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炎髪灼眼の討ち手と錬鉄の魔術師

作者:BLADE
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”狩人”フリアグネ編
  五章 「紅世」

 はぁ~、とため息が出る。現在、四時限目の英語の授業も終わりに差し掛かっていた。さて、通常の学生なら昼休み目前の為、浮き足立つ時間帯だ。しかし、この教室でその様な反応を示す者は誰一人も居ない。
 ちなみにだが、一限目のテストはどうにかやり過ごした。範囲も分からない状態で、受けるのはもう懲り懲りではあるが。しかし、学生時代の勉学の日々は無駄ではなかったらしい。こういう事は後になってから学んでいて良かったと思うらしいが、全くその通りだな。

 さて、現実に目を向けよう。教室の空気は緊張に包まれている。クラスメートは教科書に顔を隠し、最初は通常通りの授業をしていた教師も、今はひたすらに板書を続けていた。

 この異様な空気は、教室の真ん中で、シャナが圧倒的な存在感と迫力で作り出している。
 しかし、別に何かをしているという訳ではない。ただノートもとらずに、腕を組んで教師を見ているだけだ。奇っ怪な何かをしているのなら、まだ気が楽だったんだがな。

 その視線はまるで、野生の動物を観察しているかのように遠慮が無く、敬意や尊重を全く含んでいなかった。正直、いくら俺でもあんな目を直視したくない。
 そんなシャナの不遜な態度に、我慢を続けていた英語教師は、とうとう我慢仕切れずに、板書を終えて黒板から振り向いた。
 いや、よく耐えたよアンタ。他の教員と比べたら……だけどな。

 ちなみに坂井悠二の記憶と照合した所、この教師は教え下手らしい。しかも宿題が多いという事で、生徒から嫌われているとの事だ。残念だが、俺から見ても教え下手だと思う。あの教師かどうかも怪しい藤ねえですら、この教師よりは理解しやすい授業をしていた。
 まぁ、なんだで藤ねえは立派な教師だったんだけどな。人望もあったし。

 人気か不人気かはともかく、シャナのあの態度だと腹が立たない方が逆に凄いと思う。教師だって人間なんだし、あの態度は………堪えるよな。

「平井、お前、不真面目だぞ、ノートを取らんか!」
 振り返った教師はシャナに注意した。声は裏返っていたが俺はその勇気を讃えたい。
 ちなみに、区切れ区切れの言葉の語尾は全て裏返っている。これでは威厳もクソもない。緊迫した空気の元凶の矛先が自分達に向かなくなると確定したのもあり、教室ではクスクスと笑い声も聞こえた。
 その注意に、周囲の認識するところの“平井ゆかり”すなわちシャナは答えなかった。ただ言い放つ。
「お前」
 ちなみに第一声はこれだ。その、見かけの幼さにはあまりに不釣り合い、しかも押しのある凛々しい顔立ちは、静かな気迫を発している。
「その穴埋め問題……、全然意味の無い場所が空いてるわ。クイズをやっているんじゃないんだから、前後の文脈で空欄を類推出来ないと意味がないわ」
 シャナは腕組みも解かずに言う。足を組むよりはマシだが、それでも大差無いくらい失礼である。
 しかも、微妙……いや、かなり論点がズレてる気がするが、教師も生徒も気にしない。ちなみに、俺も気にしない。火に油を注ぎたくないからな。


 これで終わりだったなら、この教師もどんなに幸せだっただろう。しかし、さらに容赦の無い追い討ちが教師に襲いかかった。残念ながら問題点は一つだけではなかったのだ。
「その板書も、段落で見たら後二文も足りない。マニュアルのページ単位で書き写してるだけだから、そんな事になるのよ」
 その的確な指摘に、反論の余地は無かった。英語教師は思わず一歩下がる。
「お前は教師でしょう? ちゃんと事前に確認しておけば、全部防げたミスの筈。しかも、説明は下手な上に指導点は要領を得ていない。一体、何を教えたいのかしら」
 的確な指摘だけど、流石に言い過ぎな気がする。一体、どっちが教わってんだ?
「生徒に教えるつもりがあるなら、ちゃんと事前に準備をしてから授業をしなさい。授業っていうのはちゃんと計画的に行われるものよ。生半可な覚悟で教鞭をとるなんて、ふざけないでよね」

