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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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十一 策士


互角の闘いを経てダブルノックアウトを果たした両者が闘技場中央で倒れ伏している。

ハヤテの「予選第四回戦、通過者無し」という声を聞くや否や、彼女達の担当上忍が闘技場に降り立った。上忍達が観覧席に連れて行く二人のくノ一を、多由也は呆れ果てた目で見送る。
「…ただの喧嘩だろ、コレ…」
「まあ…強ち間違ってないな」
目を覚ましたらしい四回戦の対戦者――春野サクラと山中いのが仲良く小突き合っている様を目にしたナルトもまた、口元に苦笑を湛える。
そしてふと電光掲示板に視線を投げると、そこには既に第五回戦の対戦者の名が選出されていた。

―――『ツルギ・ミスミ』VS『テマリ』―――




カブト・ヨロイと同班である木ノ葉の忍び――ミスミが闘技場中央に向かって歩いてくる。対して砂の忍び――テマリは観覧席からふわりと風に乗って降りてきた。
試合開始合図の前に、ミスミはテマリに声を掛ける。

「俺はヨロイと違ってガキでも女でも油断は一切しないぜ。始めに言っておく…俺が技を掛けたら最後、必ずギブアップしろ――――速攻でケリをつける!」
「ふん」
彼の言葉を聞いたテマリは鼻で笑う。彼女は忍具であろう巨大な扇を背中から抜くと、それを闘技場床にとんっと置いた。

「さっさと始めな」

挑発を軽く流され、眼鏡の奥で目を細めるミスミ。テマリの言葉に促されてハヤテは試合開始の合図を送った。
「それでは第五回戦―――始めてください」



途端、地を蹴ったミスミがテマリに向かって殴りかかった。
「何もやらせはしない!先手必勝!!」
ミスミの左腕の一撃を軽く捌くテマリ。だが一瞬どこか違和感を感じた彼女は、ミスミから距離をとる。距離があるにも拘わらず、ミスミはそのまま左腕をテマリに伸ばした。するとミスミの左腕が通常の人間よりも遙かに長くなる。蛇の如くにょろにょろとした彼の腕を見て、テマリは思い切り顔を顰めた。

「ちっ!!」
あからさまに嫌な顔をしたテマリが右手を大きく振る。手の動きだけで巨大な扇を開くと、そのままの流れでそれを大きく振り被った。

扇に煽られた突風がゴオッとミスミに襲い掛かる。激しい強風が吹き荒れ、闘技場床の砂埃が巻き上がった。
大人一人くらい簡単に吹き飛ばすほどの威力のある風が闘技場を吹き抜ける。だがミスミは闘技場床にべったり張り付くことでテマリの風から逃れていた。
今までの試合が原因で若干へこんでいる闘技場床。その裂け目を掴み、己の身を軟体動物の如くグニャグニャにすることで風の抵抗を弱めているのだ。
どこか海底にいるイカやタコを彷彿させるかのようなその有様に、テマリの顔が益々苦々しいものになる。
「俺は情報収集のため、何処にでも忍び込める身体に改造している。あらゆる関節を外し、グニャグニャになった身体をチャクラで自在に操れるのさ」

自分からスパイをやっていますと暴露するようなミスミの物言いに、心底呆れ返る多由也と君麻呂。カブト同様音隠れの隠密たるミスミが得意げに自身の特技を話すのを、彼らは冷やかに見下ろしていた。


「ハッ!じゃあそのグニャグニャの身体、今すぐ切り刻んでやるよ!……忍法――――【カマイタチ】!!」


高らかにそう叫んだテマリが扇を大きく振るう。刹那、先ほどとは比べものにならない暴風がミスミに襲い掛かった。

荒れ狂う風は真空状態を作り出し、風に囚われたミスミは身動きがとれない。更に風は彼の身体をズタズタに切り裂いていく。いくら伸縮自在の身体といってもチャクラが練り込まれた竜巻からは逃れる術がない。
「……………ッッ!!!!」
声すら出せず、ひたすら風の刃をその身に刻まれたミスミ。それをテマリはつまらなさそうに見上げるとぱたんっと扇を閉じた。するとあれだけ吹き荒れていた風が一瞬で掻き消える。

突風により闘技場天井まで巻き上げられたミスミは突然風が止んだことで落下した。テマリは折り畳んだ扇を試合当初と同じくとんと闘技場床に置く。直後、扇の骨部分の上にミスミがガンッと落ちてきた。

