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SAO ~キリトさん、えっちぃコトを考える~

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第四話

 鼠のアルゴ。そして黒服の情報屋、シド。
 路地での会話を終えた二人は俺の心からの願いが通じたのか、『圏外』へと向かってくれた。

 ……まあ。

 「なぁ、あそこまでしなくても……」
 「当然の処理よ。それとも何? 大事にとっておきたかったの?」
 「……いいえ、そんなことはございません」

 若干遅かったことは否めないが。

 断っておくが、俺はアルゴのパンチラ……もとい、転倒シーンを撮影などはしていない。シドからの唐突なメッセージによって反射的に『映像結晶』を取り出してしまいこそしたが、それを咄嗟に撮影へと使えるほどに盗撮に慣れてはいない。結論、アレは何も映っていない、いわばカラの結晶だった。

 のだが。

 「ならいいじゃない。なんだったら結晶代も払いましょうか?」
 「いや、そこまでは……」

 アスナはそんな俺の弁解を一切信用せずに即座に腰の細剣を抜き放ち、文字通り結晶を一刀両断してしまったのだ。彼女が女子高育ちのお嬢様であり、そういう方面に対して純粋培養で潔癖であることは知っていたが、それを今回再び身を以て知ったわけだ。

 まあ、いい。もう済んだことだ。
 いや、アスナの視線の温度が二、三度下がった感覚があるが、それも仕方ない。

 目下大切なのは。

 「それにしてもあの二人……こんな場所に何の用があるんだ?」
 「私に聞かれても分かるわけないでしょ」

 アルゴとシド、二人の目的地だ。

 今二人が……つまりはそれを尾行する自分たちがいるのは、中層エリアのなんの変哲もない森林エリア。ダンジョンですらない上になんらかのクエストなどが発生したとも聞かない有象無象のひとつにすぎないそこは、鬱蒼とした木々や腰や肩ほどの茂みが多くて視界が悪く、Mobのポップも少ないとは言えない。

 まあそのおかげで至る所でハイディングボーナスがあるために非常に《隠蔽》がしやすく、スキルがないアスナまでついてこれているわけだが。いや、これは「おかげ」ではなく「せい」か。

 「でも、ほんとになんにもないところね……キミはなにかここ知ってる?」
 「知ってるどころか来たのも初めてだよ。……まあ俺が知らないってだけであの二人ならなにか新しい情報を掴んでる、って可能性も十分あるけどな」

 とにかく、二人を見失わないように、また気取られないように。
 今はつかず離れずで尾行するしかなかった。

 (……ああ、くそっ……)

 ここまできたらもう、なるようになれだ。今日は盗撮は諦めて、とにかくアスナの疑惑を解く、それを第一目標に動くしかない。あの変態も明確に期限を切ってはいなかったし、まさか一日失敗しただけであの写真がばらまかれたりはしないだろう。

 だから。

 (……あんまり、くっつかないでくれよ……これ以上俺を無意識に誘惑しないでくれ!)

 密着するアスナに無言の抗議を心中でしつつ、なんとか俺は自制心を保ち続けた。





 ここまでキリトの行動を俯瞰してみた者がいたとすれば、十人が十人「彼はまともな精神状態ではなかった」ということに同意していただけるだろう。だから彼が今この状況で、《索敵》をまともに働かせられなかったことを責めるのは酷だろう。

 そう、彼は、気づかなかった。

 Mobではない。
 いくら彼が冷静でなくても、知能も知性もない獣のMob程度であればその気配を察知することはできる。

 だからそれは、知性ある存在。
 知性があり、そして、悪意がある存在。

 彼はまだ、その気配を察知できていない。





 「っ……!」

 アスナの無音の気合とともに、鋭い刺突が繰り出される。
 必要最小限の威力と衝撃の一撃は、モンスターを一瞬でごく僅かなポリゴン片へと変えた。

 と、同時に。

 「……っと……っ! 今の気づかれてない?」
 「……大丈夫だ、二人とも気づいていないみたいだ」

 尾行するアルゴ、シドの二人の様子を窺う。
 幸い、二人に周囲を気にするような振る舞いは見られない。

 それは、本来ならほっと息をつくはずの場面なのだが。

 「……おかしい、わね」
 「アスナもそう思うか?」

 そろそろ俺達も、そのことを不審に思い始めていた。

 この森林地帯に足を踏み入れて、既に一時間が経過している。当然、こんな安全エリアでもないフィールドをそれだけさまよい続ければ、決して少なくない数のMobと遭遇することになるし、事実俺達もここまでそれなりの数の戦闘をこなしている。それは必然的に《隠蔽》の効果がそれだけの回数弱まったことを意味しているのだが、それを。

