| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

科学と魔術の交差

作者:田舎者
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

4章

 もしも、平和という言葉が真実ならば。
 どうして私はここにいるのだろうか。
 裏切られ、貶められ、疎まれる。

 もしも人が救いを求めるというのなら。
 オレはこの世界で何ができるのだろうか。

 平行世界の魔術とは無縁の世界。未来に奔走し魔術を必要としない世界で―――オレはなにができる――――




























「料理?」
「そうだ。できるかときいたんだ」

 千冬は日本食に飢えていた。
 先日のように市街に出れば日本食は食べられるが、それはドイツ人にとっての日本食。
 生粋の日本人であれば、その味に満足は出来ない。味が薄かったり濃かったり、品名と実在の食事が違っていたり。

 不幸にも千冬の口に合わない日本食を出した店は不機嫌なオーラを隠しもしない千冬に恐れた。
 日本人に味が合わないというのは彼らにとっても驚きだっただろうが、そこにいるだけで帰りたいと思ったのは生まれて初めてだっただろう。

「できるが… 何故だ?」
「作れ」

 会話のキャッチボールができていない。こっちはボールを普通に投げ返しているのに、その球を剛速球で投げ返してきている。エミヤシロウは溜息をつくが、ここで少しでも抵抗すると面倒なことになりそうだと判断し、立ち上がる。
 こういうことにはなれている。彼のグローブは過去の経験から分厚くできていた。

「要望は」
「まさしく日本食というものを」

 それは何でもいいと同義ではないかと思っても口に出してはいけないのだ。





 そして知らず知らずのうちに千冬に自分で作れと言う選択肢を選ばなかったことにいずれ心眼があったことに本気で感謝する。






「クラリッサ」
「なんでしょうか、エミヤシロウ」
「ここの冷蔵庫には日本の調味料はないのか?」
「ドイツなので」

 あるのはベーコン、ソーセージ、パンなど全て洋食のモノ。米の『こ』の字もあったものではなかった。千冬がいるからあると考えたが、そうではなかった。
 シュヴァルツェ・ハーゼの個別隊舎で夕食の準備に取り掛かろうとしたクラリッサ他三名が休憩中の千冬とその暇つぶしの相手をさせられていたエミヤシロウに捕まっていた。

「なに? 元からなかったのか?」
「教官には大変申し訳ないのですがこの隊舎に日本食を作れる材料はありません。知識もなく教官に振る舞うのは愚の骨頂と判断いたしましたので」
「…」

 さて、困ったことになった。エミヤシロウはそう思う。
 自分が作ることに文句はないのだが、材料がないのでは仕方がない。ここは諦めるしかないだろう。

「残念だが諦め「買ってこい」――――」

 その眼は残酷なまでに真剣だった。

「材料も調味料も扱っている店ぐらいあるはずだ。
 クラリッサ、部下を率いて市街に買い出しに向かえ。日本食に使える材料と調味料を確保しろ」
「いや、ほとんどわから「了解しました!」――――はぁ」

 溜息が出る。
 教官という立場とはいえ、こういう形でその権限を使用するとはと思う。
 そもそも日本にいたわけでもないのに一目見てわかるはずがない。
 大体、それが売っている店すら知らないというのに。

「報告!」
「はい地図をご覧ください!」

 数瞬、その間にクラリッサ達は情報を集めていた。






 これがシュヴァルツェ・ハーゼの力なの、か?












 クラリッサ達が買い出しに出て一時間後。唐突に千冬の携帯が鳴った。

『…日本語が読めません』

 予測して然るべきだったかもしれない。








「貴様…!」

 エミヤシロウはラウラに睨まれた。

「貴様は我が軍で身柄を拘束されている! それがどこに脱走していた!」

 確かにエミヤシロウの身柄は軍で拘束、ということにはなっている。
 だが、それは過去の話だ。

「観察房ではなくキッチンにいただけなのだがね。
 それとも、君は今日の夕食はなくても構わないと? 千冬の要望に応えずに何もしない私をそのままにできるとでも?」
「…くっ」

