DQ4TS 導く光の物語(旧題:混沌に導かれし者たち) 五章
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五章 導く光の物語
5-40天空の兜
夕暮れのモンバーバラは、本格的な夜に向けて、賑わいと華やぎを増していく。
一行は、開場間もない劇場に席を取り、開演を待つ。
「パノンさんが、すぐ見られるの?」
「前座で踊りをやるっつってたからな。まずは、踊りだな」
「そうなの。女の踊り手さんが、たくさんいるのよね。楽しみ」
「綺麗なもんが好きな嬢ちゃんには、なかなか面白えかもしれねえな」
話しながら待つうちに、続々と客席が埋まっていき、すぐに満席になってさらにしばらく経った後。
不意に軽快な音楽が鳴り響き、舞台の幕が上がった。
舞台上で構えを取っていた踊り娘たちが、幕が上がり切るのを待って高まった音楽に合わせ、一斉に動き出す。
一人一人の技術は特段に秀でたものでは無いが、よく訓練され、一糸乱れぬ動きで魅せる群舞は、華やかな衣裳と、若い踊り娘たちの瑞々しい美しさと相俟って、場内の空気を一気に盛り上げ、観客の意識を惹き付ける。
次々に隊列を組み替え、一人に集中して見れば目まぐるしいほどの動きであるそれは、全体を眺めれば美しい調和を生み出し、曲の盛り上がりと共に更に動きは激しさを増して、曲が終わると同時にぴたりと動きを止め、最後は静の美しさを見せ付けて、終了した。
拍手と口笛、踊り娘の名を呼び、踊りを讃える声援が飛び交い、笑顔で応えながら踊り娘たちは左右に別れ、ひとりの男に場所を譲る。
コミカルな音楽に乗って現れたその男は、派手で滑稽な化粧を施した顔に、満面の笑みを浮かべて観客を見回し、大仰な動作で一礼する。
「あれ。パノン、さん?」
舞台上の派手な男と、以前に楽屋で見た人の良さそうな男の姿が一致せず、戸惑った少女が、隣のマーニャに問う。
「おう。芸人てのは、化粧と衣裳で変わるもんだ。あそこまでやるのも、珍しいがな」
「そうなの。わかった」
舞台上の男、パノンは、明るくよく通る声で、朗々と語り出す。
「皆様!今晩もお集まりいただき、ありがとうございます。歌と踊りの町、モンバーバラ!その象徴たる、踊り娘のみなさん!素晴らしかったですね!」
客席から同意するように、拍手と声援が上がる。
「そんな美しい踊り娘のみなさんの後に、わざわざ中年のオヤジをご覧になる、皆様!それを、目当てに来られた、皆様!なんて、物好きなことでしょう!」
客席から笑いが起こる。
「そんな物好きな皆様が、物笑いの種には、されませんように!明日の話の種に、出来ますように!今夜も、目一杯!笑わせて、差し上げましょう!笑い過ぎて、お腹が、もん、バーラバラ!に、なるほどに!!」
間をたっぷり取り、自信もたっぷりに言い切った男の、その得意気な態度や口調と、くだらないギャグがギャップを生み出して、客席は一瞬静まり返り。
ひとりの観客が吹き出したのをきっかけに、爆笑の渦が巻き起こる。
笑いの収まらない客席に笑顔と身振りでアピールし、笑いが少し収まった頃合いを見計らって、観客の誰もが聞き逃さず、空気も途切れない絶妙のタイミングで、次々にギャグを繰り出していくパノン。
時にくだらなく、時に物事の本質を突き、押しては引いて揺さぶりをかける話術は、観客に一瞬の気の緩みも持たせず、意識を引き寄せ続ける。
パノンに与えられた短くない持ち時間は、観客の誰もがあっという間と感じるうちに過ぎ、拍手喝采を浴びて、惜しまれながらパノンは一旦、舞台袖に下がっていった。
家族連れが席を立ち始めたのを受けて一行も席を立ち、劇場を出る。
「座長が引っ張り出すだけのことはあったな。ありゃ、なかなかのもんだ」
「よく、わからないところもあったけど。でも、楽しかった。踊り娘さん、きれいだった」
「技術で言えばマーニャには遠く及ばなかったが、よく訓練されていたな。なかなか、参考になった」
「あれ程に息を合わせるというのは、訓練された軍隊であっても、並大抵のことではありませんからな。流石に、歌と踊りの町というだけのことはあります。パノン殿も、ふざけているようでいて、かなりの思慮深い人物とお見受けした」