 英語教師の撃沈を確認。上手く立ち直ってくれれば良いのだが。
 もう一度言うが現在、四時間目終了間近。シャナの餌食になった教師は通算四人目。つまりここまで全ての教師を討ち漏らしなく撃墜している。後一人落せば、めでたくエースパイロットの仲間入りだ。
 今日の授業は残り二限だけど、考えるまでもなく確定する事実だろうな……。
 ほとんど自習と化してしまった教室の中、俺は一人そんな事を考えていた。





「―――静かだな」
 静寂に包まれた教室でボソッと口から感想が出る。ちなみに、教室の外からは賑やかな話し声が聞こえていた。しかし、この教室ではその様な声など一つも聞こえない。
 俺の学生時代の昼休みもあんな感じに騒々しかった気がする。毎回、弁当箱を開ける度に襲撃されていた為、生徒会室に逃げこんでいた程だ。

『教師殺しの平井ゆかりの殺戮ショー』が延々と四時間も続いたので、昼休みになった途端、クラスメートは安住の地を求めて、次々と旅立って行った。正直、俺も逃げ出したい。
 だが、悲しいかな。それが出来ないのが今の衛宮士郎なのだ。と言うより、俺からしたらクラスメートは全員初対面な為、なんとなく遠慮をしてしまっている所がある。
 その為にも、唯一初対面でなく、遠慮は―――しなければならない相手ではあるが、シャナを話し相手にしようとしていたのだが………。
 結局、教室に残ったのは、俺とシャナだけだった。手間が省けて結構な事だ。

 静かだね。気まずいね。お腹空いたね。

 今更ながら、昼食を持っていない事に気付いた。どうやら、いつも坂井悠二はコンビニで買っていたらしい。朝はバタバタしていて、それ所じゃなかったから気にもしていなかった。
 明日からは、弁当を用意しないといけないな。コンビニの製品を否定する訳ではないが、やっぱり手作りが一番だ。

 料理は、俺にとって数少ない、他人が言うところの趣味だし……。
 とにかく、今日一日は昼飯は抜きだ。帰りに買い食いをするのも悪くない。

 そこで思案を終了し、シャナの方を見る。今に至るまでに四人の教師のアイデンティティを粉砕し、ある種の惨劇を引き起こした少女は、目の前でメロンパンをぱくついていた。恐らく、というか確実に自分の行いに何の感慨も感じていない。
 メロンパンが美味しいのか、自然にほころんだ顔は、これまでの姿からは想像出来ない程、可愛らしい物だった。見かけ通りの年齢なら、非常に自然な姿である。
 ただ、今の光景にも一つ不自然な点がある。机の上に置かれたどこぞのスーパーの袋が、異常なほど膨らんでいる事だ。
 聖杯戦争当時の俺なら、いつもお腹を空かしている騎士王様のおかげで何の違和感も感じていなかっただろう。しかし、彼女が居なくなって久しい今の俺なら、この光景が異常だと感じ取る事が出来る……!
 セイバーもそうだったけど、あの身体の何処にそれだけの量が入るんだ? きっと解決する事のない疑問なんだろうけどさ。

 それはそうと、そろそろこの沈黙の空間が辛くなってきた。多分、俺から切り出さないと一生会話が始まる事はないだろう。
 ちなみに、朝の一件以降、シャナとは口を交わしていない。別に話しかけるのを躊躇っていた訳ではないんだが……。
 授業の合間の休み時間は、今は何処の範囲なのか調べるのに必死で、声をかける余裕は無かった。坂井悠二の過去の板書を確認しようとしたが、何を思ったのか、俺の持って来たノートは全部、おろしたての新品だったからだ。
「ちょっとばかし、言い過ぎだったんじゃないか?」
 言うまでもなく先程までの授業の事である。一応、シャナに注意をしてみたが、シャナは心底不思議そうな顔をして、訊き返してきた。
「なんの事よ?」
 
 その反応は予想外だよ。ついさっきの事じゃないか。
 どうやら、教師のアイデンティティは少女にとっては、記憶にすら残らない程度の物らしい。
 もう、俺に出来るのは教職員が立ち直れる事を祈るしかない。嗚呼、俺は無力だ……。
「いや、やっぱりいいよ……」
 シャナは首を傾げて、再びメロンパンを食べ始めた。それにしても、本当に昨日怪物と戦っていたのか、嘘のように思えてくるな。何の屈託もない幸せそうな横顔だ。

