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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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二十三 中盤戦


「村人にはわしの野望の片棒を担いでもらう。大いにチャクラを貢献してもらうとするよ。この要塞――『アンコールバンティアン』を動かすためにな!!」
死んだはずの医師の声が朗々と響き渡った。翡翠の大広間から外へ流れゆくナルトと神農のやり取り。


初めこそ狐につままれたように顔を見合わせる村人達。会話に耳を傾けているうちに、真相がじわりじわりと彼らの脳へ浸透する。冒頭の言葉を耳にするや否や、神農を崇拝していた村の住人達は怒りの声を上げた。
なぜかは解らぬが自分達を監視していた見張り番が一人も見当たらない。そしてチャクラを吸い取る牢獄の錠も何者かに壊されていた。天の助けとばかりに脱獄した村人達は、血気に逸る若者を先頭に暴動を起こす。
向かいの牢で蹲る、一人の少女を置き去りにして。




獄外の騒乱に、少女はうっすらと瞼を開けた。
身動ぎひとつ満足に出来ぬ彼女は、虚ろな目で鉄格子の間を覗く。
バタバタと慌ただしい足音。心持ち弾んでいるかのような足取りで少女の視界を横切っていくそれは、見覚えのあるものだった。途端、彼女の目に生気が戻る。
(………憎い)
己を隔離した村人達に向かって、赤髪の少女は声にならぬ怨言を吐いた。

そもそも少女は村の者ではない。村の外れに捨てられていた彼女を、村人達が親身になって世話してくれたのだ。少女とてそれに関しては言葉で言い尽くせないほど感謝している。
だが彼女は原因不明の病にかかってしまった。途端腫れ物に触るかのように扱い始める村人達。感染を恐れ、誰も看病を申し出る者はいなかった。仕舞いに村から隔絶された小屋に移して、彼女を完全に隔離したのである。
少女は絶望した。今まで家族の如く懇意に接してくれた村人は皆少女と親密な間柄だった。だからこそ急変した彼らの態度に、彼女はついていけない。おまけに左胸に出来た不格好な腫瘍が、少女を益々惨めな思いにさせていた。

四六時中続く高熱。腫瘍は一層大きく膨れ上がり、少女に鋭い痛みを与え続けた。息をするのも苦しく、汗は服にべっとりと張り付く。
一向に下がらぬ熱は少女を日々呻らせた。荒い呼吸を繰り返し、生と死の境目で彷徨う毎日をなんとか生き永らえる。やがて朦朧とする意識の片隅で沸々と怒りが湧いてきた。その怒気は次第に溶岩の如く溢れ出し、村の住人達へと流れゆく。
正常な思考ならただの八つ当たりだと自粛していただろう。だが熱に浮かされた少女にとって、村人はもはや恨みの対象でしかなかった。
村人達とて心の底では彼女の容態を気に掛けてはいた。しかしながら誰も様子を見に行こうとする者はいなかった。それが少女の怒りに拍車を掛けているとも知らず。
(…憎い)
胸に巣食う大きな腫瘍の痛みと、高熱に抗う。病魔とそして孤独と少女は闘った。
そんな折、ただでさえ熱で辛い彼女の喉を煙が塞ぐ。ぱちぱちと火が爆ぜる音がしたが、病気の少女にはどうしようもなかった。
病か、火災か。おそらく双方が原因だろう。遠退く意識の中で少女は誰かに運ばれ、そして気づけばこの地下牢に入れられていたのだ。連なった牢の向かいには村人の姿もあったが、熱のために声を発するのも彼女は億劫だった。

病に侵されたまま、この牢に閉じ込められ、そしてまた隔離されている。恐る恐る此方を覗くように見つめてくる村人達の視線から少女は逃げた。零れ落ちる熱気に抗いながら、床の上にだらしなく手足を投げ出す。海中のクラゲのように何度も浮き沈む意識。気絶と覚醒を繰り返し、それでも彼女は生にしがみついていた。

