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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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十八 万緑叢中


見渡す限りの緑。

深緑の魔境を思わせる樹海では、時折獣の声がする。鬱蒼と生い茂る草木に蔦が無秩序に絡まり、猛毒蛇等が草叢をしゅるりと這ってゆく。
万緑に染まる密林の中、頭上に広がる枝葉の合間から射し込む陽光にナルトは目を細めた。

「一体どこまで続くんでしょうか、このジャングルは…」
黙々とナルトの後ろを付き従っていた君麻呂がとうとう音を上げる。行けども行けども目の前に広がるのは木々ばかり。視界に映るのが何時まで経っても不変の緑だと、誰だってうんざりするだろう。
「果てはあるさ。何事もね」
君麻呂の言葉を特に聞き咎めず、肩越しに振り返りながらナルトは笑った。そのまま彼はすいっと指を動かす。ほんの些細な所作に続き空気を裂くような音が、君麻呂の耳にも微かながら届いた。



刹那、前方の茂みがスパッと切れ、道が開ける。



鍵盤を滑らかに撫でるかのような指先の仕草に合わせて、目前の木々が次々と打ち払われてゆく。演奏しているようにもとれるその所作は優雅で、美妙な旋律さえ聞こえてきそうだ。

君麻呂の視界を踊るその蜘蛛の糸の如く細い糸は、ナルトの鋼糸である。

鋼糸が放つ一閃はジャングルの方々で咲き誇る花の露より鮮やかに煌めく。
淡い桜色の花弁を彩る露の玉は流れ落ちるのに時間を要するが、ナルトの操る鋼糸は目に捉えるのも難しい。だからこそ、その一瞬の閃きが余計美しく見え、君麻呂は瞳を瞬かせた。



息苦しいほどの蒸し暑さと湿気が濃厚に立ち込めるジャングル。
緑の海原を通う幾筋もの水路の一つで、飛沫を上げながら魚が飛び跳ねた。雫はキラキラと、鰐がわだかまる河川へ滴下する。
この上流のジャングルの奥が、ナルトが目指す目的地だ。必要以上には伐採せずに、かろうじて自分達が通れる進路を確保する。鋼糸で分断した切り株を踏み越えるナルトの背中に、内心惜しみない拍手を送っていた君麻呂がふと眉を顰めた。

ナルトの後ろを歩く彼の背後で、葉が擦れる音が確かにしたのである。同時に感じたのは動物ではなく、人の気配。


「ナルト様…」
耳元で不意に囁かれても動じず、むしろ君麻呂より先に気づいていたらしいナルトがそっと目配せした。その音無き合図を把握し、君麻呂は頷きを返す。

気取られぬように気配を押し殺し、音がした茂みの方へ近づく君麻呂。
だが相手は完璧に消していた君麻呂の気配を読んだのか、脱兎の勢いで踵を返す。
「…ッ、待て!!」
生い茂る樹木の間を縫うように走る相手の背中に向かって、君麻呂が叫んだ。彼が声を発するより先に、一陣の風が逃亡者の前に回り込む。君麻呂より遠く離れていたにも拘らず、神速とも言える俊足で移動したのだ。

次の瞬間には、相手の進行方向にナルトの姿があった。





逃亡者の行く手を阻んだナルト。相手の姿を認めた彼は確認の言葉を投げた。
「確か――――香燐、だったか…」

ナルトの目前にいるのは、中忍第二試験『死の森』で彼が助けた少女――香燐だった。









「憶えていたのか…っ!!」

ナルトと君麻呂―双方に挟み打ちにされ一瞬怯えるものの、ナルトに名を呼ばれた途端、香燐は破顔した。反して彼女の背中を睨みつける君麻呂。
血継限界の能力で指節骨の内、人差し指の末節骨を鋭く伸ばす。皮膚を突き破って現れた骨の先端はまるでナイフのように研ぎ澄まされている。
刃の如しその指骨を、君麻呂は香燐の首筋に迷いなく押し付けた。

