| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

銀河親爺伝説

作者:azuraiiru
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第二話 博打




■  帝国暦485年 3月27日  ヴァンフリート4=2 旗艦オストファーレン  ラインハルト・フォン・ミューゼル



俺とキルヒアイスが何も言えずにいると爺さんが話を続けた。
「その後が大変だった。俺が准将に昇進しなかった事で俺の上司が怒ったんだ。そりゃ怒るわな、部下が昇進するのは上司にとっては評価の一つだ。まして兵卒上がりが准将ともなれば勲章ものさ。それを潰されたんだ、人事局の担当者をTV電話で呼び出して怒鳴りつけたぜ」

「担当者は泡食って事情を説明したよ。口述試験の結果が良ければ、とか懸命に弁解してた。俺の上司はシュターデンも呼び出して詰った。責められたシュターデンは仰天してたな、奴は俺が落ちるとは思っていなかったんだ。最後の嫌がらせくらいに思っていたんだろう、必死で自分は関係ない、担当者が悪いんだと言ってたっけ」
爺さんはボソボソと喋った。俺達に話していると分かっているのかな。そんな疑問を持った。

「当然だよな、軍隊じゃ士官よりも兵卒の方が多いんだ。好かれる必要は無いが信頼される必要は有る。准将になる機会を潰したなんて噂が立ったら参謀はともかく艦隊司令官なんてとてもじゃないが務まらない、周囲からそっぽを向かれちまう」
「そうだろうな」
爺さんに代わって昇進した奴の末路を思えばわかる事だ。俺もキルヒアイスも頷いた。

「それで、どうなったのです?」
キルヒアイスが問い掛けると爺さんが肩を竦めた。
「人事局の担当者は辺境の補給基地に飛ばされたよ。人事局から補給基地だぜ? しかも辺境の。二度と浮かび上がることは無いだろう。大体補給基地でだって爪弾きものだろう、何をやったかが分かればな」
キルヒアイスが溜息を吐いている。俺も溜息を吐きたい気分だ。爺さんがそんな俺達を見て小さく笑った。

「俺も覚悟したよ、四度目の武勲なんて上げられそうにねえ、運が無かったと諦めようってな。女房子供だっているんだ、無理せずこのまま大佐で良いさと思った。……ところがだ、それから半年ほど経った時だ。俺は哨戒任務に出て反乱軍の駆逐艦を一隻撃破した。上司は推薦状を書いてくれたよ。驚いたね、駆逐艦一隻だぜ? 普通なら“良くやった”で終わりだ。だが人事局も撥ね付けなかった。直ぐに適性試験を受ける事になった」

「首席審査官はまたシュターデンだった。二時間責められるのかとウンザリしたが詰まらねえ質問を二つばかりして五分とかからず終わったよ。他の審査官も何も言わなかった。ありゃ予め示し合わせてたな、連中は何が何でも俺を昇進させたかったんだ。シュターデンが首席審査官だったのも前回の結果は人事局の不手際で自分は関係ないと表明したつもりなんだろう。馬鹿をやった人事局の奴は辺境に流したしな、これで一件落着ってわけだ」

爺さんは“茶番だよな”と笑った。同感だ、茶番以外の何物でも無い、でも俺には笑えなかった、キルヒアイスも笑っていない。
「准将に昇進した、閣下と呼ばれるようになった。兵卒上がりの士官としてはこれ以上は無い栄誉だ。だがな、俺は少しも喜べなかった。何の感動も無かったよ。むしろこんなものかと思った、こんなもののために大騒ぎしたのかと思った」
事実だろう、爺さんは淡々と話している。

爺さんが俺とキルヒアイスを見た。
「分かるか? 世の中には不当な事なんて幾らでも有るんだ。ちょっとくらい上手く行かなかったからって不満面するんじゃねぇ」
「……」
反論したかったが出来なかった。この爺さんの前じゃ誰だって口を噤むだろう。

