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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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OVA
~慟哭と隔絶の狂想曲~
  荒くれ狼

あるところに一匹の獣がいました。

獣には、幼い姫様がいました。透き通るように真っ白な髪を持つ、美しいお姫様です。

獣とお姫様は、二人で仲良く暮らしていました。

誰にも邪魔されず。

誰にも汚されない。

一匹と一人だけの場所で、仲良く暮らしていました。

獣は毎日出掛けては、お姫様が驚くようなものを取ってきました。

大きな魚だったり。

大きな豚だったり。

大きな花だったり。

お姫様はその度に獣が喜ぶほどに驚き、そして喜びました。

一匹と一人は幸せでした。

これ以上ないくらいに幸せでした。

だけど、ダメなのです。

獣には、姫を世話する資格を持ち合わせていなかったのです。

神はそれを許しませんでした。

許し、赦しませんでした。

神から使わされた、巫女装束の天使の前に、平和はいとも簡単に壊されました。

獣は抵抗しました。

獣は噛み付きました。

獣は逃げ出しました。

しかし、追いつかれました。

命は助けてやる、と天使は言いました。

しかし当然ながら、獣は嫌だと言いました。

天使はため息をついて、不思議な光を放つ大太刀を振るいました。

その刀身は真っ直ぐな剣線を引いて、獣の鼻面に深い深い傷跡を刻みました。

のた打ち回る獣が起き上がった時、目の前には誰もいませんでした。

天使も、お姫様もいませんでした。

最後まで繋いでいた手を、獣は見ました。

そこにも当然、何もありません。

何も、なかったのです。

そして――――

だから――――

()()()()()()()()()()()










「つっまんねェなァ」

ニヤニヤ嗤いながら立ち上がった《凶獣》は、そんな言葉を吐き出した。

「せっかく面白ェもんが見れると思ったのによォ。ンだよ、コレ。ただの腑抜けの茶番劇じゃねェか」

ピキリ、とレンのこめかみから変な音が出た。

思わず出しかける足を、横合いから弱々しく掴む手があった。

「ダメよ、レン君。ここで向かってったら、それこそ奴らに闘う理由を与えてしまう……」

「あァあァ。そォゆうのァもういいんだわ。俺らはコロシアイがしてェだけだし、どの道オマエだけはケジメつけねェといけねェしなァ」

引き裂かれたように。

焼け爛れたように。

獣は嗤う。

その悪意に押されたかのように、矢車草の名を持つ女性は身を震わせた。

「余裕だね、おじさん。僕と互角に渡り合えただけで、そこまで自信が付いちゃうものなの?」

「余裕ゥ?あァ、そーだな。牙をもがれた子犬とじゃれあってたっけか、さっきまで」

クックック、と。

それでも《凶獣》は嗤う。

心の底からの、負の意思を声に乗せて。

嗤う。

背後の集団たちが、それに呼応するかのようにガシャガシャと己の装備を打ち鳴らす。

不快な不協和音が、夜の森に響き渡る。

「いい加減見せてみろよ、お前の狂気。でねェと俺ァ――――」

グッ、とノアの全身に力が入るのが見て取れた。

―――来る!!

傍らにいるリータを、半ば突き飛ばすようにして距離を取らせる。

「思わず殺したくなっちまうぞォ、クソガキィィッッッ!!!」

ゴッッッッッ!!!!!!!!

小惑星同士の衝突にも似た衝撃波が、辺りに撒き散らされた。

心意と心意のぶつかり合い。

システムを、世界の理を根本から覆していく。

「一つ訊きたい!わざわざ馬鹿正直にここに残った理由は何!?」

「ンなこと決まってンだろォがァ!"面白いから"!それが俺の行動理由だ!」

横薙ぎに振るったレンの刃を、しかしノアは受けずに前かがみ、まるで陸上選手がスタート時に取るクラウチングスタートのような体勢で避けきる。

その背後からは、目立つモヒカン頭の男が(なた)を振り下ろそうとしていた。

「――――――――――ッッ!!」

―――コイツらッ!?

