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少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
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第四十七話 思春期①



「えーと、並行世界? アニメとかでよくある設定の」
「設定言うな。言っただろ、お前が元いた場所だって別の世界から見ればファンタジー満載なところなんだよ」
「……はぁ。結局よくわからんが、転生するって大変なんだなー」
「お前、自分で聞いといて絶対に話半分だろ」

 白い空間で何やら作業をする死神を見ながら、俺は暇つぶしにきょろきょろと辺りを見渡していた。だけど、どこを見ても何もない空間にすぐに飽きてしまった。忙しそうにしているが、暇つぶしに話しかけてしまったのは仕方がないことだろう。

 話しかけた内容は、俺がなんとなく気になっていた疑問。どうやって別の世界に行けるの? とか、なんでリリなのなんだ? とかだ。絶対に必要な情報ではないだろうが、気になってもおかしくはない問いかけだと思う。ちなみにその質問の答えが、並行世界がなんたらかんたら…、だった。正直意味がわからん。

「次元の海によって世界が繋がっているおかげだ。お前が知っている原作通りの世界もあれば、その原作とはまた違った未来を歩んだ世界もある。お前が行くのは、そんな世界の内の1つだな」
「えーと、繋がっていると行きやすいってことか?」
「『次元世界』には、並行世界の概念がある。次元空間を行き来できるということは、つまり世界の壁の流動が小さく、外部の影響を受けやすい。人の力で制御して渡れることでさらにその力が……。簡単に言うと、世界にはそれぞれ壁があるんだが、その壁が次元世界では渡りやすい、でもう覚えておいてくれ」

 話の途中から遠い目をするようになった俺のために、簡単にまとめてくれました。いや、俺ももうちょっと頑張ろうと思ったんだけど、これ突き詰めれば理数だよね。拒否反応がすごくて。結局よくわからなかったが、リリなのの世界というか、次元世界という場所は渡りやすいらしい。これでいいか。

「お前の転移も、一応この概念を利用したものなんだが。……ちゃんと理解しておいた方がいいと思うけどな」
「え、えーと、どこでもドアみたいな能力認識じゃダメなのか?」
「……お前がそれでいいなら、いいけどよ」

 今度は死神に遠い目をされました。

「うーんと。つまりこの場所から渡りやすいのが、『リリカルなのは』の世界だったから、俺はそこに転生できる……ってわけでいいのか」
「まぁそれでいいよ。あとはその『転生』という概念も存在するからだな」
「転生の概念?」
「あぁー、言い方を変えると『記憶の継承』だ。次元世界の生き物だからこそできることだ」

 ……次元世界の生き物ならできる? それって、俺がもともといた世界じゃできないということなのだろうか。でも、あそこには俺のいた世界とほぼ同じ人種や文化があった。次元世界だからこそ、という言葉に俺は首を傾げた。

「それって一体―――」





「……どういうこと、だったっけ」

 随分と懐かしい夢を見ていた気がする。そういえば、この世界に来る前にあいつとそんな話をしていたことを思い出す。……もう11年も前の出来事だ。改めて思い出した俺自身も、こんな話をしていたんだ、とちょっと驚いてしまった。

 きっと小難しいことばっかりだったから、記憶の彼方に置きっぱなしにしていたのだろう。寝起きで呆然としてしまっている頭を振ってみたが、もうこれ以上思い出すことはできないようだ。俺は欠伸を1つすると、壁に立て掛けられている時計を見る。もうすぐ16時を指す秒針に、2時間ぐらい眠っていたことを知った。

 今俺がいるのは、テスタロッサ家のリビングのテーブル。そこで、俺は宿題の途中で眠ってしまっていたようだ。変な体制だったためか、身体の節々が痛い。しかも枕代わりにしてしまっていた参考書に涎がついている。俺は慌ててそれを拭き取った。

「しかし、並行世界に次元空間…。どこかで聞いたことがあるなぁー、って思っていたらこの時だったのか」

 俺は涎を拭き取った参考書に目を落とす。そこには『多次元世界への航行』と書かれた、小難しい本の題名が俺の目に映った。11歳の誕生日が過ぎて早数週間。夏休みの真っ只中、俺は学校で出されていた宿題に取り組んでいた。あの夢を見たのは、この内容がきっかけだったのだろう。

