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少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
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第四十八話 思春期②



『IDカードを確認します。音声確認のため、名前をお願いします』
「アルヴィン・テスタロッサです。えーと、ID、ID…」

 俺は機械音声の指示に従い、自身の名前と端末を開き、証明書を提示する。目の前の機械から俺のIDカードを読み込む音が響き、続いて『IDカードの確認が取れました』と音声が流れた。毎度のことながら、この場面はちょっと緊張するな。

『おはようございます。今日のご用件は?』
「いつも通り無限書庫で調べ物をしにきました。補佐として、俺のデバイスと魔導書をつれていきます」
『―――はい、確認しました。それとD区間にある本の整理が依頼としてありますが、どうされますか?』
「うわぁ、まじか…。え、えーと、わかりました。それじゃあ、今日はそのあたりで調べ物をしながら仕事をします」

 そして相変わらず、人使いが荒い。俺はまだ11歳なんだけどな…。この前も頑張って整理したばっかりなのに、もう次の依頼が来るとは。覚悟はしていたけどさ。管理局は人材不足だし、子どもだろうと猫の手を借りたいほどなんだから、仕方がないのはわかるけどね。

 無限書庫といった裏方に、それほど人材をさくことができないのが現状である。そんな中で、高魔力と転移のレアスキル、さらにロストロギア所持の許可をもらっている俺にお鉢が回ってくるのは当然のことだった。それでも子どもだからと内容は考慮してもらっているし、何よりもメリットが大きい。そのため、多少の大変さは受け止めるべきだろう。

「コーラル、D区間って確か魔法技術関係の書物があったところで合ってる?」
『はい、そうですよ。……今回のご依頼はD区間の中でも、特に「D022613K未整理区画」をとのことです。これはおそらく、ロストロギア関係の可能性が高そうですね』
『ふむ、管理局からの依頼ということを含め、遺物の情報をまとめておいてほしい、といったところか』

 俺の端末に送られてきた仕事内容の詳細から、コーラルとブーフがそれぞれ意見をくれる。内容的に急ぎのものではないみたいだが、ロストロギア関係は丁寧にやらないとまずいため、本当に時間がかかるんだよな。

 ロストロギアほど迂闊に手を出せない危険物はない。だからこそ、無限書庫で資料を調べ、正しい情報を集める必要がある。間違った知識だった場合、管理局の人や周辺の人々、さらに世界をも危険にさらしてしまうかもしれないからだ。

 備えあれば憂いなし。いつもはロストロギアの情報が必要になったら、その都度チームを組んで調査をしていたが、それでは後手に回ってしまうのは当然。最初から情報が完備されていれば、スムーズに事件を解決できるだろう。だからこそ、今回のような依頼が入ってくるのだ。次元世界では、何が起こるかわからないのだから。


「まぁ、頑張るとしますか。それじゃあ、いってきます」

 無限書庫への入り口が開いたので、俺たちは迷わず足を踏み出す。5年近く通ってきた場所だ。今更緊張も何もない。もちろん油断をしたら、痛い目を見るのは嫌というほどこの無限書庫で味わってきたので、気を付けはするけど。

『はい、いってらっしゃいませ。アルヴィン司書』

 後ろから聞こえてきた音声に頭を掻く。未だに慣れない敬称に気恥ずかしい気持ちになりながらも、俺は転移ゲートを潜った。



******



 今から約半年ほど前。俺は若干の黒歴史と資格を手に入れた。少し前の夏祭りの日、そのことでコーラルにからかわれたが、あの時は本当に嬉しかったのだから仕方がない。狂喜乱舞した。その目撃者であったリニスから、数日ほどビクッと避けられたのは地味に辛かったが。

 このことは、7歳の時から考えていた。副官さんから試験の概要などをもらい、時々くまのお兄さんやイーリスさんに教えてもらいながら、3年は勉強しただろう。学校の授業でも、司書関係は優先的にとっていたので、10歳の冬頃には試験を受けられるだけの下地ができあがっていたのだ。

