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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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十三 運命論者


同族同士が闘技場中央にて対峙している。
片や日向一族の宗家たる日向ヒナタ。片や分家でありながら『日向家始まって以来の天才』といわれる日向ネジ。

両者は試合開始後ずっと、互いに拳打や蹴りを打ち出す接近戦を続けている。至近距離で忙しく動く二人の身のこなしは瓜二つで、まるで合わせ鏡のようだった。

傍目にはただの組み手のように見える試合。だが彼らが互いに繰り出すそれは、日向一族の特異体術『柔拳』。
骨を砕くといった外面的損傷を与える攻撃主体の闘い方を『剛拳』というのに対し、この『柔拳』は体内でチャクラが流れる経絡系を打撃し内面を壊す闘い方だ。また、通常ならば見ることの敵わない経絡系を視界に捉えるのが出来るのは、一族に伝わる血継限界『白眼』を持ち合わせているからである。
つまりは『白眼』で体内の経絡系を見極め、自身のチャクラを相手の体内に捻じ込む事で鍛えようのない内臓に直接攻撃を与える、日向一族のみに許された体術なのだ。


同等の技を幾度も繰り出す双方を、観戦者達は俯瞰する。ナルの応援によって目に力を込めたヒナタが渾身の突きをネジに放った。




一時の静寂。それを破ったのは少女の吐血だった。




血が闘技場床に滴下する。それを冷やかな目で見遣ったネジが、おもむろにヒナタの上着袖を捲り上げた。彼女の腕にはいつ突かれたのか、無数の内出血の跡がある。その意味を即座に気づいたのは突かれた本人であるヒナタと上忍達、そしてナルトだけだった。

「これが現実だ。貴女は俺に絶対に勝てない」
そうヒナタに宣言するネジを観覧席からナルは睨みつける。カカシの説明を聞き流しながら、彼女はギリギリと奥歯を噛み締めた。

『点穴』とは経絡系上にある361個のチャクラ穴である。この点穴を正確に突くとチャクラの流れを止めたり増幅させたりとチャクラ調節が可能となる。ヒナタはネジに点穴を突かれたため、チャクラの流れを止められてしまったのだ。

ヒナタの敗北を確信する上忍達の傍で、ナルだけは絶対に彼女の敗北を認めない。ただひとり大きく声を張り上げて応援するナルを目の端に捉え、ヒナタは再び身構えた。
「わからない人だ…」
すっとネジが身を屈める。その独特の構えに周囲の者は眉を顰めた。唯一その体勢に見覚えのあるヒナタがはっと息を呑む。



「それは…父上の……っ!!??」
「【柔拳法・八卦―――六十四掌】!!」



一気に間合いを詰めたネジが苛烈な突きを連続で叩き込む。




直後、ヒナタの身体が宙を舞った。




観戦する者のほとんどが、ネジが何をしたのか把握出来ていない。彼の足下に一瞬八卦の円が見え、錯覚だろうかと下忍達は目を瞬かせた。
火影や上忍達が彼の力量に目を見張る中、ナルトはすっと目を細めた。彼は緋色を帯びた左目でじっとネジを凝視する。まるでその動きを目に焼きつけるように。

「……これが絶対的な差というものだ」
崩れ落ちたヒナタを見下しながら、ネジは言い放った。彼は八卦の領域にいたヒナタの点穴を64か所突いたのだ。
しかもその術は、日向分家には本来伝えられない奥義の一つ。ヒナタの父、日向当主である日向ヒアシが宗家のみに伝える柔拳法を、分家であるネジはその天賦の才と勘だけで体得してしまったのだった。

ただでさえ心臓への一突きを受けているヒナタの身体は誰が見てもボロボロである。立つ事も出来まいと、ネジは己の勝利を確信した。

遠くなる気を奮い立たせ、ヒナタはネジを見上げる。翳む視界の中で、ネジの眼光が彼女を射抜いた。その強く冷たい眼光にヒナタは怯む。だがその瞳の奥に、彼女は悲嘆の色を感じ取った。


「ヒナタ―――――!!頑張れ――――――――!!!!」
刹那、ナルの声が闘技場に響き渡る。


その声援が耳に届いた途端、ヒナタの胸の内がじんわりとあたたかくなっていった。冷たい床を掻き毟り、少し動かすだけでも激しい痛みを伴う腕で上半身を支える。
ナルの声を耳にする度に湧いてくる勇気。常におどおどと泳がせる瞳には意思と信念が強く蘇っていく。

「ま…まっすぐ…自分の……言葉は、曲げない…!!私も…それが忍道だから…っ!」

途切れ途切れに、しかしはっきりとヒナタは宣言した。その言葉はナルがよく豪語する忍道。憧れの彼女の言葉を口にして、自分自身を奮い立たせる。床を這い蹲りながら、ヒナタは観覧席を見上げた。

いつも笑顔を向けてくれる人。優しい人。勇気をくれる人。励まされ救ってくれた人。一族以外で初めて友達になってくれた人。
そして何度酷い目に合っても涙一つ溢さない、強い人。