 そこで、ふと疑問に思った。

「フレイムヘイズも腹が空くのか?」
「んむ、当然でしょ」
 メロンパンを頬張りながらシャナが答える。一応、俺を無視するという事はない様だ。なんだかんだで質問にはちゃんと答えてくれるし。
 それじゃあ、ついでに昨日から気になっていた事も聞いてみるか……。
「じゃあ……その声の出るペンダントは、通信装置の一種なのか?」
「似て非なるものだ」
 セーラー服の胸元に出ているペンダントから、今までずっと黙っていた声が答えた。今、ここには二人しか居ない為、周囲に露見する危険がないからだろう。
「これは、この子と契約した『紅世の徒』である、内に蔵された我の意思だけを、この世に顕現させる『コキュートス』という神器だ」
 内に蔵された意思だけ、という事は、本体は彼女と一体という事だろう。
「つまり、君の中にいる『紅世の徒』の意思だけを、そのペンダントで表に出してるって事で良いのか?」
「そうよ。名前はアラストールって言うの」
 アラストール……ね。わざわざ補足してくれたって事は、今後、間違えるとマズい事になりそうだな……。
 しっかりと記憶しておく事にしよう。
「なる程な。契約したって事は、やっぱりあんたは元々人間なのか」
 人外の力を行使する為に、人ならざるものと契約する。魔術師でもよくある話だ。
「そうよ」
 シャナは軽く答えた。きっと少女にとっては、先程までの教師の一件と同様、その程度の事なのだろう。
「なんでフレイムヘイズになったんだ?」
 だからこそ、気になった。何が少女に人外の力を求めさせたのか?
「お前の知った事じゃないわ」

 それはとても明確な拒絶だった。

 これ以上、この件について何を聞いても無駄だろう。誰だって話したく事の一つや二つはある。俺だって魔術を切嗣に教わろうとした理由は容易に話せない。
 それに、シャナと出会ったのはつい昨日の事だ。少々踏み込みすぎた質問だったかもしれない。
「それじゃ、昨日の話について、詳しく教えてもらって良いか?」
 話題を切り替えるためもあるが、昨日の事についてを聞く事にした。
「仕方ないわね……。それで、何が知りたいの?」
 質問にあっさりと応じてくれて助かる。無視されても仕方がないと思っていたからな。
「紅世って言うのはなんなんだ?」
 シャナはメロンパンの最後の一切れを口に放り込んでから、問いに答えた。
「紅世―――、『クレナイのセカイ』よ。この世の歩いていけない隣。ずっと昔、どこかの詩人が『渦巻く伽藍』に、そんな気取った名前を付けたんだって。そこの住人を『紅世の徒』って呼んでるの」
 少々、聴き慣れない単語が多い為、理解するのに苦労する。比較的分かり易い単語は『歩いていけない隣』だけだ。
 歩いていけない―――、つまり直接干渉する事が出来ない、という意味だろうか?
 つまり、そこの住人という事は――。
「つまり……、こっちの世界で言うところの、異次元人で良いのか?」
 ほとんど自分の想像で答えてみる。外れたら、教えてもらえば良いだけだしな。こういうは考える事が重要なんだ。
 これにはアラストールが答えてきた。
「そうなるな。貴様を襲ったのは『徒』自身ではなく、燐子という下僕だが―――。」
「そう言えば、昨日そんな事言ってたな……。それじゃ『徒』の目的はなんなんだ?」
 さながら異次元からの侵略―――、といった具合の問題だ。なにかしらのメリットっでもなければその様な行為は行わないだろう。
 ならば、目的さえ分かれば何かしらの対策が立て易くなる。
「さてな、目的は各々による。一概には言えん。ただ我ら『紅世の徒』はこの世において『存在の力』を『自在』に操る事で顕現し、またそれを変質させて事象を左右する事が出来る。その事実ゆえに、この世に侵入する『徒』は後を絶たない」
 目的は個々にあるって事か………。厄介な話だ。統率された集団ではなく、目的の為の利害が一致しているだけの集団ほど御し難いものはないからな。
 しかし、存在の力を自在に操って顕現? 一体、どういう意味だ?
「ちょっと待ってくれ、そもそも……存在の力ってのはどういう力なんだ?」
 実を言うと、これに関しては昨日から気になっていた。なにかしらのエネルギー源であろう事は間違いないのだが、その様な名称は聞いた事もない。魔力ではない事は確実に分かるのだが。
 シャナが溜め息をつきながら、説明を加えた。
「要するに根源的なエネルギーみたいなものよ。それがあって初めて、どんな物も存在出来る。紅世から来た、本来『存在しない物』の『徒』は、その力を得る事で、この世に存在出来る―――。分かる?」
 物質自体が保有しているエネルギーという事だろうか? シャナの説明からすると、この世に存在している物質は、全てその存在の力という物を有しているらしい。
 そして、この世の歩いていけない隣、つまり一種の別次元の存在たる、紅世の徒はこの世の物じゃない。だから、本来はこちらに存在出来ない物だ。自分をこの世に存在させる為に存在の力が必要、という事だろうか。
「とりあえずは、な。続けてくれ」
 情報を整理する為にも、さらに情報が必要になる。頭がパンクしない様に、随時情報を整理しつつ、シャナの言葉に耳を傾けていた。そんな様子の俺を見て、シャナは続ける。
「この世に居座る為には当然、『存在の力』を使い続けなきゃならない。だから、『徒』は人間からその力を集めてるの」
 ふむ。ただ存在の力を得ても、元からこちらの住人でない徒は常に力を消費し続けるという事か。
「存在の力を集めるってのは、昨日のアレの事か?」
 昨日の炎と化した人々が喰らわれていた光景が蘇る。あまり思い出したくない光景ではあるのだが。
 意識していなくても、人が炎上していく様は俺の記憶に刻まれたあの景色を想起させてしまう。我ながら情けない話だと思うが、思い出すだけで気分が悪くなる。