 できれば早めに手に入れておきたいと考えていたため、俺は迷わず試験を受けた。正直合格できるかは自信がなかったが、ぎりぎり合格点に届いていたらしい。もっとも後で聞いたことだが、俺は管理局の無限書庫によく通っていたし、地上部隊にも顔を出していた人間だ。しかも高い魔力とレアスキル持ち。

 司書になれるだけの最低限必要な技術があるのなら、組織に組み込んでおくべき。という大人の事情が混ざっていたのは事実だろう。実際、無限書庫の司書資格を取ったことで、俺は管理局の職員の1人に一応は含まれる。宙ぶらりん状態だった俺を、試験官の人が考慮した可能性。純粋に自分の力量で手に入れた資格と言うには、難しいかもしれない。

 それでも、俺自身必要なものだったし、無限書庫の司書になったことに後悔はしていない。だからどんな思惑があろうと、俺自身に損がない限りは気にしないことにした。副官さんも俺のそんな性格を知っているから、大人の事情を含め、ちゃんと教えてくれたのだろう。


『しかし、ますたーが司書資格を本当に取られるなんてね。取ってもいいかも、とは確かに言っていましたが』
「おかげさまで、これでひもにはならずに済みそうだ。司書資格があれば、無限書庫の本の管理ができるし、調査権限だってある。ここなら多少の無理が通せるからな。母さんたちにも、堂々と管理局に行く口実ができあがったし」

 司書になったと言っても、未だに俺は末端の立場。将来は悠々と司書の仕事をしながら、次元世界をぶらぶらするのも悪くないと思っている。冒険家を主軸にしたいが、定期的な収入が怪しいのはまずいだろう。とりあえず今は、司書として頑張ろうと考えているところだ。

 管理局からの仕事の依頼はあるが、それも決して悪いものじゃない。調べ物はもともと好きだったし、新しい知識が増えるのは素直に楽しい。何より、俺が調べてまとめた情報が、誰かの命を救う手助けになるかもしれない。そう考えたら、時間を使うだけの価値はある。

 あとは今まで隠すことしかできなかった管理局との繋がりを、話せることも嬉しかった。家族や友人たちに心配をかけずに済む。後ろめたいことはなくても、やはり嘘や隠し事はしたくなかったからな。

「えーと、このロストロギアは200年前に一度出現しているみたいだ。今は第21無人世界って名前になっているけど、200年前にこれが原因で滅んでしまったらしい」
『その世界は、確か地盤が割れ、マグマが流れているような場所でしたね』
「そんなところなのか。……このロストロギアは、未だに行方知れずらしいな。しかし、世界をマグマの海に変えるようなロストロギアとか怖いな」

 とりあえず、現在俺たちはお仕事を始めております。D区間は蔦に覆われた自然あふれた書庫になっている。建物自体が木によって支えられており、大きな部屋から伸びた大樹の枝が全体的に広がっているのだ。こんな風に書庫自体が魔境になっているところは、珍しいがないわけではない。

 初めてこの区間に入った時は、俺自身無限書庫の洗礼を受けたものだ。大量の花粉攻撃といういじめに。今は『ウインドフィールド』というフィールド魔法を使って、微弱な風を俺を中心に発生させることで散らし、花粉に復讐してやった。ただちょっと寒いのが難点。要、対策だな。

『ふむ、マグマを引き起こすロストロギアか。己が知っているもので2種類ほど該当があるな』
「さすがはブーフ。だけど、2個もそんなのがあるかもしれない次元世界のパンドラっぷりが普通に怖ぇよ」

 ロストロギア関連を調べると、背筋が寒くなることが何回かある。原作では、ジュエルシードや闇の書とか単体でやばいやつがあったし、過去には複数のロストロギアが一ヶ所に現れた例だってある。お話の中なら他人事のように「怖い、怖い」と言えるが、俺の住む次元世界ではいつ起こるかわからない。管理局員さん、本当に頑張って下さい、である。


「それじゃあ、ブーフが知っているロストロギアの情報を含めながら検索してみるか。関連があるならヒットするだろう」
『そうですね。しかし、ブーフさんの知識量はさすがですね。ロストロギアの情報も多いですし』
『己というより、今まで蒐集してきた知識だな。人から蒐集するため、様々な知識が集められる。己とマスターがいた時代は、ロストロギアなどが当たり前のように存在していたのだから余計にな』