 俺が住むこの世界は、様々な多次元の世界を認識し、そして渡ることができる技術を持っている。そんな技術を持った世界に住んでいるのだから、学校でそのことについて学ぶのはおかしなことではない。死神の会話だけでは意味不明だった言葉も、今なら少しだけ理解できていた。

 まぁ、わかったといっても本当に簡単にである。専門家ではない俺には、この次元の海の謎はほとんど謎のまま。それでもこうやって勉強をしているのは、将来はその謎がいっぱいの次元の海に出て、冒険をしたいと思っているからだ。初等部の最高学年であり、あと半年で卒業という時期。それは、そろそろ先を考えないといけない時期ということだ。知識は入れられるだけ入れておいて、悪いことはないだろう。


「……しかし、まじで並行世界が次元世界で立証されているんだな。確かに食い物とか歴史は似通っていたし」
「次元空間それぞれに様々な世界がそんざいしていて、ないほーされた世界の力が狭間同士で結び合っているからだね」
「―――うおッ!?」

 集中していた俺の後ろから声が聞こえたと思った瞬間、ドンッ、と背中に重みを感じた。その重みに俺はテーブルに倒れかけたが、なんとか踏ん張って耐える。俺が踏ん張れたのは、いきなり人の背中にダイブしてきた人物がちみっ子だったおかげだ。3年前に出会った時より大きくなったとはいえ、俺だって成長期でそれなりに身長が伸びたからな。さすがに5歳児に押し倒されません。

 彼女の姉であるアリシア・テスタロッサは、現在友達と遊びに出かけてしまっている。先ほどまでリニスと修行していたみたいだが、どうやらそれが終わったらしい。この子は構ってほしいときは、とことん甘えてくるのだ。

「って、こらウィン! いきなり人の背中に乗っからない。人によっては、ぎっくり腰コース一直線だよ!」
「その時はウィン自慢の電気りょーほーにおまかせ! 低周波や高周波、さらに干渉波も組み合わせたスペシャルコースへいらっしゃーい!」
「家の妹が年配の方に人気な理由が明らかに!?」

 俺よりも高度な電気のコントロール技術を用いる、テスタロッサ家の次女にして末っ子。俺とアリシアの妹であるウィンクルム・テスタロッサは、今日も元気なようです。

「ところで、ウィンさんや。そろそろ俺の背中から降りてくれないかい?」
「うー、いやじゃー」
「…………喰らえ、テスタロッサ家の必殺技! お兄ちゃんタイフーンッ!!」
「きゃァーー!」

 俺は椅子から立ち上がると、ハリケーンのごとくリビングで回転してみた。それに俺の首元へ妹がギュッと抱き着き、楽しそうな叫び声が家に響き渡った。テスタロッサ家の長男である、俺ことアルヴィン・テスタロッサもいつも通り元気に過ごしております。



******



「にぃにー、宿題終わった? もう少し?」
「あー、あとちょっとだよ。しかし勉強すればするほど、ミッドがオーバーテクノロジーな世界だと改めて感じるなー」

 よっこいしょ、と俺は妹を背中から降ろして、こっていた首を回しておく。ウィンも俺の大回転に満足したのか、素直に降りてくれた。どうやら俺の宿題が終わるまで待っていてくれたらしい。寝てしまっていたのは悪かったな。

「別の世界へと渡る能力を持っているってことは、現在最も魔法技術があんてーして栄えている世界ということだもんね。ミッドはすごーい」
「……現在の俺としては、妹がすごーい」

 精神年齢は5歳児のウィンクルムだが、その魔力と知識は比べ物にならないぐらい豊富だ。Sランクの魔導師である母親、プレシア・テスタロッサが生み出した使い魔。彼女は術者の知識と技術を受け継いでいるのだ。

 それだと母さんの力かもしれないが、この子は受け取ったものを自分なりに使いこなそうと頑張っていた。知識や技術があっても、それを使いこなせなければ、理解できなければ、すごくもったいない。だからウィンは、母さんからの贈り物を自分なりに用いていた。

