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【IS】例えばこんな生活は。

作者:海戦型
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例えばこんな我儘をあいつは許してくれるだろうか

 
前書き
クッソ疲れた。もう二度とこの小説で戦闘シーン書かない。 

 
7月8日 日が登る前
 
本来は戦域からの急速離脱用であるパッケージ「ヒエロニムス」がその身にかかる負荷にギシギシと嫌な音を立てる。長距離移動を前提としていないにも関わらずエンジンの熱をしっかり冷却しているため多少の無茶は利くが、さすがに福音に辿り着く前におじゃんになったら面倒なのでマニュアル操作で速度を少し落とす。ハイパーセンサーなしでは月の光も碌に見えない黒い海を突き進むそのISは名を「ニヒロ」と言う。

血のように紅い装甲の隙間から見える真っ黒な艶のあるISスーツの光沢。パーツのあちこちが白いラインのペイントを施され、腕や頭部に翡翠色の淡い輝きを放つパーツが埋め込まれている。ISが心臓を中心に展開される所為か、出口を求めたエネルギーが色素を失ったジェーンの髪から放出され、空に融けそうな錯覚を覚えるほど幻想的な光を放つ。ISを展開するその瞬間だけ輝き、トラッシュに「まるでイカロスの羽だ」とからかわれたのを思い出す。あいつは時々良く分からん事を言うな。いかろすって何だろうか、後で調べてみよう。

腕部は装備品のせいで左右のバランスが崩れており、左手にはデュノア社から盗んだ『ガーデン・カーテン』のデータを応用した非実体シールド発生装置が装着されている。右手には愛用ショットガン「AA-14c」。このグリップの感触こそ自分が命懸けの戦いに向かっているという実感を与えてくれた。非固定浮遊部位無し、あるのは先端部が前進翼を連想させるフレキシブルブースター。現在はそれに加え追加ブースターも展開しているが、そちらは今から不要となるため量子化した。そう、福音の進行予測ルートに到達したのだ。



「起きろ、ニヒロ。仕事だ」

返事はない。代わりにブースターが既定のプログラムにのっとって広域戦闘モードに切り替わった。

相棒(ニヒロ)に返事など求めてはいない。こいつはただ私の心臓の隣で鼓動を子守唄にし、思考を放棄した存在。ただただ隷属し、何事にも自分の意志を伴わない。まるで(だれかさん)のようだ。
コイツには私が乗る前にも一人操縦者が居たそうだが、その前任者は任務中に鉛玉を腹いっぱい喰らってモツが破裂したらしい。その時は何も思わなかったが、真田の話を聞いているうちになぜこのコアが絶対防御を張らないのか分かった気がする。それはISが持っているはずの「操縦者を守る」と言う意志自体の欠落。自分の意思というものがないから生きようが死のうが知ったことではないのだ。・・・ますます(だれかさん)に似ている。同族嫌悪という奴か、段々ニヒロが憎たらしく思えてきた。この戦いが終わったら粘着メールよろしくT-リンカーで意味もなくメッセージを送りつけまくってやろう。

福音がもうすぐ目視可能な領域に侵入する。あれは文字通り人殺しのために造られたISだ。手加減をしてやる道理もないが、最悪”中身”には腕の1本や2本無くしてしまう可能性もある。それはちょっとまずいので速攻でケリをつけなければならない。パワーアシスタと脚部のスラスタが歓喜するかのように唸りを上げ、敵も味方も、自分さえも殺しかねない狼と化す。

「あの時の襲撃と同じ愚を犯すのは癪だ。真田(あいつ)が気付いて追いかけてくるまでに、その御大層な羽を捥ぎ取って標本にしてやるよ!!」
「La――――――――」

ふと自問する。緊急時のIS展開は許可されているが、果たして今のこれは緊急時だろうか。それとも唯の私情だろうか。
・・・ま、どうでもいっか。私は”私のやりたいように”やればいい、それだけだ。