(みんなみんな―――)
翳む視界の端で、向かいの牢から逃げ出す村人の姿を捉える。熱に浮かされ脂汗が滲む顔を少女はいよいよ歪ませた。再び途切れそうになる意識を必死に繋ぎ止めようとするが、彼女の思いとは裏腹に目の前が真っ黒に塗り潰される。
己の身体なのに儘ならない。重い瞼を抉じ開けようとすればするほど前後不覚に陥る自分に苛立ち、そして理不尽な世を恨んだ。
病気に侵されてから何度も何度も経験した失神。混濁する澱みの渦へと少女は深く深く沈んでゆく。
(憎い…ッ!!)
再度声なき呪詛を呟いて、少女――アマルは昏睡する。操り人形の糸が切れるようにぷつりと意識を失っても、彼女の全身からは黒々としたチャクラが立ち上っていた。







斜めに切り立てられた椅子。巨大な鉄球を当てたかのように窪む壁。罅割れた石畳。広間の四隅に積み上げられた大理石の山は以前より遙かに多い。
無残な崩壊を残す室内は戦闘の激しさを窺わせる。絢爛たる大広間の面影は今や何処にも無かった。

壁に激突した男が平然と立ち上がる。全く息を乱していない彼は、やけに勿体ぶった顔つきで語り始めた。
「―――筋肉とは破壊と再生を繰り返し、強化されていく。医療忍術による再生のメカニズムさえ把握していれば……」
薄笑いを浮かべる。神農が一言一句発するたびに、今までナルトに負わされた傷がみるみる治っていった。
「破壊するだけで強靭な肉体を手に入れることが、いつでも可能になる」
隆々たる筋肉を誇らしげに、胸を張る神農。横柄な態度をとる彼に、「ご丁寧な解説、どうも」とナルトは軽い口調で返した。
年齢にしては不釣り合いな落ち着きを見せるナルト。彼が慌てふためく様を期待した神農は不愉快そうに眉根を寄せる。だがすぐ余裕を取り繕い、彼はナルトを見つめた。
「さて。お次はどうする?さっきみたいに『開門』でも開くか?それとも『景門』?……『八門』全て開けば、太刀打ち出来るかもしれんなぁ」

チャクラの流れる経絡系上には頭部から順に『開門』『休門』『生門』『傷門』『杜門』『景門』『驚門』『死門』と呼ばれるチャクラ穴の密集した八つの場所『八門』が身体の各部にある。
チャクラの量を制限するこの『八門』を開けば、脳の抑制を外し人の筋肉の力を限界まで引き出せる。体力・高速移動・攻撃力を高め、更に『八門』全てを開く事で少しの間火影すら上回る力を手にする事が可能となる。


「だがわしのように究極肉体を持たぬ限り、貴様は必ず死ぬ」
神農とて零尾の補助があるからこそ『八門』の開放を維持出来るのだ。闇のチャクラによる【肉体活性の術】を用いて、究極肉体を持つ者だけが『八門遁甲』を後遺症無しで扱える。
例えば『八門』全てを開いた者同士の戦闘。同等の力を持つ双方がぶつかれば苛烈な闘いになるのは必須。しかしながら勝敗がどうであれ、結果は同じである。どちらが勝つにしろ、両者の末路は死。
だからこそ【肉体活性の術】が生む究極肉体の意味がある。この術さえあれば、力は互角であっても同条件というわけではない。死なずに済むには究極肉体を持つ以外に他はない。

「さあ、どうする?」
自身を超越した存在と信じて疑わぬ彼は、面白い見世物でも観るように目を細めた。対峙するナルトの目が、瞬き一つせず神農の姿を捕らえる。

肉弾戦ばかり繰り広げている双方。両者の闘いを見守っていた香燐は内心首を傾げた。【肉体活性の術】を用いている神農は常に闇のチャクラをその身に纏っている。だがナルトは先ほどからずっと体術のみで神農と渡り合っている。チャクラなど微塵も使っていないのだ。



