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ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~

作者:ULLR
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マザーズ・ロザリオ編
終章・全ては大切な者たちのために
  領分

 
前書き
急展開ご容赦を。
多分賛否両論あるでしょうが、意見はメッセで、感想は感想板にお願いします。 

 

あの後、俺達は縁側から螢の家に侵入した。
日本家屋ダンジョンよろしく床を踏み抜くと竹槍が飛んでくるなんて事はなかったが、ヤツの家なら何が起こっても不思議ではないので警戒はしつつ、螢の部屋まで歩いていった。最後に彼の部屋に入ったのはいつだったかは忘れたが、そこは相変わらず無個性で生活感がなかった。

この世から音が消えてしまったかのような静けさの中、俺達はただ立っているだけだった。分かった事はただ1つ。本当に螢と沙良は消えてしまった。
日が傾き、部屋が暗くなってきた頃、明日奈が帰りましょうと言うまで誰一人、何も言うことが出来なかった。



そして俺は、机の上に置いてあった一冊のノートをこっそりと持ってきた。




そこには全てが書いてあった。













病院のエントランスに入った時、明日奈は僅かな違和感を感じた。

以前来た時は賑わっていた休憩スペースも待合室にも、そして何より受付カウンターにも人気が無い。完全な無人だった。

「……どうしたんだろうね?」


「……明日奈」

朝から無言の時間が多かった和人が絞り出すように声を出した。明日奈はそれを怪しく感じながらも理由を訊ねていなかった。

「なに?」
「……後で全部分かる。行こう」



そう言って和人はいきなり明日奈の手を取って奥へと歩き出した。急に手を繋がれた明日奈は反射的に頬が熱くなるのを感じたが、和人の手がまるで氷のように冷たいのに驚いてその熱は直ぐに引いてしまった。

「ちょ、キリトくん!?どうしたの!?」

和人はそれに答えず、鋭い目つきのまま階段を昇っていった。















「……やはり、来てしまったのですね」




「ああ、来るさ。―――久しぶりだな、沙良」
「お久しぶりです。和人さん、明日奈さん」

一般病室に移っているという木綿季が居る、最上階。そこで明日奈達を迎えたのは長い黒髪をポニーテールに結わえ、ダークスーツに身を包んだ水城沙良。

その腰にはその姿に似合わない黒塗りの鞘の打刀――日本刀を下げている。


「……こんな格好ですみません。お母様の所にご案内します。付いてきて下さい」
「……ま、待って沙良ちゃん!何で……」
「……直ぐに分かるでしょう。でも、大丈夫です。必ず―――」

沙良は一度立ち止まり、腰の日本刀に手を添え、明日奈の目を真っ直ぐ見て言った。






「私と、お兄様が命に代えてでもお2人と木綿季さんを守ります。何も心配は要りません」


「……え?」




沙良が言い終えるや、明日奈は背筋に悪寒を感じた――と思った時には和人もろとも凄まじい力で沙良に投げ飛ばされていた。後ろで空気が切り裂かれる音がする。

「和人さん!貴方は知っていますね?これからの起こる事を」
「……ああ」
「ならば、自分の領分をきちんと弁えて下さい。貴方が守るべきなのは、お兄様や私ではないでしょう?」

和人に抱えられたまま、沙良を振り返ると、彼女は仮面を付けた黒服と斬り結んでいた。



―――一瞬、ここが現実世界なのかと疑うレベルの異常な光景。


―ギィン!!


仮想世界の作られたものより研ぎ澄まされた鋭い金属音。黒服の肩口が裂け、中に着ていたらしい帷子が垣間見えた。唸り声を上げた黒服は大きく後退していく。

「ごめん、沙良。俺……」


「分かっています。お兄様も分かっていて貴方に全てを知らせたのでしょう。……私はとても、とっても嬉しいです。貴方が私達のような者の心配を、してくれる事が……その、気持ちだけで十分に報われました」


いつしか、沙良の声は湿っぽく掠れていた。背を向け、刀を構えて2人と恐ろしい黒服の間に立ちはだかるのはまだ16歳の少女。



その体はごく微かに震えていた。


「さあ、行って下さい。奥の屋上通路の前の部屋が木綿季さんの病室です。お母様1人では脱出はままならないでしょう。行って手伝ってあげて下さい」
「……分かった。――沙良」
「はい」
「スグが……『無事に帰ってきて』って」