 = = =



それは例えるならば天使と獣の激突する物語の戦いだった。

圧倒的な攻撃密度と広域射程を誇る「銀の鐘」から同時に発射された36発の高エネルギー弾を人間離れした反応速度で潜り抜けたジェーン。もしあれの一発でも彼女の身体に当たっていれば、絶対防御の恩恵を受けていない彼女は血を流していただろう。逆を言えば、ISの攻撃が直撃しても「血を流す」程度で済むということでもある。

それこそが狼人間(ウールヴヘジン)。人より頑丈で、多少の怪我など気にもせず敵を食らうのが獣のあるべき姿、とでもいうのか。そして獣は決して隙を見逃さない。既にその砲身を福音に向けた「AA-14c」が次々に散弾を吐き出す。遠慮もなく放たれた弾丸が福音の純白の装甲を汚し、衝撃でノックバックする。

「ついでだからこっちも持って行け」

「AA-14c」は銃身が二つある上下二連。下はドラムマガジン式の散弾発射用。そして上のもう一つが通常マガジンのスラッグ弾発射用。扱いにくい代わりにその威力はお墨付き、連射可能な分対ISアーマー用特殊徹甲弾にも劣らぬ凶悪性を秘めているそいつは吸い込まれるように福音の身体を捉える。

巨大なハンマーに身を弾かれたような鈍い衝撃と共に、天使は海へと堕ちていく。が―――

「La――――――――♪」
「チッ・・・戦争屋共め、丈夫に作りすぎだっつーの。あれ一機作るのにいったい幾ら掛かってんだ?」

装甲で防げるダメージは装甲で防ぎ、装甲が破損するレベルのダメージなら表面に薄いエネルギーシールドの膜を張って防ぐ2段構造。全身装甲には比較的よく使われ、かつ安定性の高い防御技術。平均的なISと比べてパイロットの負担が少々大きくなるが、その分戦闘続行能力を保てる。戦場では兵器の信頼性が大きく物を言う点を見るに、軍におあつらえ向きな安定したシステムだ。

AA-14cでは力不足か・・・これでもIS界ではトップクラスの威力を誇る銃なんだが。となれば使えそうなのは「スライサー」か「白狼(はくろう)」か・・・「白狼」はとんでもなくエネルギーを喰うから「スライサー」で行くか。

「ニヒロ」のシールドエネルギーは競技用設定が常に解除されているため1800程度。絶対防御が無いことを考慮すればけっこう余裕がある。対する福音はカタログスペックではMAXで3000。暴走からかなり経っているが未だに二千強のエネルギーを持っているだろう。

「とっとと来い、スライサー」

右手に(つか)のような棒を展開する。それを握ると共に棒の先端から非実体の刃が姿を現した。『ガーデン・カーテン』のデータを応用して作られた半結晶剣、「切り裂く」事に特化した刃。ゆえに名前はスライサー。その出力を最大にし、その切れ味を極限まで上昇させる。半結晶は物質でないがゆえに通常では実現できないほど薄い刃も形成できる。そいつの強度をエネルギーをつぎ込んで底上げしてやればコイツの完成だ。半結晶には他にもいくつか使い方があるのだが、今必要なのはあの鉄の羽を切断する刃だ。
ISに埋め込まれた翡翠色のパーツはそれぞれがスライサーと非実体防壁「パラソル」のエネルギーを増幅するためのパーツであり、剣を抜くと同時にそのパーツが一斉に輝きを増す。
髪も光るし武器も光るしパーツも光るし、ISで戦闘すると八多羅滅多羅(やたらめったら)光って困る。

「さて、こいつは出力次第で中身も殺っちまうから面倒だが・・・その羽を削ぎ落すには丁度いい」

言葉を終えると同時にブースト。フレキシブルブースターによって(もたら)された変幻自在の変則機動で福音が放ったエネルギー弾を躱し、突っ込む。
福音は確かに強い。性能も相当のものだし火力もシャレにならない。だがあれは暴走しているがゆえに有人機の老猾さが一切ない。故にジェーンにとってそれを避けるのは容易く、追い詰めるのもまた同じだった。