 そういえば、忘れそうになるがこいつもロストロギアの分類に入るんだった。日常的にロストロギアがある時代なら、そりゃ蒐集したらその知識だって入ってくるだろう。なんせ使い方や対策を知っていないと、すぐに滅んでしまうかもしれないからだ。

「へぇー。じゃあとりあえず、古代ベルカ時代からあるロストロギアはブーフに任せていいか?」
『ふむ、任せろ。己が眠りについた後にできたものは難しいが、その前のものならそれなりの知識が必ずあるはずだ。マスターは様々な人物から蒐集をしていた。名のつくロストロギアなら、多くの人間が知っていたはずだろう』
『それらの知識が迷子で培われたというのですから、古代ベルカの時代ってすごいですよね…』

 古代ベルカ時代の混沌さもすごいが、こいつのマスターも負けず劣らずだよな。

「……ん?」

 そんなコーラルとブーフが話している内容を聞いていて、ふと、俺は違和感を感じた。といっても、2人の会話の内容は特に変なものではないはずだ。だけど、何かが…………気の、せいだろうか。

 もしかしたら、少し疲れたのかもしれない。司書になってからは、本ばっかり読んでは資料を作っていたからな。ちゃんと休憩をとっておかないと倒れたら大変だ。

 思えば、管理局からの依頼で俺たちに多いのは、ロストロギア関連の情報収集であった。ブーフがいるおかげで、その方面の知識集めには強い。俺とコーラルも、闇の書というロストロギアをずっと追っていたため、遺物探索の情報収集の方が他よりも上手いのだ。……やばい、これロストロギア専門の司書とかに認識されていないよな。されていたら、過労死させられるかもしれねぇ。

「よ、よし、ブーフにコーラル。これからは、ほどほどに頑張っていこうな!」
『あの、ますたー。声が震えていますよ』
「俺はおじいちゃんのように仕事に対して儚い笑みを浮かべたくないし、副官さんみたいな仕事中毒者には絶対になりたくない。今、断固として誓う!」

 俺はグッと握りこぶしを作り、断言する。ソーソー、と言えるミッドチルダ人に俺はなる!

『……仕事への誓いが、これでいいのでしょうか』
『ヴィンヴィンらしいのではないか』

 そこ、なんか悟ったように言うな。



******



『……ところで、ヴィンヴィン。聞きたいことがあるのだが、いいだろうか』
「どうした、ブーフ。お前のその重低音で神妙な言葉遣いをされると、反射的に身構えてしまいそうになるんだが」
『ブーフさんの声って、ラスボスとかにいそうですものね』

 実態は、天然ボケ魔王ボイス辞書。勇者もびっくりである。

 あれから検索魔法を発動させ、ある程度の概要をまとめた俺たちは休憩に入っていた。仕事が一区切りしたため、次は夜天の書について調べる時間になる。無限書庫にいると、時間の感覚がわからなくなるが、このお腹のすき具合からそろそろお昼の時間だろうか。

 これは1、2時間ぐらいしたら切り上げるかな、と予定を立てていた俺にブーフから質問が入った。どうやら真剣な話っぽいので、一応だが姿勢を正しておく。こいつの場合、真面目にボケてくる可能性があったりするけど。

『司書になったことを後悔はしていないのか』
「へっ?」

 ブーフの言葉に素で声が出てしまった。いきなりどうしたんだ。少なくとも後悔はしていないので、俺は静かに首を横に振ることにした。そんな俺の様子を見て、ブーフはさらに言葉を重ねた。

『ヴィンヴィンが司書の資格を取ったことで、メリットは確かにある。だが、その分ヴィンヴィンの本来の目的から遠回りをしてしまったのは事実だ。司書資格のための勉強や、こうした仕事の依頼を受けることで、本来の目的に使う時間が減っているのだから』