 生きながらに焼かれていく人々。瓦礫に押し潰され、苦しみながら死んでいく人々。自分の命を省みず我が子を救って欲しいと懇願する親子。
 そして、それらを見捨てて、歩き続ける自分。誰かを救う力を持たず、助けを求める声を無視し、全てを犠牲にした。誰かを犠牲にしたのだから、自分は生きなければならないと思った。
 しかし、自分を救う事も出来ず、結局、切嗣に命を救われた。

 あれから、実際に正義の味方の真似毎をしている時も、あの光景が、あの時の人々の眼が、常に俺を責め続ける。遠坂には、気負い過ぎるな、と言われたけどこればかりはどうしようもない。
 そんな俺を他所に、シャナは気楽そうに頷いた。
「そうよ。それで、それぞれの目的とかの為に、その力を『自在』に操って不思議を起こしたり、下僕を作ったりするわけ」
 欲望のままに行動する連中程、危険な者はいない。己の快楽の為に、奴等は平気で他人を犠牲にする。
 無論、口には出さない。あまり過激な事をいうと、逆に危険な思想の持ち主だと言われかねないからな。
「この世の理から外れた起こるはずのない現象や、要るはずのない存在。それらを生み出すための力の乱獲が、この世と『紅世』との、両界全体のバランスを崩すやも知れぬというのに……。まさしく、愚者の遊戯だな」
 アラストールが物騒な話で締める。
「そのバランスを崩さない為に、乱獲者と戦うのがフレイムヘイズか……」
 全く、ご大層なものだ。均衡を崩さない為に戦う存在ときたか。
 アラストールの表現が間違っているとは言えないが、同時にどこか彼等を認める事が出来ない自分も居た。
 アラストールの弁から察するに、彼は世界の均衡が崩れつつある事態を憂いでいる様に感じれる。だが、人間が実際に消えて―――、いや死んでいっている事には何も触れていない。
 要するに、少数を切り捨ててより大きな数を守る。そういった思考回路なのだろう。あくまで俺の憶測でしかないが、元より『その様な思考をしていたかもしれない』この俺自身にはなんとなく、そう感じられるのだ。