「お前の動きは人間を真似てるだけだ。中身がその様じゃ私に勝てる道理もない・・・」

瞬間に3度の光が奔り、福音の片翼が綺麗に3等分された。翼に集中していたエネルギーが行き場を失い、血が溢れる様に破損部から流出する。
福音は反応できなかっただろう。狼人間の反射速度は超人より物理的に速い。そしてその反射速度に合わせたISを用いていればこの程度の芸当は出来て当然だ。例え軍用機であってもそれは同じこと。

「実戦を知らないアイツらなら苦戦したろうが・・・」

すぐさま反転、不安定になったエネルギーが誘爆してバランスを崩す福音の脇をすり抜け、再びすれ違いざまにスライサーを二閃。もう片翼が十字に切り裂かれた。

「堕ちろ、福音(かみさまのたわごと)。生憎私は坊主の説法など興味はない」

聖人様の妄言で腹は膨れない、と言うのが持論だ。
翼の推進力を失い落下する銀の福音。全身装甲はその機体重量故に推進系へのダメージが最も痛手となる。翼を捥がれた翼人にこれ以上戦う力は残らないだろう。

ふと回線を見やると真田からコールが掛かりっぱなしになっている。・・・予想以上にばれるのが早かったな。さてはアリスの仕業か?

そんなことを考えながら厳空域からの離脱準備に入ったジェーンの身体に、凶弾が直撃した。1発、2発、3発と次々に着弾する攻撃にニヒロの躯体が投げ出される。
背中や四肢に走る衝撃と熱。それはやがて神経から脳へ伝わり痛みに変換され、ジェーンの全身を蝕んでいく。

「がっ・・・!」

一夏がその身に受けたよりもさらに多くの弾丸に肉体を抉られ、意識を手放すまいと歯を食いしばりながら振り返ったジェーンが見たのは―――

「・・・なんだそりゃ。私は聞いてねえぞ」


海からゆっくりと浮上・・・いや、周囲の海水を押しのけて空へと舞い戻る銀の福音。その背中には通常のISでは考えられないほどの収束エネルギーが光の翼となって噴出していた。


二次移行(セカンドシフト)


操縦者を守ろうとした福音のコアが引き起こした奇跡。操縦者を愛し、必死で保護し続けた福音が「主と共に空を駆けたい」と願ったから起きた想いの結晶。

決してニヒロには辿り着けない極地。


視界を真っ赤に染めながらそれを見据える。太ももは肉が抉れてグロテスクな断面を晒し、当たり所が悪かった左腕はへし折れて骨が肌を突き破りかけている。内蔵もいくらか破裂しただろう、さっきから絶えず口の中に鉄の味が溢れ出てくる。

それでも、この体は死なない。この程度では死ねないのだ。既に皮膚の裂傷は塞がり始めている。
死への恐怖は無い。再び立ち上がった福音も、性能は上がっていても中身は同じだ。「白狼」を使わずとも倒せるだろう。

だがそんな事よりもジェーンには重大な問題があった。


「マズイ・・・この状況は流石に真田を誤魔化せん・・・!!」

予定では適当なダメージを与えてとっとと離脱、後は無断出撃組に手柄を譲る予定だったのだ。それが真田に想像以上の速さでばれるわ予想外の痛手を受けるわで予定が総崩れだ。
幾ら狼人間でもこれだけの傷を負うと1日くらいは安静にしておかなければ治らない。この夏場に厚着をして傷を誤魔化すのにも無理がある。私の行動がばれている以上すでにごまかしがきかない状況になっていた。
身体状況とは関係なく冷や汗を流すジェーンに追い打ちをかける様に後ろから2機のIS反応。桜花と紅椿だ。

(あ、これはもう無理だな)

知らなかったか?ゴエモンからは逃げられない!そんな言葉が頭をよぎった。
 
 

 
後書き
ニヒロ・・・ラテン語で「無」を意味する。廃棄核(ロストナンバー)の中でも唯一本当に意志らしい意志を持たないコア。微かに存在するISとしての本能で動いているに過ぎず自立意思が存在しない。ゆえに実は男性にも反応する。ただ、それは単に”まだ意志が生まれていない”だけであり、意志を持つ可能性はある。

機体デザインは「ロックマンゼロ・ミュトス」のイラストをモチーフにした。 
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