 ブーフの言葉を俺は否定できない。実際、本格的に司書の勉強をし出した8歳の秋から考えても、夜天の書の情報収集はそれほど成果が上がっていない。司書資格を取ったのだからこれから頑張ればいい、というには3年間という期間の差は大きい。

 もしかしたらブーフの言うとおり、司書の勉強なんかせずに調べ続けていれば、進展だってあったかもしれない。夜天の書に関しては、総司令官から最大限のバックアップがあるのだから、司書資格は必ず必要というわけではなかった。母さんたちに隠し続けることだってできなくはない。

 それでも3年前に戻れたとしても、俺は同じ道を選ぶだろう。ブーフが言ったことを……3年前に俺は一度考えているのだから。俺が司書の資格を取ろうと思った一番の理由は、ちゃんとある。この資格がなければ、できないことがあった。それだけのこと。

 ブーフがこんなことを言う理由に、俺はなんとなくあたりを付ける。……全く、気にしなくていいのに。

「……俺の勘違いだったら悪いけどさ。司書になったのは、別にブーフのためだけじゃないからな。色々考えて、俺が選んだことなんだから」
『だが……』
「確かにきっかけはブーフだったと思う。だけど、選んだのは俺だって言っただろ。ブーフを目覚めさせた責任は俺にあるし、友達として、協力者としてブーフの願いを叶える約束をした。なら、俺にできることは最大限にやりたいんだ」


 ロストロギアの不法所持は犯罪であり、見つけた場合は早急に該当物を供出する必要がある。

 これは、学校や管理局から耳がたこになるぐらい聞いた話だ。俺がブーフと一緒に過ごしている間、ずっと気にしていたこと。ブーフがロストロギアだと決まったわけではなかったし、こいつ自身は意思があり、危険性はないと一緒にいたからこそ俺にはわかった。それでもそれは、世間一般的な判断材料にはならない。

 隠し続けられるならいい。だけど、気づかれたら終わりなのだ。供出をして、危険性がないと判断されたらいい。だけど、子どもの俺の手に再び戻ってくる可能性は低いだろう。俺自身は所有者でもなんでもないのだから。そして一番最悪なことは、ブーフを封印処置されることだった。

 出会いは偶然で、一緒にいるのもなりゆきみたいなもの。それでも、ブーフは俺の友達なのだ。もしもの可能性がないと断言できない現状をほっておくのは無責任だろう。だから動くことにした。どうやったら俺に、ブーフを持つことが許されるのか。認められるのかを。

 その結果が、地位と責任を手に入れることに繋がったのだ。


 もともとブーフは無限書庫に保管されていた魔導書だ。実質な管理権は、最初の所有者か管理局のそれも本の管理をしている人になる。ロストロギアの場合、古代遺物課の方に回される可能性もあるけど、その時はブーフの有用性は無限書庫だからこそ生きることを進言すればいい。管理局にとって有益になると判断されたロストロギアなら、封印処置を免れるかもしれない。

 ここまで詰められたのは、実は副官さんのおかげだったりする。ある程度の方針は立てられたが、管理局の協力者が必要だったため、俺は副官さんに相談をした。最初は当然怒られた。そりゃあもう、ものすごく。それでも、俺に司書の資格を取ることを進め、管理局に手を回してくれたのは彼だった。副官さんには、本当に大きな恩ができてしまった。

 本人は、『その辞書の能力が本当なら、確かに無限書庫で管理をする方がいいからな。……元犯罪者でも事件捜査に協力をしたり、更正する気持ちがあるのなら、管理局はその意思を尊重する。それがロストロギアに適応されただけだと思えばいい』とそっぽを向きながら話してくれた。もちろん、かなりの無理があっただろう。最後の最後で総司令官に話をした時は、渋そうな顔をしていたのだから。

 そんな大騒動がありながら、こうしてヴェルターブーフは管理局の「観察処置」となった。言い方は悪いかもしれないが、要は「保護観察」と呼ばれる元犯罪者が更生プログラムを受けながら、管理下に置かれている状態だろうか。そのため、ブーフには「保護観察者」が必要になるわけだが。

