静かに押し、弦枕にかける。
 右の拳を腰へと戻す。ゆっくりと左の拳を下におろす。弓の元筈を左足、弁慶の泣き所に当て、そこで支えるかの如く。
 小さく息を吸い、小さく息を吐く。溜まった無駄な力を吐く息とともに捨てていく。

 取りかけ。
 僅かに弓を右へ寄らせる。弦枕にかかった矢筈のあたりに右手を添える。
 親指と人差し指。つの形のそれを矢筈の場所にかける。かけ、軽く手前に捻るようにして弦を固定する。
 弓掛の親指、その根元部分には筋が入っている。そこに弦をかけるように。矢筈は親指のすぐ近くに。
 脇を広げるように軽く腕を外側に捻る。体の前に丸が開くように。
 師は「大木を抱くように」「嫌いな女を抱くように」腕を開けと笑って言っていた。

 静かに顔を横に、射場へと向ける。
 静かに降る雪は既に積もっていた。暗闇の中にはただただ白い大地が広がっている。
 その向こう、視線の先。舞い落ちる雪の向こうには少女が掛けた尺二的が一つ掛けられている。
 その的を少女は静かに見据える。瞳は大きく開かない。
 「雪の目付」。雪を見るときのように、ただ一つに重きをおかない視線で的を見る。

 少女は静かに息を吸う。

 打ち起こし。
 静かに息を吐きながら両の手で弓を上にあげていく。肩を上げず、肩甲骨を下に降ろしつつ前に貼り付けるように。
 目の前に見えぬ壁が有り、そこに弓を擦り上げながら持ち上げるように弓をまっすぐに持ち上げる。
 上がりきらなくなったところで小さく息を吸いつつ、脇の下を前へと持ち上げるように弓を水平に左にずらし第三を取る。
 無理に力で送るのではない。見えぬ壁に押し付け続け、すりあげる思いで。十引く内の三を引く。
 動作に節目を作ってはならない。射法八節は八つに別れながら一つの動作だ。名による区切りが誤解をさせるが、元は一つの動作を八つで表しただけ。
 その動作に切れ目はなく連続したものだ。最初に生み、生まれた力を切らしてはならない。切れればそこに緩みが生まれる。

 引き分け。
 息を吐きながら少女は弓を引き分けていく。
 馬手と弓手に力を込めてはいけない。筋肉で引くのではなく骨で引くのが弓だ。
 手の力は緩めたまま、第三から続く力の流れで引き分ける。
 肩甲骨を背中に最大限に貼り付け、そのまま左右に開くごとく。胸を前に押し付け、大きく開くように。
 両方の二の腕を後ろから掴まれ、手前へと捻られてみるといい。胸の前が開き腕が横へと動くだろう。肩と一直線上の位置に来るだろう。
 弓手の手の内は親指と人差し指の又を握り革に擦りつけるように、小さく巻き込むように運ぶ。肘は曲げず真っ直ぐと。
 もう開かぬというところまで開き、そこで堪える。

 解。
 ただ堪える。否、開き続ける。
 引き分けの力の流れを只管に続ける。堪えようと力を止めれば緩みが生まれる。力は止めず込め続けなければならない。
 肩甲骨の貼り付け、胸の開き、手の内の脱力、肩の下げ、胴の支え、腹に落とした息。その全てを継続し、込め続ける。
 息を吐き腹に落とし続け、引き分け続ける。
 そして数秒の後、もうこれ以上は力が入らぬ。引き分けできぬ、これ以上はないという最高点の瞬間。自然と矢が放たれる。
 
 離れ。
 馬手の抑えをなくし、矢が放たれる。
 この瞬間、緩んではいけない。馬手の緩みはブレとなり、その弦は顔を叩き矢は狙いを外れる。左手の緩みはブレとなり、左の腕を叩き矢の狙いを大きくずらす。
 されど緩まず離れれば矢は線となり飛ぶ。
 放たれた矢は空を切り闇の中を進む。風切り音を立て、瞬く間に矢は的へと吸い込まれていった。

 残心。
 矢の行方を見つつも力を抜いてはならない。気を張ったまま呼吸に合わせ気を緩め、向けていた顔を前へと戻す。そして両の拳を腰骨へと戻す。
 弓の裏筈を静かに床に付けて左手の力を抜き、弓返りして動いた弦を元に戻してから床から持ち上げる。
 そして二本目を少女は番えていく。

 弓道における的中はそれが結果ではない。求める成果ではない。
 正しい八節を積み上げれば必然と生まれるものでしかない。
 「当てる」のではなく「当たる」。
 引く中でそのイメージが自分の中で出来上がっていくのだ。
 的中を狙うのではない。正しい八節を行い、その副産物として的中が生まれるのだ。
 





 
 弦の音が夜の闇に響く。矢の空を切る音が雪に響く。
 的紙を破る四度目の音が鳴る。
 矢は四本、全てが的に刺さっていた。皆中である。
 寒さに震える体を抱きしめつつ、少女は小さく握り拳のガッツポーズを作った。

「っよし」

 技術は確かなれど、狙いを持ってしまう精神は年相応の少女であった。 
 

 
後書き
思ったより動作少なかった。 
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