 まぁ、その行動自体は間違った物じゃない。俺だって、その選択を迫られる時が多々あったからな。
 自分の行為を全て正しい物だと胸を張れる自信は未だにない。
「ひとつ質問なんだけど。その『存在の力』は他の物からでも危険だろうけど、人間以外の存在からじゃ駄目なのか?」
「そうだな。我々と近い、強く深い意思の存在であればこそ、力を得る意味がある。有象無象の物だと、返って薄められてしまうのだ」
 同様の力だが、性質の様な物があるのだろうか? オイルを混ぜ合わせると、エンジンに悪影響が出る様な感じで。
 なんだかよく分からないが、色々と面倒な力だというのは嫌というほど分かった。
「近いって事は、『徒』は俺達と同じ様な存在って事か?」
「それを貴様らの概念で説明するのは難しいな」
 それもそうか。全く違う次元の住人だしな。だが実際、アラストールとは会話が成立している。ならば『紅世の徒』は人間と近い存在と考えた方が良いだろう。
 そうなると、状況によっては変わるかもしれないが、『徒』は俺の『正義』の防衛対象に入る。というより、悪には悪の正義がある。実際、俺の正義だって相手からしたらただの妨害行為に過ぎないからな。
 だが、私欲のために何の罪もない人間を襲った奴を許す訳にはいかない。それだけは許される事ではない。
「なる程な。アラストール、なんとなくアンタの事は分かった。でだ、改めて訊くがシャナ。しばらくの間は頼りにしていいのか」
 正義を貫くって点では、アラストールの方が遥かに正しい。そして、話をする限り、まだ感情を擦り減らしている様子もない。俺の心情の問題だからしっかりと割り切らないとな。
 しかし、シャナ。みたらし団子ばかり食ってないでいい加減会話に戻って来て欲しい。
 最後の一本を食べ終えたシャナは、指に付いたタレを舐めながら答えた。
「だから言ったでしょ、お前っていう『ミステス』が燃え尽きるか、それを狙うここに居る『徒』を討ち滅ぼすまでは、守ることになるって」
 本当に身も蓋もない言い方だ。しかしそこに悪意はなく、ただ事実をぶつけているだけだった。
 きっと誰よりも純粋で素直な子なんだ。俺とは違って―――な。
「そいつは心強い。けど、四六時中一緒に居るわけにはいかないだろ?」
「とりあえずは、夕方を警戒するわ」
 シャナ曰く、昨日みた結界―――もとい『封絶』は通常、日中と夜間の境目である、夕方と明け方に行われるとの事。その為、襲撃もその時間帯に大体は限定出来るらしい。時間厳守な連中で俺としては助かる。
 だが、朝はともかく夕方って言うのは曲者だ。
「学校に居たら下手をすると、一般生徒が巻き込む可能性があるんじゃないか?」
 無論、市街地では一般人もそうなる。
 俺の心配を他所に、シャナは頬杖をついて呆れ顔を作った。
「なに当たり前の事言ってるのよ。私が何の為にここに居ると思うの?」
 その返事が意味するのは、俺の身を守るという事だろう。
 なら一般人はどうなる? 俺としてはそっちの方が心配だ。一応、少しだけ期待を含めて、訊いてみた。
「じゃあ、一般の人は?」
「なにそれ?」
 やっぱり、そうなるよな。いや、何となく察しはついていたんだけどさ。
 仕方がない。今の体の状態で、どれだけ戦えるか分からないが、その辺りは俺がやるしかないみたいだな。
「いや、良い。何となく予想はしてたし」
 ため息をつきながら、立ち上がる。そろそろ一段落って所だろう。
「どこに行くの?」
 シャナが目的地を聞いてくる。
「トイレだよ」

 そう言って俺は教室を出た。

 教室のドアを閉めた所で、もう一度ため息が出る。いやいや、シャナには悪意なんて微塵もないと分かってはいるんだが、アラストール共々、行動理念が分かりやすいというか。
 なんというか、あそこまでキッパリと言えるのは逆に凄い。俺が言うのも変な話だが。
「とりあえず顔でも洗うか」
 実を言うと、あまりトイレに用はなかった。頭を整理するために外に出たのだ。
 大体、話も一段落していたし。
 シャナに聞いた話を頭で整理しながら、歩いていると、トイレの前で俺を呼び止める声が聞こえた。
「おい、衛宮―――っ!」
 そう言えば、学校に来てから始めて他人に呼ばれた気がする。もっとも、叫んでるのか、声を潜めているのかハッキリしない呼び方ではあったが。
 声のする方向に振り向いて見ると、クラスメートが三人、手招きをしていた。頑張れ士郎。なるべく自然を装って話を繋がないといけない。
 一呼吸をついてから、駆け寄って声をかける。
「何か用か?」
 坂井悠二の中学からの友人、メガネマンこと池速人は首を振った。
「まぁ、そうだな。衛宮……お前、よくあの騒ぎの後、事の張本人の近くに居れるな」
 その横にいる、美をつけてもいいが、軽薄そうに見える少年、佐藤啓作が続ける。
「勇気があるよな。下手するとお前まで先生共に目をつけられるってのに」
「大体、お前らって、そんなに仲良かったか? 抜け駆けは許さん、許さんぞ」
 と最後に絡んだのは田中英太。大柄だが粗暴に見えない人物のようだ。
 ちなみにだが、この三人の評価は全て坂井悠二がしていたものだ。なかなかどうして、的を得た評価だと思う。
「別に、仲が良いとかそんなのじゃない」
 思わず言葉を濁す。残念だが、これが俺の精一杯だ。彼らにとっては親しい友人『衛宮士郎』だが、俺にとっては初めて話をするクラスメートなんだから。
 しかし、坂井悠二の記憶を引き継いでいるため、『初対面であって初対面』でないという、妙な感覚を覚えてしまう。
「教室は二人きり。まぁ、お前は食べてなかったみたいだが、弁当を食べながら会話をしてたんだ。十分『そんなの』じゃないか?」
「平井ちゃんも、確かに可愛いといえば可愛いけど、なんかマニアックな趣味だな」
「実はロリ属性持ちだったのか、侮れん奴め」
 三者三様に好き放題言ってくれる。まぁ、うち二つはほとんど同意なんだが。
 確かに、彼女の見た目は中学生ですらない。
「なんでさ………」
 自分にそんな趣味はない。………と信じたい。
 
