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銀河英雄伝説~悪夢編

作者:azuraiiru
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第十八話 最近よく夢を見るんだ




帝国暦 487年 4月 15日  オーディン  グリンメルスハウゼン元帥府  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



オーディンの四月は良い。桜の花が彼方此方で咲いている。グリンメルスハウゼン元帥府の庭にも桜の木が何本か有る。いずれも大体五分咲きといったところだ。その気になれば花見を楽しめるがこっちには花見なんて習慣は無いし俺は酒が飲めない。少々物足りないが煩く騒ぐ奴が居ないと考えればそれも悪くは無い。というわけで俺は桜の木の下で寛ぎながらぼんやりと一人花見を楽しんでいる。寂しくは無いぞ。

今回の会戦、帝国軍の勝利と認められた。同盟軍の第十一艦隊を潰滅状態にしているしフェザーン経由で入った情報によれば艦隊司令官ウィレム・ホーランド中将が戦死している。量的にも質的にも同盟軍の方が損害が大きかったと判断された。帝国軍三長官からは二個艦隊が統制から外れた状態で勝利を収めたのは見事だとも言われた。本当ならもっと楽に勝てた、それを思うと素直には喜べないが……。

戦勝に伴い上級大将に昇進した。平民で上級大将、そして宇宙艦隊総参謀長。帝国の歴史の中でも初めての事だそうだ。宮中では来年あたりは貴族になるんじゃないかと言われているらしい。馬鹿馬鹿しい話だ、そんなものに誰がなるか! 俺の頭の中では貴族なんて馬鹿と同義語だ。好んで馬鹿になる奴が何処にいる?

もう暫くは桜の花を楽しめるだろう。残念だな、今年は梅の花を楽しめなかった。香りその物は梅の方が俺は好きなのだが……。仄かに漂う梅香には何とも言えない風情が有ると思う。春が来たなと思うんだ。……盆栽でもやってみるか、それで宇宙に持って行く。そうなれば宇宙でも梅香を楽しめるだろう。心身のリフレッシュにも役立つはずだ。

あれって面倒なのかな。盆栽とか今の帝国には無いけど桜や梅の木の世話の仕方を知っている人間なら居るはずだ。ミッターマイヤーの親父さんがそっちの仕事をしていたな。今度訊いてみるか、上手く出来たら皆にも勧めてみよう、メックリンガーとか嵌りそうだよな。そのうち帝国でも盆栽が流行るかもしれない。新たな平民文化の誕生か、うん、良いね。

もう少し経てば風が吹く、そして桜の花が舞うように散り始めるだろう、桜吹雪の到来だ。早くあれを見たいな。あれを見ると何とも言えず物哀しくなる。散り際の哀しさの中に美しさが有る。咲くも桜なら散るも桜、ただその哀しさ、美しさに切ないほど引き付けられる……。

一瞬の完璧な美か……。桜だから出来る事だな、人間には絶対出来ない。人間は何処かで足掻く。美しさを保とうと、権力を維持しようと。だから哀しいまでの美しさ、潔さは感じられないのだ。……馬鹿げているな、桜と人間を比べるなんて……。人間は足掻くからこそ進歩してきたのだ。足掻く事を否定すべきではない、それは人間その物を否定するに等しい事だろう……。

最近よく夢を見る。一昨日見た夢は母さんの夢だった。夢の中で母さんは
“可哀想なエーリッヒ、皆に虐められて”
と言って泣いていた。俺も泣いた。
“そうなんだ、皆で俺を虐めるんだ”
そんな俺を母さんが優しく抱きしめてくれた。妙なんだけど俺は五歳くらいの子供になってた。朝起きたら枕が濡れてたな。あの夢はどういう意味なんだろう。

昨日見た夢はとんでもない夢だった。俺は狭い一本道を歩いていた。反対側から鍔の広い帽子を深く被った老人が杖を突きながら歩いて来る。そして俺が進もうとするのを邪魔するんだ。どういうつもりだとムッとすると
“返れ、元の世界に返れ”
と老人が言う。驚いて
“お前、誰だ”
って訊くと老人が顔を見せたんだが片目が無かった。