 ラウラは悔しそうに食堂に椅子に荒々しく座る。




 以前よりも行動の幅が広がり、制限と呼ぶものは少なくなってきていた。
 先日の一件はあくまで軍内部の騒動ではあったが、それを捕虜とはいえ、止めるのに協力したのだ。何かあっても不思議ではない。
 これには千冬も一枚かんでいるのだが、それは千冬と上層部以外は知らないこと。

「一対多で半日以上追いまわされたのだから何かあってもいいと思うのだがね」

 ここでエミヤシロウは攻めに転じた。
 先日のラウラ達の袋叩きは久しぶりに肝の冷える戦いであり、彼にとってはもう体験したくのない戦いだった。


 ラウラを筆頭に眼の色を変えたシュヴァルツェ・ハーゼの全員が襲いかかってくる。ナイフを持ち、死なないように急所を狙わないのはいいのだが倒しても倒してもゾンビのように生き返り、また襲い出してくる面々。
 しかも全員が女の子。軍人とはいえ、手荒なことはできずどうしても手加減をするが、意識を絶たない限り生身で相手をするには全くもって面倒この上なかった。

期限ギリギリにはまさにウサギのように眼を充血させて襲ってきた。
 これほどに恐ろしいウサギがあってもいいのだろうかと彼は心底思い、この課題を出した千冬を恨んだ。

「貴様がさっさと倒されないせいで私は教官に怒られたのだぞ!」
「私がなにをしたというのだ。聴取があるだろうということは分かっていたはずだ。それを忘れ、私を全員で襲いかかるように仕向けたのは誰だ。自業自得だ」

 隊の者と協力をすることができたこの一見は隊に良い影響を及ぼし、訓練でもより効率的に動くことが可能となっている。
 決して悪いことというわけではないのだが、ここからはラウラの意地が問題だった。

「そ、そうだとしても貴様は手加減していただろう! それが許せんのだ!
「容赦はしていなかったが?」

 確かに容赦はしていない。隙あらば投げ意識を刈り取る一撃を食らわせた。
 手加減した一撃だが。

「ぐっ… 確かにそうだ… だ、だとしてもっ!」

 まだ食い下がろうとするラウラだったが、ここで千冬が戻ってきた。

「何をしている、ラウラ。席に着け」
「教官… 了解しました…」

 負けず嫌いでも千冬には従順だった。






「出来たぞ。運ぶのを手伝ってくれ」

 隊の者と協力して作った日本食が並べられる。
 ご飯、煮物、ジャガイモの味噌汁、肉じゃが。まさしく日本食とのことだったので、焼き魚も、とは思ったが、こちらの魚は良くわからない。メモに書いたものを最低限揃えてもらい、なんとかこのメニューになった。

 さすがに全てが揃えることはできず、足りないと判断してサラダも急遽、追加された。シュヴァルツェ・ハーゼの面々は箸を使うことができないため、8割ほどがスプーンとフォークを持ち、はじめてみる日本食というものに興味が向かっている。

「ふむ見た目は中々だ」
「…食べてその発言、撤回させてくれる」

 彼としては長いこと料理とは程遠い場所にいたために腕が錆びていないか心配だった。確かに腕は錆びていた。だが、それは間隔を思い出すようにゆっくりと進めていけば大きな影響は及ぼさない程度。
 
「では、いただきます」


 一口、煮物を口に運ぶ。
 味噌汁を啜る。
 肉じゃがを――――


 誰が見てもこの料理に満足しているのは千冬だった。
 口を開くのは唯、食べることだけに。黙々と箸を進める彼女をシュヴァルツェ・ハーゼの面々は見たことがあるだろうか。確かに食事の際には口数少なく食べていることがほとんどだったが、この様子は初めてだろう。



 『勝った』

 大人気なく、そう一人の男は思う。


 箸に挑戦する者もいたが、慣れないものではやはり食べにくい。諦め、フォークに持ち替えていく中、一人だけ頑なに持ち替えようとしない銀髪の少女。

「隊長、このままでは料理が冷めてしまいます」
「だが、このまま箸で食べられないままではエミヤシロウに負けたことに…」
「戦略的撤退です。時間を見つけて練習を重ねれば箸は持てるようになります。このままでは食べ終わられた教官を待たせてしまいかねません」
「くっ、私はまたあの男に勝てないのか…」