「……ナルト様。この女、如何致しましょう?」
警戒の色を色濃く目に湛え、君麻呂はナルトに指示を仰ぐ。鋭利な刃物同然の指骨が、彼女の頸動脈をグッと押した。ぷつりと赤い玉が浮き上がり、首筋を沿って流れ出す。
香燐はごくりと咽頭を鳴らした。


「放してやれ」
「しかしッ!我々をつけてきたんですよ!!」
反論しつつも君麻呂は標的から武器を遠ざける。しかしながら彼の瞳は未だに爛々と輝いている。その強い眼光から、少しでも妙な真似をしたらその首掻っ切ってやる、といった君麻呂の思考が読み取れ、香燐はぶるりと身震いした。

「俺達の後をずっとついて来てたけど、何か用でも?」
君麻呂とは対照的に緊張感のないナルトが穏やかな眼差しで尋ねる。実際のところ探りを入れているのだが、彼の笑顔に惑わされ、香燐は気づかなかった。
「ずっと…ってどこから?」
「里外への門をくぐる前からだが」
「最初からじゃねえかっ!!」
驚愕する彼女を、君麻呂がじろりと睨みつける。
「……つまり、木ノ葉の里から今までずっとですか…」
陸も水中も危険に満ちているこのジャングルを、女一人で歩くとはなかなか大したものである。しかしながら女と言えど、どこの手の者か解らぬ相手をナルトの傍に近寄らせるわけにはいかない。


思わず骨を出しそうになる君麻呂を、ナルトは視線で制した。自分を挟んでそんなやり取りがあった事など知らない香燐がほんのり頬を染めてナルトにしな垂れ掛かる。
「だ、だって~…ダーリンの事、もっと知りたかったしぃ~」
「…………………」
突然言われた単語に、ナルトは硬直した。
「ダ、ダーリン?」
「うっせ!テメエには言ってねえだろッ!!」
「…………………」
思わず聞き直す君麻呂。ナルトへの態度とは一変して君麻呂を怒鳴りつける香燐。そして無言を貫くナルト。
密林の奥地でなかなかにカオスな空間が出来ていた。


ジャングルに生息する鮮やかな鳥が、羽を撒き散らして三人の頭上を横切っていった。














「彼女の話、本当でしょうか…?」
「戦火で村が燃えてしまったというヤツか?」

木々の合間から僅かに覗く月が、焚火を囲む少年少女に光を注ぐ。ぱちぱちと焚火から飛び散る火片を見つめながら、君麻呂はナルトに尋ねた。

揺らめく炎がぼんやりと、苔生(こけむ)した岩の上で腰を降ろす二人の姿を照らす。焚火を挟んだ向かいでは、ナルトの羽織を毛布代わりにして寝入る香燐の姿があった。

夜間のジャングルは昼間より遙かに危険で満ちているため、休息をとっているのだ。交代制で見張りをしているのだが、終始番をしているのはナルトであった。就寝する気配もない彼を気遣い、見張りに付き合う君麻呂だが、そう言う彼も眠気に襲われている。
だが頭を振って気を取り直し、君麻呂は油断なく香燐を見据えた。すうすうと寝息を立てる無防備な彼女の態度を苛立たしく思うのと同時に、つられて目蓋が重くなる。
しかしながらどうしても訊かねばと、眠気と葛藤しながら君麻呂はナルトを窺った。


香燐の話では―――中忍第二次試験中、班員の二人が昏睡してしまったため試験を辞退。目覚めた彼らはすぐに故郷の村へ帰還し、香燐のみが中忍本試験を観ようと木ノ葉に残り留まっていた(実際はナルトに会いたかっただけなのだが)。ところが予選試合中と同時刻に、村が焼けたという知らせが彼女の耳に届く。勿論、先に帰った班員の二人も、戦火に巻き込まれてしまった。帰る場所を亡くし、呆然とする香燐の頭を過ったのは『死の森』で己を助けてくれたナルトの姿。他に頼る者もいない彼女は自身の感知能力でナルトの跡を追った―――という事らしい。