高く積み上げられた大理石から破片がひとつ、カツンと石畳に落ちた。
絡み合う視線。
一気に踏み込む。相手の懐に飛び込み、拳を振り被るナルト。だが顔面に到達するより前に、神農がその手首を掴んだ。そのまま捻じ上げようと力を込める。
途端、神農の視界を白が覆った。思わず力が緩む。
羽織を後ろに跳ね上げ、怪力から逃れたナルトがさっと屈み込む。屈むと同時に身体を転換。右足を軸に体を回転させ、左足で相手の脇腹を狙う。

振り向き様の蹴り。

横からの不意打ちに神農の身体がぐにゃりと曲がる。それに追い打ちを掛けるように、足払い。体勢を崩した神農目掛け、踵落としを繰り出す。
咄嗟に右手を床につき、転倒から免れる神農。その状態からナルトの蹴りを左腕で受け止める。
「ぬおおおおっ!!」
馬鹿力で神農は無理にナルトを振り払う。左腕一本で相手の蹴足を弾き、そのまま足首を掴み取った。ぶんっと放り投げる。
投げられたナルトが空中で回転。体勢を整えつつ、両腕を交差する。ギシリと何かが軋む音がした。
空中戦に持ち込もうと神農が腰を屈める。今の自分ならばナルトより高く跳べるはずだ。【表蓮華】の再現でもしてやろうか、と足に力を込める。だが何かにつんのめり、神農は思わず踏鞴を踏んだ。

瞬間、ひゅんっと風を切る音が耳朶に触れる。

大理石の瓦礫。それらが細大漏らさず、部屋の中央にいる神農目指して飛んでくる。まるで重力で引きつけられるように。
神農は瞳を瞬かせた。飛来してくるそれらが何れもキラキラと光っているように見えたのだ。大広間の照明に反射して瞬く銀の光。
(なんだ?)
ハッと神農は我に返った。自身に襲い掛かる瓦礫を回避しようとする。が、足が動かない。
見下ろすと、足首に何かが絡みついている。幾重にも巻かれた糸。
その糸の先はどれも飛んでくる瓦礫と繋がっている。鋼糸だった。

未だ空に浮くナルトがくいっと指を動かす。神農同様大理石に巻きつく鋼糸がその指の動きに反応した。先ほど以上に速く、神農に迫り来る瓦礫の山。
神農は腕を我武者羅に振った。隆々たる筋肉を誇る両腕は、襲い掛かるそれらを見事に粉砕する。だがナルトが再度、指を微動させた。
あやとりでもしているかのような滑らかな仕草に反し、神農の足首がぐぐっと締め付けられる。同時に、ただでさえ自由の利かぬ足の下腿に、飛来してきた瓦礫の一つが激突した。
痛みで今度こそ転倒する神農の身体。足を掬われたその身を上から押し潰さんとする大理石。
ナルトが交差した両拳をぎゅっと握り締めた。

刹那、広間の中央に立っていた神農の姿が瓦礫の山に取って代る。




トッと軽やかにナルトは床に着地した。広間の四方にあったはずの大理石が全て室内の中央に集結している。
先ほどから神農に肉弾戦ばかり仕掛けていたナルト。同時に室内を目まぐるしく駆けながら、四隅にある大理石の瓦礫に鋼糸を張り巡らせておく。神農を部屋の中央に誘導し、接近戦に持ち込む。そしてその糸の先を、秘かに彼の身に絡ませておいたのだ。

広間の中央。ちょうど円環が施された位置に積み上げられた大理石は沈黙している。
眼前の攻防に香燐はただ呆気にとられていた。瓦礫の山に潰された神農を恐る恐る見遣る。
静かだ。圧死でもしたのだろうか。
だがふと悪寒がし、彼女は身震いした。瓦礫奥から漂う不気味な静寂。
不安を拭いきれぬ香燐の眼前で、ナルトは鋼糸をしゅるりと手元に収めた。次いで床を蹴る。瓦礫の山に埋もれた神農目掛け、一気に迫った。
「……ッ!?ダーリン、避けろ!!」
ふいに香燐が叫ぶ。そのただならぬ声に、ナルトは咄嗟に飛びのいた。