 電気の魔力変換資質を使って、母さんのためにマッサージの療法を勉強した。知識もすぐに引っ張り出せるように、本や情報をさらに自分で取り込んだ。その努力は、間違いなく母さんだけではなく、ウィンクルムという1人の少女の力だった。

「まぁ時間も時間だし、宿題はまた明日にするよ。ウィンもおめかし万全みたいだしな」
「えっへん!」

 俺が妹の様子を見て言うと、アリシアと同じようにウィンは嬉しそうに胸を張った。そこには白地に桃色のうさぎの絵柄が綺麗に映えた、かわいらしい浴衣を着た妹。彼女の大きな耳には、ふわふわとしたシュシュがつけられており、くるくると回るウィンと一緒に揺れていた。

 うん、大変似合っているのはいいんだが、その状態でうさぎダイブを決行したのかこの子は。もうちょっと羞恥心とか色々さぁ…。まだまだ子どもだけど、こういうことはちゃんと教えていってやらないとな。

「あのな、ウィン。浴衣は崩れたらまずいから、激しい動きとかは…」
「にぃにー、動いたら暑くなっちゃったからちょっと脱いでいいー?」
「いや、よくないよ!?」
「うー。でも、うさぎは体温ちょーせつがひじょーに繊細な生き物でして」
「その調節を服でしないで!? 着物はすぐに涼しくなるから我慢しなさい」

 少しご不満そうだが、なんとか妹のストリップショーを回避した。ウィンの脱ぎ癖は今に始まったことではなく、3年前に兄妹になったころに比べればだいぶ収まっている。使い魔になっても、うさぎとしての慣習が残っているのだ。

 うさぎは体温調節が大切な生き物である。その快適温度は18~24度といわれ、暑いと熱中症をおこし、寒すぎると体調を崩す。だけど使い魔になったウィンは、ただのうさぎと違い汗を流せるし、温かい格好もできる。それでも油断すると、夏は開放的に、冬は蓑虫のように閉鎖的な姿を取ろうとするのだ。そんな妹である。


「……たくっ、ほら。『アイスフィールド』」

 それでも妹のために暑さを改善してあげようと考えてしまう俺は、相変わらずのシスコンなのだろう。俺はリンカーコアから魔力を抽出し、変換魔法の術式を組む。俺には電気の魔力変換資質があるため、さらに変換するとなると威力なんてあってないようなもんになる。それでもちょっと涼しいと感じるぐらいの冷気だったら出せるのだ。

 俺は一点に魔力を凝縮したり、細かいコントロールが苦手な傾向にある。これは典型的な魔力が多い魔導師の特徴だ。だけど、逆に解放傾向にある魔法なら得意であった。その中でフィールド魔法は、俺の得意分野である。変換魔法と組み合わせれば、周辺に影響を及ぼすこともできる。

 つまりだ、寒かったら火の魔力変換と組み合わせて温かい空間に。暑かったら氷の魔力変換で涼しくできる。これがものすごく日常で役に立つのだ。まさに大変便利な、歩くエアコンの完成である。最初はウィンのために思いついたことだったが、発想というものはどこで転がっているかわからないものだ。


『……ものすごく魔法の使い方がおかしく感じるのは、僕の気のせいでしょうか』
「え、便利じゃん」
「すずしー」
『……ますたーの思考って、本当に日常優先ですよねー』

 気づけば、いつの間にかリビングにいた自分のデバイスに呆れられていた。……何故呆れる。でもウィンが魔法の冷気に嬉しそうに耳をパタパタしている姿を見て、まぁいいかと結論。そういえば、思い出したけど約束の時間は18時だったから、そろそろ準備しないとまずいな。俺は慌てて時計を見て、勢いよく立ち上がった。

「ウィン、コーラル。待ち合わせの時間にもうすぐなるから、準備しておこうか」
『そうですね。少し暗くなっていますから、気を付けて向かいましょう』
「いよいよだね…。頑張ってね、にぃに」
「ふっ、任せろ。長かった俺の4年間に決着をつけてくるさ」

 テーブルの上を片付け、俺たちは出かける支度をする。リニスとその昼寝場所にされているブーフの2人に挨拶をし、洗濯物をたたんでいた母さんに声をかけ、コーラルとウィンにせっつかされながら、俺たちは家を出発した。

