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Fate/stay night -the last fencer-

作者:Vanargandr
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第二部
聖杯戦争、始動
  再び出会う雪の少女

 昼休みの校舎屋上。
 出入口の上に登って寝転がりながら、時間が過ぎていくのを待つ。

 吹き抜ける寒風。

 雲一つない晴天。

 冬の澄み渡る蒼空を見上げながら、とりとめのない思考をまとめていく。



 フェンサーは学園敷地内のどこかで待機しているが、今朝に拳骨をかましてから拗ねて口を利いてくれない。

 昨日のように一日中張り付かれるのは困るが、呼び掛けても反応無しっていうのも困る。
 傍には居るくせにずっと黙ってられるっていうのが、精神的に一番堪えるのを知っているからか。

 今朝の件に関しては明らかにフェンサーに非があるので、こちらから折れてやるわけにはいかない。
 ただこんなしょーもないことで意地張り合うことに呆れつつも、こんなしょーもないことで意地張り合える関係を心地好く感じていた。




 気になることとしては慎二のことがあったが、どうやら欠席しているらしい。

 賢者の判断か、愚者の蛮行の前触れか。
 このまま大人しくしていてくれればいいが、何らかの暴走をする可能性の方が高い。

 いつからか、慎二は自身と他者の優劣をひどく気にするようになった。
 自分の能力、境遇、過去から未来まで全てに揺らがぬ誇りを持って生きていた彼が、劣等感に苛まれるようになったのだ。

 確固たる己を信じて疑わなかった間桐慎二が、あそこまで堕落したのは何故なのか。

 余人には知る由もない、それまで信じてきた価値観(せかい)が反転するような事でもあったのだろうが、それこそ俺が知ることではない。
 ただ俺が好きな人種から嫌いな人種に変わってしまったのは事実で────けれど、俺は友人として好きだったアイツの面影を残してしまっているせいで、慎二を徹底的に嫌うことが出来ない。

 そして単純に好き嫌いの問題だけであるなら話は簡単だったのだが、事は聖杯戦争……要は魔術師同士の殺し合いだ。
 次にアイツがバカな行動を起こした際に、俺は友人である間桐慎二を、少なくとも俺はそう思っている相手を魔術師として殺すことが出来るのか。

「……考えても答えなんか出やしねぇ」

 結局はその行き着く果てを想像したくなくて、俺は思考を放棄する。

 その瞬間が来たならば、その結末を簡単に実現できてしまうだろう自分を否定したかったから──────










 俺が授業終わりに即行で屋上に来てから、時間にして10分程度。

 扉の軋むような開閉音。
 錆びた蝶番が擦れ合うキリキリとした音、慣性に任せて扉が閉まるバタンという音。

 その二つの音が、屋上への来訪者を知らせてくれる。

 どうやら誰か来たようだ。

「ほら、寒いんだからそっち詰めなさいよ」
「ばッ、そんな近寄れるか! ここで十分だろ!」

 聞き覚えのある声。

 というかこれはあの二人だろう。
 出入口部分の上で寝ている俺の真下に陣取ったようだ。

 昨日は邪魔だから帰してしまったが、あれから大事はなかったらしい。
 しかしあれだけ盛大な鬼ごっこをした二人が、今日は一緒に居るというのはどういうことか。

「さて。昨日も少し話したけど、学園には今結界が張られているの。衛宮くんには解る?」
「んー……なんか甘い蜜みたいな感じがするのは解るんだけど……」
「あ、衛宮くんにはそう感じられるんだ? ふぅん…………貴方魔術はからっきしだけど、何らかの感知とか世界の異状には敏感なのかも知れないわね」

 会話は学園に張られた結界の対処についてか。

 ということは、二人は休戦したのか協力体制になったのか。
 士郎と組むメリットの少なさから考えて休戦だろうが、それならさっさと潰しちまえばいいだろうに。

 まあそれは俺にも言えることだが、別に聖杯欲しさに死に物狂いな訳ではないので、マスター殺しに必死になるつもりはない。
 出来るなら真っ向勝負で競り合うのが一番だが、勝機ゼロでマスターを殺さなきゃ自分が殺される相手なら仕方無しにマスターを殺すぐらいだ。