“オーディン! 大神オーディン!”
驚いて俺が叫ぶとオーディンはニヤッと笑った。はっきり言って嫌な笑い方だった。かっとなってそこからはオーディンと怒鳴り合いになった。最近ジジイには腹が立っているんだ。

“お前は邪悪なる存在、この世界に居てはならない”
“ふざけんじゃない、俺を利用してる奴の方が邪悪だろう、帰らないぞ! そこをどけ、俺は向こうに行かなくちゃならないんだ!”
“ほう、向こうへ行きたいだと? 馬鹿者が! ならば苦しめ!”

そう言うと哄笑しながらオーディンは俺を杖で引っ叩いた。凄い衝撃が有って俺は叩きのめされた。そこで目が覚めた。なんと俺はベッドから転げ落ちていたよ。なんか凄い意味深な夢だった。最後の苦しめって言葉が妙にリアルだったな。

疲れてるのかな。カウンセリングとか受けた方が良いのかも。でもなあ、宇宙艦隊総参謀長が母さんの夢見て泣いてたとかオーディンに引っ叩かれた夢見てベッドから転げ落ちたとかって相談された方は如何思うだろう。“大丈夫か、帝国軍。総参謀長はマザコンでオーディンに呪われているぞ”、そんな噂が広まったら将兵は皆逃げてしまうだろう。 軍人ってのは妙な所で迷信深いからな、この手のオカルト話は厳禁だ。

「どうされました、こんなところで」
突然声がした、クレメンツだった。大将の階級を示す軍服を身に付け桜の木に手をかけて俺を見降ろしている。見降ろされるのは好きじゃないがまあ俺が座っているのだし相手がこの人じゃな、見降ろされても文句は言えん。多分心配して見に来たのだろうし……

「桜を見ていました」
「それは分かっています。昨日も見ていましたな、一昨日もです。皆不安がっております」
「……」
何でだ、俺が桜を見ると何で不安がるんだ。俺だって元は日本人だ。桜を見て物の哀れを感じたっておかしくないぞ。

「冷徹非情な宇宙艦隊総参謀長、当代きっての知将と謳われている閣下がぼんやりと桜を見ている。しかも三日続けてです。天変地異の前触れではないかと心配しておりますよ」
「……何を馬鹿な」

クレメンツが笑うのを必死に堪えている。こいつには夢の話は出来ないな、それこそ天変地異の前触れだと騒ぎだすだろう。そして逃げ出す奴を笑うに違いない。それにしても冷徹非情な宇宙艦隊総参謀長? 俺はオーベルシュタインか! 碌でもない。

「周囲に心配をかけるのは良くありませんな。……後悔しておいでですか」
「……後悔?」
「クライスト、ヴァルテンベルクの事です」
「……まさか」
冗談かと思ったがクレメンツは酷く生真面目な表情で俺を見ていた。まさか、後悔などするはずが無い。あの馬鹿共の所為でどれだけ無益な犠牲が出た事か……。

「後悔などしていません」
「なら宜しいですが、……閣下は優しい所がお有りですからな。あの二人を自分の命令に従わせる事が何故出来なかったのかと後悔しているのではないかと思ったのです」
なるほど、そういう意味か。まあそう思った事も有ったけどな。

「私が思っているのは第五次イゼルローン要塞攻防戦の直後にあの二人を処罰しておくべきだったという事です。そうであれば今回の様な事は起きなかったはずです。ですが当時の私には力が無かった……。正義を貫くのにも力がいる。理不尽ですよね」
「理不尽ですか……、確かにそうですな」
クレメンツが頷いた。

あの会戦の後、オーディンへの帰還までの航海は馬鹿共への事情聴取で終わった。馬鹿八人衆は取り調べとはどういう事だと抗議したが素直に話さないとクライスト、ヴァルテンベルクの主張だけが報告される事になる、そう言うと皆積極的に話しだした。お互い信頼関係なんて欠片も無かったのだろう。貴族達の間でも擦り合いが有ったほどだ。