沙良の震えがピタリと止まった。

「……仕方の無い子。本当に……」

沙良が背中越しにクスリと笑ったのが分かった。

「……では、よろしくお願いします。明日奈さん、覚悟が無いままこんな事に巻き込んでしまってすいませんでした」
「…………沙良ちゃんは悪く無いわよ。悪いのは何も言わなかったキリトくん、とレイくん」
「……否定はしないけどさ」

通路に再び殺気が充満し、黒服が突進してくる。

「行って下さい!」
「死ぬなよ!」
「が、頑張って!」






2人は立ち上がると通路を奥へと疾走し始める。背後に怒号を聞きながら……















「…………っ」


床に沈黙させた黒服から日本刀を引き抜き、顔を上げる。

(『無事に帰ってきて』、か。随分と無茶を言ってくれるわね、直葉)

前方には5人の武人。全員が今倒した者より数段上の実力者だ。

「全く、『いかれ具合は七武挟ー』とはよく言ったものですね、山東家の方々?」

「……分家の当主候補ごときがほざきおる。我らは崇高な目的の為に生きているに過ぎん。外聞など気にせんわ」
「おや、私を知っているのですか?それでいて尚、楯突くと?身の程知らずですね」
「ハッタリ程見苦しいものは無いな、四位殿。貴女の実力は既に知っている」

(……ふん。分かってるわよ、勝てない事ぐらい)


沙良は安い挑発を軽く受け流し、刀を構え直した。5人の武人は仮面の下から失笑の気配を漏らすと、殺気を放ってきた。



「ふ、我等は名乗るような名を持たぬのでな。無礼を赦して頂こうか―――参る!」


「そうですか。―――では、私もあまり好きでは無いのですが―――《水城流》免許皆伝。次期当主候補第四位、水城沙良。受けて立ちましょう」











「やあ、来たね」


廊下の緊張感とは裏腹の空気が2人を迎えた。

「……こんにちは、水城先生」
「おや?意外と落ち着いている。嬉しい誤算だ…………とは言え時間が無い。手伝ってくれ」

言うなり雪螺は脇に置いてあった肩掛け鞄を持つと木綿季の点滴や各種器具を取り外した。

「あの……俺達は何をすれば……?」
「木綿季君をおぶってくれ。私は非力でね」


……3年以上寝たきりの木綿季をおぶれないって一体……


「明日奈、出来るよな?」
「え?う、うん」
「ほぉ?格好いいじゃないか桐ヶ谷君。盾になってくれると?」


その時初めて和人の意図を察した明日奈は慌てて何か言おうとするが、和人に制される。


「……そう、沙良と約束したんで」
「……そうか。強いな君は。だが『気持ちだけで十分報われた』よ。私はここに残る。2人で逃げなさい」
「!……どうして!?」


不敵に微笑んだまま雪螺は木綿季を軽々と抱き上げると明日奈の肩に捕まらせた。

「雪螺、先生?」

木綿季が掠れた声を出し、長身の女性を見上げる。

「―――全ては桐ヶ谷君が知っているはずだ。安全な所でゆっくりと聞きなさい。さあ行って。屋上に迎えが来ている」

そう言うと雪螺は和人に肩掛け鞄を託し、一歩下がって椅子に腰掛けると、ハードカバーの本を広げた。

「どうして……」

明日奈は納得出来なかった。螢も沙良もこの人も、どうしてそんなに生きる道を諦めるのか。死して尚貫きたい意志ならともかく、まるでそうなることは決まっていたと言わんばかりのこの態度は何なのだろうか。

「あなたが死んだら……木綿季はどうなるんですか!?まだ、どうなるか分からないんでしょう!?」
「その時の事は考えうる限り考えて対処を記してある。その鞄の中身だ。大切にしなさい」

ページをめくり、ただ黙々と先を読み進める雪螺。逃げようとはせず、かと言って2人と木綿季を急かそうとはしない。

「……雪螺先生?」

沈黙を破ったのは木綿季の弱々しい声だった。

「何かな、木綿季君」



「……何で、そんなに哀しそうな顔してるの?」



その言葉に雪螺の眉がピクリと動き、彼女は顔を上げた。


「…………君には隠し事が出来ないね。大した事じゃない、自分のしてきた事を振り返っているのさ」



本に栞を挟んで閉じるとゆっくりと立ち上がる。そのまま窓際まで歩いていくと何かを見下ろしながら言った。



「私はこの国で《五賢人》なんて呼ばれているが、君達は日々のニュースや何かでそんなワードを聞いた事があるかね?」
「……いえ」
「そう、《五賢人》というワードを着けて私達を指すのはアンダーグラウンドの住人のみ。表向き、私は《医者》で笠原は《工学技術者》、他に君達が知っている茅場は《量子物理学者》で《ゲームデザイナー》だろう?これらの括りで私達は相当の評価を得ている。所謂『光』の部分さ。皮肉にもそれが私達各々が裏で研究している『闇』の部分を黙認してもらっている理由でもある」