 いや……それなら凛も似たようなものなのか。

 士郎も特殊な状況でマスターになったわけだし、アイツが聖杯戦争に意欲的でないなら話は変わってくる。
 わざわざセイバーと敵対するよりは、いつ戦いになるかというリスクを抑える意味で休戦という手段は有効だ。
 最終的に残り二人になったときに相手に間違いなく勝つ自信があるのなら、しばらくは休戦か協力した方が勝ち残る、生き残る目的では確実ではある。

 そもそも士郎を生き残らせるために教会に連れて行って、しなくてもいい助言までしたというのに、昨日のように寝惚けた行動を取られてあっさり死なれては“遠坂凛”としては困るといったところだろう。

 お人好しというか面倒見が良すぎるというか、本当に魔術師として余分なものを持ってるヤツだ。
 彼女のそういうところを好いている自分も同じように余分を持っているので、俺がそう思うのも身勝手な話なのだが。 

「放課後は結界の基点を探すわ。今までも黎慈と潰して回ってたんだけど…………まだ残ってる上に仕掛けた魔術師は逐一修復してるみたいで、いたちごっこになっちゃってるのよね」
「人手は多い方がいいってことか。でも、結界の基点を閉じたりなんて出来ないぞ、俺」
「いいのよ、見つけられたら私か黎慈が閉じるから。魔力が漏れてる箇所……士郎風に言うと、甘い蜜の匂いが強いところを探せばいい。それくらいなら、未熟なあなたでも出来るはずだもの」

 俺の知らないところで放課後の予定が決められていく。
 昨日あれだけの仕打ちをしといてどういうつもりだバカヤロウ。

 唯々諾々と従っている士郎も士郎である。

 …………別に方針としては俺も文句ないけどさ。

「だから放課後はちゃんと残ってること……あ、コレ美味しい」
「それは構わないが……人の弁当を横取りしていくのはどうかと思う」
(……………………)

 人の憂いた気分を差し置いてイチャイチャイチャイチャ。

 ……これは相応の報復を与えてやらねばなるまい。

「………………」

 そーっと移動して、淵に手を掛ける。
 二人の位置を確認し、真ん中になるように微調整。

 息を殺し、気配を断ち、背中からゆっくり降りていく。
 脚に意識を集中しながら、腹筋に力を入れて身体を支える。

 手を伸ばせば届く位置に、二人の頭がある。

(さあ、貴様らの談笑を止めてやろう)

 俺は寒空の下で冷えきった自分の手を、音もなく彼らへと伸ばしていき────



「「ひゃあぁっ!?」」



 二人の背中に突っ込んだ。

 猫のように飛び上がった二人は一気にこちらから距離を取り、何事かと視線を向けてくる。

「あはははははははっ! ガチでビビってんじゃん! ひゃあぁって、二人揃ってひゃあぁって!! あはははははははっぐ!? ごべ!?」

 逆さまの状態で爆笑していた俺の腹部に、二発のボディーブローが全く同時に炸裂した。

 ちなみに、二回目の悲鳴は地面に落ちたためである。

「お、おまえ何やってんだ!? ビックリしたなんてもんじゃなかったぞ!」
「まったくよっ! 心臓が止まるかと思ったじゃない!」

 あまりのダメージに俺の心臓も止まりそうです。
 腹を殴られた時点で手を腹に当てていたので、受け身すら取れなかった。

 くそ、やった後のことを考えてなかったぜ、俺としたことが抜かったわ。

 …………誰だ、いつものことだとか言ったヤツは。俺にはちゃんと聞こえたぞ、出てきやがれ。

(バカじゃないの)
(ざけんな。さっきまで黙秘権行使してやがったくせにいきなり出てくんな)

 どこからか見ていたらしい。

 こういうときだけいちいちツッコミに来るんだから性質が悪い。
 しかし今は絶賛ケンカ中なので、フェンサーが謝らないかぎりこれ以上は口を利いてやらない。

「あー……いてて……息ピッタリだな、おまえら」
「アナタ、あんな所で何してたのよ」
「俺が先に屋上来て陣取ってただけだろーが。後から来たおまえらに文句言われる筋合いはねぇぞ」
「わざわざ脅かす必要はないだろ。普通に話しかけろよ、普通に」
「うっせ。俺抜きで今後の方針話してるからだろ。俺にだって関係あるんだから呼べよ」

 俺だって休戦体制取ってるんだし、結界についての問題を解決するまでは敵ではないのだ。

 一応の共同戦線ではあるし、情報交換だって必要なんだし。
 ……なんかハブられたことに拗ねてるみたいになってないか?