 慌ただしく、騒がしいそんな俺の世界。これが、俺たちにとっていつも通りの日常であった。



******



 現在の時刻は17時。夏空が赤色から紺色へと変わりだした時間帯。待ち合わせ場所にたどり着いた俺たちは、真っ直ぐに因縁の相手が待つ場所へ向かっていた。そこには決着をつけるべき相手がいる。人ごみの先で、俺の存在を感じ取った相手も、俺と同じようにすでに臨戦態勢を取っていた。

 それに俺は口元に弧を描く。俺と相手との間に言葉はいらない。あるのはわずかな緊張と、勝利への渇望だけだ。俺を見守ってくれる家族と友人に背を向け、やつのフィールドへと俺は足を踏み入れた。

 そして、俺が武器を右手に受け取ったその瞬間、俺とやつとの火蓋は切って落とされたのであった。


「……ッ!」

 開始早々、一切の容赦がない相手からの一撃。受けきれないと判断した俺は、すぐさま相手の軌道を並列思考で計算し、回避に専念する。隙を窺う俺に気づいたのか、やつは苛烈な攻撃の姿勢を解き、瞬時に体勢を整えた。力任せに来ない相手に俺は目を細める。お互いに様子見ということか。

 時間が過ぎ、互いに決定打を打ち込めない現状が続く。以前よりもさらに速さに磨きがかかった相手。俺自身も特訓してきたとはいえ、やはり強い。4年間やつに味合わされてきた敗北という名の2文字。それは完膚なきまでに、俺に屈辱と畏怖を植え付けさせた。

 それでも、立ち向かうのだ。抱いた屈辱を糧に努力した。抱いた畏怖を糧に成長した。今の俺にあるのは、ただあいつに勝ちたい、というたった1つの思いだ。

「だけど、焦んなよ…」

 俺とやつとの攻防は果たしてどれぐらい経ったのだろう。それすらわからなくなるぐらい、熱くなっている自身の心を落ち着かせる。この強敵とここまで戦えるようになったのは、決して自分1人の力だけではない。俺には支えてくれた仲間たちがいるのだから。

 思い出せ、友人たちからの指導を。視野を狭めてはならない。敵と対峙した時、目を離さないことは当然だが、それに囚われすぎれば、こちらが足元を掬われる。全体を見据え、環境の変化を常に頭の中に入れておく必要がある。

 クイントから教わった身体の動かし方、メガーヌから教わった戦術指導、そしてメェーちゃんから教わったマルチタスク。そして、応援してくれる仲間たち。そのどれもが不可欠なものであり、俺に力を与えてくれた。


「……ジリ貧か」

 それでも徐々に削られる体力に、息が上がっていく。真正面からやりあっても、決定打は作れない。もともとやつのフィールドの上での戦い。最初から有利なのは、向こうなのはわかっていた。まずは同じ舞台に立つために、防御に専念し続けたが、そろそろこちらも動かなければまずい。

 俺は右手を捻り、斜めからの一線を繰り出した。自身にとって完璧なタイミングで放った一撃。だが、俺の攻撃をやつは鮮やかに回避してしまう。元からやつのスピードに追い付いていない俺では、相手を捕らえることなどできない。その悔しさに唇を噛みしめた。

 このまま押し切ってみるか、と自問し、無理だと答えが出る。ならばどうするか、どうしたら勝てるのか。俺が対処できないのは、やつの速さだ。ならば、その速ささえ削ってしまえばいい。そのための準備に静かに周りを見渡し、そして俺は口元に笑みを浮かべた。


 限られたフィールドでの戦い。それは必ず壁が存在するのだ。俺はやつに気づかれないように壁際に移動していく。さらに空いている左手で仕掛けを施していた。俺の無駄知識をなめるなよ。どうでもいいことを覚えるのは、俺の十八番だからな。

『―――!』

 相手の動きが変わったことに、俺は作戦が気づかれたことを悟る。だが、すでに手遅れだ。壁際への移動に成功し、さらにやつの隣には新たな壁が作り上がっていた。俺が仕掛けた罠によってできた壁。つまり、俺とやつとの間に一直線の道ができたのだ。それは同時に、俺自身も回避が困難になってしまう状況だが、仕方がない。