鉈のように《叩き切る》武器は、レンの短刀のような《切り裂く》武器でマトモに受けたら折れてしまう可能性がある。

だからレンは下手に受けて体勢を安定することを選ばず、素早く上半身を仰け反らせ、その運動エネルギーを使って大きく後転した。さわさわとした草地を手のひらが捉え、頬に熱い感触が通り過ぎる。

ザザザッ、と草を撒き散らして制止したレンの頬から、一筋の血液が垂れた。

チラリと見、チッと舌打ちをする。

―――コイツら、相当《集団での戦い》に慣れてる…………。

例えば、戦闘の中では『コイツを倒したら終わる』的なメンバーがいる。典型的な、というかほぼ全ての例がリーダーなのだけれど。

しかしこの集団――――【狂った幸運(ドラッグ・ラック)】は違う。個に極端に頼らず、絶えず中心というものが移動している。剣戟を交わしていた相手が、瞬きをした次の瞬間には別の相手にすり替わっているのだ。正直言って、やってられない。

リータがいる以上、デカい心意合戦は行えない。この集団をまとめて吹っ飛ばせ………はできないかもしれないが、かなりの人数が戦闘続行不能になるのは確実だ。しかしそれだと、いくら距離を取っているとはいっても後ろのリータにまで衝撃波が撒き散らされる事になってしまう。

かといってリータ個人でこの場から離脱してもらうという事もできない相談だ。万が一逃走中に捕縛されたりでもしたら、敵に《凶獣》がいる以上そうそう簡単に逆転はできなくなる。

「………………………………」

嫌な温度の汗が頬を、アゴを伝う。

人一人を守るというものが、ここまで困難なことだとは露ほどにも思わなかった。

人を守る。

命を守る。

それが難しい事だとは、思わなかった。

思わなくて、思えなかった。

単純に、一般論的に、人一人を守ったままでこの人数と戦い、勝つ。それ自体、もう絶望的なまでの確率である。

手足の先が痺れ、感覚がなくなっていくのを感じる。

動悸が激しくなり、貧血にも似た症状を覚え始める。

しかし、その袖をギュッと掴む華奢な手が一つあった。

リータがこちらを見ていた。すがるような眼ではなく、絶望した顔ではなく、助けを求める手ではなかった。

「リータ…………ねーちゃん……?」

「レン君」

ただ、戦う者の眼を、顔を、手をしていた。

「私も戦う」

「は!?な、何言って…………」

「たいした戦力にはならないかもしれないけど、でも……それでも、お荷物になるのは嫌なの!」

きっぱりと、矢車草の名を持つ女性は言った。

死ぬかもしれない。

いや、それよりもまだ辛い苦しみを味あわせられるかもしれない。

それでも――――

いや、だからこそ――――

「戦いたい」

目の前の(レン)を、助けたい。










反論はしなかった。

食い下がりもしなかった。

《冥王》と呼ばれる死神は、ただ黙って頷いた。

女性の眼に浮かぶ覚悟というものの大きさを見て、反論の、議論の、討論の余地はないと判断して、頷いた。

手足の感覚は戻り始める、

細かく震えていた身体は止まる。

鉛のように重かった足は軽くなる。

―――ああ、そうか。

口から出るのは短い言葉。

―――これが、仲間を持つっていう事か。

「行くよ、リータねーちゃん」

「ふふ~ん♪お姉さんを誰だと思ってるのかなぁ?」

怖くないはずがない。

恐ろしくないはずがない。

それでも、矢車草(リータ)は前を向く。

顔にはいつも浮かべている、日向に咲くヒマワリのような、見た者の心が洗われるような、飛びっきりの笑顔を。

大小二つ。

二つの影は、躍るようにコロシアイの真っ只中に身を投じていった。










戦況は大きく変わった。

それまで後生大事に守られていたリータという駒が盤上に出されたということは、もはやレンという一存在を縛る見えない鎖の束はなくなったも同然だった。

ブラックホールを思い起こさせる漆黒の過剰光を輝く刀身に纏わせ、一撃必殺でドラグラメンバー達の首を次々に刈り飛ばしていく。

飛び散る血飛沫の総量は、もはや雨といっても過言ではない量にまで達しようとしていた。

幾多の剣戟が荒れ狂うが、それら全てを一人の少年が強引に、力任せに薙ぎ払う。

そこには、もう女性を守る意思など存在していなかった。ただただ、心から信頼している相棒に背中を任せる、歴戦の兵士のようだった。

まるで台風の目のように、そこだけ集団の輪がぽっかり空いている少年を見、《凶獣》と呼ばれる男は音高く舌打ちをした。

―――窮鼠猫を噛む……。追い込みすぎちまったってことかァ?凡ミスだぜァこりゃァ。

憎々しげに眼を細めると、ノアは手の中の旋棍(トンファー)の柄を握り直し、鮮血の紅い雨が降る戦場の中へと突っ込む。

―――セオリーに従えァ、ここで優先すンのァあの譲ちゃんの確保、及び拘束。人質ァ最低でも二人ってのが通常だが、贅沢ァ言ってられンか。

先ほど、己の眼で確かめたリータの位置へ、己の全神経を使って走る。

もはや草の色をしていない真っ赤な糸切れが宙を舞うが、その場にいる誰一人として反応するものはいなかった。

だが――――

「な……ンで」

呆然とした、腑抜けたような声が、口許から漏れる。

「なンでお前ェがここにいンだ!冥王オオォォォーッッ!!!」

ニィッ、と。

引き裂かれたような。

焼けただれたような。

そんな嗤みを浮かべ、言う。

「おじさんなら………ううん。誰でもこの状況だったら、ねーちゃんを狙う。だから、あらかじめねーちゃんにはおじさんの動向を細かくチェックしてもらってたんだ。それで、動きがあり次第、僕と位置を交代するようにって」