「俺が呼びに行ったらもう居なかったからさ。仕方ないから、遠坂と二人で作戦会議してたんだ」
「そうですかい。ま、別に俺も聞こえてたからいいけどな」
「ふぅん…………なぁに、黎慈より衛宮くんを選んだからって妬いてるの?」
「お、おい遠坂、そういう言い方は……!」

 何コイツ。ニヤニヤしやがって。

 その程度で俺が焦るとでも?
 フ、馬鹿め。出会ってから10年に及ぶ遠坂凛対策の研究成果を見せてやろう。

「──────そうだよ」
「へ…………?」
「何で士郎なんだ? 俺じゃダメなのかよ、凛?」
「は、う……えぇ!?」

 凛の両肩を掴んで、それこそ息の掛かる距離まで顔を近付ける。

 キョロキョロと忙しなく動く瞳を真っ直ぐに見つめて囁く。

「なぁ、どっちがいいんだよ?」
「や、そんな……どっちがいいとか……そういうことじゃ、なくて…………」
「じゃあ、どっちの方が好きなんだ?」
「あ、うぅ……そ、そんなこといきなり言われても…………!」

 顔が少しずつ赤く染まっていく。

 ふむ、人をからかおうとした悪戯っ娘にはこれくらいでいいか。

「とまあ、凛をからかうならこれくらい必要だぞ、士郎」
「え!?」

 クルリと士郎に振り返る。

「俺の研究によると、凛は優位に立たれることに慣れてない。加えて、恋愛感情に纏わることとかそれ以上に踏み込まれると、案外可愛らしい一面が──────」

 へらへらと語っていた俺は、全てを述べることが出来なかった。
 何故なら不意に横からの衝撃に襲われ、どこかの喜劇のようにフェンスに激突していたからだ。

 これが柵だけの屋上だったなら、間違いなく転落死している。

 賭けてもいい。

 今、ヤツは、完全に、俺を、ヤる気だった。

「だが見ての通り、その後の物理的抵抗に訴えてきた場合に対する研究は進んでいない」
「そ、そうか。もしも研究が完成したら、またそのときに教えてくれ」
「むう。このプロジェクト・りんりんは完成間近なのだが、そこが問題だ。こうなると凛の側に変化を促さないとダメか…………」

 真面目な顔で呟く。
 士郎の表情が引きつっているが気にしない。

 俺の足を踏み絵の如くストンピングしている凛も気にしない……いや、そろそろ気にしないと俺の足が砕けかねない。

「ほんっと、この馬鹿…………! ちょっとでも、1%でも、0.01ミリでも真剣に考えちゃった私の労力を返しなさいよ!」
「0.01ミリくらいならいいじゃん」
「よくないわよ!」
「お、落ち着け遠坂っ」

 そうして士郎と二人で凛を宥めるのに昼休みの三分の一を費やすこととなった。










「じゃあ、ライダーは倒したのね」
「ああ。マスターはみっともなく逃げてったんで放置した」

 昨日からの状況、互いの情報交換を行う。

 士郎の傷は完治したこと。
 学園に潜む魔術師……柳洞寺に陣を張っているマスターを見つけるまでは休戦したこと。

 こちらからはライダーとそのマスターについて────倒したから問題は無し、結界が存続してるならそれは残りのマスターの仕業だろうことを述べた。

 慎二が結界を張っていたなら今日には消えているだろうと考えていたが、未だ結界が存在しているところを見るとコレは慎二の仕業ではなかったらしい。

 マスターが慎二だったことを言わなかったのは、アイツの今後の事を考えてだった。
 魔道の知識はあっても魔術回路がないのなら、聖杯戦争が終われば慎二はまた一般人として生きていくことになる。

