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至誠一貫

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第一部
第四章 ~魏郡太守篇~
  五十 ~伏龍~

 勅使が到着し、私は正式に助軍校尉に叙された。
 上軍校尉は宦官の蹇碩(けんせき)、中軍校尉に袁紹、下軍校尉が鮑鴻、典軍校尉は華琳、佐軍校尉は淳于瓊……この辺りは、正史と同様。
 但し、左校尉が睡蓮、右校尉は馬騰、との事である。
 郡太守としての役目については、何の沙汰もないまま、
「速やかに洛陽へ向かうように」
 それだけが告げられた。
 先帝亡き後、皇位は空白のままであり、勅令だけという不可思議な状態だが、今はそれを取り消す者もおらぬ。
 如何に宦官共と言えども、正式な勅令を覆す事だけは叶わず、それは外戚とて同じ。
 何皇后にしてみれば、敵対関係にある宦官共に力を与えかねない制度など、認められる筈もなかろう。
 だが、宦官側でも、どのような影響があるか、読み切れぬようだ。
 私としては、どちらに荷担するつもりもないが……さて、どうなる事か。

 出立までの日々は、慌ただしく過ぎていった。
 とにかく、為さねばならぬ事が多岐に渡るのだ。
 元皓(田豊)を別駕従事に任じ、後を託す事にする。
 この魏郡での経験が最も長く、人物的にも申し分ない。
 年若い、という事であれば、皆似たようなもの。
 実力がある以上、とやかく申す者もおらぬであろう。
 ……とは言え、迷いの払拭が出来ぬらしく、引き継ぎの最中にふと、弱音を吐いた。
「太守様。本当に、僕で宜しいのでしょうか?」
「自信を持て。お前以上にこの地を理解し、把握している者はおらぬ」
「ですが、僕は太守様みたいに強くもありませんし、人の上に立つなど」
「……元皓。私とて、人の上に立つ事を望んでもおらぬし、そのような人間でもない」
「そ、そんな事ありません! 太守様は、本当にご立派です!」
 前太守の所業が目に余るものだったのはわかるが……少々、私を買い被り過ぎだな。
「良いか、元皓。人の上に立つ、それは名誉でもあり、重い責務でもある」
「……はい」
「それ故、立った者自身が、その覚悟をするより他にない、それだけの事だ」
「…………」
「本来、上に立つに相応しい者は他にいよう。だが、それは自ら決める事ではない。私自身はともかく、お前はそれだけの器量を備えているのだ。何より、庶人を思いやる心がある」
「……ありがとうございます。僕、やってみます」
「うむ。それから、強さとは何も武の腕前だけではない。その為に彩(張コウ)もいる、軍を率いるのは嵐(沮授)。並の賊など、相手にもならぬ顔触れだ。その上、愛里(徐庶)までいる。……それでもまだ、不安か?」
「……いえ。そうですね、僕はこんなに恵まれているんですよね……。申し訳ありませんでした、弱気になってしまって」
 元皓の顔から、迷いが消えたようだ。
「一人で抱え込む事はない。私とて、未来永劫洛陽に留まる訳ではない。それまでの間、頼んだぞ?」
「はいっ!」


 それから、更に二週間が過ぎた。
 出立の準備もほぼ整い、皆と詰めの打ち合わせをしている最中。
「失礼します。土方様、渤海郡太守、袁紹様から使者が参りました」
「稟。確か、袁紹は私の上官に当たるのであったな?」
「一応、そのようです。ただ、陛下がお亡くなりになり、この制度そのものが既に宙に浮いていますが」
 ……よもや、それを笠に着るような真似などするとは思えぬが。
「とにかく、ここに通せ。皆も、此処にいるが良い」
「はっ!」
 案内されてきた兵士を見て、何か違和感を覚えた。
 ……身に纏う鎧が、あの悪趣味な金一色ではない。
 むしろ、動きを妨げぬ軽そうな鎧である。
 袁紹らに、そのような発想の転換があるとは、意外であった。
「土方様に、我が主袁紹よりの口上をお伝えします」
「うむ、聞こう」
「はっ。まずは、助軍校尉叙任、心よりお祝い申し上げます、との事です」
「相わかった。忝い、とお伝え願おうか」
「畏まりました。それから、土方様の出立前に、一度このギョウを拝見したい、と」
「ほう。だが、袁紹殿も洛陽に向かわねばならぬ筈だが、如何なされると?」
「願わくば、この地よりご同道願いたい、と」
 確かに、ギョウは洛陽へ向かう途次。
 隠すべきものは別にないが……意図は何であろうか。
「……良かろう。袁紹殿に、この地にてお待ち申し上げる。そうお伝えせよ」
「ははっ! それでは、御免」
 一礼し、兵士はすぐさま踵を返した。
「愛紗。あの兵の出で立ち、どう見る?」
「はい。以前の金色の鎧、防御には向いてはいても、実用には程遠い印象でしたが。あれならば、戦場で素早く立ち回れるでしょう」
「主、それだけではありますまい。動きやすいという事は、行軍速度も上がります。その分、糧秣の消費も抑えられましょう」
「そうだな。……ふむ、何やら、新たな動きがあったと見て良いな」
「ではでは、早速調べてみますねー」
 私が指示する前に、風は動いた。
 ふっ、以心伝心、という奴か。