「人の機微に通じていなければ、あれほどに空気を読み取って、話をすることはできませんものね。勉強になりましたわ」
「これは本当に、上手くいくかもしれませんね。引き受けてもらうことさえできれば」
「うむ。あの、目的と手段を履き違えたような国王に目を覚まさせるには、良い人選であるかもしれぬの」
「くだらないことを言ってもしっかり笑わせるだなんて、すごいわねえ。あたしも、見習わなくっちゃ。」
口々に感想を言い合い、一行はモンバーバラの町で宿を取る。
翌朝、宿を出た一行は、劇場の控え室に向かう。
「こんなに早い時間にお邪魔して、大丈夫なのでしょうか」
「座長は、間違いなくいる時間だからな。パノンがいるかは知らねえが、あとのこと考えりゃ座長にだけでも、早いうちに話通しといたほうがいいだろ」
クリフトの疑問にマーニャが答え、控え室に入る。
「よ。座長」
「マーニャじゃないか!聞いたよ、城のこと。大きな声では聞けないが、……関係、あるんだね?」
「そういうこったな。仇討ちも、すませた。世話になったな、座長」
「そうかい、そうかい。とうとう、本懐を遂げて……。無事に戻って、本当に良かったよ。ミネアくんも。仇討ちが終わったなら、旅も終わるのかい?うちに、戻って来る気は無いかな?」
「折角だが、まだヤボ用が残っててな。全部済んだら、考えさせてもらうわ。それより、今日はパノンに用なんだが。いるか?」
「パノンなら、奥にいるよ。パノン!」
座長が呼びかけ、奥の部屋から、舞台用の化粧を施さない、人の良さそうな平凡な顔を晒した男、パノンが現れる。
「座長さん、なにか……おや、マーニャさんたちではないですか!昨晩は、私のステージをご覧いただいたようで。ありがとうございました!」
「おお、気付いてたのか。楽しませてもらったぜ」
「それは、光栄です。ところで私になにか、ご用で?」
「ああ。ちっと、力を借りたいことがあってな」
マーニャが話を切り出したのを皮切りに、仲間たちが代わる代わる事情を説明する。
話を聞き終えたパノンが、状況を整理する。
「まとめると。スタンシアラの王様は、自分を大笑いさせよとのお触れを出した。大笑いさせれば、望むままの褒美がいただける。みなさんの旅には、スタンシアラ王家に伝わる、天空の兜が必要。そこで、私に王様を笑わせて欲しいと」
一行が、頷く。
「既にみなさんは、一度挑戦されて、失敗されている。そして全く笑わせていないにも関わらず、王様の感触は悪くはなかった。特に、武技を披露されたときに」
一行が、また頷く。
「ふむ。問題は、王様が、なぜ、笑いを求めているか、ということ。そして、その鍵が……。武技に、天空の……。……天空の、城……。…………わかりました!お受けしましょう!」
「おお!恩に切るぜ!」
一行に頷きつつ、パノンが座長に向き直る。
「では、座長さん。お約束通り、私はこれで」
「ああ。今まで助かったよ、ありがとう。昨日までのお給金を取ってくるから、少しだけ待っていてくれるかい?」
「おいおい。ちょっと行って、帰ってくるだけだぜ」
このまま劇場を去るかのようなパノンと座長のやり取りに、マーニャが口を挟み、座長が答える。
「元々、そういう約束だったんだよ。パノンが、新たなインスピレーションを得るような出来事に出会うまで、この劇場で働いてくれると。」
「客が納得しねえだろ」
「毎晩がラストステージという触れ込みでやっていたからね。随分と話題になったし、稼がせてももらったし。問題ないよ。」
「……なんつーか……。ちゃっかりしてんな、座長」
「誉め言葉だね、経営者としては。」
パノンの身支度が済むのを待って、一行はルーラでスタンシアラに飛ぶ。
またゴンドラに乗り込み、城へと乗り入れて、玉座の間に向かい、並んで順番を待つ。
「どうせ、笑わねえんだからよ。諦めて帰っちゃくれねえかな」
昨日より更に伸びているように見える行列に、うんざりしたようにマーニャが言う。
「無茶を言うなよ。このためにわざわざ来た人たちがたくさんいるんだから、そうはいかないだろう」