 先日の一件で何かと対抗意識を持つようになってしまったラウラだったが、それを除けば態度は柔らかくなっている。僅かにだが。
 ただ、料理で勝負意識を持たれても仕方ない。







「…腕は確かなようだ。美味かった」
「それは良かった。あれほど箸が進んでいたというのに不味いと言われてはどのように反応すればいいかと思ってしまった。」

 睨みつけられながら、彼は食器を片づけていく。その手つきすらも手慣れていた。

「エミヤシロウ」
「なんだ、クラリッサ」
「後始末は我々が。料理を作ってもらい、片づけすらもやらせてしまっては我々も立つ瀬がありません」
「…そうか、では宜しく頼む」
「はい。
 …後で聞きたいことがあるので、窺ってもよろしいでしょうか?」

 少々、歯切れの悪かったが、この程度で追及する必要もない。
 了承し、彼は訓練場に向かう。









 中佐の一件から監視の眼が強くなった気がしていた。
 シュヴァルツェ・ハーゼの面々ではなく、軍の上層部がだ。行動の制限を解除してくれてはいるのだが、今こうしている間にも監視の者以外に誰かが来ている。
 
黙々と木刀を振るっているだけだというのにそれが恐ろしいかのように見ている者すらいる。

 傷はほとんど塞がった。戦闘も余程のことがなければ問題はない。
 先日の一件で軍への恩はかなり返したつもりだが、まだ少し足りないかもしれない。こっちは殺されても文句が言えなかった状況であったのに、命を救われこうして生きている。

 ずっとここに留まるわけにもいかない。いずれは… 去らなければ。
 これから降りかかることは全く予想がつかない。何が起きるかもわからない、どういうことが周りを巻き込むかもわからない。
 だが、それを考えるのであれば一刻も早くここを離れるべきだった。そうすれば死ぬのは私だけ。悲しむものも誰もいない。何の問題もない。




『簡単に死ぬことは許さないから!』




「…」

 ただ、あの言葉だけがその行動に進むことを拒んでいた。
 だが、どうすればいいのか。こうしている間にも…

『少々、構わないだろうか』

 声をかけてきたのは軍の上官… ラウラよりも上、政治的にも発言力があるだろうと思われる。

『君は自由になりたいか?』
『自由というのが鳥籠に囚われるという意味でなければ』

 ふっ、と男は小さく笑う。

『君のことは大尉の戦闘記録から色々見させてもらった。
 織斑千冬よりも君の方が… 危険であるということも認識した。こちらの条件を呑んでくれるのなら我々は君に何の枷を付けることもなく、ここから解き放とう』

 解き放つ。
 その表現がどういう意味を持っているのだろうか。

『…条件は』

 だが、それを呑もう。
 もう軍の者とは他人ではない。話をした事がある者もいる。戦ったこともある。料理を美味しそうに食べてくれた者もいる。

 今までのオレでは災厄を齎すであろうことも予想でいる。
 ならばかつてそうだったように変わらねばならない。理想が飽くまで理想だったということを認識した時のように。世界全てが敵に見えた時のように。

『結論を言ってくれ。それでいい』

 これで終わりなのだろう。
 騒々しかったかもしれないが、それでもどこかで楽しいと思う自分がいたことは否定しない。
 感情表現の苦手な者がいて、それをフォローする者がいて、それに憧れる者がいる。
 歩み寄れなかった者が、見方を変えてことによって少し近づくことができた。




 見えたものは、オレには眩しすぎる。














『ここから出て行ってくれ』



















「エミヤシロウ、よろしいで―――隊の者は?」
「あぁ、少し席を外している。仕事がどうとかいっていたな」
「…そうですか。
 用件はこれなのですが、これは――――」




 そこにいたのはいつもと変わりないように見える機械のような男だった。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