「リューネブルクが嫌いか? だがな、お前は奴の何を知ってるんだ? 知った上で不満を持っているのか?」
「……何か有るのか、あの男に」
俺が問い掛けると爺さんは舌打ちして“やっぱり分かってねぇんだな”と言った。

「奴は逆亡命者だ、親に連れられて亡命し自分の意志で戻ってきた。だがな、上の方はそんな奴を信用しなかった。三年間戦場に出さなかったんだ。奴の立場は俺より悪いだろう。少なくとも俺は差別はされても不信感はもたれてねえからな。奴は戦士として男として一番働ける時を無駄飯食いに潰す事になったんだ」
「……」
「好きで食った飯じゃねえぞ、嫌々食った飯だ。辛かっただろうぜ、何故自分を信用しないのか、そう恨んだだろう」
「……」

「今回の出征でようやく戦場に出られると喜んだだろうが配属された所が此処だ。絶望しただろうぜ。何の戦果も無しに戻れば役に立たないと言われかねないんだ。次の出兵なんて有るかどうか……、こんなクズ部隊に押し付けた癖にな」
「そう、だろうな」
俺でさえこの部隊には幻滅している。後の無いリューネブルクにとっては……。

「そんな時にお前が反乱軍がいるかもしれないと言い出したんだ。喜んだだろうな、奴は今三十五の筈だ、装甲擲弾兵として戦場で戦える時間はそれほど長くない。まして装甲擲弾兵が働ける戦場なんて多くないんだ。このチャンスを絶対逃したくない、そう思ったはずだ」
「……」
爺さんが俺を見た。

「分かるか? だから奴はお前を副将にしたんだ」
「どういう事だ?」
思わず問いかけた、キルヒアイスも不思議そうな表情をしている。
「お前が奴の事を嫌いなように奴だってお前の事を嫌いだろうさ。自分が無駄飯食っている間に准将になってるんだ、好きになれるはずが無い」
俺もそう思う、なら何で副将に?

「だがな、奴は昇進したかった。だからお前を副将にしたんだ。自分が功績を上げれば問題は無い。お前が武勲を立てれば自分の作戦指導の宜しきを以て、そう報告することが出来る。そしてお前の上げた武勲を上は無視できない。お前と組めば昇進できる可能性が高い、そう思ったんだ。もちろんリスクも有る、お前が死ねばとんでもない事になる。二度と浮上は出来ないからな。それら全てを考えた上で賭けた、お前なら生き残れる、武勲を上げ昇進できる、賭けに勝てるとな」

「司令部がお前の意見を受け入れずに奴の意見を受け入れた理由が分かっただろう。お前は武勲を上げる場と思ったかもしれねえ、だがな、奴はこれからの人生全てを賭ける場と思ったんだ。いやそれだけじゃねえ、亡命した事を後悔したくない、そう思っただろう。自分の生き様を賭けたんだ。お前とは覚悟が違うんだよ、司令部はその覚悟に説得されたんだ。お前にそこまでの覚悟が有ったか?」
「……いや、無かった」
爺さんが頷いた。

「責めちゃいねえよ。そんな覚悟なんて暑苦しいもんは無い方が良いんだ。生きるのが辛くなるからな」
「……爺さんは如何なんだ?」
「俺か……、今は無いな、昔の事は覚えてねえ。……多分無いか、有っても大したもんじゃなかったんだろう。忘れちまうくらいだからな」
そうかな、と思った。リューネブルクの事が理解できるのは爺さんも同じような思いをしたからじゃないだろうか……。

「分かったら不満顔してねえで仕事しろ。見方を変えればリューネブルクはお前に昇進のチャンスをくれたんだ、そうだろう?」
「……そう、だな」
「リューネブルクを好きになる必要はねえぞ、だが力量は認めて利用しろと言ってるんだ。奴はそれをやっているぜ。それが出来なけりゃお前は我儘なガキだ」
「ああ、そうだな」
爺さんが席を立った。“頑張れよ、小僧。俺はこれから哨戒任務にあたる”と声をかけると部屋を出て行った。小僧か……、違いない、腹も立たなかった。