 数日後。
 自室で私物の整理をしていると、急使が来たとの知らせを受けた。
 急ぎ、謁見の間に行き、息を切らせた兵士の報告を受ける。
「袁紹殿が……?」
「はっ。如何致しましょう?」
「放ってもおけまい。至急対応する、下がって休め」
「はっ!」
 さて、すぐに動ける者は……。
「主。何かありましたか?」
 異変を察したか、星が駆けつけてきた。
「うむ。勃海郡にて、住民反乱が起きたとの知らせが入った」
「反乱とは、穏やかではないですな。しかし、袁紹軍は練度はさておき、兵数では弱小ではありますまい」
「確かに、単なる反乱ならば騒ぎ立てるまでもあるまい。だが、相手にしているのはそれだけではないらしい」
「と、おっしゃいますと?」
「どうやら、住民を先導しているのは、黄巾党の残党らしいのだ」
「なるほど……。それでは、袁紹軍が手を焼くのも仕方ありませぬな」
 星が腕組みをする。
「星、すぐに動かせる兵は如何ほどか?」
「そうですな。直ちに、となれば三千ほどかと」
「では、それを全て出そう。私が率いる、星も参れ」
「主自らお出になるのですか?」
「非常事態に、私だけ無聊を託つ訳には行くまい? 他に、手空きの者は?」
「そうですな……」
 星は少し考えてから、
「留守を預かる者は皆引き継ぎで出払っておりますし、他の者も出立の準備に追われておりますな」
「わかった。ならば直ちに準備にかかれ。兵の準備だけで良い」
「御意!」
 さて、糧秣の準備は私の方で行うか。


「主。四千の兵を揃える事が出来ました」
 二刻後、武装した星が報告に来た。
「ほう。予定よりも増えたようだが?」
「志願する者が、思いの外おりましてな。無論、ギョウの守備に支障を来さない数ですが」
「よし、では参るか」
「あ、歳三さん。ちょっと、待って下さい」
 息を弾ませながら、愛里がやって来た。
「如何した?」
「は、はい。こんな時に申し訳ないんですけど、是非、連れて行っていただきたい娘がいるんです」
「此度の戦に、か?」
「ええ。実は、一度歳三さんに会っていただくつもりだったんですが、急にこんな事になってしまって」
「して。その者は?」
「待って貰っています。歳三さんのお許しがいただければ、すぐに連れて来ます」
 愛里が推挙する人物となれば、間違いはなかろう。
「いいだろう。此処で待つ」
「はい、ありがとうございます!」
 慌ただしく、愛里は駆けていく。
「星、城門にて待て。私もすぐに向かう」
「はっ!」