落下の衝撃により口から血を吐いたミスミに向かって、テマリは吐き捨てるように言い放った。


「私はイカやタコが大っ嫌いなんだよ!!」






どうやらミスミの伸縮自在の四肢は、彼女の嫌いな食べ物を思い浮かばせたようだ。毛嫌いしている食べ物はその姿を見るだけで嫌という者もいる。タコやイカといった軟体動物を彷彿させるミスミの身体を視界に入れたくなかったのだろう。

「第五回戦――勝者、テマリ!!」
扇の上で気を失っているミスミを確認したハヤテが声を上げる。自身の名が宣言されると同時に、テマリはそのまま扇を振り落とした。

既に意識のないミスミを闘技場床に叩きつけた彼女は、ふんと鼻を鳴らして観覧席へ悠々と向かう。その様子を木ノ葉の忍び達は恐々と見送っていたが、反して多由也達は感嘆の声を上げていた。





「さっきのお遊びの範疇だった試合よりはマシだったな」
「風影の子どもだからな。当然だろう」
ちらっとテマリを横目で見た多由也と君麻呂は、明らかにこちらを睨んでいる我愛羅に気づくとすぐさま顔を背けた。
「おい、ナルト。あの瓢箪野郎、すっげ~目でお前を見てるぞ」
「ナルト様。やはりあの砂の我愛羅は危険な存在です。わざわざ興味を引かせてどうなさるおつもりです?」
懸念の色を孕む四つの瞳。視線の先にいるナルトは静かに闘技場中央を俯瞰している。かろうじて息があるミスミが担架で運ばれていくのを静観していた彼は、二人の視線に気づくと笑みを浮かべた。

「…問題無い」
微笑を湛えながら脈絡のない答えを返すナルト。そのどこか透明感のある美しい笑顔を目にして、君麻呂と多由也は思わず息を呑んだ。
暫し見惚れていた多由也がはっと我に返る。若干頬を染めたまま慌てて目を逸らした彼女に、ナルトは首を傾げた。
「…ナルト様がそう仰るなら…」
はぐらかされたと知っていながらもあえて指摘せず、君麻呂はナルトに会釈してみせる。担当上忍に変化している君麻呂に頭を上げるよう促しながら、ナルトは流し目で砂忍達のほうを見遣った。

そこでは血気に逸る我愛羅を、必死で宥めるテマリとカンクロウの姿があった。








一方向かいの観覧席では、奈良シカマルが手摺に頬杖をつきながらぼんやり天井を仰いでいた。
(…女ってこえ~な。さっきのミスミとかいう奴、可哀想に…)
竜巻の中でミスミがズタズタに切り裂かれるのを目の当たりにしていた彼はぶるりと身を震わせた。闘技場から視線を外せば、今度はやけに元気ないのが目にとまり、シカマルは人知れず嘆息を漏らす。
(いのはいので、さっきまでサクラといがみ合ってたのに急に元気だし…。女ってわかんね~)
メンドくせ…ともはや口癖になっている文句を呟く。だが視界に波風ナルの姿を映すと、彼は口元に微笑を湛えた。

(ま、コイツは単純だからわかりやすいけど)
自分の試合をまだかまだかとそわそわしている彼女の一挙一動を、無意識に目で追うシカマル。表情豊かなナルの様子を見て彼はくくっと喉奥を鳴らして笑った。
(…けど俺の試合になったらコイツちゃんと俺を応援してくれんのかね?)
電光掲示板を見ようと観覧席から身を乗り出すナル。それに、危ねえだろと彼女の頭を軽く叩き、そのままふわふわしたたんぽぽ頭をわしゃわしゃ撫でながら、シカマルはあれこれ思い巡らしていた。
(同じ木ノ葉の同期同士の試合になったら、いのとサクラの時みてえにどっちも応援するんだろ~な)
けどやっぱ声援を貰うんだったら俺ひとりがいいんだけど、と内心本音を呟いていたシカマルの耳に、ナルの「痛いってばよ、シカマル!!」という言葉が入ってくる。


はっとして彼は慌てて彼女の頭から手を放した。
火照る頬を誤魔化しながら悪いと謝れば、若干口を尖らせたナルはちゃんと掲示板見ろよな、と再び観覧席から身を乗り出す。全く動じていない彼女の態度を少々残念に思いながら、シカマルは片手で口元を押さえた。
(…やっべ。思い切り無意識だった)
無自覚でナルの頭を撫でていた事を今更になって照れるシカマル。そんな教え子に向かって、彼の担当上忍たる猿飛アスマがにやにやしながら声を掛ける。