 「……あのアルゴとシドが、見逃すのか……?」
 「そんなわけないよね……」

 あの二人が、それも揃って見落とす。そんな偶然が果たして起こりうるのか、あるいはそれが起こり得るほどに、二人はなにか別のことに集中しているということなのか。

 不審な点はほかにもある。そもそもあの二人の目的が、さっぱり見えてこない。ここに入ってから二人はほとんど足を止めずに周囲を歩き続けているのだが、あの二人のステータス構成は敏捷一極型。本気で走れば俺達はおろかMobすらも置き去りにできるにも関わらず、それをしない。

 (……それが一番安全なんだが……かといって何かを探してるふうでもない……)

 変わらずに一定ペースで進み続ける二人。その後姿からは、何も読み取れない。

 「っと、キリト君!」
 「へ、あ、うわっ!!?」

 そんな思案に耽っていたせいで、反応が遅れてしまった。

 アスナの小さくて鋭い声は、Mobのポップに対してだった。本来は周辺哨戒は《索敵》のアビリティを持つ俺の仕事なのだが、アスナもしっかりと気を払ってくれていたらしい。のっしのっしと横に現れたのは、軽く二メートルを超えそうな巨体の大熊。レベルこそ俺達の敵ではないが、この場でこいつを倒せばその体に見合ったポリゴン片が光ることになる。

 「あ、う……」
 「しぃっ! 《隠蔽》が弱まるでしょ!」

 だからここは、隠れるのが最善。

 「っ、っ……」
 「静かにってば……!」

 ……なのだが。

 (……今日は、今日だけは許してくれ……!)

 そのためには、《隠蔽》のスキルの無いアスナはなんらかの方法でその手段を確保する必要がある。……たとえば、俺のコートの中に入って、《隠蔽》のボーナスを得る、とか。

 分かっている。

 彼女に他意がないことは分かっている。もちろん切羽詰った状況であれば俺だってアスナの体を隠すことに(抵抗はないわけじゃないが)躊躇いはしないだろう。だが、それでも。それでも今、ピンク色の思考が脳裏にめぐる今だけは、それはひどく俺には毒だった。

 「ふぅ、やり過ごせたね……って、キリト君?」
 「……」
 「ちょっと、おーい」

 ふわっとしたような、ふにっとしたような感覚。それはあの魅惑の布地に包まれたその体であり、そこにはもしかしたらあの変態の店にあったようなそんなこんながあるのだ。それがいままさに俺に密着している……あまつさえ、俺の顔を見上げて、じゃない!

 違う違う、違うんだ!

 「……いや、なんでもない。……追いかけよう」

 違わないけど!

 「……う、うん……」

 だんだんと頭が朦朧としてくるのを必死でこらえつつ、平静を装ってアスナへと告げる。表情はもはや百面相を通り越して無表情な能面のようになりつつあったが、それを意識する余裕など今の俺にありはしない。その顔にアスナが何を感じたのか、二、三歩すすっと離れる。

 ひかれたことに若干傷つくが、それ以上に安心する。
 アスナの危機察知能力に、心の中で感謝だ。

 だが。

 「……じゃ、じゃあ、きゃああっ!!?」

 そんな思いは、一瞬で泡と消えた。

 「うワっ!!?」
 「うおっっ!!?」

 前から聞こえた、二人の悲鳴とともに。





 その当時はまだ犯罪者……オレンジプレイヤーたちの間で『罠を仕掛ける』という発想があまり流行していなかった。必然それは一般プレイヤーたちの間にその対処法が流布されていなかったということを示す。

 俺達は尾行に必死になっていたせいで気づかなかったが、アルゴ達は森をぐるぐると回るようなルートで移動していた。それはつまり、「追跡者が罠を仕掛ける機会は十分にあった」ということだ。