「は、初めまして……」
 帽子を被り、髪を短めに切り揃えた少女。
 身の丈は愛里とほぼ同じぐらい、歳も同様というところか。
「私が土方だ」
「は、はわっ! あ、あの、私は諸葛亮、字を孔明と言いましゅ。あう、噛んじゃった……」
 諸葛亮と申せば……唯一人だけ。
 無論、その名は存じている。
 劉備が三顧の礼で迎えた、伏竜と呼ばれる程の天才に相違あるまい。
 見た目は幼く頼りないが、愛里がこのような時に、無為の人物を推挙する筈がない。
「愛里。水鏡塾の同期……そうだな?」
「え? 朱里ちゃんの事、ご存じだったんですか?」
 驚く愛里。
「いや、面識はないが。……諸葛亮」
「は、はい」
「私に面会を申し込んだ理由は何だ? 有り体に申せ」
「え、えっと……。わ、私をどうか、軍師として使って下さい!」
「私に仕官したい、そう申すのだな?」
「は、はい」
 諸葛亮ほどの人材ともなれば、望んでも手に入らぬであろう。
 それが、向こうから仕官を申し出てくるとは。
「何故、私なのだ?」
「はい。土方さんは常に、民の皆さんの事を考えて行動されています。私は、お仕えするならそういう方、と心に決めていたんです」
「ふむ。だが、民の事を重んじているのは私だけではない。曹操や公孫賛、我が娘月もそうだ。私でなくとも、仕官先には事欠かぬのではないか?」
「いえ。いろいろな方を見て、考えた末の結論です。それに、愛里ちゃんが選んだ御方です、それだけでも理由としては十分です」
「……なるほど」
「お願いします! これでも私、軍師としての自信はあるつもりです」
 決して戯れで申しているのではない、それはわかる。。
 愛里の推挙でもあり、構わぬ気はするが。
「愛里。稟と風はこの事、存じているのか?」
「……いえ。そうしたかったのですが、お二人ともお忙しいようでしたので」
 それはあまり、好ましいとは言えんな。
 見苦しく嫉妬するような二人ではないが、自他共に認める、私の掛け替えのない軍師だ。
 やはり、筋目は通すべきであろう。
「愛里、私は出陣せねばならぬ。二人に、この事は伝えておけ」
「わかりました」
「それから、諸葛亮」
「は、はい」
「此度の戦、同行は認めるが。軍師としての適性、見せて貰ってから仕官については決めさせて貰う事になる。良いか?」
「…………」
 諸葛亮は、何やら考えている。
 ややあって、
「わかりました。それで結構です」
 しっかりと、頷いてみせた。
 ……本来なら、諸手を挙げての歓迎、と行くべきなのやも知れぬが。
 これで諸葛亮が私を見限るのなら、それもまた定めなのであろう。


 兵の疲労も考慮しながらではあるが、それでも数日後には無事、渤海郡に辿り着いた。
 小休止を兼ねて、ここで敵の情報を集める事とした。
「はわわ、こ、ここまで短時間に敵情を探れちゃうんですね」
「これも、我が軍の強さの一つだからな。常に情報を重視する、というのが我が主の方針なのだ」
 星は、誇らしげに言う。
 持参した地図に、敵陣の位置と数を記していく。
「敵の数は、凡そ二万。対して、我が軍は三千、そして袁紹軍は三万五千。数の上では圧倒的に有利ですな」
「そうですね。勿論、袁紹軍と上手く連携を取れれば、ですけど……」
「しかし、解せぬ事があるな。袁紹軍にも、顔良と文醜という剛の者がいる筈だが」
 私の言葉に、星が頷く。
「……あのお二人は確かに強いのですが、軍を率いて戦う、という点に関してはあまり……」
「諸葛亮殿は、顔良殿や文醜殿と面識がおありなのですかな?」
「い、いえ。そうではなく、主な将の方とか軍師の方とかは、だいたい把握していますので」
「ほお。では、私は如何に?」
 興味津々と言った風情の星。
「え? 趙雲さん……ですか?」
「うむ、興味がありますな」
「あ、あの……。お気を悪くしないで下さいますか?」
「貴殿の知るところは、世の評価。そう考えますぞ」
 諸葛亮はまだ躊躇っていたが、
「……わかりました。そこまで仰るなら」
 意を決したように、大きく深呼吸を一つ。
「趙雲さんは、朱槍を自在に操り、突破力に長けた将で、ここ最近は騎兵を用いての戦で頭角を現しています。武だけでなく、冷静な判断力を併せ持ち、土方さんの軍で中核的存在となっています。……あと、お酒とメンマが大好物、と」
「ふっ、まさに星そのものだな」
「うむ、よくおわかりですな。ちなみに、主はどうですかな?」
「はわわっ、ひ、土方さんについても、ですか?」
 諸葛亮は、上目遣いに私を見る。
「構わぬ、有り体に申すが良い。それで判断を左右するような真似はせぬ」
「わ、わかりました。土方さんは、ずば抜けた戦略眼と指揮能力を持ち、慎重さと思い切りの良さ、両面を備えています。ご自身の腕前もかなりのもので、いろいろな知識とか発案もお持ちとか。その上、大陸の諸侯でも指折りの人材が揃っている、と」
「……どうだ、星」
「はっ、主を的確に言い表せているかと。人物を見る眼は確かなようですな」
 誉められたせいか、星は上機嫌そのもの。
 諸葛亮も、それで得意気にならぬあたりは、流石と言うべきか。
 ……私自身については多少、褒められ過ぎの気もするが。
「人物評は一先ずそこまでだ。さて、敵の布陣はこの通りだが」
「はい。ちょっと、失礼しますね」
 そう言って、懐から何かを取り出し、広げる諸葛亮。
「諸葛亮殿、それは?」
「あ、はい。この辺りの詳細な地形図です」
「この辺りだと? 何時の間に用意したのだ?」
「あ、いえ。大陸の主なところは、一通り持っていますが」
 ふむ……地形は確かに戦の優劣を左右する要素の一つ。
 それを大陸ほぼ全て網羅しているとは、それだけで途方もない価値があると言えよう。
 諸葛亮は敵の布陣と地形を見比べていたが、
「此処に、袁紹さんの軍を二手に分けて進め、背後から土方さんが突入する、というのはどうでしょうか?」
 と、敵陣の一つを示した。
「根拠は何か?」
「はい。この部隊が、一番黄巾党残党が多いそうですね? 当然、中核となる部隊ですから、これを叩けば他の隊は鎧袖一触かと」
「ですが諸葛亮殿。それだけ、精強な部隊という事も言えますな。当然、我々の被害も大きくなるのでは?」
「そのまま当たれば、その恐れは十分にあるかと。その為に、袁紹さんの部隊に出ていただく訳です」
「……つまり、袁紹殿の隊は大人数で目立つ。それを囮に、という事だな?」
「そうです。もともと、袁紹さんに対して起きた反乱ですから、向かってくれば当然、そちらに注意が集まります」
 見た目は穏やかな少女なのだが、やはり頭は切れるな。
 袁紹軍が、まだあの金色の装備のままなのかどうかはわからぬが、流石に牙門旗はそのままであろう。
「では、その策で決まりだな」
 袁紹が、この策に異を唱えなければ、だが。
 とは申せ、そもそも我らは援軍、本来戦うべきは袁紹なのだ。
 意図に気付くかどうかはともかく、袁紹には動いて貰わねばなるまい。