「唯一の生き残りなんてよくある話です。作り話とも考えられます」
香燐への猜疑を拭えない君麻呂を、ナルトはちらりと横目で見た。
かぐや一族最後の一人である君麻呂は、香燐を自分と重ねているのだろう。身寄りの無い己がナルトに頼ったのと同じく、村の生き残りである香燐もまた、彼に寄り縋ろうとしている。
不甲斐無い昔の己に似た香燐へ抱くやり場の無いもどかしさ。幼き頃の無力な自分を思い出したのだろうか。
焚火を透かして香燐を睨む君麻呂に、ナルトは心持ち柔らかな口調で答えた。

「過去は取り戻せない。だからこそ今を生きようとする。生き残るという事はそれだけ時間を与えられたという事だよ。その時間をどのように使うかは人それぞれだけど、俺を頼ってきてくれたのなら出来る限り力になりたい」
懇々と述べるナルトの青い瞳に、焚火が鏡のように映り込む。蛍の如く踊る火の粉が、彼の顔を明々と照らした。
「ナルト様はお優しいですね……」
「利用しているだけかもしれないよ?」
ほうと感嘆の嘆息をつく君麻呂に対し、ナルトは肩を竦めた。だが彼の言葉を君麻呂は静かに首を振って否定する。
「見返りがあったとしても、そうお考えになる事が素晴らしいです。僕はナルト様に救われました。貴方が与えてくださったこの時間、ナルト様のために使いたい」
きっぱりと断言する君麻呂はナルトを完全に心酔している。自身の命を捧げてもいいという彼の言葉に、困った風情でナルトは苦笑した。そしておもむろに顔を上げる。

「夜明けだ」
蔓を纏う木の間越しに見える空が何時の間にか白々と明るくなっていた。
入り日がジャングルを仄明るく照らすにつれ、獣達の声が次第に大きくなっていく。

しかしながらその鳴声にはどこか慌ただしい印象を受ける。異常を感じ取り眉根を寄せたナルトがタンッと地を蹴った。


一瞬で傍の大木の上へ跳んだ彼は、目を凝らして彼方を遠望する。続いて跳躍しようと君麻呂が腰を屈めるより前に木から飛び降りたナルトは、未だチロチロと宙を舐める焚火の炎を水遁で消した。
「君麻呂。香燐を起こしてくれ」
微かな煙を立たせる残り火を足で揉み消しながら、ナルトは君麻呂に頼む。ナルトに従いおよそ快適とは言えない起こし方で君麻呂は香燐の目を覚ました。

無理に叩き起こされ、香燐がギャーギャーと噛みつく。それを素知らぬ顔で流し、君麻呂は香燐の毛布代わりになっていた羽織をナルトに恭しく返した。
受け取った羽織をバサリと翻す。白き羽織は、ナルトの身をぴったり覆う黒のハイネックによく映えた。

爽やかな早朝には相応しくない臭気が微かに匂う。

ジャングルの奥で真っ黒な煙がもくもくと立ち上っていた。ようやく白み始めた空に棚引くその煙は、不吉な兆しである黒雲のようだ。

目指していた到達点から上る黒煙。曙の空に垂れ込めるソレを、手を翳してナルトは仰いだ。


「面倒な事になりそうだな…」
 
 

 
後書き
香燐の「ダーリン」呼びは、一人称がウチで乱暴な口調って多由也と区別がつかん…と思ったので。せめてナルトの呼び方だけでも変えたら区別つくかな~と。ごめんなさい、勝手に。
『NARUTO疾風伝 絆』、無理やり介入しました。もっとも映画そのままの流れではないので悪しからず。しばらく映画ネタ続きます。ご了承願います。
 
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