 聖杯戦争中はマスターであったという理由だけで命を狙われる可能性もある。
 命を狙われる危険(リスク)をなるべく減らし、慎二が問題なく生き残れるように配慮した結果だ。

 知識もあって聖杯戦争のことも知っていたのだから、教会が保護施設になっていることも知っているはずだ。
 そうでなくとも間桐の邸宅に閉じ籠っていれば、わざわざ無害な慎二を殺しにいくマスターはいないと思いたい。

「じゃあ当面は学園に潜んでいる、もう一人のマスターを探すことが先決か」
「そうね。一番厄介なのは間違いないし」
「柳洞寺のマスター……ねぇ」

 ここ最近新都で頻繁に起こっているらしい昏睡事件。
 どこかのマスターの仕業だろうとアタリをつけてはいたが、そうか、柳洞寺に根を張ってるマスターが犯人か。

 深夜の巡回や各所の調査はフェンサーに任せっきりにしていたので、そろそろ自分の目で見て耳で聞くべきかもしれない。

 ランサーとの無断での戦闘のこともあるし、フェンサーには御守りが必要だ。
 ………………マスターとサーヴァントの役割が逆転してるような気がするのはともかく。

「それじゃ、放課後は結界の呪刻探しだな」
「あー、悪い。今日は俺パスする」
「はぁ? 何でよ?」
「今日は実地見物に回ろうと思ってな。他のマスターやサーヴァントの痕跡探しと動向調査、新都や柳洞寺が実際にどうなってるかを見に行きたい」
「? それなら夜にでも出来るじゃない」
「そりゃそうなんだがな。昨日はライダーと戦り合ったばかりなんで、連日連戦になるようなことは避けたい。だから明るいうち、人通りがあるうちに見回りたいんだ」

 本当は昨夜にランサーとの戦いでフェンサーが負った傷が原因だが、それは黙っておく。

 最低限の情報交換は済ませているし、余分な情報やこちらの事情を話す必要はない。

 今日一日はフェンサーを動かす気はないし、凛や士郎と共に居ることにも少なからずリスクが付きまとう。
 フェンサーには回復に徹してもらいながらも、比較的安全な手段を取って気になる場所の偵察などを行いたかった。

「場所さえわかってれば基点封じとかはやるし、明日はちゃんと手伝うからさ」
「んー。まぁ無理強いは出来ないか。私たちは休戦してるだけで、協力が義務付けられてるってわけじゃないものね」
「役割分担ってことでいいんじゃないか? 黎慈がそういった怪しいところを調べて、何かわかったならまた聞けばいい」

 ああ、素直に言うとは限らないけどな。

 このあたり、二人は魔術師としては甘い。

 互いの利害の一致による休戦協定であっても、共通の目的があるならば一定の協力は義務とするべきだ。
 凛も士郎も利用するだけ利用して切り捨てる、というような性格ではないが、もう少し相手を信用しない(・・・・・)ことが必要だろう。

 厳密に言うと、士郎が人を裏切らなさすぎるところが問題か。
 凛は疑うことを知っている人間だったはずだが、衛宮士郎の性質に引き摺られて物事の信用度へのハードルが低くなっているように思う。

 協力者としては申し分ないんだろうが、そのせいで二人が判断を誤ることがないかだけが心配だ。
 









 学校が終わり、今は深山商店街。

 今朝に発覚したおバカサーヴァントの暴挙により、予定していた食材の消費量にズレが生じたので買い物に来たのだ。

 ちなみに肝心のフェンサーは既に家に帰している。
 霊体化させているとはいえ、無闇に動き回るだけでも魔力は揮発するように霧散、霧消していく。
 たとえ僅か、微々たるものでも無為な消耗は抑えるべきであり、治癒の効果も安静にしていてくれる方が効き目が良くなる。