 そしてそれは発動した。
 宙吊り、という……今の俺には最悪な形で。

 前もって言っておこう。
 すまなかった、と。





 ―――ああいうのを、スイッチが入った、っていうんだろうねー

 のちにアスナはそう語った。

 アスナ、そしてアルゴとシドが宙吊りになった瞬間、まさにキリトの表情が「消えた」。アスナは「スイッチが入った」と表現したがそれは本人にとっては「ブレーカーが落ちた」状態だった。度重なる負荷によって、彼の感情は飽和し……吹っ切れた。

 一瞬での……アスナのレイピアを抜く暇すらない速さでの跳躍。
 そのまま背中の剣を抜いて彼女の足を取った縄を切断。

 「っ……きゃ、み。見た!? ……って、え……?」

 しりもちをついて……同時にめくれたスカートを慌てて直す、アスナ。普段のキリトであれば慌てて否定しただろう状況だが、ブレーカーの落ちたキリトは無表情にその姿を一瞥しただけで、そのままあさっての方向……アルゴ、シドのほうを見やる。

 ちなみにこの時の表情は「なんか修行僧みたいだった」と評された。

 「っと、キー坊、助かる!」
 「うっし、サンキュ!」

 駆け出すと同時に二人がキリトを認識。
 間髪入れずに罠が破壊され、二人が感謝の声を上げる。

 キリトの快進撃は止まらない。

 「あそこか……」

 つぶやいて、再び走り出す。

 そこには、あわててストレージを操る人影が、二つ。この罠を仕掛けたのだろうその犯罪者プレイヤーたちだ。ここまで四人に存在を気取らせなかった《隠蔽》を持っているということはそれなりのレベルなのだろうが、それは今のキリトには全く関係なかった。

 「シド」
 「お、おう!」

 呼び声……えらく平坦な声に応えて、シドが走り出す。同時に駆け出したキリトは、この騒ぎを聞きつけてやってきた大熊を足すら止めずに一刀の下に切り伏せていた。のちのアルゴ曰く、「あーいうのを、切り捨て御免、っていうんだろうナー」だそうだ。

 「ひっ、に、逃げろ……!」
 「う、うわあああ!」

 二人のオレンジプレイヤーは転移結晶を取り出そうとあわててポーチを、あるいはストレージを探る……が、相手が悪かった。かたや敏捷極振り。かたや『攻略組』。なにより、その『攻略組』……『黒の剣士』と名高い生粋のビーターが。

 「……」
 「ひ、ひいいいいい!」
 「た、助けてえええ!」

 すっぽりと表情の抜け落ちた、しかし目だけがあらゆる感情の飽和した意志を映して鈍く輝く状態で、剣を構えて突進してくるのだ。それは、オレンジとはいえ、罠といったからめ手を得意とする彼らには到底耐えられないプレッシャーだったらしい。

 「て、てん、転移、い……」
 「ひ、あ、け、結晶が……!」

 一人は口がこわばり、もう一人は手が震えて結晶を取り落す。
 そして、結晶が落ちた、その瞬間。

 「…………」

 ガツン。パリン。

 言葉にすればそんな感じの、重音の後の悲しいほどに軽い音が響いて、抜身の刃が結晶を無慈悲に、軽々と斬り砕いた。派手な音を立てて地面を穿った剣は、片手剣とは信じがたい重厚感を醸し出す。具体的に言うならば、軽装備のオレンジプレイヤーくらいならばらくらくと一刀両断してしまいそうなほどには。

 「ひいいいいい! 結晶砕いたあああ!?」
 「いやだあああ! 死にたくねえええ!!!」

 二人の犯罪者が、悲鳴を挙げて……そのまま地べたへと座り込む。

 「……吐け。……洗いざらい」

 キリトの一声で二人が全面降伏するまで、五分と時間はかからなかった。
 アルゴ曰く「まさに恐怖の大王だったヨー」だったそうだ。





 「罠を設置できる、っていうのが確認されてネー」

 事が終わったのち、アルゴはそう言った。

 「ホラ、キー坊もあの屋敷でかかったロ? アレは一応『現在最高レベルの《索敵》使いで罠を感知することが可能か』の実験の意味合いもあったんだヨ。アーちゃんを巻き込んだのは予想外で、悪かったナ」
 「い、いえ! こっちが勝手についていったんですし……」
 「で、その『罠を設置する』っていうのを悪用して情報屋を狙うオレンジプレイヤーの噂が広まってた、ってわけだ。今回は俺とアルゴの二人を囮に、キリトが護衛、って形だったんだよ」
 「なるほど、確かにお二人ならこれ以上ない情報屋です。ああ、だからキリト君も《隠蔽》してたんですね! ほかのオレンジプレイヤーに気づかれないように!」