「全員、ルーラで来たってこともねえだろうし。移動するのも、タダじゃねえのによ。ご苦労なこったな」
愚痴るマーニャに衛兵が目を留め、話しかけてくる。
「お前たちは、昨日の。お前たちが来たあと、陛下のご機嫌がかなり上向いてな。助かった。今日も頑張ってくれ」
「そりゃ、よかったな。なら、順番の融通を利かせてもらうわけにゃ」
「済まないが、それは無理だ。陛下が公正を望まれるのでな」
「ちっ、わかったよ」
「こんなところで舌打ちとかやめろよ、兄さん」
マーニャが渋々諦め、雑談をしながら待つうちに、行列は進む。
「ほほう、地獄の帝王ですか。私も旅の途中に、噂を聞いたことがあります。やはり、私の見立てに、間違いは無いようですね。任せてください!きっと、お役目を果たしてみせましょう!」
聞き上手でもあるパノンが一行から話を聞き出し、請け合ったところで順番となり、国王の御前に通される。
「おお、お前たちか。さあ、今日こそわしを、笑わせてくれ!」
笑顔こそないものの、昨日よりはかなり和らいだ表情で、スタンシアラ国王が一行を迎える。
「乗り気だな。もういいじゃねえか、笑いとか」
「一度口にしたことをそうそう取り消せぬのが、一国の王というものなのじゃ」
「難儀なこったな」
ひそひそと話す一行から、パノンが進み出る。
「お言葉ですが、王様。残念ながら、私には、王様を笑わせることなど、出来ません」
「なんじゃと?」
普段の愛想の良さはどこへやら、生真面目な態度で申し出たパノンの言葉に、国王の機嫌がみるみる下降し、衛兵がざわつき始める。
「ふむ。正面からゆくか」
「たいした度胸だな」
「笑わせ、ないの」
「大丈夫ですよ、きっと」
成り行きを見守る、一行。
パノンが、言葉を続ける。
「私は、パノンと申す、しがない芸人です。昨晩まで、大きな劇場の、看板を任されておりました。王様がお求めなのが、小手先の笑いであるならば。私ほどの適任は、いないでしょう」
渋面を作っていた国王が、眉をぴくりと動かし、沈黙のうちに続きを促す。
「しかし。王様が求められるのは、そのようなものでは決してありますまい。そして、真に求められるその笑いを、ご提供できるのは私ではありません。こちらの、みなさんです!」
パノンが身を翻し、一行を指し示す。
国王以下、一同の注目を浴びて、少女とクリフトが僅かにたじろぐ。
パノンは、続ける。
「どうか、この者たちに。天空の兜を、お与えください。さすれば、きっと。王様にも、世界中の人々にも。心から笑える日々を、取り戻してくれることでしょう!」
国王は、渋面を崩さない。
パノンは動じず、真面目な態度を崩さない。
一同固唾を飲んで、国王の言葉を待つ。
暫しパノンを厳しい表情で見詰めていた国王が、重々しく口を開く。
「……パノンとやら。よくぞ、わしの心を見抜いた。確かに、わしが、このお触れを出したのは。地獄の帝王の復活などという噂が蔓延り、魔物共が力を増し、暗雲立ち込める世の中に、不安を抱える人々の心を、明るくせんがため。お触れを聞いた芸人が集まることで、少しでもこの国が明るくなればと、思うてのことじゃ」
国王は一旦言葉を切り、更に続ける。
「しかし、其方の言う通り。小手先の笑いなどでは、人々の明るさを、希望を取り戻すことなど、出来よう筈も無かった。儘ならない現実に、わしの苛立ちも、増すばかりであった」
国王が一行に、特にライアンとアリーナ、次いで少女に視線を向ける。
「この者たちならば、世界を救い、人々に希望を取り戻せると。そう、申すのじゃな?」
パノンが、答える。
「はい。仰せの通りです」
「それが、真であるならば。確かに、天空の兜を与え、旅の助けとするべきであろうな」
国王は間を置き、また口を開く。
「……疑う訳では無い。その者たちの実力は昨日、確とこの目で見届けた。されど、天空の兜は、唯一無二の宝じゃ。身に着けられる者すら見付からぬ、神秘の品じゃ。役立てられぬ者に、間違っても渡す訳には、ゆかぬ。確証が欲しい」
「真に、仰せの通りです」
「その方らが、天空の城を目指すと言うのなら。身に着けられぬ兜を、手に入れても仕方あるまい。今ここで試し、身に着けられるならば。天空の兜を、与えることを約束しよう。それで、構わぬか」