『えっ、俺が観察者の1人になっていいんですか?』
『一番アレに関わっていたのはお前だろ。もっとも、判断を下すのは責任者の俺がするがな。とりあえず、あの辞書が持っていた『蒐集』の能力は管理局の権限が下りない限り、使用は禁止だ。それ以外は特に制限はない。もともと無限書庫の司書に任せる予定だったからな』
『それって…』
『今まで通りでかまわないということだ。だが、あの辞書の有用性がわかるぐらいには、管理局への従事をさせろ。周りに認められれば、権利や自由をロストロギアだって手に入れられるかもしれん』

 自由と言っても、管理局の目の届く範囲ということになるだろう。それでも十分すぎるほどの大きな成果だった。ブーフがロストロギアだったという情報は、管理局でも上の人か、古代遺物課、無限書庫の司書のみが知ることとなった。それ以外の人には、口外しないことを約束させられた。確かに、盗まれたりしたら大変だからな。

 そんなこんながあって、司書になって半年は本当に忙しかった。ブーフの有用性と言われても、こいつ単体ではあまり効果がないため、必然的に俺も協力することになる。管理局からの捜索依頼を受けたり、古代ベルカ語の解読をしたりである。夏休みの前半にものすごく頑張ったおかげで、今はだいぶ楽になってきたが。

 ちなみにブーフと精神リンクを繋げられるのは、今のところ俺だけらしい。というのも、本来ならブーフのマスターとしかできないことだったが、蒐集の際、俺のリンカーコアから知識を魔力ごとかなり吸収した所為だ。そのため、ブーフは俺の魔力の波長をほぼ100%合わせられるらしい。

 ブーフの力を最大限使用できるのが俺だけだったというのも、「保護観察者」に選ばれた理由のようだ。そりゃ、そのためだけにぎりぎりまで魔力を蒐集される訳にはいかないだろう。知識だって持って行かれるので、機密を持っている人間は余計に無理だ。なら、もう俺に全部任せちゃえばいいんじゃね、という投げやり理論が展開されたらしい。ブーフの所持者になれたのは良かったけど、何このもやもや感。

「……いや、うん。ブーフは本当に気にしなくていいから。なんか今までのことを思い出して来たら、切なくなってくるから。まぁお互い、ちょっと窮屈にはなってしまったけど、これで心置きなく目的に向かえるんだ。ブーフのマスターについて調べる権限だって、ちゃんと手に入ったし」
『…………』
「それに司書になったメリットは本当に大きいしな。あとなんかかっこよくね? 俺が司書になったって報告した時のみんなの顔は、今でも笑えるぞ。あれだけでも、取ってよかったって思ったな」

 今までも大変だったし、これからも大変なのは事実。だけど、俺は1人じゃない。こいつらと一緒にいる道を選んだのは俺なのだから。迷ったり悩んだりはするけど、1度決めたことはちゃんと守りたい。

「そんなわけで、俺からブーフに言えることは1つだけ。……これからも友達件、協力者ということでよろしくな」
『……あぁ。今ほど、己に手がないことを悔やむことはないな』

 俺がにやついた顔で差し出した手に、ブーフは自身の表紙と触れさせることで応えてくれた。



******



 あの後、調べ物を再開した俺たちはいつも通りの作業に戻った。そして昼食の時間になったため、家に帰って空腹を満たす。今日の予定を確認すると、地上部隊に仕事の成果を届ける必要があったことを思い出した。報告だけなので、コーラルとブーフに付添いは不要なことを伝え、執務室に向けて俺は転移を発動したのであった。

「……で、なんなんですか。この状況」
「なんだ、その引き攣った顔は。お前も協力者だっただろう」
「いや、そうなんですけど。なんで実現して。……ってあぁー、もう! なんで管理局の人って、ここまで熱心に突き進んじゃうかなァ!」

 うがぁー! と頭を抱える俺に、向かい合う副官さんの目は完全な呆れが映る。ちょっと待て、むしろ呆れたいのは俺なんですけど。なんなんだよ、管理局の方々。野球のお兄さんも、おじいちゃんも、副官さんも、なんでここまで突き抜けてしまうんだよ。