 成程と手をうつアスナに、そうそう、というように二人が頷く。……が、俺は気づいている。アルゴとシドの二人が、必死に笑いをこらえていることを。それならそうと言えばいいものを、この二人、わざと黙って俺を笑ってやがったというわけだ。

 言うまでもないことだが、アルゴは俺が尾行をしていることなんて気づいていた(っていうかシドが同行している段階で当たり前に知っていた)。アルゴ盗撮作戦なんてものは最初から俺を笑うための方便に過ぎなかったのだ。……ノリノリで対応しているアルゴが憎い。敵を欺くにはまず味方から、なんてことを許すつもりはない。

 「今回は被害も、数人が囲まれていくらか情報を脅し取られたダケで済んだヨ。敵も味方も死者ゼロで済んで何よりサ。ご苦労様だったナ、キー坊」
 「ほい、これは俺達からの報酬な。アスナのほうも」
 「……おう」
 「え、私もですか? あ、ありがとうございます」

 狼狽えるアスナをよそに、不機嫌を隠さずにシドからの報酬を受け取る。結構な金額に加えて「アルゴの秘蔵写真集かっこはーと」なるものが交換ストレージに表示されていたが、完全に無視して交換許可をクリックする。もうなんというか、いい加減免疫ができていた。

 「もちろんアーちゃんにもサ。しっかり護衛の役を果たしてくれたしナ。……キー坊は詳しく説明してくれなかったのカ?」
 「……ああ、ちょっとな」

 ニヤニヤ笑いのアルゴをバッサリと切って、そのまま身を翻す。
 なんていうか、もうひどく疲れ果てていた。いろんな意味で。

 疲れすぎて、今日はぐっすり眠れそうだった。

 と。

 「おっと、忘れ物だぜ、キリト。ほらっ!」
 「ん……ああ……」

 シドの声に振り返ると、一つの映像結晶が放り投げられていた。

 言うまでもない。そこにあるのは、あられもないアスナの姿の映されたものだ。俺を今日一日まるまる煩悩の渦中に叩き落としたその元凶たる白い悪魔が映し出された、そんな映像結晶。それに対する感情は、一週回ってなんだか清々しい気分だった。

 「よっと!」

 だから俺は、それを受け取らない。

 背中の剣を抜き放って、そのままソードスキルを放つ。《スラント》の単発のナナメ斬りが、その結晶……おそらくこのアインクラッド内で限りなく高い需要のあるその映像を映したそれを、真っ二つに切り砕く。

 シドが、にやりと笑う。
 アルゴも、にやりと笑う。

 そんな二人に心の中で全身全霊で中指を突き立てておく。
 俺はこの日、男として少しだけ成長して、ついでに一つ学んだ。

 ―――デスゲームだからって、年中真面目でいられるわけじゃない。





 ちなみに、後日談。

 こうして俺の長い一日は終わり、秘宝、『閃光@宙吊りなう』は永遠に葬り去られた。
 だが、俺は一つのことを失念していた。

 「うあああ! 俺のぶん!」

 その後アインクラッドに数個の映像結晶……『黒の剣士@宙吊りなう』が記録されたそれが出回った。のちのちプレミアがついてそうとうのもうけになった、とアルゴとシドから知らされたときは、本気で剣を抜き放つところだったのをここに記しておく。

 
 

 
後書き
 以上をもちまして、中編、「キリトえっち」完結でございます。
 馬鹿にはじまり馬鹿に終わる、そんなギャグをお楽しみいただけたら嬉しいです。

 ご意見、ご感想、ご指摘お待ちしております。

 あ、あと宣伝を。今回補助のオリジナルキャラとして作成した「シド」を用いたSAOの二次創作「~無刀の冒険者~」をこのサイト、暁様で投稿しております。今作品が楽しかった、と思われた方はこちらも(少々長い作品ですが……)お読みいただければ幸いです。

 あ、あと一話場所をお借りして、このお話ができるまでとちょっとした講座を書きますので、「もっといいものを書きたい!」と言った向上心溢れる作者の方がいらっしゃいましたらお読みいただいて、こちらもご意見やご感想をいただければ幸いです。
 
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