 互いに逃げられない状況。ならば、あとは打ち合うのみ。やつもそれを悟ったのか、一直線にこちらに向かってくる。追えないのならば、向かわせればいい。勝負は一瞬。俺は右手の武器をしっかりと構え、こちらもやつに向かい渾身の一撃を打ち込む。

 相手も迎撃態勢をつくる。お互いに交差し合うその瞬間―――

「―――ッな!?」

 忽然とやつの姿が消えた。違う、俺の攻撃のタイミングを読んで、回避したのだ。上空に。

 突如飛び上がり、俺の一撃を難なく避けてみせたのだ。このジャンプ力、きさまニュータイプか!? と言いたくなった俺は悪くない。攻撃後の硬直から抜け出せない俺の状態を見抜いていたやつは、今度こそケリをつける為に向かってきた。

 俺には避けることも、右手に持つ武器で反撃することもできない。俺の持つ武器が壊されれば、俺は負けだ。だけど右手は動けない……ならば!


 そして、やつの一撃は吸い込まれるように―――虚空をかけた。突如攻撃対象が消え、驚きに固まる相手。なんてことはない先ほどの焼き回し。俺は動かない右手の指先に力を入れ、武器を上空へと弾き飛ばしただけだ。もふもふするために鍛えあげた指先の力が、ここで役に立つとは。

 攻撃の瞬間という最も無防備であり、且つ突然のありえない事象。硬直した相手に、俺は上空で回転していた武器を左手で掴み取り、最後の一撃を振るった。


「……とったぞォォーーー!!」
「にぃにすごーい!」
『なかなかの名勝負でした』

 長い闘いの末、俺はついにやつとの戦いに白星を飾った。ウィンとコーラルからの声援に、瞼に熱いものが込み上げてくる。今でも信じられない気持ちがあった。それでも、間違いなく俺は勝利したんだ。俺の周りにいた男性のお客さんたちが、頑張ったなと拍手をしてくれる。中には俺と一緒に、涙ぐんでくれた人もいた。

 やつのライバルとしてずっと挑戦し続け、目指し続けた場所。夏祭りの金魚すくい屋の屋台の前。たくさんの人々に支えられてきたことを俺は改めて実感する。心に事実がじんわりとしみ込んでいった。

 夢なんかじゃない。俺は今日、……金魚を掬ったんだ!

「……なぁ。感動しているところ悪いが、そろそろツッコんでもいいか」

 えっ、エイカさん。ツッコむって何に?


『まさかこの我が掬われるとはな…』
「いえ。俺がこの領域に来ることができたのは、家族と友人たちとの修行。そして、……今まで敗れ去った男性人たちの妄執という名の応援があったからです」
「最後は本当にありそうだからやめろ」

 俺の隣には、クエストクリア記念に頂いた屋台の食い物の数々。ちなみにもらったのはすべて男性。量が量なので、エイカやウィンにも手伝って消化してもらっている。金魚と会話をしながら、俺は焼きそばを口に運んだ。

「……まぁ、後あるとすれば。妹にかっこいいお兄ちゃんを見てほしい気持ちがあったからですよ」
『ふっ、そうか。幼女の応援()ほど強い力はないか』
「何言っているのかはわからないが、色々謝れお前ら」

 俺と同じように焼きそばを口にもふもふするエイカ。ものすごく呆れたように言われたが、とりあえずもらった唐揚げを手渡してみる。受け取ったら機嫌が良くなったので大丈夫だろう。

「んぐっ。……そういえば、さっき左手で変な動きをしていたが、あれは何をしていたんだ」
「左手って、金魚を壁際に誘い込んだ時のやつ?」
「あぁ、たぶんそれ。いきなり水槽に向かって手を振ったり伸ばしたりし出して、また頭がおかしくなったのかと思った」