「趣味を広めることの何が悪い」
「権力使っていますよね。公私混同ですよね」
「管理局にとって、決して悪くないことだと判断した結果だ」
「……あかん、第2のおじいちゃんの影がうっすら見えた」

 頑固で真面目一直線だった青年はどこにいった。この人の根っこの方は変わっていないと思う。だけど、たぶん考え方が彼の中で少し変わったのだろう。良い言い方をすれば、丸くなった。悪い言い方をすれば、大事なネジが1本抜けた。そんな状態に。


 とりあえず、これまでの経緯を振り返ってみよう。まず副官さんの趣味が爆発した理由は、管理局の地上部隊のあり方に関わってくる。

 『地上部隊』

 ミッドの平和を護る部隊であり、犯罪者の確保や犯罪の増加を抑え込む役目を負っている。さらに管理局を含め、ミッドの最重要区域の警備も行っている人たちだ。俺たち市民にとって、最も身近なお巡りさんだろう。管理局の地上部隊が、かなり重要な役職であることは理解できる。

 だが、地上部隊の現状は決して満足できるものではなかった。それは彼らの力不足が原因、と言うには可哀想だろう。というのも、地上部隊はぶっちゃけ人材も武装もお金も雀の涙だったからだ。

 地上部隊の武装局員の平均魔導師ランクはC〜D程度らしい。このランクの局員の安全を考えると、少数で任務に当たらせるのは危険がある。そんな理由もあり、1つの任務に複数人で対応することが多いため、事件に追いつかないことがあった。ちなみに副官さんからの愚痴で、本局の平均はB以上らしい。

 なら訓練に力を入れたり、人材を増やそうと考えて出てくる壁の名は「予算」。次元世界やロストロギアなど、事件の規模が大きい本局の手当てなどに多く使われるため、予算の大半は本局にいってしまうとのこと。つまり、お金がある=給料がいい。確かに故郷を離れ、世界を超えて、長い間危険な任務に就くと考えれば、給料が良くなければやっていられないだろう。

 少なくとも管理世界は60以上あり、それらの他に無人世界や管理外世界、観測指定世界だって様子を見ないといけない。多くの魔導師の配備が必要であるため、人材も優秀な人たちもたくさん本局にいってしまうのだ。そりゃ激務だろうが、給料がいい方に行きたがるだろう。航空隊という名前に憧れるやつが多いのも、学校で聞いたことがある。

 ……結論から言って、これ無理ゲーじゃね? エ○ーマンの曲だって頭の中に流れるよ。地上部隊に同情する余地はあるが、本局の事情に納得できる部分もある。でも、地上部隊の人にとっては格差を感じてしまうのは仕方がないことだろう。副官さんが本局の「海」の方々に、文句を言いたくなる理由もなんとなく理解できた。

「だからこそ俺は考えた。本局にいくら申請しても、この先おそらく現状は変わらんだろう。ならば、持ってこれるところから持ってくるだけだ」
「……副官さん」

 ごくり、と俺は唾を飲み込む。今、彼は決断しようとしていた。嘆くだけでは変わらない今を、自らの手で切り開くことを選んだのだ。地上部隊の運命が変わる瞬間が、今だった。

「……そう、我ら地上部隊に必要なこと。それはつまり、新しい副業! 地上部隊の資金獲得のために名物をつくり、それを宣伝し、放映料やらファングッズの売上金で儲ける! 次元世界の者たちも楽しめ、地上部隊も潤う! さらに名物に釣られた人材の確保にも繋がるはずだッ!!」

 ……でも、どこで間違えてしまったのだろう? サッカーボールを片手に宣言する副官さんを見ながら、俺の目は遠くを見ていたことだろう。この人、趣味で地上部隊にサッカーチームを作っただけじゃ満足できなかったようです。


 そして、冒頭に戻る。

「えっと、副官さん。結局どういうことですか? 確かに俺は、管理局や学校のみんなにサッカーを広めたり、魔王少女なのなのちゃんの番組で、サッカーをやらせてみましょうって総司令官に進言して、一応貢献はしましたけど」