湿度は決して高くないが、息が苦しくなってくる。いつしか明日奈は通路で響いていた剣撃の音すら遠ざかり、雪螺の声だけが聞こえていた。




「茅場はもう1つの世界を、笠原は核兵器に代わる新たな抑止力兵器を、そして私はそんな兵器をも凌駕する人間を作ろうとした。茅場はともかく、私と笠原の研究は表に出て良いものでは無いからね」


そこまで言い終えると雪螺は振り返り、3人を見ながら言った。


「偶然、君達は私が何を作ったのかを直に見ることが出来る。興味があるなら屋上から見てみるといい」




その声の余韻が消えた時、彼女の後ろで乾いた破裂音が響いた。











車両の一切無い広々とした入り口前の駐車場。そのほぼ中央に悠然と佇むパーカー姿の少年が居た。歳の頃は10代後半。風になびく少し長めの黒髪と、どこかぽやっとした特徴の顔立ちが印象的だった。



少年が目を開ける。途端、強烈な殺気が体から放たれた。

「来たか……」


その視線の先には妙齢の女性。
体にフィットするタイプの防弾スーツに帷子を着込み、紫色の布に桜の模様を散らした小袖を羽織っている。最早目的を誤魔化すつもりは無いのか、2メートルはあろうかという長槍を小脇に抱えている。


しかも―――


(クソ……本気かよ)


本来石突がある刃と反対の部分にはもう1つ刃が付いている。彼がゲーム内で使う《両刀》と酷似しているが、厳密に言うなればあれは《双剣》の一種だ。



一対の刃を持つ長槍、銘は……


(山東の宝槍《飛廉》……!!)


数年ぶりに再開した2人は10メートルという微妙な距離を開けて相対した。そして2人は同時に放射していた殺意を飲み込んだ。

「……大きくなったわね。螢」


「……ああ、おかげさまでな。姉さん」

だが、2人の闘志が消えた訳ではない。

螢は殺意を飲み込んで『静』の極致へ。

桜は『動』の極致に至るための溜めへ移行しただけだ。

「降参しなさい、螢。あなただけは殺したくない」
「出来ないな。あのイカれた医者には恩がある」
「仇があるでしょう?私達にはあの女に復讐する権利がある」
「殺すほどのか?」
「そうよ」

俺は肩を竦めると、地面を指して言った。

「取り合えず座ろうぜ。長い話になる」
「……地べたよ」
「さっき掃いといた」
「…………」

彼女は呆れたようにため息を吐くと、ハンカチを取り出してそれを敷いてから座った。俺もその場に腰を下ろす。

「あくまで提案だが。お互いの主張をはっきりさせておきたい。なんせ長いこと会って無かったからな。変わった考え方とかもあるだろ?」
「いいわ。妥協点が見つからなかったら――」
「――やり合う。簡単だろ?とまあ、ババアの件は決裂でいいな?」
「ええ」

俺がしているのは単なる時間稼ぎではない。というかこの姉は俺の足止めに来ているだけだ。本命はさっき入れてやった6人の暗殺者だ。

「では聞こう。姉さん、あんたは何のために戦っているんだ?」

「今も変わらないわ。私は―――誰にも知られずに死んでいく人達の存在を知らしめるために戦っている。この平穏が、どれだけの犠牲を払って成っているのかを…………世間の能天気共に教えてやるわ」


「知らせてどうする?大衆がそれを褒め称えるか?そんな訳無いだう。社会の混乱を招くだけだ」

「螢は悔しく無いの!?物心ついた時にはもう武器を握っていて、挙げ句の果てにそんな腕になって……怖がられるだけじゃない!」
「生憎だが、今の友人連中は奇特な奴等でな。俺の素性を含めてあっさり受け入れられている。まあ、そんな奴等の為にもこうして姉さんと対峙しているんだがな」