 エイカさんにとって、俺の行動は常におかしいらしいです。

「あれは、金魚の習性を使ったんだ。ほら、あの水槽にいるのはチート金魚だけじゃないだろ。普通の金魚も泳いでいるからさ。金魚って影ができたら逃げる習性があって、それを使って壁際まで誘導したんだ。次に影がずっと同じ場所にあると、今度は逆に集まる習性を使って、壁際に金魚の壁を作ったんだ」
『ますたーが屋台の照明の位置を気にされていたのは、そのためでしたか』
「……ここまで素直に賞賛できない、知識も努力もないな」

 ちなみに俺の知識と努力に戦慄してくれたのは、男のお客さんだけだった。

「まぁ、来年は小細工なしで勝ってみせるけどな」
『ほぉ、言ったな。面白い。我を見くびるなよ、少年』

 俺と金魚の間にメラメラと闘志が迸る。互いをライバルと認め合い、そしてこれからも精進していくのだろう。これが男の友情か。青春の代名詞とされる努力と根性の果てなきロード。俺たちは今後も勝負し続けるんだろうなー。

「にぃにー。次は私が金魚さんとしょーぶしたい」
「ウィンが?」
『む。しかし女の子と争うなど金魚としてな…』
「金魚さん……だめ?」
『だめじゃないさ。レディの願いを聴くのが、紳士というものだ。……だが、我は勝負なら手を抜かん。それでも挑むというのか?』
「はい、お願いします!」
「……なんでこいつら、普通に金魚と会話してんだろ」

 ちなみに開始4秒で掬われた。



******



 今年の夏祭りは、ウィンとコーラルとエイカの4人でまわっていた。アリシアはいつもの女子メンバーと一緒に楽しんでいるのだろう。男連中は今回屋台を任せられたらしく、頑張っているらしい。俺とエイカはちきゅうやでバイトをしているので、楽しむ方にまわらせてもらった。

 あとであいつらの店にでも寄らせていただくかな、と予定を立てながら俺たちは祭りの中を歩いていく。ちなみにウィンが一緒にいるのは、去年はねぇねとまわったから、今年はにぃにとまわると言ってくれたからだ。うん、金魚すくいで俺がはじけたのは仕方がないことだな。

「お前って、昔から全然変わらないよな」
「そうか? 身長は伸びたし、この前だって図形の問題が解けたんだぜ」
「お前の変わる基準そこかよ。あと図形の求め方ぐらいさっさと覚えておけ」

 いやいや。以前の俺と比べたら、すごいレベルアップしているから。だって図形問題が解けるようになったんだよ? エイカさんみたいに理数得意じゃないんだからさ。というか、俺の周りに理数ができる人が多い気がする。

 ……おかしい。いつの間に俺の周りにインテルが入ったんだ。

「お前、本当にそれでよくあの試験が受かったよな。お前でも資格が取れてしまうこの世界に、若干不安を感じてしまうんだが」
「エイカさん、副官さんと同じことを言わないでください」
『合格発表の時、ますたー自身受かったことに信じられなくて、声をあげて驚いていましたものね』
「コーラルさん、あれは俺にとって黒歴史だから言わないでください」
『すぐに音声再生ができちゃったりして…』
「ウィン、わたあめを買ってあげる。なので、ちょっとあそこの浮遊物をパッチンしてきて」

 賑やかなお祭りに悲鳴が響き渡ったが、雑踏ですぐに消えていった。わたあめにご機嫌な妹の様子に、俺は満足した。


「それはそうとエイカだって、なんだかんだ言って変わったんじゃないか?」
「なっ…! い、言っておくがこの格好は、ちきゅうやで急に着せられただけだからな!」

 俺の視線が自身の服装に向いていることに気づいたのか、慌てて弁解のような言葉を重ねるエイカ。彼女もウィンや他の女の子たち同様に、浴衣を身に着けていた。たぶん女の子組と奥さんに押し切られたんだろうな。その情景がありありと思い浮かぶ。

 身長がだいたい俺と同じぐらいにまで成長した彼女は、少なくとも男に間違えられることは少なくなった。今なんて浴衣を着ているので、間違えられることはない。赤茶色の髪は少し伸び、琥珀色の目は強く輝いている。藤黄色の生地に薄紅色の刺繍が施され、綺麗な花が咲いていた。