 当然の様に親しみを持って話しかけてくる、三人。だが、彼等が親しんでいたのは俺じゃない。本当はここにいた筈の人物だ。
 今朝のシャナとの口論を思い出す。別に口論をしたかった訳じゃないが、シャナの言う事もまた事実だった。だが、未だに納得がいかない自分が居るのも確かだ。
 彼等が自覚するかはともかくとして、せめて、坂井悠二と同じ様な結末を迎える事は阻止しなければならない。
 そこで、ふと思った。一般生徒を巻き込みこみたくないなら、早退してしまえば、ここは戦場にならない。

 これが、これから取るべき行動の一番単純な解答だ。しかし、立場上『学生』の俺を相手に、敵は一般生徒を人質にする可能性がある。
 そうなると、一般生徒を防衛出来る筈がない。なら、夕方の間はここに残り、一般生徒の防衛に回った方が良いのではないだろうか?
 即座に思考を巡らせる。
 最良の策が常に最善だとは言えない。あえて愚策を採った方が結果的に最善だったという可能性もある。
 この場合、俺が人混みに紛れている事で周囲を危険に晒すリスクがある。しかし、逆に俺の目の届かない範囲での敵の横行を防ぐ事によるメリットも発生する。
 俺の独断で周囲を危険に晒して良いものか? その思案による、微妙な間が更に誤解を呼ぶ。
「やっぱりやましい所があるな?」
 池のメガネが煌めく。
「ああいう子に手を出せる神経を見込んで、話がある。是非、他の女子とも渡りをつけてくれ」
 佐藤がとても真面目に図々しい懇願をしてくる。
 仕方がないので、適当にあしらって思案を続けた。
 どのみち、俺一人で全てを守りきれる訳がない。だが、この場に居なければ救える物を救う事すら出来ない。
 逃げずに、あえて立ち向かう。遠坂なら―――、きっとそうするんじゃないだろうか。

「このムッツリが! 一体どういう手管を使った!! 教えデッ―――!」
 詰め寄ってくる田中に制裁を加えて、俺は思案を終了した。
 友人達との他愛もない会話。まぁ、後半は佐藤と田中の欲望にまみれた会談の様なものだが。
 しかし、それはとても平和で日常的な光景だった。



 ―――――少し考え過ぎていたのかもな。
 思えば簡単な話だ。今の俺に救える範囲は、坂井悠二が生きてきた、この日常だ。
 始めから多くを望んだって、人間に出来る事なんてほんの少しの事だ。少しずつ、確実に範囲を拡げていけば、より多くの人を救う事が出来る。
 だからまずは『坂井悠二が生きてきた日常』を守る。ただ、それだけじゃないか。


 小難しく考えていたって、何も始まらない。出来る事からやるしかないんだ………。

 
 

 
後書き
あけましておめでとうございます。
今年もどうか、よろしくお願いします。
諸事情により、更新が遅れてすみません。

次回、ようやくエンカウントします。
かなり粗があると思いますので、不備や疑問点がございましたらご一報よろしくお願いします。

それでは、今回はこの辺りで失礼します。 
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