「そうね……あなたはそれで良いかもしれない。だけど誰にも分かって貰えず、孤独に過ごす人が大多数よ。ベトナム戦争の話がいい例よ」


ベトナム戦争は「リビングルーム戦争」とも呼ばれる。
1960年代、テレビが急速に普及し一般家庭にブラウン管が常備されるようになった。当初はアメリカのテレビ局が現地で撮った映像は日本に運ばれ、現像・編集。衛星放送でアメリカの家庭に届けられる。時差の関係でアメリカでは戦場の映像が同じ日付の内に居間で見ることができた事がこの名の由縁だ。

戦争初期、アメリカメディアは共産主義という悪を倒すために戦う善なるアメリカの若者達をさも勇敢そうに報道した。だがアメリカ国民も馬鹿ではない。戦争が長引くにつれ、今まで隠されてきた映像を編集した映画が公開された事から事態は急変する。
『北ベトナムの内情』と題されたそれには、米軍機が北爆によって町を破壊し、民間人を容赦無く殺傷していく兵士などが映されていた。さらに、そこには敵国の人々――田畑を耕す農民、病院で働く女性、無邪気に駆け回る子供達が映されていた。アメリカ国民はその時初めて映像の先に居る敵国の人々が自分達と同じく平和を切望する人々だと知った。

それから一変、戦争反対の声が世論となったのは言うまでもない。

「『知る』という事はそれだけで人の力となる。人間は基本的には自分が善でいたいがために他人に同情的に振る舞うわ。確かに混乱は起こるでしょうね。でも、それもマクロな視点で見れば戦いを止める事になるわ」

「……なるほど。一理ある……が、認められない。残念だが」

「そう……じゃあ、決裂ね。次は螢が答える番よ」

「ああ」

「私は自分の理想の為には手段を選ばない。多くの人が救われる理想の為なら私はこの手で邪魔をする者に死を与えるわ。それを崇高な犠牲だと思ってる。螢は?」

俺はしばらく瞑目した後、立ち上がった。もう座っている必要は無い。

2つの道は…………



「……『死』は2つの極相を持っている。1つは絶対的な確からしさ、それ故の陳腐さ。人間は生きている限り多くの死に出合い、やがて自分もそれに至る」


肉親の死、ペットの死、踏み潰した虫の死、咲き誇っていた花の死。これらは日常に溢れていていたって彼女の言うマクロな視点で見れば陳腐なものだ。

「もう1つは絶対的な不可知性。人間という種族が生まれてから、生きる者は誰1人『死』が何であるかを知らない。これは『生』の延長が『死』である以上、絶対的な制限だ。姉さんの言う崇高な犠牲―――つまり『死』は他者が勝手に与える身勝手な暴力に過ぎない。何人も『死』について語ることが無い以上、『死』を語る資格は無い。だから、姉さん」

死は絶対的に不確実。誰も知ることが出来ない空白の謎。だから俺は何も感じない。殺そうが殺されようがそれで終わりなのだ。


「決裂だ。―――構えろ」


…………繋がらない。


かつて最も近くに居て、一番温もりをくれた、大好きだった姉。


それを俺は…………今、壊そうとしている。


「螢……お願い、やめて」
「……立て、山東桜。もう時間稼ぎも足止めも終わりだ。後は―――自らの覇道を塞ぐ障害を壊すだけだ」
「……して、……どうして分かってくれないの……!!」



轟ッ!!


桜が『動』の気を解放。さらに、目の瞳孔が昼間ではあり得ない程拡がっていく。



人の心に最も深く結び付く『感情』―――彼女が適応したのは『愛情』。


母性は外敵に立ち向かう時に牙を剥く。


「…………」


『静』の気が体に充満すると同時に知覚が加速されていくのを感じる。


(……やはりか、予想以上に楽だな)


普段は感情を爆発させているため、心身に負担が掛かる。

失敗例の俺が成功例の姉に対抗する術はただ1つ。体の内部で力を練り上げ、必要な分だけ使う。

知覚速度では敵わないものの、燃費は格段に上がるはずだ。

誤算だったのは彼が適応した感情『闘争心』が今の彼の状態『冷静』というものに驚くほど適応した事だ。


『冷静な闘争心』は心に余裕を生み出し、理性的に戦う事ができる。つまり…………

(殺さずに無力化する!)

背に仕込んであった棒を素早く組み上げ、1メートル半の杖を作り出す。




「山東七武神が四席『弁天』の桜。参る」



「《二天一流》、《水城流》免許皆伝。次期当主候補第二位、水城螢。受けて立つ」



 
 

 
後書き
次回、MR編(多分)ラストです。

その後は番外編をちょくちょく出して行きます。 
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