爆発。
突如、瓦礫の山が飛び散った。


破片と土煙がナルトの目と鼻の先で舞い上がる。煙の中、うっすらと見えてくる人の輪郭。
「【活性拳】!!」
声と共に、何かが飛んでくる。それは黒ずんだチャクラを迸らせながら空気を切り裂く。
紫紺の円球。
迫る球から逃げるように、ナルトは後方へバク転した。着手後、勢いよく床を突き放し、そのまま跳躍。円球はナルトの下を通り過ぎ、壁に激突した。

轟音。

着地したナルトが背後の壁を振り返る。壁に穿たれた孔からは濛々と煙が立ち上っていた。
「究極肉体によるチャクラ開放。その究極の一撃がこの【超活性拳】だ」
【超活性拳】で大理石の山を突き崩した神農が、不敵に笑う。傷だらけだった全身はまたもや自然治癒で全快していた。



「村の連中がわしの企みを知ってしまったのは予想外だったが、逆に好都合だ。奴らは今、絶望し、そしてわしを憎んでいる。つまり闇のチャクラが増える一方なのだよ」
肩に乗っていた瓦礫の欠片をわざとらしく払いのけ、神農はくくっと喉を震わせる。そして「特に病気の小娘は凄いぞ。村から隔離されていた小屋で偶々見つけたが、儲け物だったな」と続けて言った。話を静かに聞いていたナルトが眉を顰める。
「貴様のやる事為す事、全て裏目に出ているんだよ」と締めくくった神農に、ナルトは鋭い視線を投げた。
「病気の者を放置しているのか…」
神農の【超活性拳】や挑発ではなく、ナルトは「病気の小娘」という言葉に反応する。意外だったのか、一瞬目を見張る神農。だが彼はすぐにふんと鼻で笑った。
「病に侵された者はそれだけ闇が深い。負の感情に心を支配され、闇チャクラを無限に生み出す。わざわざ治す必要がどこにある?」
「貴方の腕なら治せるはずだ」
「言ったはずだ。善良な名医としての神農はもはや死んだと……。でもまぁ、治療してやって、後で真実を突き付けたほうが効果的だったかな?命を救われた人間は、決してその人間を疑わないからなあ」
どこか残忍な笑みを見せる神農に、ナルトは嫌悪の表情を向ける。それはほんの一瞬だったが、確かに彼の瞳には瞋恚の炎が宿っていた。

無言で攻撃体勢に入ろうとするナルトに、香燐が慌てて声を掛けた。
「癪だが、あのクソ野郎の闇チャクラがどんどん増えてるのは事実だ。それに術の効果か、怪我を治すたびに力も強くなっているようだし…。闘えば闘うほど不利になるぞ」
【神楽心眼】で相手を分析していた彼女が冷静に指摘する。香燐の言葉を目敏く聞きつけ、神農はにぃと口元に弧を描いた。

「…だがそれは、神農自身のチャクラじゃない」
嘲笑する神農をじっと見据え、ナルトは呟きを漏らした。香燐の胸の前にすっと腕を伸ばし、彼女を後方に下がらせる。物言いたげに口を開いた香燐だが、ナルトの有無を言わさぬ目に渋々身を引いた。


すっとナルトが身を屈める。独特の構えをとった彼の姿を目にして、神農は顔を強張らせた。笑みを象っていた唇が歪む。
「その構えは……ッ!?」
流石に世界を渡り歩いただけはある。特に人体に関しての豊富な知識を持つ彼は、その体勢の意味をも知っていた。表情を凍らせる。

ナルトが一歩、足を踏み出した。
「【柔拳法・八卦―――…」
驚異的な速度で間合いを詰める。反応出来ぬ神農に、ナルトは拳を振り翳した。
熾烈な突き。同時に八卦の円が彼の足下にうっすら浮かぶ。


「―――六十四掌】!!」
 
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