「はい。王様の深慮の程に、感服いたすばかりです」
「では、天空の兜を。ここに、持て」
国王の指示に、すぐに衛兵が動き出し、間も無く兜が運び込まれる。
ミネアが、少女を促す。
「さあ、ユウ」
「……やっぱり、私、なの?」
国王が、怪訝な顔をする。
「……疑う訳では、無いが。……その、少女であるのか?他にも戦士殿や、武術家殿が、おられるようだが。あ、いや、その少女の剣技も、十分に素晴らしいものではあったがの」
俯く少女に、慌てて国王が言葉を追加する。
アリーナとライアンが、進み出る。
「百聞は一見に如かずと言うからな。俺たちでは無いと、先に確認するのもいいだろう」
「仰せの通りで」
アリーナが天空の兜を手に取り、被る。
途端に兜が重量を増し、アリーナの頭に負荷をかけ、アリーナの頭が僅かに揺らぐ。
「くっ……これは……!……重い、な」
再び兜に手をかけ、脱ごうとすればすぐに重量は失われ、兜のほうから外れようとするように、あっさりとアリーナの頭から外れる。
「脱ぐ時には、抵抗が無いのか。不思議なものだな」
独り言のように呟いたアリーナに、国王が答える。
「うむ。そのように、資格の無い者が身に着けようとすれば、重量を増して、まともに動くことも叶わぬのじゃ。済まぬが、戦士殿も試してもらえぬか」
「は。仰せのままに」
今度はライアンが、兜を手に取り、被る。
「……やはり……これは……、無理、ですな」
ライアンも僅かに頭を揺らし、少し耐えた後に、持ち上げてみればやはりすんなりと、兜が脱げる。
「……それでは。そちらの、少女も。試して、くれるかの」
「……はい」
国王に優しく呼びかけられ、意を決した少女が、進み出る。
兜を手に取り、考える。
(勇者だから、被れるって、決まったわけじゃない。被れたら、勇者だって、決まるわけでもない。だけど、これが、被れないと。世界は、救えないかもしれない)
小さく、深呼吸する。
(被れたって、世界が救えるか、わからない。だけど、私は、みんなを。守りたい。だから、世界は、救いたい)
手の中の兜を、見詰める。
(考えても、きっと、変わらない。試さないと、始まらない。でも、お願い。私を、受け入れて)
祈りを込めて兜をゆっくりと持ち上げ、頭に載せる。
兜が吸い付くように、少女の頭に覆い被さり。
男性のアリーナや、大人のライアンが被れる程の大きさがあり、少女には余裕があるどころか大き過ぎたはずのそれは、少女の頭に触れた瞬間に、光り輝き。
少女の頭にぴったりと、誂えたかのように馴染んで納まった。
国王が、驚愕を顕にする。
「これは……!間違い無い、疑いようも無い!真、この少女が!いや、貴女が、この兜を、天空の武器防具を!身に着ける資格を持つ方であられたのか!」
国王が玉座を降りて駆け寄り、少女の前に跪く。
「どうか、世界を。お救いくだされ。国王としても、ひとりの人間としても。どうか、お頼み申します」
少女が戸惑い、ライアンが国王の傍らに膝を突く。
「陛下。お止めください。臣下の方々も彼女も、困っております」
「しかし!……いや、そうであったな、失礼した」
ライアンに窘められ、少女の困惑に気付いて、国王が立ち上がる。
「取り乱して、済まなかった。わしの願いは、ともかく。この兜を求めて来られたからには、其方らの願いも、わしのそれに相反するものでは無かろう。其方らの、無事を。旅の目的が果たされることを、祈っておるぞ」
幼い少女への配慮を取り戻し、柔らかい言葉で告げる国王を、少女は見つめ返し、答える。
「……はい。ありがとう、ございます」
(私が、私のために、頑張っても。この人のためじゃ、なくても。それでも、喜んでくれる人も、いる)
天空の兜を手に入れて、一行はスタンシアラ国王の御前を辞し、城を出る。
後書き
神秘の兜は少女を受け入れ、少女は運命を受け入れ始める。
戦士は祖国へ帰還し、旧知の人々と束の間の再会を果たす。
次回、『5-41帰還と再会』。
10/12(土)午前5:00更新。
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