「青春するのもいいけどよ、シカマル。お前の番だ」

そう揶揄しながら、くいっと親指で掲示板を指差すアスマ。からかわれたことに眉を顰めながらも、彼の指の先を追ったシカマルは目を瞬かせた。

電光掲示板には『ならシカマル』VS『キン・ツチ』と表示されていた。









「あ~あ、女が相手かよ…やりづれえな。メンドくせぇ」
「なら、すぐ終わらせてやるよ」

闘技場中央にて対峙した両者の態度は対照的であった。億劫そうにポケットに手を突っ込んでぼやくシカマルに対し、強気の発言を返すキン。
対戦者のやる気なさげな態度が気に食わないのかキンはひっそりと眉根を寄せる。一方、彼女とは面識があるシカマルは第二試験時の出来事を思い浮かべていた。

キンは、サクラを助けるために木ノ葉第十班が一度対立した音忍の一人である。そのため彼女以外の音忍達の術は見知っているが、紅一点であったこのキン・ツチというくノ一は力を発揮していない。反してシカマルの術は彼女に見られている。故に今の時点でシカマルはかなり不利な立場なのだ。


(―――――とは言え、)
「第六回戦『奈良シカマル』VS『キン・ツチ』………開始!!」
ハヤテの言葉をよそに、背後から響く声を耳にしたシカマルは口角を上げる。
ナルの「シカマル――!!頑張れ―――っ!!」の声援を希望通りに受け取った彼は、ハヤテの試合合図直後に印を結んだ。


(声援を送られたんじゃ、頑張るしかねえよな)







「忍法―――【影真似の術】!!」
自身の影を自在に操り相手の影と繋げる事で自身と同じ動きをさせる、奈良一族の秘伝術。
第二試験の時にこの術を目にしているキンはハッと鼻で笑った。
「馬鹿の一つ覚えか。そんな術、お前の影の動きさえ見てれば怖くないんだよ!!」
床を這う影をあっさり避けながら、何かを投げつけるキン。一瞬鈴の音が聞こえたシカマルは眉を顰めた。
咄嗟にしゃがみ込んだシカマルの背後の壁に、その何かが突き刺さる。
それは鈴がついた千本だった。

「へっ。古い手、使いやがって…お次は鈴のつけた千本とつけてない千本を同時に投げんだろ?鈴の音に反応してかわしたつもりでいたら、音の無い千本に気づかずグサリ…」
千本を見ただけで推理した彼に対し、キンは再び懐から千本を取り出す。
「お喋りな奴だ!!」
先ほど同様千本を次から次へと投げつけるキン。千本を軽く避け続けるシカマルの耳朶を透き通った鈴の音が打った。

だしぬけに聞こえてきた鈴の音に慌てて後ろを振り返る。彼の目に、壁に突き刺さる千本が映った。風が吹いているわけでもないのに小刻みに動く鈴を見て、シカマルは瞬時に把握する。

(……糸!?)

千本についている鈴には更に糸が繋がっている。相手の狙いを察した彼が急ぎ身構えるが、その時には既にキンは千本を投げていた。
咄嗟の判断により致命傷を外したシカマルが腕に突き刺さった千本を投げ捨てる。血が滲む彼の腕を嘲笑いながら、キンは糸を握る手を僅かに動かした。
キンの手の動きに従って、糸の先に繋がっている鈴が再び美妙な音色を響かせる。美しい音とは裏腹に、その音色はシカマルの平衡感覚を狂わせていく。
思わず膝をついたシカマルを見下しながらキンは得意げに語り出した。
「この特殊な鈴の音の振動が鼓膜から脳へと直接働き掛ける。そしてお前に幻覚を視せるのさ」
彼女の言葉通り、シカマルにはその場の全てがゆらゆらと翳んで見える。耳をいくら押さえつけても鈴の音は止むことはない。
終いにはキンの姿が二重に三重にとブレて見え、シカマルは奥歯を噛み締めた。


「さぁ…ゆっくり料理してあげるよ」
嘲笑しながら千本を構えたキンが腕を振る。為す術もなくシカマルはその千本を真正面から受けた。あっさり突き刺さった三本の千本を満足げに見遣りながら、キンは言葉を続ける。
「今度は五本…次は七本…。お前がハリネズミになるまで続けてやるよ」
じわじわといたぶってやるとあからさまに告げるキン。頭を振って気を取り直そうとしても、幻覚により多人数のキンの姿が見えるシカマル。
だが傍目には試合開始当初と同じく一対一の試合にしか見えない。キンに翻弄されているシカマルに、ナルは焦って声を張り上げた。