連中の話を総合するとこういう事になる。例のクロプシュトック侯の反乱でブラウンシュバイク公が面目を失した。なんとかそれに対する報復をと言うのが事の発端だったようだ。クライスト、ヴァルテンベルクを利用しようと考えたのはシャイド男爵らしい。元帥杖授与式で俺とあの二人が反目しているのを目撃し、利用できると判断したようだ。

シャイド男爵はフレーゲル男爵に話しそこから残りの六人に話しが伝わった。充分いけると考えた彼らはブラウンシュバイク公にあの二人を利用して自家の勢力を拡大しようと提案したようだ。提案その物は悪くは無い、ブラウンシュバイク公もやってみるかとその気になった。

クライスト、ヴァルテンベルクに話しを持ちかけると当然だが喜んで話しに乗った。どうもこの時点ではあの二人に功積を立てさせ俺を押さえるのが目的だったようだ。上手く行けば帝国軍三長官の内二つのポストをブラウンシュバイク公派で押さえられる、そんなところだったのだろう。

問題はその後だった。軍人としてそれなりの能力を持っているクライスト、ヴァルテンベルクはどう見てもボンクラにしか見えないグリンメルスハウゼンに従うのが馬鹿らしくなった。それ以上に俺から出る命令に従うのが我慢出来なかった。オーディンからイゼルローン要塞までは四十日有る。その間、あの二人は自分達の力で戦闘に勝つ、俺の指示には従わないと決めたらしい。問題はそれをあの馬鹿八人衆の前でぶちまけた事だった。

馬鹿八人衆はそれを自分達にも指揮権が有るのだと受け取った。クライスト、ヴァルテンベルクにしてみれば予想外の事だっただろう。二人にとっては馬鹿八人衆はあくまで観客だった。それが何時の間にか自分達はプレイヤーだと主張し始めたのだから。

彼らは口出しを防ごうとしたが無駄だった。誰のおかげで此処に居られると思っていると言われては言い返せない。戦闘開始後は馬鹿八人衆の遣りたい放題だった。馬鹿な話だ。総司令部の指示に従っていれば馬鹿八人衆に対してそれが軍の決まりだと言って口出しを防げたはずだ。自分に決定権が有る等と言うから付け込まれた。

結局あの二人には指揮権など無かった。ただ馬鹿共が損害を出し続けるのを黙って見ているだけだった。実際その指揮ぶりはかなり酷かったらしい。司令部要員の証言によれば四人がそれぞれ整合性のとれていない命令を出し、どれに従って良いか分からないのが実情だったらしい。結局はただひたすらに混乱した、そういう事の様だ。

戦闘時間は四時間を超え五時間近かったがクライスト、ヴァルテンベルクの二人にとっては拷問に近い五時間だっただろう。彼らは軍人として命令違反がどれほどの重罪かは分かっている。それを延々と犯しているのだから。自分が徐々に徐々に死んでいくような気分だっただろう。

オーディンに戻ると早速軍法会議が開かれた。遠征軍がまとめた調書をもとに憲兵隊が再捜査しそれが軍法会議の調書として使用された。今回の軍法会議は軍人、貴族が被告というちょっと変わった形での開催になった。俺も証言を求められた。別に隠す事は何も無かった。それに三長官からも思う所を存分に述べよと言われたから正直に話した。馬鹿共が命令違反を起こすだろうと思った事、だから本隊を中央に置かなかった事。そしてこのような事が二度と起きないように処分は厳しくするべきであると。

判決はそこそこ厳しかった。クライスト、ヴァルテンベルクに対しては抗命罪が適用され死罪となった。但し、温情を以って自裁が許された。そして馬鹿八人衆に対してはその行為は反逆罪と認められるが無知によるものとして情状酌量が認められた。本来なら死罪だが領地、爵位の取り上げの処罰が下された。つまり今後は爵位を持たぬ貴族、帝国騎士になるわけだ。まあ生活に困る事は無いだろう、領地以外にも利権とか持っているだろうからな。