 副官さんに恩があった俺は、少しでもそれを返すべく布教活動に取り組んだ。サッカーも野球と一緒で、少数ではできないスポーツだから仲間を増やす手伝いをしたのだ。そのおかげもあり、サッカーの認知度はまずまずになり、地上部隊でチームを作るまでに至ったのだ。

「ふん、今年サッカーチームを作ったのは、お前も知っているだろう? だが、このチームを趣味で眠らせておくにはあまりにも惜しい。さらに今の地上部隊の現状を考えてみて、気づいたんだ。そう……サッカーを地上部隊発信のスポーツとして、次元展開するべきだとッ!」

 次元まで逝っちゃったー。

「えーと、質問。まず、副業して大丈夫なんですか?」
「総司令官からのOKサイン。さらには、本局の上層部のやつらからのGOサイン」
「よくもらえましたね…」
「脅しっていい言葉だよな」

 さらっと怖いこと言ったよ、この人。

「……というか、本局のお偉いさんの弱みなんて持っていたんですね」
「何を言っている。6年前にお前が自分で持ってきた情報に決まっているだろう」
「勝手に俺、脅しの共犯者にされていた!? そして俺の頑張りを何に使っているんですかッ!」

 6年経てば、そりゃあの時の人たちも出世していますよね。あの時はとにかく必死に情報を集めまくっていたから、管理局の人たちのものもそれなりにあったのだ。その中には、ヒュードラの逮捕劇には関係ないものや、黒歴史程度に過ぎない情報だってあっただろう。名づけて『人生で、やっちゃったと思い出せる何かがここにありますシリーズ』。……とばっちりごめんなさい、心の中ですが謝っておきます。

 それにしてもこの人、サッカーのためにここまでするか。ちくしょう。普段はいつも通りなのに、サッカーのことになると途端に目の色が変わってしまう。お姉さんを発動しないとマジで止まらないからな、この人。そしてしっかり手綱を引いているあたり、さすがは本家お孫さん。


「根本的な疑問ですが、ミッドの護りは大丈夫なんですか?」
「お前の母親の所属する開発グループ。確か『傀儡兵』だったか? あれを大量に地上部隊に献上してくれたからな。動力源の方も問題なく稼働している。Aクラス並みの魔導師が大量に手に入ったんだ。あとは、資金を手に入れることだけだ」

 そういえば、何ヶ月か前に大きなプロジェクトが終わったって飲み会をしていたっけ。そろそろ焦りだした同僚さんの婚活活動のすごさに忘れていたけど、開発グループのみんなは元気に活動をしている。あの時は傀儡兵のことも驚いたけど、一番は『ヒュードラ』が完成したことだったな。

 傀儡兵の動力は、魔力駆動路から供給される魔力。そう、母さんたちはついに念願を果たしたのだ。ヒュードラは次元世界に正式に認められ、人々を救う発明へと変わった。母さんたちの頑張りが、実を結んだ結果が、ミッドの平和に繋がる。俺にとってもヒュードラは、胸を張れる『誇り』となった。

「そっか…。それで資金獲得のための副業ということで」
「あぁ、傀儡兵をミッドの守護に充てることで、人材が浮くからな。訓練などの時間に充てられる。長期的な人材の確保と育成を目指し、いずれは現状の打破を目指す」

 ぶっ飛んでいるようで、理屈はちゃんとあるらしい。まぁ、副官さんが考え、おじいちゃんが許可を出したのなら実現不可能という訳ではないのだろう。

「というか、今更ながら母さんたちのハイスペックぶりに呆れる」
「俺もそれは思ったが、お前の親だと考えたらなんかどうでもよくなった」
「ボールはトモダチさんに言われたくないんですが」



 なんだかんだで近況報告やら司書関係の書類の提出を終え、ちょっと寛いでいた時の会話でした。副官さんはサッカースイッチを切って、今は書類の確認中。それにしても、まさかここまで趣味に嵌まるとは予想外だった。スポーツって健全だし、いい運動にもなると思うけどさ。この様子じゃ、副官さんのお腹まわりとかは安泰そうである。

 サッカー関係なら、今まで見なかった映像やアニメまで見ているのだ。あとお姉さんは、ユニフォーム作りをウキウキしながらやっていた。2人とも喜んでいるのならいいのかな。