 そして。
 夜陰に紛れて、袁紹軍が二手に分かれ、必要以上に鬨の声を上げ始めた。
「敵陣に動きあり。袁紹軍に向かっていきます」
 斥候の知らせを受け、我が軍も動き出した。
「星、頼んだぞ」
「はっ、お任せあれ。……ただ、一つだけ残念な事がありますな、主」
 そう言いながら、星は牙門旗を見上げる。
「主の、新たな牙門旗のお披露目なのですが。こう暗くては、敵味方に見えませぬ」
「仕方なかろう。これより先、そのような機会を待てば良い」
「そうですな。その時も主、先駆けはこの星にお任せ下されよ?」
 星は馬に乗り、槍を振りかざした。
「者ども、続け!」
「応っ!」

 不意を打たれた敵軍は大混乱。
 敵の首魁らしき者は星が討ち取り、黄巾党の残党は殆どが戦死、庶人で反乱に荷担した者は降伏してきた。
 結果、他の敵陣も雪崩を打って潰走したようで、夜が明けると事は片付いていた。
 袁紹軍も被害は軽微だったとの事。
 そして、袁紹らと合流を果たす事も出来た。
「土方さん、この通りですわ」
 あれだけ高慢ちきだった態度も影を潜め、袁紹は素直に頭を下げてきた。
「ありがとうございました、土方さん。ほら、文ちゃんも」
「あ、ああ。助かったぜ、アンタらが来なきゃ、あたいも姫も、どうなっていた事か」
 顔良は素直に礼を述べ、文醜は……まぁ、相変わらずだな。
「袁紹殿。このまま、ギョウまでご案内致そう」
「ええ……。助かりますわ」
「出立は、数刻後。それまで、一休みなされよ」
 そう告げ、天幕を出る。
「諸葛亮、見事であったぞ」
「エヘヘ、ありがとうございます」
 素直に喜ぶ諸葛亮。
「手腕は見事という他ござらぬな。尤も、更なる難敵がギョウで待ち構えておりますがな」
「え? あ、あの……。もしかして、郭嘉さんと程立さんの事でしょうか?」
「これ、星。からかうのは止せ」
「むう、これは心外な。私は事実を申したまでですぞ?」


 ギョウに戻り、諸葛亮は新しい我が仲間となった。
「朱里、とお呼び下さい。ご主人様」
 ……いきなり真名を預かった時の一言も含め、一悶着はあったが。 
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