しかし私設艦隊を維持する事は不可能だろうし収入も大幅減だ、何より面目丸潰れだ。馬鹿だから助けてやると言われたのだからな。それに爵位を持つ貴族達は帝国騎士など貴族とは認めていない。つまり連中にとっては人間から猿にでもなったようなものだろう。

今後、新無憂宮で連中の姿を見る事は無いだろう。それでも命は有るんだ、文句を言える筋合いではない。俺に全権が有るなら死刑にした、実際そう主張もした。馬鹿八人衆は不当だと騒いだ。おそらくはブラウンシュバイク公のとりなしを望んだのだろうが公は動かなかった。それどころではなかっただろう、自分自身に反逆の嫌疑がかかっていたのだから。

ブラウンシュバイク公にも処罰は下った。不適切な進言をして軍に損害を与えた事に対する処罰だ。ただし馬鹿八人衆が犯した罪には無関係であると認められた。処罰の内容は帝国に対し一千億帝国マルクを納めるようにとの罰金刑だった。大金だがブラウンシュバイク公爵家にとっては大した事は無いのだろう。判決の翌日には納めたようだ。もう一週間が経つだろう。

「艦隊の方は如何ですか、訓練は順調に進んでいますか」
「今のところ問題は有りません。しかし宜しかったのですか? あの三人を頂いてしまって」
クレメンツが俺の顔を覗き込んだ。
「構いません。こちらはグリューネマン、ヴァーゲンザイル、アルトリンゲン准将を配備します。シュタインメッツ、グローテヴォール少将と組ませれば十分でしょう」

今回、クレメンツを正規艦隊司令官にした。これで正規艦隊は五個艦隊、グリンメルスハウゼンの直率艦隊を入れれば六個艦隊が動員可能だ。クレメンツ艦隊には副司令官にブラウヒッチ少将、分艦隊司令官にクナップシュタイン少将、グリルパルツァー少将を配備した。今回昇進した連中だ。そしていずれも元帥府の若手士官では評価が高い男達でもある。まあクナップシュタインとグリルパルツァーは俺の傍よりもクレメンツの下の方が安全のような気がする。何が安全かは言うまでも無い。

「そろそろ戻られませんか」
「いや、もう少しここに居ます。考えたい事が有るんです」
「なるほど、ただ桜を見ているというわけではないのですな」
「……」

敢えて答えなかった。本当は考えなければならない事が有るんだが花見に逃げていたんだ。碌な事になりそうもないからな。
「小官で相談になれますか?」
「うーん、如何でしょう。……でも聞いてもらいましょうか。実は……」


事の発端は先日行われた戦勝祝賀パーティだった。翠玉(すいぎょく)の間で行われたのだがお世辞にも盛会とは言えなかった。軍法会議が終わるのを待ったため間延びしたという事も有るが軍法会議で貴族、軍人に処罰された人間が出たという事が大きいだろう。特に八人も犠牲者を出した貴族達にとって素直に喜べる戦勝祝賀パーティでは無かったのだ。

俺も決して居心地は良くなかった。何と言っても処罰を強硬に主張したのは俺なのだ。皇帝は相変わらずドタキャン、という事で俺も早々に引き揚げようとした時だった。新無憂宮の廊下を歩いていると見た事のある女官と出会った。樽みたいな腹をした女官だ。その女官が俺を待っている人間が居るからついてきてくれと言う。相手はリヒテンラーデ侯だと思ったから素直について行った。

女官が俺を案内したのは東苑の中にある小さな隠し部屋の一つだった。俺自身はそんなところに小部屋が有るなどとは全然気付かなかった場所だ。そして中で待っていたのはリヒテンラーデ侯ではなかった。二十代後半に見える美しい女性だ。初対面だ、だが誰かは直ぐ分かった。ベーネミュンデ侯爵夫人、シュザンナ……。



 
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