 さすが奥さん、みんなのことをよく見ている。女の子組は今年は全員浴衣を着るのだと、アリシアが教えてくれていたからな。みんなすごく似合っていた。少年Cがそれをあまりにも眼見しすぎて、クイントに居合拳をぶっ放されていたぐらいである。

「……どうせ、変なんだろ。俺だってそれぐらいわかってんだよ」

 ちょっと意識を飛ばしていたら、慌てていたエイカの意識が帰ってきていたらしい。俺の無言に、彼女は顔を背けて言葉を紡ぐ。どうやら無言の理由を誤解されたようだ。

 それは大変心外だ。いじるのは好きだが、俺は基本的に本心を偽ることはしないぞ。

「すごくよく似合っているに決まっているだろ。髪だって後ろでまとめられていて、髪飾りが映えているし、浴衣もエイカの色と合っていてぴったりだ。俺は好きだぞ、そういうの」
「……なッ! …………えッ!?」

 なので本心で褒め殺しました。エイカの反応が面白くて、にやけてしまったのはご愛嬌。


「おまッ! ……からかうんじゃねぇ!」
「本心、まじで本心!」
「にやにやしといて、何言ってんだ!?」

 初々しい反応に噴き出す俺に、エイカは真っ赤になって攻撃してきた。さすがに5年間も一緒に過ごしていたので、彼女の行動は読めている。俺は頭を低くし、1歩後ろに下がることでエイカの攻撃を避けてみせた。

 エイカは恥ずかしくなったら、大抵照れ隠しに攻撃をしてしまうようだ。経験上、あそこは俺の頭を叩いてきそうだと思ったので、それに従ってみたら見事に当たったようだ。ふふ、しかも今回は浴衣を着ているから、足技では攻めてこないだろうと踏んでいたのだ。

 見たか! これぞ俺の洞察力! 見事回避に成功した俺は、笑みを浮かべながら顔を上げた。


 ―――その後、まさかドロップキックをうってくるとは予想していませんでした。



******



「……なぁ、コーラル。エイカって一応女の子だよな」
『あれはますたーが悪いとは思いますけどね』

 味方がいなかった。

「わぁ、にぃに、コーラル、エーちゃん! 花火があがったよ!」
「おぉ、相変わらずこの穴場はよく見えるな」

 ウィンクルムとエイカの声、そして夜空にできた火の花が打ちあがった音。俺も2人と同じように空を眺める。ずっと前に金魚屋のおやじさんから教えてもらったこの場所は、俺たち子どもメンバーの秘密の場所になっていた。

 まだみんなは来ていないが、花火が始まったのだから、そろそろ集合するだろう。毎年、花火の時間はみんなでおいしいものを食べながら、見ることが恒例となっていた。俺はコーラルに収納しておいてもらったレジャーシートを広げ、屋台で買ったものを並べていく。エイカとウィンもその様子に手を貸してくれたので、早めに準備ができたな。

「花火ってやっぱり綺麗だよなー」
「……今年は変なことをしていないんだな」

 お誕生日はお姉さんとのデートだそうなので、おじいちゃんと一緒に空気を読みました。後日にやにやさせてもらいます。というか、そんな毎年副官さんをいじっていませんよ。たぶん。

「というか、副官さんもだいぶ色々あったしなー。うん、色々と……」
「……聞かないでおく」

 うーん、やっぱりちょっといじりすぎたのかな? あそこまで趣味に熱中してしまうとは、こちらも想定外だったからな。おじいちゃんは微笑ましそうに放置だし、イーリスさんは応援しちゃっているし、くまのお兄さんは一緒になって暴走しちゃうしで……ってあれ、これ止める立場の人いなくね。

「まぁー、幸せそうだからいっか」
「お前が投げやりになると、大抵ろくなことになっていないと思うんだが」

 そんなことを駄弁りながら、俺たちは静かに花火を見上げていた。少しすると、俺の名前を呼ぶ声が響く。後ろを振り向くと、こちらに手を振る金色の少女といつものメンバーの姿を見つける。俺はそれに笑顔を浮かべながら、こちらも手を振りかえした。

 それからもみんなでかき氷を頬張りながら、のんびり花火を見て過ごしました。

 
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