憧れの人の目の前でヒナタは立ち上がろうとする。痛む身体を押さえ、膝に力を込めようと必死に足掻いた。
指一本動かせないであろうその身を無理に動かす。立ち上がったヒナタの姿を眼前にし、ネジは思わず口から驚きの声を零した。
「馬鹿な……無理をすれば本当に死ぬぞ…」
満身創痍の身体で柔拳の構えをとるヒナタ。そんな彼女はあろうことか、観覧席にいる金髪少女に微笑んでみせた。その余裕のあり方にネジは憤る。

「強がっても無駄だ!…貴女は生まれながらに日向宗家という宿命を背負った。力のない自分を呪い、責め続けた…。けれど、人は変わることなど出来ない――これが運命だ」

どこか自分自身に言い聞かせるような物言いでネジは語る。何もかもを諦めた面持ちで瞳を閉じた彼の言葉を、ヒナタは息を切らしながらもはっきり否定した。

「それは違うわ、ネジ兄さん。だって…私には見えるもの……。私なんかよりずっと宗家と分家という運命の中で迷い、苦しんでいるのは貴方のほう……」

そう断言するには理由がある。あの時ヒナタを見下していたネジの瞳の奥に、彼女は確かに悲嘆の色を感じ取ったのだ。
運命には逆らえないと、予め決められた流れに身を任すしかないのだと、それが人の宿命なのだと。
全ては運命づけられていると子どもの身でありながら悟っている。そしてその人生観をネジ本人が誰よりも嘆き苦しんでいるとヒナタは直感した。

「……ッ、黙れッッ!!」
図星を突かれたのか、頭に血が上ったネジが地を蹴った。ハヤテの制止の声を無視して、彼は拳を突き出す。試合、いや中忍試験で一度も冷静な態度を崩さなかったネジが、この時初めて激しい感情を見せた。

それは、明確な殺意だった。













慎重にだが迅速に担架で運ばれていくヒナタ。彼女が去った後の闘技場では上忍までもを巻き込んだ争いが起こっていた。
それを人事のように眺めていた三人の内の一人が気だるげに話の口火を切る。手摺に頬杖をついて、彼女は冷やかにネジを見遣った。

「宿命とか運命とか…ウジウジしたヤローだな」
冷めた目でネジを見る多由也。彼女の隣で双眸を閉じていたナルトが静かに口を開いた。
「でも気持ちはわかるな……」
「……ナルト様?」
君麻呂の訝しげな声に答えず、ナルトは眼下の闘技場に目を向ける。闘技場にて拳を握り締めたナルがネジに宣戦布告の言葉を投げつけているのを、彼は青い瞳で見つめた。

「似ている気がするだけだよ。あの日向ネジとね」
「似ている?冗談だろ。お前とあのウジウジヤローとは似ても似つかねえよ」
即座に多由也はナルトの言葉を否定する。珍しく彼女に賛同した君麻呂も、深く頷いた。
「あの男は運命や宿命という単語を言い訳にして、どこか諦めているように見受けられます。ナルト様は何か諦めたのですか?」
白眼という特殊な眼を持たずとも、鋭い洞察眼で君麻呂は日向ネジの本質を見抜く。そして彼は、わざと試すような物言いでナルトに尋ねた。

反論するだろうと期待を込めての問い掛けだったが、なぜか口を噤んだまま微動だにしないナルト。失言だったかと焦った君麻呂に代わって、多由也が軽い調子でからかった。
「なんだよ?夢でも諦めたのか?」
彼女の揶揄が耳に届いたのか、ナルトがゆっくりと顔を上げる。その瞳を見た瞬間、多由也と君麻呂の身体が一斉に強張った。

顔を引き締めたナルトが空を睨みつける。その眼力はネジの比ではない。殺意でもなく諦観でもなく怒りでもない。様々な感情が複雑に入れ混じって得体の知れない何かがそこにはあった。

額から顎にかけて汗が流れ落ちるのをそのままに、君麻呂と多由也はごくりと唾を飲む。二人の視界に映るのはナルトの横顔で、また彼自身から視線を向けられているわけでもない。だというのにぞわりと鳥肌が立つほどの緊張感がその場に張り詰め、ナルトの全身から静かに滲み出る威圧感が、彼らの足を床に縫い付けていた。それでいて、そんな状況にいながらも、二人はナルトの青い瞳から目を離せない。

万感を秘めた彼の瞳の奥では、断固たる決意の炎が、ちらちらと燃え上がっていた。

「夢は実現させるものだ。空想ではなく、理想で終わらせるつもりもない。俺は諦めない。決して。夢を実現させるまでは―――――――」

そこで言葉を途切れさせ、再びナルトは瞑目する。途端、ピンと張り詰めていた空気が緩み、威圧や緊張が掻き消えた。

ほっと息をついた君麻呂と多由也は、ナルトにそれ以上問い掛けることが出来なかった。
暫し逡巡した後で、多由也がぽつりと呟く。
「―――やっぱ似てねぇよ」

彼女の一言を耳にして、ようやくいつもの表情に戻ったナルトが口元に微笑を湛えた。
 
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