「……ん?」

 ちょっと休憩したら帰ろうと思っていた俺に、机の上に置かれていた書類が目に入った。仕事関係のものは見ないように気を付けているが、副官さんがこんな目のつくところに置いているのだから、見ても大丈夫なものなんだろう。実際に手に取って内容を見てみると、当たりだった。

「……『ミッド・シャークライ』。これってチーム名か?」
「あぁ、それか。俺の親友が考えてくれた名前でな。一緒にしているんだ」

 副官さんの親友と言われて、思い出すのは大柄な男性。高かった身長はさらに伸び、今では2m近い高さになったお兄さん。オーダーメイドの制服申請を何回もやりに行った背中や、寝癖でモミアゲが変な方向に曲がるのを直そうと頑張っていた姿をよく思い出す。

 こそこそサメグッズを集めているという情報をエイカから入手していたが、親友の副官さんが趣味に弾けたことで、あっちも自重しなくなったのはもういつのことか。このチーム名を見る限り、生き生きとやっているようである。くまのお兄さんといい、ちきゅうやは管理局員の鬼門かよ…。

 どうやらこの書類は、そのチームのポジションに関するものらしい。チームメイト1人ずつに細かいメモが書かれており、最適なゲームプレイができるように計算されている。副官さん、能力の無駄使いです。

「あいつとは、気が合ったからな。地上部隊を良くしようと、共に頑張ることを誓った仲だ。助かっている。……あいつはこのミッドの守護神だよ」
「副官さんがそんなに褒めるなんて、くまのお兄さんも嬉しいと思いますよ」
「……あいつには絶対に言うなよ」

 はいはい、と俺は微笑する。副官さんは素直じゃない。こうやってちゃんと称賛の言葉を出すのは、結構珍しいのだ。それだけ、くまさんには感謝しているのだろう。副官さんは少し赤くなっていた顔を背け、咳払いをして何事もなかったかのように書類に目を戻した。

 副官さんのそんな様子が微笑ましくて、ついにまにましてしまった。見られたら絶対に怒られるので、書類で隠すようにしておくけど。副官さん、もうすぐ結婚だってするみたいだし、幸せになってほしいな。

「ふーん、結構人数がいるんだ」

 ペラリと書類をめくっていくと、フォワードやディフェンダーなどのポジションと名前、写真が貼られている。俺はそれを興味深く眺めていく。確かくまのお兄さんも参加していたはずなので、どこにいるのかなー、とのんきに俺は探していた。

 そして、見つけた。


「…………あれ?」

 俺は見間違いかと思い、1つ前の書類に戻った。そして、深呼吸をする。今度はゆっくりと、最後の書類をもう1度見るために、恐る恐る目を通した。


 GK(ゴールキーパー) ゼスト・グランガイツ


 書類の写真には、茶髪に茶目の精悍な男性。しかし何故か写真には右腕にサメを抱いた姿が映っており、まるで2ショットのように並んでいる。武器の項目が何故か載っていたので、無言で俺は再び目を通した。


 武器:サメ(槍)


「…………」

 今から5年前の新暦39年の冬。あの時、ちきゅうやで彼を優しく見守った結果と。今から4年前の新暦40年の冬。あの時、彼の親友にちきゅうやを勧めた結果―――運命は決まったのであった。

「ちきゅぅぅうやぁぁァァァーー! この人はダメだろう! 色々まずいだろッ! ちょッ、なんで、汚染したんだよぉォォーーーー!!」
「な、なんだ!? なんでいきなり錯乱しだしたッ!?」


 ゼストさんがルーちゃんの守護神みたいなことしていて―――

 原作についてアルヴィンが覚えていた数少ない人物。STSのOPの映像に濃い人がいるなー、と思っていたから、うろ覚えの記憶でも微妙に引っかかっていたのであった。

 ―――処々の結果、ゼストさんは別の守護神になっていました。

 
 

 
後書き
現在アルヴィンが認識した原作登場人物:アリシア・プレシア・リニス・ゼストnew
 
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