「な……………」

絶句する獣を前に、いっそう冥界の王は口角を引き上げた。

「ついでに、隙があったら殺すようにと」

「―――――――――――っっッッッ!!?」

その言葉に、ぶあッ!と冷や汗が噴き出し、ノアは背後から迫っていた気配に向かって、振り向きざまに己の得物を薙ぎ払った。

鮮血が迸る。

生首が飛んでいく。

残ったのは――――



噴水のように血液を振りまく、()()の胴体だった。



「なン……………ッ!?」

そこでノアは、己の失策に気がついた。

カマかけ。

フェイク。

どちらも交渉術(ネゴシエーション)の上で、なくてはならないものだ。否、それらで成立しているといっても過言ではないかもしれない。

通常の自分では、こんな安っぽい手には決して引っかからなかったかもしれない。

しかし、今は状況が状況だ。

自らの視覚的な情報に頼った結果が違う。

SAO開闢以来かもしれない、ヒト対ヒトの血戦。

それらの要因が己の精神を蝕み、喰い尽くさんとしている。できることができない。やれることがやれない。

正常な判断力を見失った精神は、驚くほどに脆い。それこそ、触れたらあっという間に崩れてしまいそうな、砂でできたお城のような。

「お…………アああッッッ!!」

それでも、男は抗い続ける。

それでも、獣は立ち上がる。

まだだ。まだ自分は死ぬ訳にはいかない。

約束したんだ、また会うって。

約束したんだ、また一緒に暮らそうって。

あの、真っ白な少女と――――約束したのだから。

ダメだと知りつつも、遅いと分かりつつも、ノアは薙ぎ払った運動エネルギーと新たに地を蹴ってブーストした速さをもって、身体を反転させる。

敵は敏捷値(AGI)一極型。

背後を振り返り、再度正面を向く。それだけの時間さえあれば、目の前の少年にしてみれば軽く十数回は首を刈り飛ばすことができることだろう。

だがしかし、それでもまだ。

「死ねねェんだよおおォォォッッ!!」

ズルリ、と。

特に首を回してもいないのに。

特に腰を回してもいないのに。

視界が何の抵抗もなく真横、いやもはや後ろを向いた。

どうしたのだ、と思う間もなく、《凶獣》ノアは下半身――――より正しく言えば腰部分に妙な感覚を得た。

何だ、と訊かれたら激しく疑問を持つだろう。それほどの、これまで得たこともない感覚だった。

痛覚ではない。

かといって感触といっても何かが違う。

その正体を確かめるべく、ノアは非常に緩慢な動作で首を折り、己の身体を見た。

胸が見えた。

腹が見えた。

腰が見えた。



そして、何もなかった。



「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あ?」

そんな、なんとも腑抜けた言葉とともに、《凶獣》と呼ばれた男の上半身が地面に落下した。

鈍い音が響き、一匹の獣の命が途絶えた。

そして、この戦いの行く末も決定した。



ドズッ



「あッッ…………ッ!!」

一人の女性の、命と引き換えに。










――――習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから―――― 
 

 
後書き
なべさん「あー、はっぴーにゅーいやー。2015年になりました」
レン「テンションひっくいなぁオイ!」
なべさん「詳しいことは省くけど、自由になった開放感に酔って年末はずっとPCの前に居座ることになったんだよ」
レン「でも楽しかったんでしょ?」
なべさん「うん」
レン「じゃあいいじゃん」
なべさん「気持ちでどうにもならないことも世の中にはあるのだよ少年具体的には長時間同じ格好でいたことによる腰の痛みとかね」
レン「年だな」
なべさん「さすがにそのセリフはまだ早すぎるッ!」
レン「それにしても2015年か……早いなぁ」
なべさん「そうだな……空港職員、防衛軍、今年は囚人だからな」
レン「誰がガキ使の話をしろといった」
なべさん「はい、今年も本作品をよろしくお願いします!」
――To be continued & Happy new year!―― 
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