■  帝国暦485年 6月16日  グリンメルスハウゼン子爵邸  ラインハルト・フォン・ミューゼル



「何故私が卿に対して弁明せねばならぬ。事情は卿の令夫人が説明なさった通りだ。別に謝辞を求めようとは思わぬが、卿のおっしゃりよう、不快を禁じ得ぬな」
見れば分かるだろう、お前の妻が気分が悪そうにしていたから助けようとしただけだ。だがリューネブルクは妙に青白い顔をして俺に絡んできた。

「それは不快だろう。こういう場でもっとも会いたくない相手に出会ったのだからな」
「下種め、妄想もいい加減にするがいい。このうえ私の善意を曲解し私を貴様の水準にまで引き下げるつもりなら実力をもって貴様に礼節を問うぞ」

「実力をもって問うと? 一対一でか?」
「当たり前だ」
拙いか、とも思ったが止められなかった。前からこの男が気に入らなかった、ぶちのめしてやる。

「お、喧嘩か、楽しそうだな」
声がした方に視線を向けると爺さん、アロイス・リュッケルトがいた。ニヤニヤ笑っている。リューネブルクが顔を顰めた、どうやらこの男も爺さんが苦手らしい。もっともこの老人を苦手に思わない奴が居るのかどうか……。

「リュッケルト少将、口出しは無用に願いたい」
「そうだ、口出しは無用だ」
リューネブルクと俺が言うと爺さんが笑い声を上げた。
「止めたりしねえよ。それよりだ、どうせやるんなら派手にやろうぜ。グリンメルスハウゼン子爵の大将昇進パーティに華を添えるんだ」

何言い出すんだ、このジジイ。俺とリューネブルクが唖然としていると爺さんが勝手に喋り出した。
「賭けようぜ、俺が胴元になる。率は十対一だな、不満そうな顔をするんじゃねえよ、リューネブルク少将。お前さんは白兵戦技の達人だろう、妥当な線だぜ。ん、小僧、お前酔ってるのか、んじゃ十五対一だな。今人を呼んでくる、皆暇を持て余しているからな、喜ぶぜ。勝手に始めるんじゃねえぞ、お前らにも分け前やるからな」

リューネブルクがまた顔を顰めた。“話にならん”と吐き捨てると俺を見て“運が良いな”と言った。そして妻を抱えるようにして出て行った。……どうすればいいのだろう、助けてくれたのだろうか、だとすれば礼を言うべきだろうが爺さんは“終わりか? つまらねえな”と残念そうに呟いている。どう見ても助けてくれたようには見えない。取りあえず爺さんに近付いた。

「爺さんも来てたのか?」
「一応俺も昇進したからな、招待状が来た。まあ大将閣下への最後の御奉公だな」
爺さんがニヤリと笑った。そして“運が良いな”と言った。どうやら俺は助けられたらしい。もっとも礼を言う気にはならなかった。

爺さんの昇進はいち早く反乱軍の接近を察知しグリンメルスハウゼン艦隊に報せた事、そして基地攻略部隊の収容に頭を痛める司令部に自分の艦隊がそれを行うと意見具申して本隊を反乱軍迎撃に向かわせた事が認められての事だった。地味だが献身的な働きをする、そう評価されたらしい。

もっとも現実はかなり違う。爺さんの艦隊は五百隻に過ぎなかった。そこに十万の基地攻略部隊を収容したのだ、艦の中は通路まで人間で溢れかえった。“これじゃ戦闘は無理だな”爺さんの言葉に俺も已むを得ない、そう思った時だった。“まああの御老人の指揮で戦うのは御免だからな、後ろで見物しようぜ”そう言ってニヤッと笑った。俺もリューネブルクも唖然とした。このジジイ、最初からそれが狙いだったらしい。煮ても焼いても喰えない強かさだ。叩き上げというのはこういうものかと思った。