 買い物さえ終われば家に戻るだけなので、待機させておいた方が効率がいいと判断した。



 ぶっちゃけ、未だに拗ねているフェンサーを扱いきれないのが主な理由です。



「お、キャベツ一玉50円……あん? 他のとセットで大根一本30円だと? これは買わねばなるまい」

 近頃不足している緑黄色野菜をメインに購入していく。
 やはりスーパー等で買うより、人情味溢れる商店街で買い物をした方が安く上がる。

 八百屋さんなら安く買えるし、オマケもサービスもしてもらえるしで一石二鳥。

 最近摂っている野菜と言えばほとんどトマトばかり。
 そのトマトでさえホールやピューレといった加工品なので、本来の栄養価など期待できない。

 なので、偶には他のものも摂らないと栄養バランスが偏る。

 ビタミンとかミネラルとかね。

「ほうれん草……ベーコンバターソテーがいいか。玉葱は……基本炒め物かな」

 どんな料理に使うかを具体的にビジョンし、適量ずつ買い足していく。
 何故か食い扶持が一人増えたので、それを掛け算しつつ食材の量を合算する。

 肉類はまだ家に残りがあるので、そちらは放置。
 ひとまず野菜のみを買い、後はまた別の機会に買い物をすればいいかと八百屋さんを跡にする。

 片手にビニール袋を提げて、商店街をブラブラと練り歩く。
 他に買わなければならないものはないので、散歩のようなものだ。

 そんな道中、ふと端にある大判焼きが目に止まった。



 ふむ、ちょっと甘味どころが欲しいかもしれない。

 そう。何を隠そう、俺はスイーツ好きな男子である。
 和風洋風問わず、基本的に食べたいと思ったときには食べる。

 かといって、甘味に対して無限の胃袋を持つ女子たちほどではない。
 アイツらは対甘味物最終兵器であり、一昔前にはそれで手痛いダメージを受けたことがある。

 主に俺の懐事情に。

「フェンサー菓子類とか食うのか……? 普通に飯食うんだから、菓子類は食べないとかはないか」

 ふらふら~と、匂いに釣られるように店先へと足を運ぶ。

 店員さんに二つの大判焼きを頼み、焼き上がるのを待つ。
 元々用意しておいたものを焼くだけなので、それほど待たされることもない。

 焼き上がるまでの行程を、呆、と眺める。

 1分ほどそうしていたら、ふと、店員さんが話しかけてきた。

「お連れの子、可愛らしい娘ですね」
「は? お連れの子?」

 一体誰のことだ?

 今は別段デート中でもないし、フェンサーだって家で待機中。
 並んでいる人も居なかったし、連れているように見られる人物など居ないはずなのだが。

 誰か後から並んだ人を勘違いしたのだろうか?

 そんな店員の一言に、何の気なく後ろを振り返ると──────



「………………」



 ────ナニか、居た。



 ソレは振り返った俺の顔をじーっと見つめたまま、何かを話すということもない。
 けれど周りから見れば他人とは言えない距離に位置取りながら、そのナニかは俺から目線を外そうとしない。

 なるほど。ずっとこんな状態だったのなら、知り合いと思われるのも当然だろう。

「はい、どうぞ。お熱くなってますので気を付けてくださいね」
「あ、はい……」

 流れ作業のように代金を支払い、再び商店街を歩き出す。

 すると、その白いナニかも一緒に付いてくる。

 …………いや、本気で意味が分からない。

「………………」
「………………」

 一瞬にして混乱の極致に立たされた俺は、訳も解らぬまま商店街を歩き続ける。

 後ろを振り返ってみるも、相変わらず白いナニかは後に付いてくる。

 これはもう、意を決してこちらから話し掛けるしかないのではなかろーか?

「えーっと、イリヤスフィール?」
「ふふ、なぁに?」

 途端、ニコニコしながら返事をしてくれた。

 しかし『なぁに?』と問いたいのはこっちの方でございまして。

「もうっ。ずーっと後ろに居たのに、いつまで経っても気づかないんだから。気づいてからも、話し掛けてくれないし」
「はい? ずっと後ろに居たって……いつ頃からですか?」
「お野菜を買っているところからよ。あんまりに無防備なものだから、襲っちゃおうかなぁって思い始めてたわ」

 いやいやいや、襲っちゃおうかなぁて。

 俺は商店街に入って買い物をしている間、ずっとこの子の気配に全く気づかなかったのか?