「シカマル―――!!何やってんだ―――!らしくね―ぞ―――!!」


鈴の音に紛れながらも確かに聞こえたナルの声。彼女の激励を受けたシカマルの目に力が込められる。
怪我を負った自身の腕を押さえながら、彼はわざと苦々しげな声を上げた。
「嘘吐き女め。最初にすぐ終わらせるって言ったじゃねえか」
「じゃあこれで終わりにしてやるよ」
シカマルの一言を痛みに耐え兼ねての発言だと捉えたキンは、止めを刺すために千本を顔面に構える。そして致命傷を狙い、腕を振り上げようとした。









「な、なに!?」
だが自身の身体の自由が突然利かなくなるキン。



身動ぎひとつとれない彼女は糸を動かせない。故に糸の先にある鈴の音は止み、同時にシカマルに掛けていた幻覚も解けた。
気だるげに立ち上がったシカマルがひとつ息をついた。泰然自若なその様は今まで追い詰められていた人物とは到底思えない。尤もその平然とした態度はわざと振舞っているのであって、実際は千本が突き刺さった傷跡が未だじくじくと痛んでいる。
だが彼は痛みに耐えつつ、気丈にも笑みを浮かべてみせた。

「ふ~…ようやく【影真似の術】成功」
「な、何を言ってるの!?そんな、お前の影なんかどこにも…」
困惑するキンにシカマルが種明かしをする。彼女にも見えるようにシカマルは頭を僅かに動かした。自身の手を見下ろしたキンがはっと目を見張る。
「こんな高さにある糸に、影が出来るわけねーだろ。俺は自分の影を伸ばしたり、縮めたり出来んだよ」
そう言い放つと同時に千本の鈴からキンの手まで伝う糸の影を動かしてみせるシカマル。彼の言葉に呼応するかの如く、糸の真下の影がじわりと蠢きだす。じわじわと大きく広がっていく影は確かにキンの影とシカマルの影を繋ぎ合わせていた。シカマルは自身の影を糸状に細くし、思惑通り彼女を【影真似の術】の術中に嵌らせたのである。


「…だが、それでどうやって勝つというんだ?同じ動きをするだけなのに!」
しかしながら、シカマルの動作と同じ動きをしながらもキンは勝気な態度を崩さない。挑発してくる彼女を気にも留めず、シカマルは手裏剣を一枚取り出した。
「馬鹿か!?お前そのまま攻撃したら、お前も傷つくんだぞ!!」
シカマルが次に何をするのかを即座に察したキンは顔を青褪める。ここに来て初めて焦りだした彼女に対し、シカマルは平然とした態度で手裏剣を構えた。
「んなこたぁ解ってるよ……手裏剣の刺し合いだ。どこまでもつかな?」
「馬鹿、よせ!!」


あくまでも鷹揚に構えながら手裏剣を投擲するシカマル。彼同様、手裏剣を投げ打つキン。
両者が互いに投げた手裏剣は確実に相手に向かって飛んでくる。普通ならば避けるところ、動けない今は防御の構えすらとれない。術を掛けたシカマルが動かなければ、キンが出来る事と言えば回転してくる刃物を眺める程度だ。
迫り来る恐怖。手裏剣が突き刺さる自身の姿が明確な映像となってキンの脳裏に浮かび上がる。せめてもと、彼女は身を強張らせた。



だが手裏剣が刺さる寸前、シカマルが動いた。


上体を仰向けにし、手裏剣を避ける。当然彼と同じ動きをするキンもまた身体を逸らした。
手裏剣が刺さらなかったという安堵感を感じると共に、対戦者の度胸の無さをキンは嘲笑う。
「ふん、所詮ハッタリ…………ガッッ!!」




だが直後、彼女は後頭部を背後の壁に強打した。
そのまま気絶したキンがズルズルと壁に寄り掛かるのを、シカマルは身を逸らした状態で確認する。ブリッジの状態から飛び起きた彼は、完全に昏睡したキンを見下ろして言い放った。

「忍びならな…状況や地形を把握して戦いやがれ!お互い同じ動きをしても、俺とお前の後ろの壁との距離はお互い違ったんだよ。手裏剣は後ろの壁に注意がいかないよう、気を逸らすのに利用しただけだ」

キンの敗因を冷静に語るシカマル。彼の言葉が終わった直後、気を失ったキンを確認したハヤテが「勝者――奈良シカマル」と声を上げた。





途端、歓声に包まれる闘技場。
その中央にて再び億劫そうにポケットに手を突っ込むシカマル。同班のいの・チョウジに加え聞こえてきた声に、彼は緩みそうになる口元を慌てて引き締めた。


「シカマル―――!!…ちょっとカッコ良かったってばよ!」
若干口惜しそうにしながらも感嘆の声を上げるナルの姿をちらりと見上げて、シカマルは今度こそ口元に弧を描いた。
 
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