「リューネブルクも辛い立場だな」
「……」
「オフレッサー上級大将に取り入ろうとしたらしいが嫌われたらしい。奴に嫌われては地上戦の指揮官としては出世は難しいだろうな」
そうなのか、と思った。この爺さん、何処からそんな話を仕入れてくるのか……。

「爺さんはあの噂を知っているのか?」
「奴が皇族の血を引いた御落胤だって噂か?」
「ああ、俺は嘘だと思うんだが……」
「嘘だろうさ、奴が御落胤なら反乱軍は奴を陸戦隊の指揮官などにはしない。大事に育てて役立てる事を考えた筈だ、そうは思わないか?」
なるほど、と思った。確かにそれは有るだろう。

「多分、オフレッサーの庇護を得られないと分かって噂を流したんだろう。少しでも自分の立場を強化したい、そう思ったんだろうな。お前さんの事が頭に有ったかもしれん」
「俺の事?」
爺さんが俺を見て頷いた。
「皇帝の寵姫の弟でさえあれだけの影響力が有る、ならば……、そう思ったのさ」

不愉快な話だ、何処に行っても付いて来る。俺が顔を顰めると爺さんが軽く笑った。
「そんな顔をするな、お前さんがグリューネワルト伯爵夫人の弟だって事は事実だ。だからこそ武勲が正しく評価されてもいる。そうだろう?」
「それはそうだが……、面白くは無い」
爺さんがまた笑った。

「爺さんはリューネブルクがどうなると思う?」
「さあな、分からん。だが奴は使っちゃいけない手を使ったんだ、碌な事にはならんだろう。いずれは報いが来るだろうな、報いが来る前に奴がどれだけ大きくなれるか……、それ次第だろうぜ」
使っちゃいけない手か、貴族に縋って准将になった男の事を思い出した。爺さんはリューネブルクの死を予測しているのかもしれない。

「可哀想な奴だ」
「……」
「せめて女房と上手く行っていればな、少しは違うんだろうが……」
「……」
「家の中も、家の外も、気が休まらんのは辛いよな」
そうか、と思った。リューネブルクには安息の地は無いのだ。爺さんが俺を見た。

「お前さんに当たるわけだ」
「俺に?」
「八つ当たりだよ、お前さんに当たっても誰も文句は言わんからな。例えぶちのめされてもお前さんは伯爵夫人に告げ口はせんだろう?」
「……それは、まあ」
俺が答えると爺さんが笑い声を上げた。面白く無かった、俺は八つ当たりの対象か。

一頻り笑った後、爺さんは妙に真面目な表情になった。
「配置転換願いを出した」
「配置転換?」
「ああ、後方に、デスクワークにしてくれと頼んだんだ。少将だからな、もう十分さ」
「……」
この爺さんがデスクワーク? ちょっとイメージが湧かない。それこそ部屋を賭博場にでもしそうな感じの親爺だ。

「次の出征は出ざるを得ないが、その次はもう無いかもな。運が良ければ中将で後方に回れるかもしれない。兵卒上がりでは中将は終着点だが無理をして武勲を上げるつもりはねえ」
「そうか」
俺が答えると爺さんがフッと笑みを漏らした。

「もっとも上層部がどう思うか……。正規の教育を受けてないからな、戦場で使い潰すしか使い道が無い、そう思うかもしれない。そうなればずっと戦場に出る事になるだろう……。そっちの可能性のが高いかもな」
「……」
爺さんはもう戦場に飽きているのかもしれない。それでも戦場に出る事になる……。何と言って良いかのか分からなかった。

「次の戦いじゃお互い三千隻を率いる事になる。頑張れよ、昇進したのは実力だと見せてやれ」
「ああ、そうする」
爺さんは頷くと“じゃあな、俺は帰る”と言って出て行った。


 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