 間抜けを通り越して自分自身に呆れすら感じる。
 最強のサーヴァントを従えるマスターであるこの少女の存在に気づかないなんて、俺はいつ死んでもおかしくない状況にあったってことだ。

「どういうつもりで仕掛けてこなかったのかは知りませんが……ここで戦り合うつもりですか?」
「む。やらないよー。マスターはね、昼間に戦っちゃダメなんだよ? そんなことも知らないの?」
「へ?」

 恐らくいま、俺は目が点になっている。

 なんだろう。前回会ったときとは印象が違うというか、魔術師然としていないというか。

 これでは年相応の少女ではないか?

「戦うつもりはないと? それなら、何で後を付けてたんでしょう?」
「本当はね、他に会いたい人が居たんだけど全然会えないの。でもそれじゃあつまんないから、偶然見つけたクロガミの観察をしていたのよ」
「はぁ…………観察、ですか」

 待ち人来たらず、といった感じか。

 ていうか、自然と敬語になっている自分に地味に感動する。
 幼い頃の教育はこの歳になってもしっかり身に付いていたらしい。

 とりあえず戦闘意思はないようなので、警戒を最小限にしつつきちんとイリヤスフィールに向き合う。

「それでは、何か御用でも?」
「ううん、用なんかないよ?」
「…………本当に、観察してただけ?」
「う、うん、そうだけど…………だ、だめだったの……?」
「え、いや……別に構わないんですけど…………」

 俺なんかの観察をしていても、何も面白いことはないと思うんだけどどうなんだろう。

 イリヤスフィールぐらいの歳の子が何を考えているのかなんてまるで見当がつかない。
 俺の対人能力(コミュニケーション)スキルの中には、参考になりそうなものはなかった。

 こんな出来事は初めてのケースなので、上手く頭が働かない。

「ええ、ダメってことはないですが…………それは、楽しいんでしょうか?」
「えっと……楽しくないと、やっちゃいけないの?」
「そ、そういうわけでも……ないですけど……」

 なんだ、この子は人と接するのが苦手なのか?

 というよりも、人と接したのが初めてだと言わんばかりの反応が返ってくる。
 魔術師貴族のお嬢様といっても、外に一切出さないような箱入り娘なんて現実に居るのか…………?

「えと、マスターではなく、一個人として外出してるんですよね? 
 待ち人に会えなかったのなら、せっかくだから他に出来る楽しいこともあると思うんですが…………」
「そ、そんなこと言われても……私、わかんないもん」
「う、うーん……例えば、こうして誰かとお喋りしてみたり、この大判焼きなど食べ歩いてみたり……て、あ、食べますか?」

 包みを一つ取り出して、差し出してみる。

 こちらとしては初めて見る大型犬に手を伸ばすような緊張感だが、向こうも向こうでモジモジして困った顔をしている。

 どうしていいか分からない、と言った瞳で見つめられる。

「ほら、もぐもぐ────毒なんて入ってませんし、温かくて美味しいですよ」

 半分に割って食べて見せ、安全をアピールして再度差し出してみる。

 表情を伺いながら、快・不快の感情の機微を見逃さないようにする。
 初めての接触なので、嫌な思いはさせないように、無理を強いないように会話を重ねていく。

「あ、あの……もらって、いいの?」
「もちろん」

 受け取って貰えたので、一応距離感や彼女の内に踏み込む深さを間違ったということはなさそうだ。

 おずおずと口に含み、大判焼きをかじる。
 …………ちょっと、その仕草を可愛らしいと思ってしまった。



 どうやらマスターとして戦うつもりはないというのは真実のようだ。
 そうでなければ、敵である俺からの食物を口にすることはないはずだ。

 今のイリヤスフィールは無邪気な少女そのものであり、そこに魔術師としての陰などは微塵も感じられない。

 俺が彼女の存在に気づかなかったのは当然だ。
 殺意も戦意も何もなく、敵意に属する気配など皆無な少女が自分の後を付いてきていても、何も気にする必要なんてないのだから。

 なら俺はフェンサーのマスターとしてバーサーカーのマスターに相対するのではなく、黒守黎慈としてイリヤスフィールに向き合わなければ。



 お互いに不出来なコミュニケーションを取りながら。

 俺はいつの間にか警戒心など一切持たず、イリヤスフィールと言葉を交わすようになっていた──────── 
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